もう、ずいぶん前のことです。
Cさんは、ある会社の社長さんでした。
病気は、やはり肺がんでした。
肺がんがわかった時、第一線を退き、名誉職として会社にとどまりました。
と言っても普通であればとっくの昔に定年になっている年齢だったのですけど。
もう何度も抗がん剤治療をしてきており、緩和医療へ移行していきました。
そんな、Cさんが体調をくずして入院してきました。
もちろん、そんな方なので入院はいつも病院で最も個室料の高い部屋を希望されます。
レントゲンを撮ると肺がんのない方の肺に影が出てきています。
どうも、肺炎のようです。
食事もほとんどとれていないようです。
抗生剤を使用するのですが、経過はあまり芳しくありません。
ただ、悪化もしていません。
家族の方に病状説明をしました。
『肺がんの広がりも以前よりも進んでいます。
また、肺炎も併発しています。
肺炎の治療を点滴で行っているのですが今のところあまり効果的ではないようです。
もしかしたら、急に状態が悪くなることがあるかもしれません。』
そして、容態が急に悪くなったときに蘇生をどうするかの説明も行いました。
つまり、人工呼吸器などを使うかどうかなどについて。
ただし、心の中ではまだきっと大丈夫だろうとの気持ちがあったために返事は聞かずにゆっくり考えておいてもらうことにしていました。
残念ながら、心配していたことが現実になりました。
ある日の夜中、確か午後の11時くらいだったでしょうか?
急に呼吸状態が悪化したとの連絡が入ります。
病院に駆けつけたときには、当直医によって人工呼吸器がつながっていました。
家族の方の希望があったようです。
その日は、バタバタとしたのですが、Cさんは、低空飛行のまま安定していました。
Cさんは、薬で眠らされています。
ひろい、特別室に人工呼吸器が酸素を出し入れする音がシュポー、シュポーと響きます。
それから、2週間ほど経ったある日のことです。
肺炎の進行がみられ、人工呼吸器からの離脱はほぼ不可能な状況となっています。
ある日、特別室に大勢の人が集まっています。
普段とは前線違う雰囲気です。
そう言えば、今日はCさんの誕生日だったのです。
77歳です。
喜寿だったのです。
意識のないCさんの前で、みんなでケーキを食べています。
『おめでとう。』とか言いながら。
不思議な光景でした。
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その日から数日後Cさんは、永眠されました。
ご冥福をお祈りいたします。
Cさんの意識があれば、この光景をどう思ったのかが気にかかります。
『患者と医者をつなぐもの』も読んでね。
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コメント
コメント一覧
不思議な光景ですか・・
家族って何でも、やってあげたいんですよね。
兄の時も、クリスマスの夜 家族だけで過ごしてケーキを用意したみたいですが 兄は食べれる状態でなかったので複雑だったようです・・きっともどかしかったんではないかと思います。
肺癌、本当に息が出来なくなるのは辛いようですね・・。
自分の周りで、親しい人たちが賑やかにやってくれるのはいいんです、私も死の不安を薄められて嬉しい。でも、誰がどー見たって死にゆく私に、「生まれてきてよかったね」と言われても…。
この時期になったら、「あなたはこれから三途の河を渡る、だから私たちがそこまで付いていってあげましょう」と、これまでの色々な話をしながら送ってほしいです。
、、、という私の気持ちを、わかってくれる人たちを大事にしなくっちゃなあと思いますた。
もし、私がCさんの立場だったら、
彼に手を握っててほしいなぁ。
意識なくても。
逆に、彼がCさんの立場でも、そうするなぁ。
あ、christmasさんのように、話してくれるのもいいかな。
何をして欲しいかは、みんな違うんでしょうね。
よっしぃ先生は、もしCさんの立場だったら、
家族にどんなことを望みます?
家族からしたら、普通の行為だったんですかね。
肺がんの方でも呼吸困難のない方もいらっしゃいますよ。
christmasさん
ここでの、考え方も人それぞれですよね。
私的にもNGですけどね。
Kei☆さん
自分の意志を伝えられなくなったら、そっとしておいて欲しいですよね。
で、その時も私は「あらら、うちだったらやりそう」と思ってコメントを入れた気がします。
そんなに不思議ですか?意識がなくても聞こえていると思うし、もう例えあとわずかな命だったとしても、お誕生日はその人がこの世に生まれて来た記念日です。
三途の川を渡る前に、
「生まれて来てくれて良かった。あなたにこの世で出会えて良かった。あなたの子供で良かった」……って後ろから声をかけてもらえるなら、嬉しい気がします。
明日死んで行ってしまうかも…と思っても、本人も家族も最期まで「その時は"今"じゃない」と思っているんですよ。
私の同居人は恒例のお誕生日会を家で催し、二ヶ月後に旅立ちました。
一年後に「最後のお誕生日会」と称して前年と同じように友人達と盛り上がりました。
変かな?
>変かな?
変とは思いませんよん。これこそ、感情の表現方法は人それぞれですもんね。
あまり言いたくないのですが、おそらく私はマーボーさんより心がずっと老いていて、自分の誕生日って何だったっけ?と、忘却の彼方にあるわけです(^^;)。で、目前に迫るお迎えに対し、どーしたらいいのって思っている最中なので、大昔の記念日を祝ってくれるより、そっちの方を何とかしてちょとなっているんじゃないかと想像したわけです。
あ、何で私が老人の気持ちを代返しようとしているのぉぉっ(T▽T)。
目前に迫るお迎え・・・ですか〜・・・う〜ん・・・そこまで考えてはいなかったですね〜・・・(笑)
でも、本当に目前の時には人って「ただひたすらに生きている」様な気がします。
少なくとも、私の同居人は「無心に生きて」いました。
もし、その時がお誕生日だったら、大騒ぎはしなくても、きっとささやかでもお誕生日を祝ったと思います。
それがchristmasさんの言われる「三途の川の手前まで一緒に行ってあげるよ」の事です。
自分が死んで行く時にも、もしも、そうやってもらえたら嬉しいけど、なくても良いなって思っていますけどね。
それと、よっしい先生が書かれたこの話は、きっと、なんかどこかちぐはぐな感じがしたので、否定的な感じで書かれているのでしょうね。
家族の希望で人工呼吸器を付け、いわゆる”生かされている”状態にしてまで祝う事なのか?って言う感じがしました。
それだったら、私も「おいおい!」って思いますよ〜。祝ってくれなくて良いから楽にしてくれ〜!って。
老人じゃなくても思いますよ〜(笑)
確かに、宗教的な意味合いで家族側の心境を考えるとヘンではありませんね。
>家族の希望で人工呼吸器を付け、いわゆる”生かされている”状態にしてまで祝う事なのか?
そう言いたかったのです。
そこまでして、誕生日まで生きることが大切なのかな?
本人の意識もあれば別ですけど。
呼吸器がついてなければ今はいなかった患者さん。
意識もないまま、お祝いが必要なの?
正直、人工呼吸器がついたままジリ貧になっていくとむくみなど出現しやすくなり、見栄えは悪くなっていくことがおおいのです。
今回は、勉強になりました。
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