もう、ずいぶん前のことです。
Bさんは、非常にきまじめな人でした。
お酒にも弱く、お酒で憂さなど晴らせそうにもありません。
奈良漬けを食べただけで顔が真っ赤になるらしいです。
そんなBさんの治療に携わってきました。
結構、吐き気の強い抗がん剤で治療したときのことです。
Bさんは、抗がん剤治療の日からほぼ毎日吐いていました。
2回目の治療の時に吐き気を押さえるお薬を多めにつかってみたのですが、なかなかBさんの吐き気を押さえるのは難しかったのです。
吐き気を押さえるには、いろいろな薬があり、向精神薬などを用いることもあります。
Bさんにもそのような薬を試すのですが、なかなかうまくいかなかったのです。
そうです、Bさんの吐き気は抗がん剤治療してから、5日間ほど続くのでした。
しばらくして、Bさんの吐き気が抗がん剤治療の前にも起こることに気がつきました。
もしかして。。。。
わかる人なら、わかりますが、Bさんの吐き気は精神的な要因も結構あったのです。
Bさんは、抗がん剤治療をすると気持ち悪くなるのではと信じています。
すると、今日から抗がん剤治療をはじめると考えるだけで、抗がん剤を使っていないのに吐き気がしたり、場合によっては吐いてしまったりするのです。
Bさんは、抗がん剤治療前に吐いています。
精神的な要因が大きいことがわかりました。
そんな、Bさんですが、抗がん剤の種類をかえて治療を行うこととなりました。
パクリタキセル(タキソール)というお薬を使うこととなりました。
実は、このお薬、なかなか水に溶けにくい性質のお薬で、溶かすためにアルコールが入っているのです。
Bさんに再度確認しました。
『Bさん、お酒あまり飲めないんですよね。』
『はい、飲めません。すぐに顔が赤くなります。』
『パクリタキセルには、アルコールが入っていてしんどくなるかも知れません。
もし、ドキドキが強かったり、いつもと違う感じがしたらナースコールを遠慮せずに押してください。』
と説明して治療を始めました。
もちろん、他にもアレルギー症状が出やすいことや、手足のしびれが出やすい薬であること、脱毛の頻度が高いことも説明しました。
そうこうするうちに、Bさんへのパクリタキセルの点滴が始まりました。
Bさんは、少し顔が赤くなっていましたが、大きな問題なく点滴が終わりました。
あー、よかったと思いながら、Bさんのベットサイドに行きました。
すると、なんか様子が変です。
いつもは、生真面目なBさんが、ヘンなんです。
どう、ヘンかって?
まず、目が笑っています。
生真面目さのかけらもありません。
そんな、Bさんがしゃべります。
『せんせー、なんか酔っばらったみたい。へへっ。
ベットの上でね。
こないだ、居酒屋タクシーってあったけど、
そんな感じやわ。
居酒屋ベットっ!ねー、せんせー!』
ミョーに陽気なBさんでした。
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しかし、居酒屋タクシーとは全然違うと思うんですが。
『患者と医者をつなぐもの』も読んでね。
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前回の続きです。
娘の結婚式に出たいけれども、がんによって命が幾ばくもない状態のNさん。
しかも、だんだん状態は悪くなってきていました。
それでも、Nさんの家族、O医師をはじめ医療スタッフもNさんが結婚式に出れるように、少なくても会場には行けるように努力していました。
傾眠傾向の状態からはあまり変化なくとうとう前日になりました。
ただ、結婚式の話の時は目をしっかりと開いて話をするそうです。
寝台タクシーに乗れば、何とか結婚式場にたどり着くことはできそうです。
いよいよ、結婚式の日の朝です。
O医師は、Nさんに尋ねます。
『大丈夫?行けそう?』
Nさんは、こくりとうなずきます。
寝台タクシーでNさんは、O医師とともに結婚式場に行きました。
そして、結婚式だけでなく、親族の写真、披露宴まで参加されたそうです。
もちろん、リクライニングのきく車いすでしたけどね。
Nさんは、何事もなく嬉しそうに病院に帰ってきました。
