最近、『看病用心鈔』なるものがあるのを知りました。
病気になった人を看病するときの心得だそうです。
原文は知りませんが、平成訳がありましたので紹介させていただきます。
はじめに
病人となった時は看病してくださる方を慈悲ある御佛のように思い、また、看病人は子を思うような親心をもって、お側(そば)にいてさしあげるべきでありましょう。
この鈔では、知識ある看病人は、病人の心の動きをしっかりと把握できるようお努めになって、発病(とくに死に至る病)より命終わらんとする最期の日までの間の、看病人としての心得ておくべき事柄を記し申し上げます。
第1条 病室の設え(しつらえ)
人の部屋は日常生活の場とは別の所に設けるのがよいでしょう。もしできないときは、日常生活の場を病人のために改善したらよいでしょう。
>今でも当然当てはまりますよね。
第2条 病人を取り巻く環境
1 病室は常に清潔さを保ち、花などを飾り、ときにはお香を焚くなどして明るく落ち着いた雰囲気作りが必要です。ですから、あまり病人の心を刺激するようなものは避けてください。
2 看病人も時間をみはからって交替に休息することも必要です。その際、病状が軽いからといって、おろそかにしてはなりません。
3 人の命が終わるのは、ほんの一瞬のことなので眼を離さないようにしてください。休息するときも病人の息が聞こえるぐらいの所にいて、あまり離れないようになさってください。
4 夜になると病状が急変することがありますので、病人の顔色が確認出来るようにしてください。また、暗がりの中でもご本尊を拝めるようにご配慮ください。
燃え尽き症候群にご用心!
>なるほど、なるほど、勉強になりますって感じですね。
第3条 病人に近づく人
1 多くの経典や善導大師などは「酒肉五辛(しゅにくごしん)」=酒や肉、ニラ・ラッキョウ・ネギ・ニンニク・ショウガなどのニオイのする食べ物=を食した人を病人の近くに寄せてはなりません。
きっとニオイが元で、病人は苦しみ、心が乱れるでしょう」と、各所で悪しき事例を示してくださっておられます。よくよく慎んでください。
2 看病人は2、3人がほどよく、それ以外は妻子はおろか親疎を問わずあまり近づけないようにしてください。
>表現が古かったり仏教なので宗教的なところもありますが的を射ていることは確かですね。
第4条 看病人の役割
1 看病人は3人が適当で、1人は枕元で念佛をおすすめし、1人は近くで病人の様子を看護り、1人は端にいて雑事を受け持つようにします。大勢であると騒がしくなるので、あまり好ましくありませんが、長く患い、病状によっては4、5人でもよいでしょう。もし1人であれば、特に病人の目の様子や息の出入りをじっと看護ることが大切です。
2 常に病人の心が落ち着くようなお話をしたり、日頃から信仰なさっておられるお念佛をとなえるなど、これらをおすすめします。それらの声は高からず、低からずで、早さも病人の呼吸に合わせてほどよくなさってください。
3 看病人は心得た者(善知識)ならば、どなたでもかまいません。が、決して不心得な者を中に入れて、騒がしくならないようにしてください。
4 見舞いに来た人については、看病人が病室の外で品良く病状などを説明して対応し、病人に会わせないようお努めください。
>現代においてもここまでうまく看病できる人はなかなかいないのではないでしょうか。
>すごすぎます。
第5条 祈祷と治療
1 祈祷などはなさらない方がよろしい。単に延命のための治療・与薬(よやく)はできるだけ控えてください。たとえ、日頃から信仰するお念佛をとなえるためだとは言え、強いて用いるべきではありません。なぜなら、命終の時、だれもが我が身を一層愛し、命を惜しんで苦しみを増すことになるからです。つまり、極楽に往生するという「ここ一番」の時に、生を貪(むさぼ)り、死を恐れてしまうからです。
2 治療や与薬はその苦痛を取り除くように見えるけれども、充分その方法を吟味してから行なってください。安易に考えると、病人が死を恐れるあまり、極楽往生という本懐(ほんかい)は、そうした愛着によって妨げられますので注意が必要です。
3 これらのことについては、善導大師の『臨終正念訣(りんじゅうしょうねんけつ)』などをよく読んで心得ておくとよいでしょう。また、看病人自身もこの看病を通じて、いのちの尊厳を輝かせる機会として悦ばれるように接してさしあげてください。日頃から、死についていろいろ考えをめぐらせておくことをおすすめいたします。
