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週末、地方学会に行って来ました。
今回は、自分の発表もあり、発表前は緊張して気持ち悪くなっていましたが、初日の初めの方のセッションだったので、
終わってしまえば、超開放されて、気分もスッキリです。
今回も珍しい症例や新しいことを勉強することが出来て、良かったです。
久しぶりに同門の先生達にも会えて、いろいろと話が出来たのも嬉しかったです。
さて、2-3年前から日産婦学会でも若手企画がありますが、地方学会でも同じように若手による企画が組まれています。
今回は、入局VS非入局 をテーマにアンケート集計の発表とそれに対するディスカッションが行われました。
その中で、印象に残ったのは、ある部長先生の発言です。
君達は、わがままではないか?
一般企業に入れば転勤は当たり前であるし、拒否できないもので、
医者になればそれが優遇されるというのはおかしいんじゃないか?
症例が多いところで技術や知識を吸収していくのはもちろん大事だけれども、そんなにあせらずにもっとゆっくり進んでもいいのではないか?
・・・と。
今まで卒業すればほとんどが医局に入局し、医局人事で異動があるのが当然であったのが、
新臨床研修制度が始まり、入局することなく、自分で就職活動をする人が増えてきました。
自分が希望するところで働けるメリットはありますが、症例が偏ったり、縦横の人の繋がりが出来にくかったりといったデメリットもあるようです。
私自身は臨研制度以前の世代なので、当然のように医局に入り、医局から言われるままに異動を受けていました。
ただ、女医の場合は、結婚・妊娠により配慮をしてもらえたので、ありがたかったです。
研修医のときは比較的大きい総合病院に勤務させてもらい、その後は2人体制の病院でしたが、分娩・手術も多くさせてもらいました。
勤務した先々のいろんな先生からたくさんのことを教えてもらいました。
医局が主催していた研修医会や学会等で同期に会い、頑張っている姿を見て、自分も頑張ろうと思いました。
なので、私は入局してよかったと思っています。
・・・というか、選択肢がそれしかなかっただけなので、良いも悪いもなくて、今の自分で納得できているかどうかなのかな、と。
選択肢がある今の人たちは、かえって大変だと思います。
フロアの教授からは、
異動に関しては、個々人が能力を伸ばせるところに出来るだけ行かせてあげている、との発言もあり、
今の、自分で職場を選んでいくやり方では、本当であればもっと上を目指せるのに、低空飛行のままでもったいないと思う人たちもいる、とのことでした。
入局してても自分のやりたいことがあるのであればきちんと努力して、それをアピールすることで道は開けるんじゃないかと考えます。
今は1人で外来メインの仕事をしていますが、いつか分娩・手術が出来るところに異動したいと考えているので、
今回のような学会でも演題を出して発表することで、私なりにアピールしているつもりです。
(もちろん医局長には希望を伝えてますし、今回教授にも会えたので、同じように伝えました。)
自分で努力しないで、希望だけを言うのが「わがまま」
きちんと努力して、その上で言うのが「希望を通す」こと
なのかな・・・と私なりに考えてみましたが、どうでしょう?