まさに、一生ものの結婚式だったようです。
結婚式場で、O医師はつぶやいたそうです。
『エビデンスなんてわずかなもんだな。』
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この話は、友人からの伝聞を基づいて作成しました。
よって、フィクションかも知れません。
『患者と医者をつなぐもの』も読んでね。
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もうずいぶん前のことです。
Nさんは、全身にがんが転移した状態で入院していました。
Nさんにとって残された時間はあと1ヶ月程度であろうと予測されました。
ただ、Nさんは最低1ヶ月は頑張らないといけなかったのです。
なんとしてもあと1ヶ月。
1ヶ月先には、娘の結婚式が控えているのです。
Nさんは、どうしても娘の結婚式に出たかったのです。
もちろん、とうの娘さんを始めNさんの家族もNさんが結婚式に出れるように積極的に動いていました。
Nさんの主治医は、O医師でした。
O医師は、その道では有名な先生でした。
非常に論理的な考えの持ち主で、いわゆるエビデンスを大事にするのです。
O医師もNさんが結婚式に参加したいことを知っていました。
そして、Nさんと約束をしました。
『僕が、結婚式に連れて行くから大丈夫。』と
結婚式まであと2週間と近づきましたが、病状は少しずつ悪くなっていきました。
結婚式に参加するのははたから見ていても厳しいと思われました。
食事もほとんどとらなくなってきました。
結婚式まで、あと、1週間となりました。
Nさんは、ほとんどベットの上で寝ているような状態だったそうです。
正直、結婚式の時まで命がもつかが危ぶまれました。
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この話は、友人からの伝聞を基づいて作成しました。
よって、フィクションかも知れません。
『患者と医者をつなぐもの』も読んでね。
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もうずいぶん前のことです。
Mさんは、重度の糖尿病でした。
そして、肺に膿がたまった状態で入院してきました。
家族の話では、入院するまで好き勝手な人生を送っていたようです。
朝から、酒を飲んでいたそうです。
もちろん、糖尿の治療なんかしたことはありません。
医者からは何度もちゃんと治療しないとダメだといわれていたようですが。。。
Mさんは、腎臓も悪く、視力も落ちています。
糖尿のコントロールが悪すぎるからです。
さすがにしんどいのか入院してからは、こちらのいうようにきちんと薬を飲んでくれるし、点滴や注射もいやがりません。
Mさんが入院して1週間は過ぎたでしょうか。
Mさんは、徐々に元気になってきました。
元気になってくれるのは良いことなのですが、だんだんとMさんの悪い一面が見えてきます。
『メシがまずい!何とかしろ。』
と言ってきかないのです。
とうとう、給食の責任者が出ていきましたが、
『こんな、まずいメシ食われへん。人間の食うもんとちゃうやろ!』
などと言います。
260円で作っているので、良い素材を使えないのは当たり前のことなのですが。
ただし、憎めないのです。
しばらくすると、
『さっきは悪いこと言うてもうたなぁ。謝ったら許してくれるかなぁ。』
などと言うのです。
しかし、突然にキレ出します。
私も被害に遭いました。
『この、ヤブ医者が、おまえがちゃんとしてくれへんから退院なかなか出けへんやないか?』
などと怒鳴られます。
このときも数時間するとナースに
『先生、怒ってるかな。謝っていたって伝えてくれへん。』
などと言っているようです。
もちろん、ナースにもしょっちゅう文句を言っているようです。
そんな、Mさんも病状がよくなって退院しました。
外来では、Mさんは悪い患者ではありませんでした。
入院中のストレスがそうさせていたのでしょうか。
しばらくして、外来も1ヶ月に1回から、3ヶ月に1回となりました。
実は、Mさん外来に来たときは必ず、病棟にあがって入院していたときに働いていたナースに挨拶に行っていたのです。
