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2010.06.12 06:20 |  生活 / くらし  |  ゆう  | 推薦数 : 1

おめでたラッシュ

最近、私の周りはおめでたラッシュです。

産婦人科医なんだから、当たり前・・・ではなくて、

患者ではなく、知り合いのおめでたが続いています。

従姉妹(いとこ)、娘のピアノの先生、同じ病院で働く助産師。

3人とも無事にお産になれば第1子となります。

 

従姉妹は、小児科医です。

お父さん(私から言えば叔父さん)も小児科医でした。

そして叔父さんはまだ従姉妹が小さいときに癌で病死しています。まだ38歳という若さでした。

私も同じように父を小学生のときに亡くしていて、同じように父が医者だったので、従姉妹のことは気になってはいたものの、父が亡くなった後は行き来がありませんでした。

3年前私の母が病死したとき、20年以上ぶりに従姉妹に会いました。

お父さんと同じ小児科に進んで、忙しく仕事をしていると聞き、お互いがんばろうね、と話したのを覚えています。

そして、今年初め、結婚し、今妊娠中です。

里帰り分娩のため、今、郷里に帰ってきています。

私が以前一緒に働いたことのある先生が開業しているクリニックに通っています。

産まれたら、お祝いに行こうと思っています。

 

娘のピアノの先生は、先日切迫流産と悪阻で入院されました。

一度流産の経験をされています。

ゆっくり療養して、無事に赤ちゃんが育ってくれる事を祈っています。

娘のレッスンはしばらくお休みになりますが、また復帰されたらお願いしようと思っています。

 

一緒に働いている助産師さんは、2年前に筋腫の手術をしました。

帯下が気になるから、診てほしい、と診察したときに、ついでにがん検診もしておこうよ、とスメアと内診をしたところ、

ん、なんか子宮が大きい・・・、と思い、エコーを施行。

5cm大の筋腫が二つ・・・ まだ20代前半だったので、本人は相当ショックだったと思います。

まだそのときは結婚していませんでしたが、今後の妊娠・出産を考えて手術を勧め、大学病院で筋腫核出術をしました。

そして、その約1年後結婚し、今回おめでたが分かりました。

まだ妊娠中期の前半ですが、筋腫の再発があるため、子宮も普通よりは大きく、すでに立派な妊婦姿になっています。

産休に入るまで仕事をするつもりでいるみたいですが、ムリかもよ・・・と、上司にも私のほうから伝えています。

筋腫核出後のため、分娩は帝王切開術の予定にしています。

9ヶ月になれば、手術可能な病院に紹介の予定で、今はうちで妊婦健診をしています。

 

みんな、無事に元気な赤ちゃんが産まれる事を祈っています。

患者さんの赤ちゃんももちろん可愛いですが、知っている人の赤ちゃんは、さらに可愛いと思います。

 

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2010.05.23 05:18 |  生活 / くらし  |  ゆう  | 推薦数 : 3

運動会にて

土曜日、娘の運動会がありました。

小学2年生になり、初々しかった1年生のときに比べると、ちょっとお姉ちゃんに成長した娘の姿が見られて、よかったです。

娘だけでなく、近所の子や学童保育で一緒の子達の、いつも遊んでいる姿とは違う一生懸命な姿を見ることもできて、それもよかったです。

 

娘の通学班には6年生の班長がいます。

いつも小さい子達の面倒をよく見てくれる頼もしい班長です。

彼のお母さんは今年の3月病気で亡くなりました。

まだ40代の若さです。

同じ通学班で、すぐ近所でしたが、彼のお母さんがそんなに悪い病気だとは知らず、亡くなった時に町内会の連絡網で知りました。

葬儀の日は仕事が抜けられなかったため、お通夜に参加させてもらいましたが、お父さんと息子二人が最前列で座っているのを見て、悲しかったです。

お母さんのまだ若すぎる遺影も、辛さが増します。

 

私の父が死んだのも、私が小学5年生のときでした。

葬儀のときに父の遺影を持って、葬列者の前でお辞儀をしたのを覚えています。

霊柩車の助手席に遺影をもったまま座ったとき、参列してくれた同級生やそのお母さんたちが見えて、泣きそうになるのをぐっとこらえたことも覚えています。

 

小学生のときに身内の死を経験したことで、それからいろんなことを考えるようになりました。

自分がしなければならないこと、したいこと、妹たちや母のこと、お金のこと、生きること、死ぬこと・・・等々。

そのころ考えたことや思ったことは、今でも覚えています。

そして、そのころの考え方や感じ方は今もあまり変わっていない気もします。

それだけ父の死は、強烈に自分の中に残っています。

 

