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 結婚2年目で、最愛の妻に待望の懐妊反応が有り、近医の産婦人科にて、妊娠反応を確認して頂き、さらに腹部エコーでも胎嚢を同定して、双子の可能性がありそうとのお話でした。しかし、妊娠9週目頃より、不正出血がありまして、大事をとって近医に入院することになりました。担当のDr.は知り合いでもありまして、安心しておりましたが、その後の経過が思わしくなく、慶応大学病院の産科に転院となりました。しかし、切迫流産の経過は思わしくなく、結果的にアウスをするしかありませんでした・・・。妻はショックで元気なく、可哀想で堪りませんでしたが、「今回は残念だったけど、今は君の体を大事に考えてほしい・・・。」と精一杯の慰めの言葉をかけましたが、小生の心の動揺は隠せませんでした・・・。その2年後、待望の長男が無事誕生するまでその不安は完全には払拭出来ませんでした!?やはり親になるということは嬉しくもあり、不安でもあります。

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2007.04.27 10:09 |  診療  |  仕事 / 職場  |  恋愛 / 結婚  |  タッカ―  | 推薦数 : 2

癌研!医療機器に競艇マーク!?

 ある日、検査室で医療機器に競艇マークのシールが貼ってあることに気ずいた。良く診るとあちこちに貼ってあるではないか・・・。何故かと思って先輩Dr.に聞いてみたところ、「この医療機器は競艇界のドン笹川会長からの寄付で購入したもので、毎年億単位の寄付があるらしい・・・」との説明があった。口の悪い先輩は「この病院はたかりの精神で成り立っている・・・」とまで辛口の発言をされた方もおりました。はは~ん!なるほどと思いましたが、そういえばよく癌研の病棟内を赤いネクタイの御老人が颯爽と歩いているのを見かけますが、あの方が”笹川良一会長”さんだと初めて気ずいたのであります・・・。

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2007.04.25 09:58 |  診療  |  仕事 / 職場  |  恋愛 / 結婚  |  タッカ―  | 推薦数 : 0

感謝!恩師!黒川名誉院長殿!

 小生は斉藤内科部長の傘下で、癌研での研修を有意義に過ごさせて頂いたと感謝しております。さらに病院のシンボル的存在である黒川先生には公私共に非常にお世話になりました。研修医である小生にお目を懸けてくださり、その後の進むべき医師としての人生に大きな羅針盤を示して下さった方です。「患者さんを担当する時は、身内だと思って良く診なさい!」とのお言葉は、いまだに、小生の心に生きずいております・・・。そして何より記念すべきことは癌研卒業の折、頂いた色紙に書かれた訓示(座右の銘)であります。”澄心静慮”との名言(戒言)であります。この色紙は小生伊藤家の家宝として大切にしたいと思っております。

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 結婚1年目の夏、2泊3日で南国ヨロン島に二人で出かけました。やはり南国の夏は暑く、汗かきの小生は定期的に、お茶しながら、クールダウンをせざる得ませんでしたが、意外や意外!妻は暑さに強く、驚きました・・・!?与論観光ホテルに宿泊したのですが、日中はクーラーが全然効かず(意図的に効かしてない?)、部屋で涼むことすらできず、仕方なく外に出かけることにしました。「さほど大きな島でもないのでサイクリングしよう!」ということになり、二人で出かけることになったのですが・・・。そこでバイク(自転車)を借り、張り切っていたのですが、小生にはサイズが小さめであり、ペダルがこぎ難く、一方、妻はぴったりフィットしているようでペダルの踏み込みがスムーズで、いつも小生が離される始末・・・。なんとか人気(ひとけ)の少ない海岸へ辿り着きまして、ゆっくり”海浴び”をしました。小生は、かねてから本場南国のヤドカリは大きく、色鮮やかであろうと想像を巡らし、できればゲットして東京にもって帰ろうと考えておりましたが・・・。しかし、見つけたのは、ヤドカリの家(空の貝)のみで、仕方なく小さなヤドカリをお土産に持って帰りました。あっ!!妻の水着姿は後にも先にもこのとき(1度)限りで、結果的に、永遠に封印されたままであります・・・。

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2007.04.20 06:55 |  診療  |  仕事 / 職場  |  恋愛 / 結婚  |  タッカ―  | 推薦数 : 5

術後CEA高値持続の肺癌症例!!

 小生は研修医として癌研の各診断部に所属させて貰っておりました。外科系の呼吸器診断部のミーティングに毎回出席していましたが、術前より腫瘍マーカーCEA高値の肺癌患者の経過データ評価について、ほぼ完全に腫瘍が摘出されたのにかかわらず、CEAが全く改善していないのをどう解釈すべきかとの問題提示があった・・・。「研修医の小生がコメントするのもなんですが、初心に帰って大腸癌の重複を否定すべきと考えます。」と意見を述べたことがありました。なんとその後の大腸F検査にて大腸進行癌が見つかり、株を上げたことがありました。研修医だからこそ言えたことかもしれませんが・・・?