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でも、入院して怒鳴られるのはイヤでしたよ。
『患者と医者をつなぐもの』も読んでね。
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もう、ずいぶん前のことです。
Pさんは、胸部レントゲンで異常を指摘されて紹介されてきました。
Pさんは、肺の中にもかたまり(腫瘤)はあるのですが、どうも肋骨から出てきた腫瘍のようです。
外から、針でついて検査に出しました。
結果を待つ間に全身転移がないかも調べました。
肋骨のところだけで他に怪しげなところはありません。
PET(がんのところが光りやすい)の検査もして頂きました。
その結果は、肋骨と前立腺の部分がひかっていました。
組織の結果も『前立腺がんの転移を疑う。』と返ってきました。
PさんとPさんのご家族に病状を説明しました。
簡単にまとめると『前立腺がんの肋骨転移であろう。泌尿器科に一度受診して頂きたい。』との説明をしました。
すると、言いにくそうにPさんは話し始めました。
『実は、8年前にQ病院で前立腺がんと言われました。恐かったのでほったらかしにしていました。』
私も驚きましたし、ご家族もビックリしていました。
すぐにQ病院に問い合わせたところ8年前の診断は、前立腺がんで間違いないとのことでした。
Q病院で治療を受けることとなりました。
Rさんは、胸水がたまっていると紹介されてきました。
レントゲンを見てみると右側に胸水がかなりたまっています。
早速、水を抜くチューブを胸腔内(胸の中)へ入れました。
血性胸水(赤い色の胸水)が出てきました。
これは、悪性胸水の可能性が高いのです。
胸水細胞診より腺がん細胞を認め、また、腋窩(脇の下)のリンパ節も腫れており乳がんの可能性が高そうです。
さらに検査を進めていくと乳がんによる胸水貯留でした。
そこで、RさんとRさんのご家族に病状を説明しました。
すると、Rさんも告白をはじめました。
実は10年前に乳がんだとS病院で言われたそうです。
絶対に嘘だと思い病院には行かなかったそうです。
嘘だと思いつつ恐いので他の病院を受診することもなかったそうです。
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肺がんの進行は、早いことが多いのですが、乳がんや前立腺がんは非常に進行がゆっくりな事があります。(早いときもありますけど。)
ですので、このようなことが起こりえたのです。
肺がんの場合、まずないケースだと思いますけど。
こわくても、担当医とよく相談して治療方針を決めてください。
PさんもRさんも言われた当時に治療していれば治った可能性が高いと思います。
理解した上で治療しない選択をするならまだいいですが、こわいから逃げるのはいけません。
また、ASCO(世界最大級のがん学会)の季節ですね。
今年は、どんなネタが出てきますか?楽しみです。
『患者と医者をつなぐもの』も読んでね。
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もう、ずいぶん前のことです。
Nさんは、がんの末期で残された時間はほとんどない状態でした。
一般的な、末期の患者さんと少し違う点があるとするならばNさんは、まだ30代だったと言うことです。
Nさんは、今まで抗がん剤や放射線治療を行ってきたのですが、もう、Nさんにこれ以上の積極的な治療に耐えうる体力はない状態となっていました。
Nさんの苦痛は、かなり強いものとなっていました。
Nさんも苦痛はなるべく取り除いて欲しい。鎮静にも同意されています。
あとは、家族のセデーション(鎮静)への理解だけです。
ご家族に説明をするために時間の約束をしました。
約束の時間に、母親、弟が診察室に入ってきました。
少し遅れて、妻が、
そして、そのあとに小学生の娘(10歳)が入ってきました。
正直、ビックリしました。
今まで、中学生が一緒に説明を聞きに入っていたことはありましたが、小学生は初めてです。
