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小生が癌研研修2年目の終り頃であったと思いますが、同院婦人科の青年医師が突然自宅で帰らぬ人になってしまったとの知らせを聞き、呆然となった事を覚えております。実は妻が切迫流産の折にお世話になった先生でもありまして、やさしくてかつイケ面であり、研究にも精力的な医師の鏡みたいな素晴らしい先生でした・・・。風の噂ではここ1週間程学会発表が重なり、かなり疲労が蓄積していたらしい・・・!?学会も無事終了し、やれやれと思った矢先でったらしいが、食事時間になっても書斎から出てこなかったため、不審に思った奥様が声かけにいったところ、既に愛用のチェアーで冷たくなっていたらしい・・・。まさに、過労死(突然死)である。今となってはその当時法律上、労災として、認定されたか否かは定かではないが・・・。いずれにせよ、我々医療業界にとって、惜しい人材を無くしたと痛恨の極みに耐えなかった。改めてご冥福をお祈りいたします。
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小生はいつも通り朝の回診を終え、癌研医局に戻ろうとして、エレベーターに乗ったのですが、その中にはすでにうら若き女性が一人乗っておりまして、「こんにちは!」と軽く挨拶をいたしました。どこかでみた事あるなあ?と思いながら、沈黙しておりましたが、エレベーターが3階(?)だったか到着して、小生が先に降りようとしたところ、その女性がふいに尋ねてきたのでした・・・。「すいませんが、泌尿器科の医局はどちらでしょうか?」小生は少しの沈黙を意識的に破り、「ははい、私の内科医局のすぐ近くにありますから、よければ一緒に行きましょう!」と・・・。「はい、ありがとうございます。」と彼女は透明な綺麗な声で答えました・・・。とにかく小生にとって”時の女優さん”が目の前におり、会話をするなんて始めての経験であり、やはり緊張ものでした・・・。後で、その女優さんが”中野良子”であったことを医局の芸能通の横○先生から、聞かされました。やはり、とても綺麗であったことを記憶しております。
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最近の内視鏡検査やそれを用いた治療法の進歩には目を見張るものがあります。小生が癌研入局時は内視鏡の先にフィルムを暗室下で、ブラインド装着するタイプのものをスクリーニングに使用しており、かなり慣れないとスムーズにはセット出来ませんでした。しかし、現在使用している電子スコープ以上に画像が綺麗で鮮明であったと記憶しています。この機種は生検操作が出来ず、いわば観察のみの内視鏡であったのですが、研修医には”良く観察する”というトレーニング(パンエンドスコピー)になったと思われます。2nd内視鏡検査(精査)として、癌研の内視鏡専門医がその生検を担当するシステムでダブルチェックがなされていました。小生は内視鏡観察ノートなるものを作り、担当患者の内視鏡所見や生検結果を記し、さらには外科手術所見も明記して、一目で理解できるようにしていました。また、担当症例の内科・外科合同検討会ではそのノートに先輩Dr.のコメントを付け加えることにしておりまして、患者の治療方針や術後予後評価に役立ちました!
