とある、知り合いの先生の経験談です。
多くの方に読んで欲しい話でした。
ブログ掲載の許可をいただきましたので掲載いたします。
『mad, sad death』
男性は、病室を訪れた私に開口一番言いました。
「癌やろ。分かってんねん。で、どれぐらい生きられるんや?」
私は病名を告げ、治療の選択肢(ほとんどありませんでした)を告げ、余命を告げました。
「そうか、抗がん剤は使わんでええわ。」
会話はそれで終了し、あとはそっぽを向いてしまわれました。
15〜16年前、まだ、「緩和ケア」の言葉は無く、「ターミナルケア」の時代です。モルヒネの使用法を熟知していなかった為 文献を繰り、病棟看護師達がターミナルケアの看護方針をレポートにする。そんな、時代。緩和の主役は医療でなく看護者にあり、主治医にあまり出番はなかった。
輸血の効果あり倦怠感が薄れました。痛みは無いのか我慢されているのか、訪室した私に、「もう、なんも治療せんでええしな。このまま死ぬ覚悟できてるしな。」と、いつも憮然とした怒った顔で念押しされるのでした。
当然、日に日に衰弱は進みます。勢いのついた癌の進行は止める術がありません。ある日、まだ若かった(かつ青臭い)内科主治医であった私の提案
「何か、して欲しいこと、したいことはありますか?」
(つまり、遣り残したことはないか、もう日がありませんよという意味ですね、残酷ですが、必要であったと思います)。
しばらく考え、
「家に、いっぺん、帰りたいな。」
院長に上申し、許可を取り、その数日後に、私と、病棟の担当看護師一人付き添い、病院からタクシーで15分ほどの彼の自宅を訪れたのは、その当時の私にできる、精一杯の「ターミナルケア」でした。
歩いて病院に来られたのに、もう足腰は立たず、タクシーを降りると細い路地を両方から支えて家に歩き着きました。
60台独身男性の一人暮らし。こぢんまりとした2階建ての一戸建ての家屋で、意外なことにとても片付いておりました。自分で掃除されていたという。家につくと、彼はダイニングテーブルの上の手紙の束を取り、2階へ連れて行ってくれ、と言いました。
2階も整頓され、必要最低限の家具しかない部屋はガランとしていました。押入れの上の段に、手紙を置く所定の位置が決まっていたようで、封も開けずに手紙の束をその場所に置くと、彼はそれですっかり満足したように、見えました。
部屋の中をぐるりと見回し、
「ありがとうな。もう、ええわ。」
と。(それが初めての「ありがとう。」!!)顔は怒ったままだったのですが。
それだけ、たった、それだけの外出が、彼の最後の望みだったようです。
帰途の忘れられない風景。車の通る道までは細い路地で、来た時と同じように両側から身体を支え歩いているときに、少し離れた場所から近所の人たちが数人、こちらを見て、何かひそひそ話しています。
軽く会釈をすると、その全員が、眉をひそめ、いかにも何か汚いものでも見たかのような表情で、顔を背けたのです。
私は、他人の、こういう態度をあまり経験したことが それまで無くて。
驚きました。衝撃を受けるくらい、驚いたのです。
この、末期癌に侵された男性は、今までの人生、一体何を重ねてきて、どのように生きてきて、どんなに悪いことをしてきて、その結果、どれだけの人々に疎まれてきたのだろうか、と 考えを巡らし、悲しい暗い気持ちになったのでした。
さて、その希望外出から死まで 1週間、も、無かったかもしれません。
彼の死に様は壮絶でした。本当に、苦しまれたのです。
「ありがとう。」を口にしていただいた時、ほんの微かに垣間見られた穏やかな表情は微塵も無くなり、痛い、苦しいと叫ばれながら医師を看護師を罵倒されます。
「苦しいんや!なんとかしろ ヤブ医者!」
・・・sedationをかける必要は、ありませんでした。準備をする短時間のうちに、昏睡に入られたのです。
昏睡の直前、薄目を開けて私を認め、彼が言った言葉が
「先生、治してくれ。」 でした。
「治せ、死にたくないんや。治してくれ・・・・。」
数日間の昏睡から 死前喘鳴、下顎呼吸に至り、呼吸停止 心停止をベッドサイドで看取ったのは、私 独りでした。
白く四角い病室で、その男性は たった独りで 死んでいかれた。
しばらく 私の耳には「死にたくないんや。」と言った彼の言葉が残っていました。
こういう、死も、ある。あったのです。
そして私は今日も、何か。を、考え続けているのです。
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H先生もいろいろ考えて出来うる限りの支援をこの男性にしたと思います
それにしても、人生の最期に近い状態になると医療関係者はその方と深くつきあわざるおえないことがあります。
家族が来なかったり、いなかったりする場合、医療関係者が家族のような存在となることを何度か経験してきました。
なんとコメントしていいかわかりませんが、非常に考えさせられる話でしたので紹介させていただきました。
最後にこの話もまさに人生いろいろシリーズだと思うのですが、書き手が違うとこうも違う印象になるのかと思いました。
『患者と医者をつなぐもの』も読んでね。
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コメント一覧
この先生と同じく自分の体験でも、暴言を吐かれて本当に驚いたことがあります。で、自分が末期癌で苦しみの中にあるとしたら、やはり周囲に暴言を吐きまくるのかと不安になりました。。。
多分、そうなるんじゃないかと、今から思います(笑)。
その時は、医療者の方々なら、あ、せん妄が始まったと軽く流してくれるかもしれませんが、看取る家族だと、この人は何なんじゃーっとなっちゃうかもしれません(苦笑)。
終末期に入る直前になったら家族の者には、こういう症状も出るかもと予防線を張っておこうと思ってしまいました。
そうですね。
医療関係者なら、あ、始まったと思えるのですが、家族が急になったらうろたえるやら、驚くやら、悲しいやらでしょうね。
>終末期に入る直前になったら家族の者には、こういう症状も出るかもと予防線を張っておこうと思ってしまいました。
どのように予防線を張るかですね。
何かいい方法はないものでしょうかね。
♪っ!christmasさんのまんがは・・・?
寂しいとか、そんなんじゃなくて・・・。
人って最期の瞬間まで生きる事に執着しているものなんだと思います。
誰も死にたくはないのです。
出来れば格好良く死んで行きたいけど、なかなか難しいですよね。
私も暴言吐きそうだから、そうなる前に、周りには「ごめんね〜♪」って言っておく事にします^^。
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