運動会で、6年生のリレーを見ました。

班長の彼が、アンカーで一生懸命走っている姿を見て、思わず、○○君、がんばれ~!!と叫んでいました。

 

これから大変なこともあるかもしれないけれど、大丈夫、みんなが君の事を応援してるから。

お父さんや親戚はもちろんだけど、近所のおばちゃん、おじちゃん、学校の先生や同級生のお父さんお母さん、たくさんの周りの大人が君の事を口には出さないけれど、きっと見守っているから、

辛かったり、悲しかったりしたときには一人で悩まないで、たまには周りの大人に相談してほしい、そう思います。

 

私も大学に合格したとき、小学校のときの同級生のお母さん方数人から、お祝いの電話をもらいました。

父が医者で、同じように私も医学部に合格したのもあったとは思いますが、

たぶん、頭の片隅にでもずっと気にかけてくれてたんじゃないかと、感謝しました。

自分ひとりで生きてきたつもりでも、陰ながら支えてくれている人がたぶん知らないところで、たくさんいるんじゃないかと思うだけで、勇気が沸きます。

そして、きっとそれは想像だけではなく、実際にたくさんの人に支えられているんだと、思います。

 

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2009.06.19 05:07 |  生活 / くらし  |  ゆう  | 推薦数 : 1

娘の授業参観

先日、娘の授業参観があり、行って来ました。

4月から小学1年生となり、大分学校にも慣れた頃です。

 

今回は5時間目の算数の授業でした。

先生が丁寧に足し算の授業をしていました。

ブロックを使って、5個と3個と合わせると8個だね、といった感じです。

授業中、うちの娘は隣の男の子と仲良くおしゃべりしていて、みんなが手を上げてるときでも二人でずっと話しています。

お友達と仲がいいのは嬉しいけど、ちゃんと先生の話を聞いて・・・とやきもきしながら見ていました。

なかにはじっとできない子もいて、教室と一続きになっている廊下を走り回ったり、別の子が当てられているときに大声で先に答えを言ったりしています。

そんなときは、担任の先生とは別の「サポートの先生」という人が一人いて、

その先生がその子の傍に行って、注意したりいすに座らせたりしていました。

うちの市では、1年生の間だけ「サポートの先生」が付くようになってるようです。

隣の子とおしゃべりしていた娘も、1回は手を挙げて当てられ、きちんと答えていたのでちょっと安心しました。

 

授業参観をしながら、娘も大きくなったんだなあと感慨ひとしおでした。

そして、自分が小学1年生のときを思い出していました。

右も左も分からなかったあの頃の自分が懐かしく、あんなにおとなしかった自分が、何で今はこんなにずうずうしく、逞しくなってしまったんだろう、と思い耽ってしまいました・・

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2009.05.31 07:32 |  生活 / くらし  |  ゆう  | 推薦数 : 1

一人じゃないんだ

2日前 草薙くんの復帰会見をTVでやっていました。

タイホされた時は、どのTV番組もこれでもか!っていうぐらい草薙くんのやつれた姿を映し出し、

どれだけ大事件なの?っていうぐらい大々的に報道していましたが、

2日前の復帰会見でのマスコミの態度は、なんだかえらく”自分たちは見方だよ”的な、

タイホの時のあの報道はなんだったんだ?と誰もが突っ込みかけたのではないかと思います。

それにしても、約1ヶ月間言葉通りの”自宅謹慎”をして、その割にはしっかりココロとカラダを鍛えていたようで、

TVに映る姿は、すがすがしく、健康的で、

すごいなあ~、と感心しました。

 

会見の中で、”一人じゃないんだということがよく分かった”と言っていましたが、

そうだよね、自分が失敗したときやつらいときに声を掛けてくれることがどんなにありがたいか、

自分が大切に思われている、必要と思われていると思うことで、人は強くなれるんだよね、と思ったのでした。

 

学生の頃、私はテニス部に入っていましたが、いろんなことが重なって、精神的にぐちゃぐちゃになってしまい、勢いで”部活も辞める”と言って行かなくなった時期がありました。

それでも、同じ部の友達は、学校で会ったときや電話でいろいろと話を聞いてくれました。

そんななか、同じ部の同級生の男の子が、

”1日でも1時間でも1分でも1秒でも、はやく戻ってこいよ”