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2007.04.18 09:08 |  診療  |  仕事 / 職場  |  恋愛 / 結婚  |  タッカ―  | 推薦数 : 6

同院耳鼻科医師の激しい頭痛!!

 同院耳鼻科所属の30台前半の医師が、医局内で急に激しい頭痛に襲われ、倒れたとの知らせがありました。担当内科医師はその医師を入院させ、セデスG投与にて経過観察しておりましたが、いっこうにその頭痛は改善せず、緊急脳C-Tをオーダーしたのですが、はっきりしたSOLの所見は認められず、経過観察を余儀なくされていました。小生はオーベンの指導下に、同医師のルンバール(腰椎穿刺術)を経験することになり、慎重にカテラン針を進めた所、第2の抵抗が開放された時点から血性リコール(髄液)が排出され、「SAH(くも膜下出血)を支持する所見か!?」と即座に判断しましたが、オーベンは「コンタミ(混入)だよ!コンタミ!」と取り上げて貰えませんでした・・・。しかし、その後、順天の脳外科専門部の再検C-TにてSAHと確定診断され、緊急オぺとなり、命は取り留めたということがありました。バットで頭を叩かれたような激しい頭痛はSAHをまず考えることが肝要と思います!!

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 小生は大学時代はスポーツマンで、バスケをやっておりました。したがって、筋肉トレーニングも定期的に取り入れ、3段腹の逆三角形体型であり、メタボリック症候群とは無縁の存在でした。結婚までは・・・。しかし、もともと大食漢でありまして、好き嫌いが無く、丼ぶり飯を2杯は普通に平らげる毎日でしたが・・・。結婚後、妻に初めて料理を作って貰った時に、美味しかったせいもあり、「量が少な過ぎない!?」とつい口を滑らしてしまいました。それからというもの妻は毎日4人前の料理を作るようになりました。暴言を吐いた手前、残す訳にもいかず、すべてを平らげている内、”あっ”という間に10キロ太ってしまいました。お腹の割れ目は消え、うず高く皮下脂肪の台地が広がり、バンドも1メートル20級のそれを新調する必要性がありました。でも人間って軽率なもので、「まさか80キロは越えないよな!」と自己暗示をかけてしまい、あれよ!あれよ!という間に80の大台を突破し、最長不倒重量を樹立してしまいました。食い過ぎ(食慾)と甘い言葉(暴言)には注意が必要です・・・。

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 新居、江戸屋ビルのお風呂は狭く、二人で入るには”ゆっくり”できない感がありまして、妻は”ブーブー”いいながら、シャボンを作ってくれるのですが、背中を擦る力(愛情)が痛く(甚く)快感でした。そんなある日、給湯器が故障して楽しみの風呂タイムが中止となり、どうしようか?と二人で悩みました。その結果、近くのホワイト・ハウスに行くことになり、少し”ワクワク”しちゃいましたが、銭湯気分を装い、”いそいそ”とラブ・ホテルの風呂に浸かりに出かけました。中に入ってビックリ仰天、お風呂は広くデラックスで金メッキ調の座椅子もあり、ハーレム気分を満喫できました・・・。社会経験に一度は行ってみるものです!!至福の時間を過ごせるかも・・・!?

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 当時、小生は担当患者を12人ほど持っていましたが、その中に女子中学生がおりました。彼女の病名は転移性肝腫瘍であり、MMC(マイトマイシン)を主体とした化学療法を受けていました。初回治療でPR(部分的効果)が得られ、一時帰宅させましたが、3ヶ月もしない内に再度悪化して再入院となりました。その時には腹痛・腹部膨満・食欲不振・黄疸などの症状を訴え、すっかり痩せ細ってしまいました・・・。小生は毎日、彼女の点滴をしながら、回診しておりましたが、オーベンと相談の上、これ以上の化学療法継続は無理と判断して、治療を中止せざるを得ませんでした。悪疫質に陥り、だんだん弱っていく彼女を回診するのは、辛く、できれば、”顔を合わせたくない”との心境に陥りました・・・。でも、元気を振り絞って回診し続けました・・・。その時、付き添いの母親から「この子は可哀想な子です。女として好きな人と連れ添うこともできず、幸せを感じることなく、このまま死んでしまうなんて・・・。この子は先生が好きで、・・・。」これ以上の事は言えませんが、一番辛いのは御本人とその御家族だということです。

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 新婚1年目はお互い仕事をもっておりましたので、一緒にいるのは夜間だけで、慢性的なお疲れモードも手伝って、夜の夫婦の会話(?)はそこそこだったように記憶しています。  しかし、週末の夕方には、決まって二人で池袋に出かけていって、中華料理”摩天楼”にてディナーしておりましたが、ボロッコリの油炒めが美味で、はまっておりました。あっ・・!その前に、日頃の運動不足を解消するため、後楽園のゴルフ練習場で一緒にインストラクター付練習をしておりました。この当時はゴルフは非常に下手くそでボールに当たるかどうかクラブに聞いてくれという状態でした・・・。でも、当然ながら二人でいる時間は充実していて淡い幸福感に浸っていたのは事実です。「幸福だったなあ・・・!!」と自問自答しています・・・!?

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