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ようさん、どうしたの?
あのね、医者として生きていくために欠かすことのできない
基本となる考え方を教えてくれた家族がいてね。
ん~、難しいよようさん。
医者になって1週間頃かな、先輩の医者がどうしても行けな
いから、変りに当直に行けって言われてね。超老人病院だ
から大丈夫、丁寧に看取れば問題なしだからって。それで、
気乗りしなかったんだけど行ったんだ。確か、渋谷の首都高
の近くの病院、まだ医者になって何にもできないからそりゃド
キドキだったんだ。 でも、超老人病院だから.............。
「こんばんわ、当直に来ました。」
「は~い。あっ、OO病院の先生ですね。よかった。ひとり危
ないひとがいるんで、宜しくおねがいしま~す。」
頭の中は真っ白。うまく看取れるかな?いきなり不安で硬
直。でっ、看護師さんが回診前に患者さんの情報を申し送
り。
「肝硬変の患者さんで、ず~っとお腹が痛い痛いと言って
苦しんでます。」
おそるおそる年齢を聞くと
「52歳です。」
なんか突然数日前に来院して、どういうわけか院長がこの超
老人病院に入院させたとのこと。頭の中は真っ白。まだ医者
になって1週間。なにもできないし、終末医療なんかさっぱ
りわからない。
看護師に連れられ、患者さんをみにいってさらにびっくり、ほ
とんど青色吐息の状態。側には妻とこども二人が心配そう
に立ち尽くしている。簡単に診察してそそくさと当直室に向か
い、すぐに先輩医師に連絡。
「先生、だめです。若くて危ない患者がいます。ぼく、なにも
できませんよ。」
「あっ、そう。大丈夫だよ、もうだめなんでしょ。ほっといて看
護婦さんに呼ばれたら行けば良いよ。」
で、あっさり電話を切られてしまった。でも、怖くてすぐにもう
一人の先輩医師に連絡し、状況を説明していざと言うときは
指示をしてもらう確約をとって電話を切ったんだ。これで少し
安心したけど地獄はここから始まったんだ。電話を切るのと
ほぼ同時にナースセンターから連絡が。
「先生、患者さんが痛いって大声上げています。」
何にもできない!と言えず取りあえず患者さんの元へ直
行するも、
の、声にもならないような悲痛な叫びを聞いていたたまれず
に先輩に連絡して指示を仰いだんだ。でも、まったく効果な
し。で、結局麻薬を使用したんだけど怖さが先にたち十分量
が使えなくてね、ず~っと患者さんは呻いてたんだ。ほんとう
はその場から一刻も早く立ち去りたかったんだけど、なんか
離れられなくなって朝まで患者さんの側に居たんだ。それし
かできなかった。
『ごめんなさい、ぼくじゃなきゃもう少し楽になれるのに。』
ず~っと心の中で謝ってたんだ。それと、早く当直時間が終
わってくれよってね。
ようさん、それで朝になって逃げるように帰っちゃったの?
いや、朝4:00頃亡くなったんだ。痛いって言いながらね。
家族の顔がまともに見れなかった。子供は小学4年生の女
の子と小学6年生の男の子。ぼくが居た夜中ず~っとベッ
トサイドに立ってたんだ。母親の両脇で静かに泣いてたよ。
死亡確認して当直室に戻って、最後にどうしてももう一度患
者さんに手をあわせたくて病室にもどったんだ。すると、母親
が近づいてきて
「ありがとうございました。こんなにずっと側にいてくれて。
こころ強かったです。これ...........少ないんですけど...
お礼です。すみません、つつみがなくて。」
渡されたのはティッシュペーパーに包まれた10,000円
札。
ようさん、受け取ったの?
うん、返せなかった。なんか母親の気持ちを無にするみたい
で。母親のぎりぎりの気持ちが詰まってるみたいで。
「力になれなくてすみません....................。」
この一言が精一杯だったんだ。
でも、そのとき子供たちが小さい声で呟いたんだ。
「先生、ありがとう。」
って。本当に小さい声だったけどはっきり聞こえたんだ。
ほんとにやりきれなかった。
そのあと、医局に帰ってから大変。あの先輩の顔を見たら
怒りが湧いてきて、今にも殴りかからん状態。みんなに
静止されてね。教授、医局長にも呼び出されたけど絶対引
かなかった、いや、引けなかったんだ、あの家族のためにも
こんなこと二度と起こっちゃいけないと思ってね。
入局1週間ですでに問題児になっちゃった。
でも、止めるのは簡単だけど止めちゃ同じことが医局で繰り
返されると思ってね、死んでも止めないって。
ようさん、10,000円はどうしたの。
ん~、使う気が全くしなくてね、現在までティッシュペーパ
ーにくるんだままでセカンドバックのポケットに入れてお
いてあるよ。
あの家族、若くして大黒柱失ってどんな人生歩んだんだろ
う?幸せになってるかなあって時々思い出すんだ。
ぼくは、医者の出だしがああだったから気持ちは絶対抜けな
い、緩めない。だから、患者さんを起こったり、説教したり、話
を聞かなかったりする医者をみるとすぐにキレそうになるん
だ。だって、医者なんて治せる病気には限度があるじゃな
い。だったら、どんなに忙しくてもやさしく話を聞かなくっちゃ。
プロなんだから。
ようさん!
ん?
そのときは医者になり立てで何にもできなかったのわかるけ
ど...................少しはできるようになったの?
ん?
匍匐前進かな?いや365歩のマーチかな?
もっと精進しなさい。
はい。
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