と、学校で会ったときに言ってくれました。

素直にうれしかったです。

それから、2ヶ月ほどして、私は部活に戻りました。

戻ったとき、迷惑をかけた先輩、同級生、後輩にも暖かく迎えてもらい、

結局、次の年は副キャプテンをやっていました。

 

一人じゃないんだ、と実感することは、つまりは自分の弱さを認めて、周りのたくさんの人に支えられている、ということでもあると思いますが、

自分の弱さが分かることで、逆に強くもなれるんじゃないかな、と思います。

 

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2009.05.28 05:10 |  生活 / くらし  |  ゆう  | 推薦数 : 0

美容師さんとのおしゃべり

昨日の午後、お休みをもらって美容院に行ってきました。

週末に同僚の結婚式があるため、ど~しても行っておかないといけないぐらいに、髪がボサボサになっていました。

今年初めに引越してから、美容院も替わったので、今回行くのは2回目になります。

以前行っていた美容院と同グループのお店なので、前に切ってもらっていた美容師さんも知っていて、共通の話題になります。

 

今日はカットとカラーをお願いしました。

前回切ってもらった美容師さんに今日もしてもらいます。

話好きの人で(美容師さんってよく話す人多いけど)今回も車の話から映画、ドラマ、漫画の話などいろいろとおしゃべりしました。

途中からアシスタントの子も加わって、3人でとりとめない話をず~っとしてました。

カラーの色付けして待ってる間もずっと・・・

 

美容師さんもアシスタントさんも私より若くて、若い人と久しぶりにフツーの話ししたな~って感じです。

いつも病院で研修医とは話すけど、たいていはもちろん患者についての話が多くて、たまにくだけた話をするものの、時間がそうあるわけでもなく、一言二言で終わることが多いし、

患者の中には10代、20代の子もいるけどそれはもう病気についての話しかしない訳で、

ほんと、久しぶりに若い子とフツーの話したな~と・・・

 

髪もスッキリして、若い子と話してリフレッシュ出来ました。

歳取っちゃたのよね・・・と思いそうになるのをグッと抑えて、

スッキリした気分をしばらく味わいたい、と思います。

 

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2009.05.24 06:45 |  生活 / くらし  |  ゆう  | 推薦数 : 1

娘の運動会

土曜日、今年から1年生になった娘の小学校で運動会がありました。

新型インフルエンザの流行で、運動会も予定通り開催されるのか不安でしたが、

金曜日の時点でまだうちの県での発症報告は無く、無事土曜日の開催となりました。

 

お天気もかなりイイです。

暑いぐらい・・・

金曜日に流産手術が3件も入っていたため、土曜日の朝8時ごろに病院に出かけ、術後の診察をして、家に戻り、出かける前に用意していた弁当を持って小学校へ行きます。

(うちの病院では流産手術は1泊2日入院にしています)

開会式の途中に間に合いました。

1年生は一番最後の入場だったので、ちょうど娘が入場してくるところを見ることができました。

上級生に比べると、とっても初々しい1年生たちです。

 

開会式の後は全校生徒での大玉ころがしがあり、赤白二つに分かれての対抗戦です。

娘の小学校ではクラス対抗ではなく、1年生~6年生までが赤組、白組と二つに分かれて競い合うみたいです。

玉入れもリレーも騎馬戦も応援合戦も、赤白対抗です。

 

1年生はかけっこ、ダンス、玉入れをしていました。

4月に入学してからまだ2ヶ月ですが、ダンスもみんなきちんと覚えて、上手に出来ていました。

夫はPTA競技の「大人の綱引き」に出て、本気を出したみたいで、手の皮が剥けてました・・・

午前中で1年生は全部出番が終わり、娘が疲れた、と言うので家に帰ってから弁当を食べました。

私は朝からの弁当作りと炎天下での観覧で疲れてしまい、お昼寝・・・

 

運動会、また娘の成長が見ることが出来ました。

疲れましたが、いい一日でした。

 

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2009.05.06 08:47 |  生活 / くらし  |  ゆう  | 推薦数 : 0

分かりやすい名前

昨日夜、たまたまTVのニュースを見ていると、麻生首相の会見模様が映っていました。

今、ドイツ訪問中のようです。

会見しているマイクの前に、ローマ字で首相の名前が書いています。

”TARO ASO”

大文字だけのローマ字表記なので、とっても分かりやすい(!)