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手術の手伝いに行っているDrから私の同期が今、大学病院に入院していると聞きました。
何科ですか?と何気なく聞くと、脳外科、と言われます。
思わず、えっ?と聞き返しましたが、
出血したらしい・・・とのこと。
マジで?嘘でしょ?まだ30代だよ・・・
2日前から今までにないぐらいの頭痛があって、今まで飲んだことがない鎮痛剤を飲んで様子を見ていたところ、
朝起きると、右半身が麻痺して動かなくなったそうです。
勤務している病院でMRIを撮影し、脳内出血が分かり、入院、点滴治療していたものの、手術するには難しい部位らしく、
大学病院に転院になったとのことでした。
手術の手伝いを終えて、さっそく大学病院に見舞いに行きました。
脳外科病棟の個室で、やつれた顔の同期を見て、改めて、
大変なことが起こったんだ・・・と実感しました。
やや呂律が回らないところがあるものの、話は出来るので安心しましたが、右半身、特に手がほとんど動かないとのことでした。
右足も最初立てなかったのが、動かせるようになったんだよ、とベット上で足を動かして見せてくれます。
1週間で少しずつ麻痺が回復しているのなら、大丈夫なのかな、と思いましたが、
脳外科の同期に聞くと、結構リハビリをしないと難しいとのことでした。
ギネの手術を執刀医として症例を積んで、まだこれから上手になりたいと思っていた時期だっただけに、かなりショックだった様です。
手術や分娩ができなくなったら、ターミナルケアでもしようかなあ・・・婦人科癌のターミナル患者の往診も少ないけれどやってたしね・・・と言います。
まだ小さい子供が3人いて、奥様も大変だと思います。
研修医1年目に、同じ研修病院で、二日に1回の当直を交互にやっていた同期です。
しんどい時期に一緒に頑張ってきた仲間です。
私に出来ることがあれば、してあげたいと思いますが、
頑張って、元気になって、と祈るしかありません。
こんなに休むのって初めてだよ、と笑って言っていましたが、
家族のためにも、頑張って、リハビリして、
今までと同じと言うわけにはいかないかもしれないけれど、
また一緒に働くことが出来たら・・・と思います。
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月に2-3回、手術のお手伝いに行っています。
久しぶりに開腹手術(腹式子宮全摘)を助手でさせてもらいました。
久しぶりだったせいなのか、結さつする糸を力入れすぎて切ってしまったり、普段出血しそうに無いところから出血したりと、いつもより時間がかかってしまいました。
もちろん執刀医には叱られ、それでも丁寧に指導してもらい、申し訳なさと情けなさでかなり落ち込みました。
やはり、ブランクのせいなのか、単に自分の技術の未熟さのせいなのか、
たぶんそのどちらもだと思います・・・
猛省しています・・・
産婦人科医1人体制となって既に3年目を迎えています。
1人になって、分娩取り扱いを止めたため帝王切開もずっとしていません。
大学派遣のDrが週1で来てくれているものの、毎回手術が入るわけではなく、月に2-3回入ればいい方です。
あと1-2年で、分娩を扱う病院への移動を考えてはいるものの、実際5年も手術、分娩からほぼ離れた状態で、再び以前のように働けるかといえば、相当の疑問符が続きます・・・
ある女医さんは、医者である夫の留学に付いていき、約5年手術や分娩を離れたことで、もうそこに戻る自信はないと考え、クリニックを開業されました。
家庭の事情など、開業の理由は他にもあったようですが、その自信の喪失もひとつの大きな理由になったと話してくれました。
留学前までは、臨床も研究も非常によくされていた、優秀な女医さんです。
久しぶりに会った同門の先輩女医さんに、
そろそろ分娩のある病院に移動をしたいと思ってるけれど、C/S(カイザー:帝王切開術)もずっとしてないんですよね・・・
と話すと、大丈夫よ~、私も3年間新生児(医療)しかしてなかったけど、戻れたよ~、と言います。
大学にいる頃、新生児室専門の勤務をされていましたが、今は周産期センターでバリバリの産科医をしています。
でも先生、だんだん歳取っていくと戻るのも時間かかりますよね・・・、と尋ねると、
確かに・・・、と答えられます。
これから自分はどうしたいのか、何をしたいのか、
ぐるぐるぐるぐる頭の中で自問ばかりして、自答出来ていません。
まだ、医者になってたかだか10年ちょっとです。
これから仮に定年まで医者をやるとしてもまだあと20年あります。
あと20年、私はどういう医者になりたいのか、どういう医療をしたいのか、
どう生きたいのか、
40歳の手前で、惑ってばかり・・・
でも、
みっともなくても、かっこ悪くても、あがいてでも、
自分の生きる道は、自分で見つけるしかないのだと、思います。
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10年ぶりに2人の後輩に会いました。
先週日曜日、新生児蘇生講習会に出席。
そこで、大学のときのテニス部の後輩に再会。大学卒業以来です。
テニス部のキャプテンをしていた彼ですが、その頃よりは少し(かなり?)恰幅がよくなっています。
