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患者さんとの多くの出会いと別れは医者を少しずつ育ててくれるものである・・・。記憶に深く残っている患者さんのことは大学を離れ16年経とうとしている今でも脈々と自分の心に生きずいているなんてちょっと不思議な気持ちであります。コスモスが綺麗な季節になると、その幻影をダブらせてしまう少女がおります・・・。彼女はベレー帽が似合う16歳の可憐な少女でありました。やはり、リンパ性白血病(初回治療)に侵されており、緊急入院となった方のです。その後順調に治療を完了して、CRとなり外来通院となったのですが・・・。やはり再発して再入院となってしまいました。結局治療抵抗性となり、いよいよ臨終を迎えようしている時、家族が見守る中、「先生!諦めないで~!」「・・・・」最後の言葉が小生の耳に残っております。天使の声だったのかも知れないと・・・・!?そして「御臨終です!」と震える声で誰かが呟いた・・・。
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小生は大学病院に7年ほど在籍いたしましたが、その間多くの患者さんとの出会いと別れがありました。その中で心に残った患者さんをお話してみたいと思います。まず、最初は17歳の男子高校生の経験を述べたいと思います。彼は岩手県出身で、すでに近くの病院で急性リンパ性白血病の治療をうけており、再発のため第3内科に入院となったのです。当時は骨髄性は90%以上の完全緩解(CR)を挙げておりましたが、リンパ性は70%程度であり、再発率もかなり高かった状況でした。しかも既に初回治療が不成功である場合はさらに再導入困難が予想されました。さっそくU先生独自の治療レジメで再導入を図り、完全緩解に達し、その維持のための強化療法を4クール終了。CRを維持しておりましたので、退院させ、外来通院に切り替える予定でした。しかし、再度、再発傾向が認められ再々導入治療を余儀なくされました。彼は我慢強く、寡黙な少年で不満も多々あっただろうと思いますが、我慢して小生についてきてくれました。その期待に答えようと頑張りましたが、とうとう疲れ果て逝ってしまいました。その間、付きっきりで看病していたお母さんが素晴らしい方で、子供を励まし続けたその姿は涙ぐましいものがありました。そんな一生懸命の家族に剖検の話をするのは抵抗感もありましたが、心を鬼にして剖検のお話を致しました。同席した父親は「先生!もう勘弁してください!この子は十分苦しみました!早く自宅に帰してください・・・!」「・・・・・」しばしの沈黙の後、母親が重い口をあけ「生前、この子は先生が大好きでした!もしこの子が生きていたら先生の申し出をきいていたでしょう!」「・・・・!」そして切ない感動を抑え答えましたが、「有難うございます。シッカリみさせていただきます。その結果は剖検終了後に、みなさんに御報告させていただきます・・・。」そんな訳でその切ない感動は決して忘れられません・・・!紫陽花(あじさい)の綺麗な季節でありました。
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当時の小生の研究は、はじめ骨髄細胞の染色体検査でありました。主に急性非リンパ性白血病の分析であります。特にCML(慢性骨髄性白血病)では有名なPH1染色体がありますが、高精度分染法で処理しますと9番と22番の染色体の転座が確認でき、しかも切断点も同定できます。国際染色体核型表記では、46,XX,t(9;22)(q34;q11)となります。このように詳細に分析することでその白血病細胞の単一クローンを確認することができます。興味深いことにCMLが急性転化する前に多段階の別の染色体異常(付加的染色体異常)が出現し、より悪性度の高いクローンに変化いたします。実はこのメソードをマスターするために、埼玉癌センターの桜井先生のところに3ヶ月程出向した経験があります。染色体分析のポイントは新鮮な骨髄細胞の同調作業を早く行うことにあります。もちろん骨髄細胞は生きていますからネ!ちなみに自分の染色体を調べてみましたら一応正常核型でありました。
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医局生活も3年目に入ると、回りが良く見えてくる。諸先輩の動向(行動パターン)が解ってくるのである。日中は以下の3種類の行動パターンに大きく分類されそうだが、①外来病棟型(大抵どちらかに居る)②研究型(大抵研究棟に居る)③出向不在型(留学やバイトで大学にまったくorほとんど居ない)。どの型(方)が出世昇進するドクター像であると思いますか?小生の見識ではまずは②の方が有望です。その方(先輩)に聞いたことがありましたが「大学では研究してペーパーを書かないと評価されない!」との自論でありました。次は③の方であり、結果的に大学にいないが他所(よそ)で研究・仕事をしているらしく有効実績をあげているようです。①は貧乏暇なしの方で出世は望めません・・・!?しか~し、歴代の教授を何人か拝見させてもらうと夜間(通常勤務後)の活動が尋常でない事に気付きました!!つまり、無人の研究棟(深夜)や自宅の書斎で地味地な実験やペーパーを書いているということです。したがって、普通のDr.が寝ている時間帯に仕事をしているらしく、睡眠時間は3~4時間であり、その時間差が出世のエネルギー源となって居るようです。その結果!教授に昇進したと考えられます。また暇な時の少しの居眠り(15分程度)も欠かせないようであります。あなたも睡眠時間を研究して、出世の王道を歩いては如何でしょうか!?しかし、当然「ローマは①日にして成らず!」であります!
