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今年の初めから、なぜか院内の倫理委員会メンバーに加えられました。
2ヶ月に1回定期で会が開かれます。
委員会には院外の方も入られています。
医療者ではない一般の方の意見も聞けるので、はじめは戸惑いもありましたが、今は「これも勉強」と思って、参加しています。
ここずっと議題に上がっているのは、
「終末期医療に対する事前指定書」です。
つまりは、いよいよ最期かもというときに、心マッサージをしてほしいかどうか、人工呼吸器を付けたいかどうかなどを元気なうちに記して、医療者に提出しておくというものを作ろうとしています。
患者全員に書いてもらうのではなく、希望がある人に対して、「うちの病院にはこういうものがあります」として提示するものだそうです。
そもそもこういうものが必要かどうかから議論は始まって、今は指定書を作る方向で話は進んでいます。
実際、こういった指定書があったとしても、つまり本人はしてほしくないと思っていても、いざというときには家族がしてほしいと言えば、せざるを得ないのかなというのが、現場で働いている者としては思うところです。
指定書を書いておきたいという人がいれば、もちろんそうして頂いたらいいのだけれど、どこまで効力があるのか・・・とは思います。
委員会には聖職者、弁護士、新聞社勤務経験者など色々な方がいて、それぞれ意見を言われます。
はじめは、その意見を聞きながら、医療の現場を知らないから・・・と大きなギャップを感じていました。
しかし、何回か会を重ねるうちに、今は、貴重な非医療者側の意見として聞いています。
まだこの議題はしばらく続くようです。
上から出席するようにと言われ、言われるがままにはじめは嫌々出ていた会議でしたが、今は、
「社会勉強させてもらっている」
と思っています。
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コメント
コメント一覧
「指定書」なるものを議論し始めると、かなり大変な作業になることは間違いないところです。
いつ指定書を交わすべきか。
誰がそれを説明したか。主治医か、その上か。
誰が聞いたか。親か、兄弟か、代理か、はたまた、本人か。本人じゃだめなのか。本人だからといって、それでいいのか。
そもそも何のためにそれが必要なのか。
他の国ではどうなっているのか。
その指定書が効力を発揮するのは、ノーリターンの時点か、再確認を取ったときか、交わした時か。
どんな病状で有効で、どんな状況で無効か。
守らない時の罰則は。。。守らなくていいのはどんな時か。
主治医の判断はどこまで有効か。
などなど、結局、結論は出ないかもしれません。
尊厳死や脳死移植などで議論される「臨界点」の様相を呈してくることでしょう。
医師は、そうした議論の中の傍観者ではありえません。しかし、どうやら「当事者ではないらしい」ということに気付かされると呆然とするかもしれませんね。
医療は、わたしたち「医療者だけのものではない」ということを根本に据えると、かなり楽に聞くことができるかもしれません。
***ゆめみ
たしかに色々な問題点がありすぎて、先生が言われるように、結論は出ないかもしれません。
>医師は、そうした議論の中の傍観者ではありえません。しかし、どうやら「当事者ではないらしい」ということに気付かされると呆然とするかもしれませんね。
>医療は、わたしたち「医療者だけのものではない」ということを根本に据えると、かなり楽に聞くことができるかもしれません。
そうですね。新しい視点を与えてくださって、ありがとうございます。
どうしても人は、自分の立場で考えがちなので、違う立場、視点からの意見は大事にしたいと思います。
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