中核病院で、小児科医として頑張っているようです。
班に分かれて、インストラクターに実技講習を受けましたが、その班もたまたま一緒に・・・
さすが、小児科。
人形を使っての挿管とはいえ、上手にやっています。
約2時間の実技講習は楽しく終わりました。
インストラクターのDrは、私たちよりも若い小児科の先生でしたが、とても丁寧で分かりやすく教えていただきました。
最後にテストをして、みんなで写真を撮って終わりです。
まだ合格かどうかの通知は来ていませんが、たぶん、大丈夫かなあ~、と楽観しています。
ちなみに、うちの病院の初期研修医も前回の講習できっちり合格しているので、私が落ちるわけにもいかないわけで・・・
大丈夫と思いつつ、ちょっとドキドキです。
そして、昨日。
神戸で開催されている日本周産期・新生児学会に行ってきました。
そろそろ帰ろうと、クラークに荷物を取りに行く途中、
「先輩?」
と声を掛けられます。
大学ではテニス部以外に茶道部にも入っていましたが、その茶道部の後輩です。
彼とも卒業以来の再会でした。
新生児科医として忙しい毎日を送っているようです。
学生の頃より、頬がこけ、目も心なしかくぼんで見え、思わず
やせたね、と言うと、そうでもないですよ~と言います。
いや、絶対やせてる・・・と思いながら、声には出さず・・・。
周産期センターのNICUで働いていて、Drの数は多いのでon offはきっちりしてると言いますが、
それでもやっぱり大変だろうと思います。
お茶(茶道)やってます?と聞かれ、全然だよ、もしかしてやってるの?と逆に聞くと、全く・・・と笑っていました。
2人とも部のかわいい後輩です。
卒業以来約10年ぶりの再会でしたが、仕事をしているとどこかでこうやって頑張っている後輩に会えるのは、嬉しいことです。
そして、学生時代に部活をしていて良かったな、と思います。
部の忘年会などで、OBの先生たちが言っていたことが、身にしみて分かります。
部活で会った仲間は一生の仲間だと・・・・
頑張っている後輩に負けないように、私も仕事、頑張ろうと思います。
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昨日、久しぶりの女医会に行ってきました。
大学の同期の女の子だけの会です。
卒業後不定期に開催されています。
いつも幹事を買って出てくれる子がいるので、本当にありがたいです。
同期の女の子は19人ですが、昨日の出席者は12人。
まあまあの出席率です。
加えて子連れOKだったので、子供が10人。参加者の半分が子供です・・・
中には数年ぶりに会った同級生もいて、会えてうれしかったです。
昨日の会は、実は同級生の一人が新規講座の教授に就任したお祝いの会でもありました。
新規講座とはいえ、30代後半での教授就任はスゴイと思います。
学生の頃から、学生会活動を熱心にしていて、成績も常にトップクラスの彼女だったので、当然といえば当然なのかもしれません。
いつも、さらっとそういうすごいことをやってのけちゃうように見えますが、たぶん相当の努力をしてるんだろうな、と思います。
心から、教授就任おめでとう、と言いたいです。
うちの学年は、他の学年と比べて、離職率が少ないそうです。
確かに昨日出席していた中で、実際働いていないのは一人だけで、あとは常勤、非常勤いろいろですが、仕事を続けています。
働いていない一人も、もうすぐ育休明けで働く予定だそうです。
昨日欠席の7人は仕事のために来れなかった人たちばかりなので、本当に卒後約15年ほどですが、みんな医者の仕事を続けています。
4人、3人と子供がいる人も週2~3回で仕事をしてるし、私のように子供1人の人や既婚だけど子供なしの人は常勤で変わらず仕事してます。
独身の人ももちろん、それこそバリバリに仕事をしていて、既に部長クラスでがんばっています。
みんな、生き生きしていました。
学生の頃と変わってないよね、とお互い言いながら、
でも着実にみんなあの頃とは変わっていて、
妻になり、母になり、部長や教授になる人もいて、
それぞれが、それぞれの道を胸を張って進んでいるんだな、と思いました。
みんなに会えて、よかったです。
明日からも仕事、頑張れそうです。
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憧れの女医さんがいます。
8学年上の先輩です。
一緒に働いたことは無いですが、同じ大学医局の先生です。
独身で、バリバリ仕事しています。
性格もさっぱりしています。
先日同門会があり、久しぶりにお見かけしました。
いつ見ても、かっこいいです。
5年前にやはり同門会でお会いしたときに、赤いフレームの眼鏡を使っていたのを見て、さっそく真似して同じような眼鏡を買いました。
今、黒のベンツに乗っているそうです。
さすがにそれは真似できない・・・
憧れの姉貴です。
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先日の日曜日、2ヶ月に1回開催される産婦人科専門医会に行ってきました。
そこで、久しぶりに同期の女医に会い、会の後30分ほど立ち話。
彼女は大学で働く一児の母です。
まだ子供が2歳なので、大学の女医支援枠で、週3回のパートで勤務しているそうです。