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赤ちゃんの産み分け方法について、先輩Dr.に聞いたことがありました。某ADr.によりますと、生み分けるには夫婦の体調や体質が重要であり、特に男性は過労厳禁!であり、早く帰宅してゆっくりとした夫婦生活が第一であるとのこと。また、某BDr.のお話では、食生活が重要であり、男子が授かりたい時は男性が肉食主体で、女性が和食主体の菜食主義が必須であると自らの受精秘話を力説するのでありました・・・。小生は男でも女でも健康で五体満足であれば、どちらでもと思っておりました。実際、諸先輩の熱い指導はほどほどに、子供が3人授かりましたが、2男1女の理想型に治まりました。小生の妻は完璧主義で、先の子供が幼稚園に行くようになるまで、次の子は作らないとの主義でありまして、私もそれに素直に従いました・・・。従って、長男と次男の年の差が5歳。次男と長女の差が4歳であります・・・。やはり、初産時は難産でしたが、2人目からは結構な安産でありました(ホッ~と)。今となってはその産み分け法が真実であったかどうか?定かではありません!いずれにせよ夫婦の相性が良いのは間違いありません・・・。
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癌研の検査部では検査目的の患者さんがかなり多く、全検査が終了するのが午後2~3時になる事はざらにありました。検査担当医は昼食を取る間もなく、検査に没頭しておりますが、2時近くになるとさすがに腹のすきが頂点に達し、われわれ研修医に”パンや大学イモの調達命令”があり、小生も時々買いに行きました。その時、よく買出しに出かけたのは、癌研近くのパン屋さんと老舗の大学イモ屋さんでありました。ここのイモがまた美味しく、癌研の多くのDr.から支持されていたようでした。小生も大好物であり、よく帰りに買っては、妻と食べたものです。イモといえば、サツマイモとジャガイモが定番ですが、妻はジャガイモが一番と言っており、小生はどちらか決めろと言われれば、サツマイモかな!?とどうでもいいことを真剣に悩んでおりました・・・。妻と共通点は、食い意地が張ってることかな?と思います。しかし、妻は高級品嗜好であり、「安い物にいい物はなし!」と小生の顔を見てはいつも言っておりました・・・!悔しいですけれど、「その通りだ!」と思っています・・・。
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小生が研修1年目で、始めて内科学会「関東地方会」に症例の発表をいたしました。やはり、初めてのことでしたので、かなり緊張したのを覚えております。演題は”末端肥大症に合併した巨大腹膜偽粘液腫瘍の1例”であったと記憶しております。本症例は腸間膜を原発とする巨大な腫瘍塊が特徴的であり、周囲の臓器と一塊となっているため、画像的に診断するのにかなり苦労したことを覚えております。また、この腫瘍がGH(成長h)によって増大したものか?との疑問が残りましたが・・・。明らかに血中GHの高値と同腫瘍組織内にGH親和性レセプターを同定し、やはりGH感受性の巨大腹部腫瘍であろうとの結論でした・・・。この時、同伴してくださった大橋(計)先生!大変お世話なりました。その上、講演後にランチをご馳走になり、重ねてありがとうございました!!
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妻は白百合女子大出身(仏文科)のお嬢様で、”大場久美子(女優)を少しだけ、ふっくらさせた感じのオットリタイプ”と結婚前は思い込んでおりましたが・・・。結婚後は結構な完璧症であり、小生の身なり(品格)や素行(悪習慣)に厳しく、いわゆるセキュリティーシステムが厳格でありまして、小生の事前の行動プログラム情報が少しでも抜けると、機嫌が急に悪くなり、「あなたは大嘘つき!!」と何度言われたかわかりません。とにかく、小生の評価は厳しく、持ち点0(ゼロ)の減点パパ状態になっておりまして、いつも-30点前後をうろうろしている現実であります。それでも、結婚生活24年をつつがなく継続しておりまして、愛情を支えるためにはそれ以上の忍耐が必要としみじみ考えています。”美しい薔薇を育てるためにはその棘の痛みを甘受しなければならない!”(by TAKAYU)
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当時(昭和50年台)は消化性潰瘍に対し、いわゆる制酸剤や抗コリン剤が主体であり、特効薬はなかった。したがって、出血性消化性潰瘍患者は対症療法のため、1ヶ月ほどの入院安静が一般的であった。また重症症例では外科的な処置も、かなりの症例で必要であった。しかし、小生が研修医の頃(昭和57年)に画期的な抗潰瘍薬が発売された。それがタガメット(シメチジン)である。みなさんも良くご存知のとおり、ヒスタミンH2-拮抗薬であるが、この出現により潰瘍外来は一変し、ほとんど入院を必要としなくなった。その当時は奇跡の妙薬として、高い評価を受けたが、その後、続々と他のH2-拮抗薬が発売され、あまり目立たなくなった。しかして、現在ではPPIが主流となっており、HP除菌療法も普及して、当院外来でも潰瘍患者は激減している。まさに潰瘍治療の歴史(進歩)を振り返ると考え深いものがあります・・・。
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