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大学病院(在局2年)では臨床に研究,そして学会発表と一通りの仕事がこなせるようになったが・・・。内科医として”どんだけ実力”が付いているのか甚だ疑問もない訳ではなかった。そんな時、医学生時代にお世話になった叔父(東北大卒の大先輩医師)の言葉を思い出した。それは「内科医の診断治療の是非は剖検して診なければ、答えは出ない!!」という一言であった・・・。しかるに、生前クランケが病んだ部分の原因検索では最新の画像診断技術をしても解らないことが多くあり、やはり剖検の必要性を痛感する訳である。しかし、実際には死後、患者さんの剖検承諾を頂くためには家族の承諾が必須でありまして、生前患者さんに如何に熱意を持って治療にあたったかが問われることになります。未熟ながら、医局時代は剖検数ベスト3を目視して、頑張った自分を誇らしく思っております(自己満足?)。勉強させてもらうためには、なにより患者さんに信頼されることが重要でありましょう!!
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新人ナースとの合コンは楽しいですネ!若手ドクター5人と新人ナース5人の愛のセレクト合コンは結構!盛り上がりを魅せておりまして、小生は監督指導医として同行しておりましたが・・・。その中に松下由樹似の大柄のボデコン新人ナースが混入しておりまして、注目されておりました。話してみると明るく誠実な感じで高感度!?でありました。彼女の話では「酔うと貌(顔)が赤くなり、キス魔になってしまうんです!」「・・・・・!」「ですから、あまり飲めません!」と固くなにお酒を拒んでおりましたが、1時間もしない内に何やら貌が赤くなり、例の癖が出だしたようで何人か?その御利益のあずかったドクターがいたようです!小生がその中に入っていたかどうかは秘密です!?やはり新人ナースはいいものですネ!しかし、新人ナースのキス攻撃には注意が必要であります!
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毎年春になると新人ナースが第3内科に3~4人ほど配属になるが、ベテランナースに較べ、”ウイウイシさ”があり、ついついその仕事ぶり(?)に熱い視線を浴びせてしまうのは小生だけでしょうか?また、ドクターの世間話をすると結構乗ってきて訳の解らない回答が返ってくるのですが、そのギャップがまた何とも可愛くて新人類?って感じがありました。その年は上戸綾似の細面でキュートな感じの新人ナースが注目でありまして、野外研修という名目で国分町に連れ出したことがありました!彼女は山形出身で「お酒と寿司が大好き!」とのことで某寿司田に入り、たらふく寿司とビ-ルを飲み干しました・・・。しかし、全然酔った様子が無く、「よしゃ!2次会に行きましょう!」と誘い、某居酒屋に急行して宮城の地酒”浦が霞禅”を注文したところ、非常にうけて2本程2人で飲み干した覚えがありましたが、それでも彼女はほとんど酔わず、「よ~しゃ!3次会に行こう~!」と誘ったところ、「先生!大丈夫ですか?私の実家は酒屋でかなり強いですよ!」と豪語したので、「心配ないよ~!行きますよ~!」と先頭を切って、某カクテルバーへ・・・。それから先はよく覚えておりません。なにやらタクシーに乗せられて?帰宅したらしいのいですが、気が付いたら自宅のベッドの中でした・・・。新人でも酒豪がいるもんだと関心させられました。酒の強い新人ナースには近ずかない方がよろしいようです!以上・・・!
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大学で血液学を専攻しているせいか?若い患者さん(女性)が多く、特に白血病患者は色白の綺麗なタイプが多いように感じます。特に主治医となった入院患者では定期的な採血やマルクなどで痛みを伴う関係が構築され、はじめは嫌悪感が先行しておりましたが、だんだんその感覚も麻痺して、プロ(専門職)として、無感覚でその仕事をこなす様になっていくものです。そんな中、ある骨髄線維症疑いの女性患者さんが精査目的で入院となり、小生が主治医として担当させて頂きました。一生賢明検査に当たったためでしょう(かなりの痛みを伴う)!?結構気に入られたようで、小生の誕生日にはブランドのベルトとネクタイをプレゼントされまして、何か勘違いしてないかな~?と思っておりましたら・・・。案の定、「付き合いたい」旨の話がありまして、「残念ながら、既婚者です・・・!」と納得して頂き、無事退院されました(ホォ)。痛みを共有することでお互い共感することがあるようですネ!!
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当時!大学病院では医局で指定された定期的バイト(トランク)と個人的バイト(セレクト)がありまして、貧乏な研修医(後期)はこれにすがって何とか大学生活を営んでいた訳であります。この日は朝から小雨が降り続いており、小生は朝早くからノルマの病棟採血のため、大学病院におりましたが、某病院(一関)の医院長から電話がありまして、「今日担当の医師が急遽都合が悪くなったため、何とか小生に来てほしい!」との依頼でありました。オーベンの了解を取り付けて高速で一関に向かいましたが、大和インター付近でスリップして、小型のダンプと接触事故を起こしてしまい、九死一生を得たことがありました!小生の車はスピンして2回転半ひねりのウルトラD難度の離れ業で着地しました(ラッキー)。その後まもなく、警察が来て事情聴取されましたが、「かなり車の破損がヒドイですね!」「・・・・。」「これで運転手がなんともないなんて奇蹟ですよ!」「・・・・。」「よっぽど運がいいか?プロレスラーしかいませんよ!」とペラペラ言うので「多分!運がよかったんでしょう!?」と呟いた・・・。これもやっぱり職業病かな~。
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