しかも、かなりの心に深い傷を負うかも知れません。
あとで、確認するとどうしても話しを一緒に聞きたいと娘さんが希望したらしいのです。
ご家族の方に
Nさんは、がんの末期であり回復する見込みのないこと。
残された時間は、おそらくあと数日から1週間程度であること。
今まで、いろいろ手をつくしたけれども、全身倦怠感や身のおきどころのなさを取り除けなかった。
取り除くためには、セデーション(鎮静)しかないと考えられる事。
セデーションを開始したら、Nさんと話しなど出来なくなる可能性が高いという事。
などを説明しました。
一通り説明が終わりました。
母親の目からも妻の目からも娘の目からも涙があふれています。
『じゃあ、眠たくなるような薬を使い始めていいですね。』
『先生、その方向でお願いします。』
と妻が言った瞬間。
今まで毅然とした態度の娘は、「えっ」と驚いたような顔で母親(妻)の顔をのぞき込んで、そして、大声で泣き始めました。
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大好きなお父さん。
もうすぐ、永遠の眠りにつくことは理解しているでしょう。
だから、少しでも長く話しがしたい。
でも、すごくしんどそうなお父さん。
少しでも、起きておいて欲しい。
お母さんもそう言ってくれると思っていたのに。
彼女が心に受けた傷はどんなものなのでしょう。
彼女の心のケアまで、手が回りませんでした。
決して忘れることのできない出来事でした。
『患者と医者をつなぐもの』も読んでね。
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もう、ずいぶん前のことです。
Oさんは、肺がんの末期の状態でした。
食欲もなくなり、日中はほとんどベットの上で過ごしています。
全身倦怠感が強いようです。
ご家族の方にあと1ヵ月持つか持たないかわかりません。と説明しました。
それからお姉さんは、毎日病院に来るようになりました。
いろいろ身の回りのことなどをしてくれます。
Oさんにとってもお姉さんがいることは心強いようです。
ある日、Oさんの病室を訪れるとお姉さんがOさんに
『もう、死にかけてるくせに、、、、、、、』
と言ってるではないですか。
私は、ビックリしてお姉さんの顔をのぞき込みました。
お姉さんは、意に介することもなく続けます。
『片足、棺桶に突っ込んでるから、、、、、』
などとOさんの前で言っています。
お姉さんひどいと思う方人気blogランキングへクリック宜しくお願い致します。
それから、別の部屋でお姉さんと話しをしました。
お姉さんは、涙ながらに話しを始めました。
『昔から、何でも言いたいことは言う関係やったんです。
私もつらい、出来たらあんな事言いたくはない。
でも、先生もう治る見込みはないんでしょ。
しかも、もう本当に先が見えてるんでしょ。
そしたら、少しでも残された時間が短いことをわかってもらわなあかん。
わからしとかな、あの子が可哀想やと思います。
だから、心を鬼にしてあんな事言いますねん。』
そんな事があってから1週間ほどしてOさんは、眠るように逝かれました。
自分の残された時間をわかっていたかのように。
そして、お姉さんは、号泣していました。
『患者と医者をつなぐもの』も読んでね。
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もう、ずいぶん前のことです。
小柄なかわいらしいLさんは、我慢強い女性でした。
Lさんの病気は、稀なタイプの肺がんでした。
一般的に言って抗がん剤が効きにくいタイプです。
それでも、Lさんは、頑張って治療をしてきましたがだんだんと抗がん剤の効果もなくなってきました。
徐々にと緩和医療が治療の中心となってきました。
幸い、Lさんに痛みはなく主な訴えは『しんどい。』と言うものでした。
いろんな薬を試してみます。
ステロイドだったり、抗不安薬であったりを。。。
新しい薬を試した次の日はいつも
『ちょっと、調子いいかな。』と言ってくれます。
本当に調子がいいのか、気を使ってそう言うのかはわかりません。