同じ県内にいても、勤務場所が違えば、それほど会う機会もなく、話す機会もないため、お互いの動向を同期といえどもあまり把握してない状況です。
大学勤務が1年もない私にとっては、大学の近況は浦島太郎状態・・・。
大学のこととか、育児のこととか、ひとしきり話して、別れました。
久しぶりに話ができて、楽しかったです。
4月の終わり、東京で日本産婦人科学会があり、出席してきました。
学会では昨年から「若手医師による企画」なるものがあり、今回も卒後5~7年目ぐらいの医師によるセッションがありました。
今回のテーマはどうしたら産婦人科医を続けられるのか、というものです。
日本の産婦人科医の現状や海外の現状などよくまとめられていたと思います。
そして、彼らの結論としては、横の繋がり(同期)が離職を防ぐのではないか、とのことでした。
大学の枠を超えて、多くの同期と知り合い、話をすることで、悩んだり、しんどいときに力になってくれるのではないかと。
そこで、学会がそのような機会を与えてほしいとのことでした。
確かに、同期は大切です。
でも、それが離職を防ぐことになるだろうか・・・というのが私の正直な感想でした。
そのセッションで、ある中堅以上の女医さんも言われていましたが、やっぱり大事なのは「志(こころざし)」ではないかな、と。
そして、もっと言えばある程度の「覚悟」がいるんじゃないか、と私は思っています。(考え方が古いのかも知れませんが・・・)
産婦人科医はキツイ仕事です。もとより医師という仕事がキツイ仕事です。
その仕事を自ら進んで選んだのであれば、高い志とキツクてもやっていこうという覚悟がいるんじゃないかな・・・と思うのですが、どうでしょう?
もちろん、過重労働やいわれのないクレーム、裁判などに巻き込まれてでも、というつもりはありません。
そういった、どう考えてもそれはないよ、という状況では辞めたくなる気持ちも分かりますが、
そこまでではなくて、もっと甘いレベルで離職してしまうケースもあるんじゃないか、と特に最近の若い女医さんを見ていると思ってしまうのは、私の勝手な見方でしょうか。。。
ただ、若い人たちを非難するだけではなく、自分も含めて、先輩たちが楽しく、生き生きと仕事をしている姿を見せるのも大事だと思います。
先月、くも膜下出血で若くして亡くなった巨人軍のコーチ、木村拓也さんが言っていた、
「野球が好きです。勝っても負けても、野球は楽しいです。」
という言葉が、とっても印象に残っています。
好きな仕事を楽しくできることは、すごく幸せなことだと思います。
同期も大切だけど、頼れる先輩も大事かも。
後輩から頼られる、志を持った先輩になっていきたいと思います。
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すでに、学校は新学期が始まりましたが、
春休みの間、うちの病院では高校生の「半日医師体験」という企画をやっていました。
医学生だけではなく、高校生からリクルートを始めないといけないこのご時勢です・・・
高校生のうちから、病院や病院にいる職員(医師だけでなく看護師や薬剤師、リハビリ療法士、検査技師などなど)と接する体験を持つことで、実際に医学部に進学したときに、
「高校生で行ったあの病院で実習してみようかなあ~」という気持ちになってくれれば・・・という淡い期待が込められています。
「医学生・医師確保対策委員会」というところで企画されます。
そんなわけで、3月下旬のある日の午後、地元の高校生3人が病院に来院です。
午後3時ごろ、時間が空いて医局に戻ると、昨年定年を迎えて今は嘱託で勤務されている外科の大御所先生が、医局秘書さんと何やら話しています。
大御所先生 「糸とスポンジみたいなのがないかなあ~?」
秘書さん 「すぐ探してきます!」
どうやら、高校生に縫合を教える準備をしているようです。
思わず、
”えっ?先生がされるんですか?”とたずねると、
”まあ、そうみたいだねえ~”とのこと・・・
下っ端の私が休憩しているわけにもいかない様な気がして、
オペ室まで糸や針、持針器などを借りにいきます。
手袋もあった方が、それっぽいかも、と思い、高校生の手のサイズが分からないので、いくつか持ってきます。
準備が完了したところで高校生たちが医局にやってきました。
席に付いて、大御所先生から縫合の手ほどきを受けます。
持針器に触るのも初めてなので、最初は手元がかなり危なっかしかったのですが、だんだんそれも慣れてきたようです。
3人とも真剣な顔つきで、もくもくとスポンジを縫合していました。
約30分ほどして、終了です。
その後、なんだか流れで、高校生とのお話会にも参加することに・・・
若手も入れたほうがいいんじゃない?と思い、医局にいた4年目の後期研修医を連れて来て、高校生からの質問を受けます。
「どうして医者になりたいと思ったんですか?」
「医者ってやっぱり大変ですか?」
「夜何時ごろ帰りますか?」
「給料っていくらぐらいですか?」
「休みってどれぐらいありますか?」
「長袖の白衣と半袖の白衣ってどうやって分けて着てるんですか?」
などなど。
一つ一つ、それなりに丁寧に答えていきます。
逆質問で、高校生に、どうして医者になりたいと思うの?と聞いてみると、
「人の役に立ちたいから」
「父の仕事を見ていてやりたいと思った」
「やりがいがある仕事だと思うから」
と答えが返ってきます。
すばらしい!