加えて、たろう、あそう、と最後が伸びる言葉なので、ローマ字で表記すると↑のように、文字数も少なくなります。

余計にスッキリとして、視覚的には非常に分かりやすい名前です。

言葉に出して言うと、また違うのかもしれませんが、それでも、割と外国人にも呼びやすい方ではないかと思います。

 

最近、子供の名前がものすご~く凝っていて、読みにくい名前が多くなっています。

これまた、昼にたまたま、”笑っていいとも!”を見ていると、「結」と書いて、「りぼん」と読む女の子が出ていました。

絶対、読めない・・・

漢字の当て字を名前に付けるのって私にはちょっと抵抗があります・・・

きちんと名前を読んでもらえないのも可哀そうだし、自分で名前が書けるようになった時にも混乱するのではないか、と心配してしまいます。

 

新聞社に勤める父親を持つ友達が、自分の名前は、外国に行っても発音がしやすいように付けてもらったんだ、と自慢げに話していたのを覚えています。

確かに、彼はその後、外国で仕事をしていました。

音で読むと、聞き取りやすい名前だと思います。

 

他人の子の名前についてケチを付ける気はさらさらありませんが、分かりやすい(読みやすい、発音しやすい)名前というのは、ひとつの強みかな、とも思います。

 

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2009.04.14 04:54 |  生活 / くらし  |  ゆう  | 推薦数 : 1

入学式でのカルチャーショック

娘が小学生になりました。

ピカピカの1年生です。

先週、入学式があり、外来は休診にさせてもらって、行ってきました。

 

小学校までは歩いて数分です。

途中桜の花もきれいに咲き誇り、天気もよくて、いい入学式日和です。

近所の人も、ピカピカの制服に身を包んだ娘と珍しくスーツを着ている私を見て、入学式だと分かるらしく、

おめでとうございます、と声を掛けてくれます。

 

小学校に近づくと、同じような親子が見えてきます。

と、ここで、あれ?と思います。

え~、ランドセル持ってくるの~?

うちの子は手ぶらで行っていましたが、半分以上の子が真新しいランドセルを背負ってきています。

入学式前に学校から説明会があって、そのときにもらった用紙には、入学式に持ってくるものの中にはランドセルは無かったはず・・・

たぶん、校門前で写真を撮るために背負ってきてるのかなあ・・・

ランドセルを持ってきてない子のほうが少数派なので、ちょっとかわいそうになってきましたが、

仕方ない・・・です。

写真撮るためだけに背負ってくるんだ~と変に感心してしまいました。

そしてもうひとつ。

親が大きな袋を持ってきています。中には算数セットやら鍵盤ハーモニカ等々・・・

これも持ってくるものの中になかったんだけど・・・

これまた半分以上の親が持ってきているので、私みたいに手ぶらの親は少数派・・・です。

子供に重たいものを持って行かせるのがかわいそう、と思ってのことなのか、

でも、そこまでするの?と妙に感心してしまいました。

学校から持ってくるように言われてから自分で持って行くのが当たり前、と思ってましたが、(ウン十年前の自分が小学生のときはそうだったし・・・)

今はそうではないのか・・・

 

小学校に上がったら、行き帰りも子供たちだけだし、なんでも一人でやっていくのがフツーなのかと思っていましたが・・・

たしかに、ほんの少し前までは親と一緒に幼稚園、保育園に行き、重たいものは持ってあげていたから、急には一人立ちさせられないのかもしれません。

う~ん、でもどうなんだろう・・・

なんだかちょっと過保護すぎて、私にはついていけないかも・・・

 

入学式では、先生の掛け声に合わせてぎこちなく礼をしたり、校長先生の話に飽きて足をブラブラしたり、後ろにいる親を探してみたり、とまだまだ初々しい1年生たちでしたが、

ここまで大きくなったんだ、と嬉しくもありました。

それに比べると、式に参列していた6年生は、もう本当にしっかりしていて、頼もしく見えました。

6年経ったらこんなに立派になれるんだろうか・・・と。

 

娘にとっても私にとっても初めての入学式で、いろんなことに戸惑いましたが、

6年間楽しく小学校生活が送れたらいいな、と思います。

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2009.04.07 04:53 |  生活 / くらし  |  ゆう  | 推薦数 : 1

男兄弟のフシギ

先週末、夫の弟の結婚式に出席するため、家族で東京に行ってきました。

夫は男3人兄弟の真ん中です。

義兄と義弟は田舎を離れ、東京に住んでいます。

3人兄弟が揃うのは、久しぶりだそうです。3年ぶりぐらい?