いろいろな方法でLさんのしんどさを取り除けないかと頑張っていたある日
『先生、もうなんもせんでもいいで。先生、一生懸命考えてくれてるのはありがたい。
でも、かわらんし、点滴するのももうイヤや。
飲み薬が増えるのももうイヤや。』
『……、わかりました。じゃあ、なるべくLさんの希望のそうようにしますね。
できるだけ、点滴はしないように、飲み薬も必要最低限にしますね。』
Lさんは、こくりとうなずきました。
我慢強いLさんでしたが、しばらくしてLさんのしんどさは、限界に達しそうになってきました。
しんどさ、だるさ、身のおきどころのなさを取るためには鎮静(セデーション)しかないと言う話しをしました。
息子さんは、できるだけそのような方法は取りたくないようです。
母にしんどい思いはさせたくないけど、コミュニケーションがとれなくなるのがつらいようです。
何日か経って息子さんからセデーションを今すぐ始めて欲しいと連絡がありました。
夜、付き添っていた息子さんに『しんどい、楽になりたい。』と言ったそうです。
今まで、息子さんの前では決して弱音をはかない強い母だった。
子供の頃から、そして、大人になってからも息子さんは母の弱音を初めて聞いた。
と涙ながらに話されました。
セデーションを開始して数日後、
周りには、旦那さん、息子さんをはじめ、家族が10名ほど集まっていました。
Lさんは、1分ほど呼吸しなくなっています。
『あと1人孫が来ます。もうすぐ、来ます。』
息子さんが言うと同時に最後のお孫さんが入ってきました。
孫を待っていたかのようにLさんは、最期に大きな息をし、息を引き取られました。
Lさん、幸せだったと思う方人気blogランキングへクリック宜しくお願い致します。
Lさんは、旦那さんにだけしんどい、つらいといった事を言っていたようです。
どんなに高齢になっても息子の前では母であろうとしたんですね。
Lさんの担当になれて本当によかったと思います。
『患者と医者をつなぐもの〜よっしぃの独り言』も読んでね。
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もう、ずいぶん前のことです。
Kさんは、ある夏の暑い日に入院してきました。
Kさんは、20代後半の少し気のよさそうな青年でした。
レントゲンで片肺が真っ白になっていました。
Kさんは、飲み屋の店長をしていました。
2ヵ月前からしんどさを感じていたのですが、病院へ行きませんでした。
店長と言っても雇われであり、休みにくい状況だったそうです。
だんだんとしんどさがひどくなっていくことを自覚していましたが我慢していたようです。
とうとう、耐えきれなくなって病院を受診したときには片肺が真っ白だったのです。
胸に管を入れないといけない状況でした。
胸腔内へ管を入れ中から出た胸水を検査に出しました。
検査の結果、少しめずらしい感染症でした。
いわゆる膿胸という状態になっていました。(肺野にも病巣はありました。)
さっそく、治療が始まりました。
一般的に言って膿胸はよくなるまでに時間のかかる病気です。
治療が始まり1週間が経ってもKさんの症状はあまりよくなってきません。
『Kさん、Kさんの病気は、時間かかるかも知らんけど頑張ろうね。
1ヵ月以上ほってたから、よくなるのもそれぐらいかかること多いし。』
『そうですね。しんどいけど、ほったらかしにしていた自分が悪いんです。仕方ないです。
ぼく、いっつも遅いってみんなに言われるんです。
手遅れになってること多いんです。』
それから、Kさんは今までのことをしゃべり出しました。
高校生の時、野球をやっていたようで体力には自信があったそうです。
しかも、通っていた高校は甲子園の常連校です。
残念ながら、Kさんは、甲子園には行けなかったのですが、すぐ上の先輩や後輩にプロ野球選手がいます。
なかには、誰でも知ってるような有名選手も先輩だったそうです。
しんどかったけど、野球をするのが楽しかったようです。
眼を輝かしながら当時の思い出を語ってくれました。
最後にKさんは、こう言いました。
『仕事を休みにくかったのもあるけど体力には自信があったからここまで病院へ行かなかったと。』
徐々に肺の影は少しよくなっていきました。
