最近、トリアージの仕方が悪かったとの報道をちょこちょことみかけます。
いろんなブログでも取り上げられています。
もちろん、反省は必要なので今後こうすればよくなる可能性があるなどと前向きな議論は必要です。
ただ、報道の多くは、トリアージが悪かったがために命を救えなかったような論調を見かけます。
そうでしょうか?
まず、トリアージの概念がなかった場合と比較してどうでしょう。
意識のない患者や外傷のはでな患者から順番に救急車に乗せてみたらどうなるでしょう。
とくに、内臓損傷(肝破裂など)は外傷もなく痛み以外に症状のないことも多いです。
ですが、治療が送れたら命取りです。
やはり、トリアージは必要だと思いませんか?
トリアージについて批判するならまずトリアージがなかった場合と比較すべきじゃないでしょうかね。
トリアージが必要な状況というのは、日常ではありません。
非日常です。
そんな中で一人でも多くの人を助けようとしている人間をお前が悪いみたいな感じで言うのはどうかと。
それならば、黒タグをつける基準や赤タグの基準について議論をすべきだと思います。
トリアージについての反省は次にトリアージが必要になったときに生かせるようにあるのですから。
残念ながら、亡くなられた方は生き返ることはありません。
それよりも、次にトリアージされるかも知れない今命ある自分自身や家族のために議論しませんか?
その場にいる人をせめても何も生まれません。
しかも、その場にいた人は一生懸命凄いストレスを持ちながらトリアージを行った人です。
よくやったね。と褒め称えられるべき存在だと思います。
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あと、最近のイヤな流れとしては、こんにゃくゼリーが製造中止となったことです。
こんにゃくゼリーがなくなったらそれで解決する問題なのでしょうか?
もっと、大切なことがあるんじゃないでしょうか?
『患者と医者をつなぐもの』も読んでね。
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