最近某大学教授の破廉恥事件が目に付く。教授といえば学問の長であり、尊敬と権威の象徴でもあると思っているが・・・。自分も医学部歴代教授を数人知っておりますが、尊敬に値する素晴らしい先生ばかりではないのは事実であるが・・・。性格的な部分や趣味的な部分では、千差万別であろうし、これをとやかく言う気はさらさらないのですが、社会人としての”モラル”といいますか、もっと「理性を優先」して戴きたいと謙虚に自戒しているところであります。さて、「知性」と「理性」は類似しているようでまったく違うものかも知れません。なぜなら「知性」は勉強や研究を積み重ねることで結晶記憶として蓄積することが可能であるが、「理性」はむしろ社会的な人間関係や家庭生活において養われるものであり、相手に対する思いやりから発生する知的感性であると思うからであります。したがって、「理性的な知性」が求められる訳であります!ところで話は変わりますが「座禅」を1日に2回行うという某教授を知っております。雑念(煩悩)を扶植して「無の境地」からものを考えることが「理性を高める」ためには必要かもしれない!と密かに思っております。(自分も煩悩に縛られた人間でありますので・・・。)
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)