2009.08.19 12:30 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  生活 / くらし  |  よっしぃ  | 推薦数 : 0

新型インフルの心得

前回、岩田先生の文章を一部アップしました。

今日は、その続きです。

・自立と支援という関係性(一部省略してます)

国の言っていることには何が何でも服従しなければならない。
この奴隷根性、お上依存体質が日本の感染症界をいびつなものにしています。
依存体質は、自治体にも、学術団体(学会)にも、保健所にも、医療機関にも、医療者にも、そして国民にも認められるオムニプレゼントな(偏在する)体質です。
各セクション(国民を含む)は、もっと自律的であるべきです。
依存症から抜け出さねばなりません。
『お上』も抱え込めないほどのタスクを飲み込んで崩壊的になるのではなく、『善良で実直な無能者』としてカミングアウトすべきです。
命令や通達や通知ではなく支援をするべきです。
プレイヤーのメンツが大きく変わるわけではないのです。
その関係性にこそメスを入れるべきなのです。


確かに、今の現状では上のいうことを待っていては後手後手に回るような気がします。

ただ、上からの通達を待っている現場の人間も多いのも事実です。

自分が正しいと信じることをしていくべきなのでしょうね。

新型インフルエンザに罹ることが問題ではなく、それが重症化したり命に関わることが問題なのですから。

では、次に行きます。

・一歩手前の判断を

新型インフルエンザウイルスは怖いか、怖くないか?
それはウイルスが起こす現象のあり方によります。
どの病原体でもそうですが、程度の差こそあれ、100人の患者に全く同じような現象を起こす病原体は存在しません。
よくある感染症の市中肺炎。
これも患者のありよう、年齢や発症時の意識状態、血圧、呼吸数などによって、死亡率が1%以下の時もあれば、50%以上になるときもあると知られています。
新型インフルエンザについて、私たちはあまりたくさんのことを知りません。
ましてや、将来どのような病原体に変じていくかなど容易に予測できるわけもありません。
しかし、この時点で断言でき、将来に至ってもまず間違いなかろうと予言できるのは、
『患者によって新型インフルエンザのありようは異なるであろう』ことです。
従って、新型インフルエンザが怖いか、怖くないかという問いには
『怖いこともあれば怖くないこともあろう』と答えられるのでしょう。

この両者をいかに上手に分別するかが現場の医療者に与えられた重要なタスクです。
しかし、何も特別な難しいことをいって言っているのではありません。
我々におなじみのコモンな感染症に対して、我々は毎日同じ事をやっているのです。
死亡率が1%以下『だと思われる』肺炎は外来で治療し、50%以上と判断されれば集中治療室を提供するのです。
日本の感染症法は、『診断がついて決着がついている』感染症(あるいは感染者)がどこに行くのか、を厳密に規定した法律です。
しかし、本当に大事なのは、そして本当に難しいのは『その一歩手前』の部分です。
この患者には感染性はあるか。
あるとしたらどのくらい感染性があるか。
どのレベルで診察しようか。
外来か、入院か、ICUか。
この辺の『一歩前』での判断が極めて重要になります。

それはもちろん、医療全体の流れ、枠組みの中で行われなければなりません。
新型インフルエンザかそうでないか、だけを判断のパラメーターにしていた『発熱外来』は本来の診察のあるべき姿から一番遠い場所にあります。
我々は、発熱はしているけれども実は感染症でないリンパ腫や成人スティル病を感染性のある発熱患者から峻別しなくてはなりません。
そこまでどんぴしゃりで確定できなくても、少なくとも
『感染症でない発熱患者は存在し、そんなに珍しくない。”とりあえず抗菌薬”とか”とりあえずステロイド”というのは得策ではない』
という一事については共通の理解を得ておく必要があるでしょう。
CRPのような炎症マーカーは何らかの価値を持っていますが『価値のすべて』ではないことも認識しておくべきでしょう。
少なくとも、新型インフルエンザかどうかという一点においてCRPは0から10近くまでばらばらで、何の役にも立たなかったのでした。
そして、感染症であっても発熱しない場合もある、という事実を認識する必要があります。
高齢者の急性発症の意識障害で血圧が低めだったらまず感染症を考えるのです。
頭のCTをとる前に血液培養をとるのです。



まず、大切なことは何か?ということです。

もちろん、新型インフルエンザに罹ることは多くの人にとって未知であり怖いと思うことなんですけど。

新型インフルエンザに罹ること、診断すること(されること)が怖いわけではなくて、罹って重症化するのが怖いのです。

確かに、先の新型インフルエンザ対策は診断と隔離に重きを置いていました。

私も、正直上からの対策を守ろうと鵜呑みにしていた部分もありました。

ただ、なんかこんな事やっても無駄だろうなぁ。なんて同僚たちと話したりしてました。

この岩田先生の文章を読んで、非常にすっきりした気分になりました。

長くなってきましたが、もう少しお付き合いを。
・情報は二重構造で。ひった屁は数えない。(一部省略してます)

情報のあり方についても新型インフルエンザはの問題はいろいろな課題を私たちに残しました。

新型インフルエンザの患者が今日何人出た、どこで出た、どこどこ高校の何年何組の生徒だった、何々線を何時に乗車し、どこで降りた。
旅行先ではまじめに研修を受けていた……と『余計なお世話』な報道が跋扈しました。
夜中にまでヒステリックな記者会見を行いました。
こんな報道があったからといって患者の数が減ったり日本の医療が良くなったりするわけでもなく、
『人のひる屁の勘定』に等しい行為だったと私は思います。

身体的に苦しみ、精神的にも傷ついた患者を犯罪者か何かのように扱い、『謝罪』まで半強要するような空気も、感染症アウトブレイク時のヒステリーからくるとはいえ、患者の支持者たる医者の心情をひどく害するものでした。



岩田先生は、非常にまっとうな正論を書かれています。

私は、感染症の専門家ではないので岩田先生の意見は非常に納得のいくものですし参考になるものです。

おそらく、多くの一般の方にも理解できるものではないでしょうか。

役に立った方人気blogランキングへクリック宜しくお願い致します。

岩田先生、ありがとうございました。

長々と引用ばかりで申し訳ございません。


なかのひと

『患者と医者をつなぐもの』も読んでね。





固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)

よっしぃ
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2009/08 >>
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着コメント

新着トラックバック