もうずいぶん前のことです。

Yさんは、理解力のある患者さんでした。

病名は、そう、残念ながら肺がんでした。

肺がんにも大きく分けて2種類あるのですが、小細胞肺がんと言うタイプの肺がんでした。

小細胞がんは、進行が速いことが多いのです。

しかし、抗がん剤が効果的です。

ただ、限局型と進展型に分けられるのですがYさんは、進展型でした。

限局型は、抗がん剤と放射線治療で治癒することもあるのですが、進展型の治療は抗がん剤治療であり治癒することはほとんどありません。

すべてを理解した上でYさんは、抗がん剤治療を受けられました。

6コースの抗がん剤治療を終了しました。

半年ほども治療をしたことになります。

画像上、ほとんどわからない程まで小さくなりました。

Yさんは、非常に喜びました。

もちろん、担当医である私もうれしかったのですが。

治療終了時に、Yさんに話をしました。

『Yさん、治療が終わってほとんど影が消えました。

喜ばしいことですが、小細胞がんはすぐに再発することがあります。

しかも、脳転移で再発することが多いです。

ですので、影がほとんどなくなった場合に将来の脳転移を予防する目的で放射線を頭に当てることによって脳転移の出現を減らすことができます。

放射線治療をしますか?』

『先生、もう半年も治療してきたしもういいですわ。

放射線をあてても脳転移が起こることもあるんでしょう。

あてなくてもできないこともあるんでしょう。

肝臓とかほかの場所に転移が出てくることもあるんでしょう。』

『Yさん、その通りです。

そこまで、理解されておっしゃられるなら何も言うことはありません。』


『まだ、やりたいことがあるのでね。』

そして、Yさんは月1回程度診察にくる程度でいままでの生活に戻っていきました。

仕事も復帰していました。

あるとき、Yさんの奥さんから電話がありました。

『おかしいんです。』

外来にYさんがやってきました。

何もおかしなことはありません。

いつものYさんでした。

ただ、話を聞いてみると。

『先日、仕事に行くのに車で出かけたのです。

そして、駐車場に入れて仕事をして帰ろうとしたら思い出せないのです。

どこに車があるのか。

なんだか訳がわからなくなってきて、どうやって家に帰ったかわからないのです。

脳転移が心配で来たんです。』

普通、脳転移は、ふらふらするとかむかむか気分が悪いとか、まっすぐ歩けないとか、半身(右だけとか左だけとか)が動きが鈍くなったりすることが多いです。

全く、そんな症状はありませんでした。

正直、そんな症状を聞いたのは初めてでした。

ただ、脳転移の症状の可能性は十分にあります。

検査の予約をしました。

その日の夜に再びYさんの奥さんより電話がありました。

Yさんが痙攣しているとのことです。

すぐに来てもらいました。

来院時、痙攣はおさまっていました。

頭の検査の結果をみると多数の脳転移ができていました。

そうこうするうちに、Yさんはボーとしてきて眠くて眠くてたまらなくなってきました。

放射線治療が始まり、症状は改善しました。

しっかりしたYさんです。

Yさんは、入院後の記憶がほとんどあまりないようです。

Yさん自身、記憶のない人生はYさんの人生とは思えない。

今度、似たようなことが起こったときは、積極的な治療はしてほしくないと言われました。

小細胞がんは、2回目以降の治療においても抗がん剤治療が効果を発揮することも多いのです。

当然、再度抗がん剤治療を勧めました。

『先生の言うように今度は抗がん剤治療をもう一度試してみます。

でも、前回の治療も正直かなりしんどかったんです。

しかも、だんだんと抗がん剤、効きにくくなるんですよね。』

さすが、Yさんすべてを理解しているようです。

もう、Yさんに何を言うこともありませんでした。

頭に対する放射線治療をしたあと、抗がん剤治療を行いました。



『先生、今までありがとうございました。

もう、先はそんなに長くないと思います。

これからの人生は田舎に帰って過ごそうと思っています。

ほんとうにありがとうございました。』

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それから、数ヶ月たったある日、Yさんの田舎の病院からYさんが永眠したと手紙が届きました。


なかのひと

『患者と医者をつなぐもの』も読んでね。



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