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ようさん、どうしたの?
まあ、何も言わず読んでね。
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神戸新聞 2007年5月23日(水)14:57
「恵まれない人に」と、三十七年間にわたり毎月欠かさず神
戸新聞厚生事業団姫路支部(神戸新聞姫路支社内)に義援
金三千円の寄託を続けた「M・Nさん」の実名が、このほど判
明した。M・Nさんは昨年六月に急逝し、寄託も終わったが、
残された妻が一周忌を前に「善意の輪が少しでも広がるきっ
かけになるなら」と明かした。
M・Nさんは姫路市総社本町の西木満さん。昨年六月二十
二日、自宅で心臓発作を起こし、病院に運ばれたが死去し
た。七十三歳だった。
西木さんの寄託は必ず、封書で現金三千円に「いつもお
手数をおかけします」とのメモが添えられ、差出人は「M・N」
となっていた。同支部の代々の担当者は「M・Nさんの愛の
定期便」と名づけ、福祉施設などへ届けるのを楽しみにして
きた。
神戸新聞社の記録では、定期便は一九六九(昭和四十
四)年七月、西木さんが三十六歳のときから始まっており、
他界の二日前に届いた四百四十四便目が最後になった。
総額で百三十三万二千円に上った。
生前、寄託を続けていることを口外したことはなかった。妻
洋子さん(71)も、同封するメモを書いている姿を見かけたり
して薄々は気付いていたが、直接聞いたことはなかった。遺
品を整理していた際、背広のポケットから出てきた手帳の記
録で分かったという。
西木さんは父親の跡を継いで自動車関連会社を経営。仕
事の傍ら、柔道をし、謡に熱中し、ゴルフの愛好会も設立す
るといった社交家で、周囲から「お父さん」と親しまれた。
六九年ごろ、知人の紹介で子どもたちがいる養護施設を
訪ねたことがあった。悲しい顔で帰ってきて、ふさぎこん
でいたという。「今から思えば、それがきっかけになったの
かも」と洋子さんは振り返る。
「こんな人もいたということを知ってもらえれば。なぜM・
Nのままそっとしておいてくれないのかと、主人は怒る
でしょうけれど」
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奥さんいずれあったら覚悟しといてください。でも・・・・・・・
この奥さんが世間にもたらしたものは夫と同じくらい大きいと
思うんだ。だから、
だったのかもしれないね。
ようさん、なんかすごいね。
うん、わからないけどなんか元気をもらった。まだまだ、がん
ばらなくちゃ。
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