 

結婚式は六本木にある出雲大社の分祀で行われました。

東京駅に着いて、タクシーに行き先を告げると、どこですか?とまるで分からないみたいです。

義兄に携帯で聞いて、運転手に説明しながら、近くで降ろしてもらいました。

場所は、確かに分かりにくい・・・

少し路地を入ったところにあります。

こんなところにあるんだ~という感じです。

東京に長く住んでいる義兄も初めて知ったところだったようです。

 

結婚式は神前で粛々と行われました。

20分ぐらいで終わりましたが、いい式だったと思います。

その後、場所を移して、両家の食事会が設けられました。

おいしい日本食の料理屋です。

 

そこでの兄弟の会話・・・

義兄「今どこの会社にいるの?」

義弟「○○だよ。僕は兄ちゃんの会社知ってるよ、会社名だけだけど。●●だよね」

義兄「うん、そう。で、住んでるのどの辺?」

義弟「今は大森。 兄ちゃんは最寄の駅って△△だよね」

義兄「そうだよ。ところでお前どこの大学出たの?」

夫「兄ちゃん、知らないの?」

義兄「知らないよ、どこ?」

義弟「□□大学だよ」

義兄「そうなんだ、で、高校はどこ?」

          ・

          ・

          ・

こんなに、兄弟のこと知らないなんて・・・

これにはちょっと訳があり、義兄は中学から進学校に行っていて、寮生活をしていたそうで、義弟は7つ歳の離れた義兄とはほとんど一緒に住んだことがないそうです。

義弟が5歳までは一緒に暮らしていたようですが、その後は学校の夏休みとか冬休みに義兄が家に帰って来るときに会っていたぐらいで、

”お兄ちゃん”というよりは、”親戚のおじさん”みたいな感覚だったそう・・・

 

それにしても、今は同じ東京にいるのに、働いている会社も住んでる場所も知らないなんて・・・

男兄弟ってこんなもの?

私は、夫とは正反対の女4姉妹で育っているので、

何かと連絡を取り合っているのがフツーで、

今はみんな別々に暮らしているけれど、仕事先も住んでるところも当然知ってるんだけどなあ~

 

夫の兄弟は、特殊な事情(義兄が中学から寮生活に入り、そのまま大学は東京に行って、仕事も東京で就いた)のために、↑のような会話になってしまったのだけれども、

それでも、なんか違う、っていうか女姉妹には、分からない感覚っていうか・・・

 

今回結婚式で、兄弟3人の近況がそれぞれ分かったので良し、ということでしょうか・・・

 

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2009.03.22 05:44 |  生活 / くらし  |  ゆう  | 推薦数 : 1

涙の卒園式

昨日、娘の行く保育園の卒園式がありました。

1歳のときから毎日通った保育園です。

一人一人に卒園証書を授与してもらいました。

約1ヶ月前から卒園式の練習をしたようです。

名前を呼ばれたら、「はい」と返事をし、壇上に右足から上がって、おじぎをして・・・と、みんな上手に出来ていました。

誕生日順なので、3月生まれのうちの娘は最後のほうですが、もう最初の子が呼ばれたときから、涙腺がゆるんできます。

大きくなったね・・・と感慨深い思いです。

 

卒園児全員での「お別れのことば」では、遠足や運動会の思い出をスライドにした写真を写しながら、発表していました。

もうこのあたりになると、涙をこらえるのがやっとです。

歌を挟んで、担任の先生が一言ずつ話をするとき、先生も涙声になっているのが分かります。

娘の担任は若い男の先生でしたが、ほかの誰よりも泣いてしまって、声がなかなか出てきません。

やっと振り絞って出したその涙声に、思わずもらい泣きしてしまいました。

 

保育園には、本当にお世話になりました。

優しくていい先生方と、たくさんの友達に出会えました。

安心して仕事が出来ました。

 

卒園式の後クラスで記念品等をもらいました。

なかに、アルバムが入っていて、園での写真が貼っていました。

一人一人先生たちが写真を選んで貼ってくれたみたいです。

1歳から今までの写真がいっぱいありました。

楽しい思い出を作ってくれて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

 

卒園式が終わっても、3月終わりまではまだ園に通います。

あと1週間少し、みんなとたくさん遊んで、思い残すことなく小学校に上がってほしいと思います。

 

 

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