ぜひ、その気持ちを大事にして立派な医者になってほしいと思います。
しっかりした意思を持った後輩たちが、後に続いて来てくれることを切に願っています。
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来月、東京で日本産婦人科学会が開催されます。
ほとんどの産婦人科医が入っている学会です。
地方にいる私たちにとっては、久々の東京です。
妹二人が東京に住んでいるので、宿は取らず、妹の家に泊まる予定です。
手術の手伝いに行っている病院の、部長先生も学会に行かれるそうです。
娘さんが東京にいるそうで、学会ついでに奥様と一緒に会いに行かれるようです。
サーバリックス(子宮頸がん予防ワクチン)を持って・・・
別の病院の、これまた部長先生も学会に行かれます。
娘さんが里帰りで分娩され(もちろんその部長先生が分娩に立ち会ってます)、1ヶ月ほどで東京に戻られたそうです。
学会ついでに奥様と一緒に孫に会いに行くそうです。
学会でもないと、遠くにいる家族にはなかなか会えません。
学会で新しいことを吸収し、
久しぶりに会う家族に癒されて、
また、日々の診療に戻ります。
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昨日はすごく風が強かったです。
・・・なんて、フツーに書き始めましたが、
約10ヶ月ぶりの更新です。
去年の6月以降、いつもの低空飛行が始まり(毎年大きく上がったり、下がったりがあります・・・まるで雨季と乾季のように・・・)、悶々とした日々を送っていましたが、
やっとここ最近少し上昇気流に乗りかけています。
でも、調子良過ぎて、どんどん上昇していくと上がりすぎてその後ドーンと下がっちゃうので、
ちょっとずつ、ちょっとずつ今までよりもほんの少し高度を上げて、出来るだけその高度を維持しながら安定させていこうと思っています。
更新を休んでいたこの10ヶ月あまりにもいろんなことがありました。
去年の7月には左腕が突然上がらなくなり、まだ30代なのにいわゆるウン十肩になってしまい、
10月には末の妹が緊急入院し、退院後1週間うちに居候していました。
イヤなことばかり・・・と思っていましたが、
今年に入って、ある研究会で久しぶりにお会いしたDrから手術の手伝いに来ないか?というお誘いを受け、
今月から週1回午後から「外部研修」という形で行かせてもらっています。
やっぱり、手術って楽しいです。
それから、うちの病院で初期研修していた産婦人科志望の研修医が、4月から大学の医局に入局して、産婦人科専攻医として後期研修を始めることが決まりました。
2年間、初志貫徹で、産婦人科への意欲を持ち続けてくれたことに感謝です。
現在、最後の選択期間3ヶ月を研修協力病院である近くの産婦人科症例の多い病院でさせてもらっています。
楽しく研修しているようです。
やっぱり、仕事って楽しくないと、長続きしないかも。
30代後半で、分娩も手術もほとんどなく、外来ばかりの毎日に腐りそうになりながらも、
通院してきてくれる患者さんに少しばかり頼られ、
産婦人科医になりたいという研修医に勇気付けられ、
こんな私でも手術の手伝いに誘ってくれる先輩に恵まれて、
楽しく仕事が出来ることに感謝したいと思います。
もうすぐ、春ですね。
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