しんどさも少しましになっていきました。
それから、数日してKさんは、血を吐いたのです。
とてつもない量です。
私が病室に到着したときKさんの意識はもうろうとしていました。
挿管しようとしても、血だらけでよく見えません。
カメラを用いて挿管するのですが、カメラの視野もすぐに真っ赤になります。
なんとか、管を入れたのですが、出血は止まるところを知りません。
そうこうしているうちに、かれこれ2時間は過ぎたでしょうか。
残念ながらKさんは、帰らぬ人となりました。
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『ぼく、いっつも遅いってみんなに言われるんです。手遅れになってること多いんです。』の言葉が、しばらく頭から離れませんでした。
Kさんのご冥福を心よりお祈り致します。
悪性疾患以外で一番若くしてお亡くなりになった患者さんでした。
今でも、忘れることはできません。
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Kさんは、魚屋さんでした。
見るからに明るく、大きな声でしゃべる人でした。
ざっくばらんな性格でした。
お酒も好きで日本酒を1日で一升空ける事もあるようです。
お酒を飲み過ぎてこけて、背中を打ったために近所の病院を受診しました。
そこで、レントゲンを撮ったところ肺に影がみつかり紹介されてきました。
いろいろな検査の結果、3期の肺がんでした。
Kさんに病状説明をしようと家族とともに部屋に呼びました。
するとKさんは、まず私に
『先生、正直に全部言うてや、隠したりしたら一生恨むで。』
『もちろん、全部話ししますよ。そのかわり、厳しい話しもしないといけないですけどいいですか?』
『あったりまえやん。』
口は悪いKさんでしたが、悪気がないことは伝わってきます。
病状と無治療ならあとどれくらいで亡くなられる方が多いか、抗がん剤と放射線治療の効果と副作用など説明しました。
Kさんは、淡々と聞いていらっしゃいました。
全ての説明が終わりました。
『今までお話ししたことは理解できましたか?何か質問はありませんか?』
『わかったわ、先生。任すわ。先生が一番ええと思うことをしたってや。』
本当にキチンと理解されたは、不明ですが、抗がん剤治療を受ける決意のようです。
Kさんは、言いました。
『わしな、今まで自由気ままに生きてきてん。今さら、入院生活とかめっちゃイヤやねん。できるだけ、外泊とかさせて欲しいねん。どうせ、長なるんやろ。』
『わかりました。なるべく、期待に添えるようにしたいと思います。ただし、病状的に外泊がむつかしいときはあきらめてください。』
『先生があかんって言うたら諦めるわ。』
そして、治療に入りました。
Kさんは、病院から逃げ出さそうとすることもなく約4ヵ月の治療を耐えました。
そのかいもあってか、Kさんの腫瘍は、レントゲンではわからないくらいの大きさになりました。
退院の前にKさんと話しをしました。
『Kさん、Kさんの腫瘍は、メチャメチャ小さくなってます。今後、再発しないかどうか定期的にレントゲンなどで診ていかないといけません。
再発するときは、2、3ヵ月でする事もあるし、5年以上再発しないこともある。もしかしたら、治癒してる可能性もあります。ただ、今は、どうなのかわかりません。
今、ハッキリ言えることはもとあった大きさからほとんどわからないくらい小さくなったと言うことです。』
『先生、わし今までほんまに自由奔放に生きてきましてん。だから、どんな結果であってもかまいません。
再発してら諦めるからええです。次、再発したら治りませんやろ。
わし、お酒が美味しく飲めたらそれでええんです。だから、出来るだけ長いことそうできるようにしてください。』
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Kさんは、今も美味しいお酒を飲んでいるようです。
『患者と医者をつなぐもの〜よっしぃの独り言』も読んでね。
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