>病気に倒れた人間の心の葛藤に対してどう対処するかですね。
第6条 死を覚悟するということ
1 どのような病気や事故で、どのように命が終わってしまうかなど分かりません。あまり私達の知る余地のない死や、死にゆく様についてあれこれと悩み、考え込んで心が乱れるようなことのないようにしたいものです。なぜなら、思い通りの死は決して訪れないからです。戦争・火事や水害などにみまわれ命を失ったり、突然死などがありえるからです。
2 日頃から持つべき信仰を持ち、生きる目的をしっかり持って、これらの備えとしたいものです。そしてその上で、心安らかにして、日頃からの信仰によって、自らが憧れ願う世界へ旅立ちたいものです。
3 ともかく、できるだけ日頃の生活の中で後悔が少なくなるように心掛けて、自然に死を覚悟できる(受け入れることができる)ようにしたいものです。
4 いつ訪れるか知れない重病や、耐えられない苦痛に襲われたとしても、様々な苦しみは、命終わるときにすべて解消されるのだと信じて、心乱れぬよう余命を大切に過ごしたいものです。
>このようなことに昔から言及されていたのですね。
>治らないことが多かったからこそ必要だったのかも知れません。
第7条 病人の食事
1 病人が欲しがるといって魚、肉などをあまり食べさせないほうがよろしい。もともと佛教では殺生を禁じているのですから、臨終という特別な時だとしても許されないことだとご承知おきください。上手に制止するよう努めてください。ですから、こちら側からあえて何か食べたいものはないかと尋ねるようなことは控えるべきでありましょう。なぜなら、死を間近にしながら、かなわぬ願いに心が奪われ乱されてしまう原因となりかねないからです。
2 病人の近くでこのような欲心をかき立てる言動は避けるべきです。特に、世間話や噂などは軽々しく口にしないように心掛けてください。
3 とにかく、残りわずかとなった時間を少しでも後悔しないで過ごせるよう、また死を覚悟できるようにしてさしあげてください。
>う〜ん、これに関しては、好きなものを食べさせてあげたいと思うのですが。。。
>仏教的な立場上ダメだったのでしょうか?
第8条 遺言
1 死後のことについては数多くの経典に説かれておりますので、これらをよくご参考ください。
2 何といっても命終には念佛をとなえながら静かにみ佛が迎えに来られるのを待つことが大切であります。
3 そのためには病の身となっても、意識のはっきりしている間に「遺言などはないか」と、尋ねておくことをお勧めいたします。ただし、病人自身の意志でしたら差し支えありませんが、こちら側から強要しないように加減してください。もし、その加減を損ないますと、心乱れる原因となります。できる限り死を覚悟できるようご配慮ください。
>遺言を尋ねるのはいいが、強要しないこと。大切なことですよね。
第9条 大・小便
1 病人が大・小便をするとき、強いて便所へ連れて行く必要はありません。そのようなときには、寝たままできるよう、おむつなどを用紙して楽な環境を整えてさしあげてください。
2 常に床は清潔にし、汚物を取り除く際も充分気をつけて行なうよう心掛けてください。
>当たり前のことですよね。
>昔のエントリーの『ラップポン』なんかがよさそうですね。
第10条 臨終間際
1 大・小便などの不浄時(用便中)、ご本尊との間を一時、屏風(びょうぶ)や障子(しょうじ)などで仕切るということをしますが、急変して臨終が近くなってきたら、そのような対応も気にしないでよいかと存じます。なぜなら、いちいちこのようなことをしていたら、その場が騒がしくなってしまうからです。ご本尊を常に静かに拝むことのできるように配慮なさってください。
2 常に喉の渇きには充分注意なさって、心落ち着くようお念佛などをおすすめください。
>まさに、看護人の心得ですね。
長くなってきたので次回に。
是非、HPもみてください。
絵も趣があってよいですよ。
http://www.buposo.jp/view/pointofnurse.html
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『患者と医者をつなぐもの』も読んでね。
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