もう、ずいぶん前のことです。
小柄なかわいらしいLさんは、我慢強い女性でした。
Lさんの病気は、稀なタイプの肺がんでした。
一般的に言って抗がん剤が効きにくいタイプです。
それでも、Lさんは、頑張って治療をしてきましたがだんだんと抗がん剤の効果もなくなってきました。
徐々にと緩和医療が治療の中心となってきました。
幸い、Lさんに痛みはなく主な訴えは『しんどい。』と言うものでした。
いろんな薬を試してみます。
ステロイドだったり、抗不安薬であったりを。。。
新しい薬を試した次の日はいつも
『ちょっと、調子いいかな。』と言ってくれます。
本当に調子がいいのか、気を使ってそう言うのかはわかりません。
いろいろな方法でLさんのしんどさを取り除けないかと頑張っていたある日
『先生、もうなんもせんでもいいで。先生、一生懸命考えてくれてるのはありがたい。
でも、かわらんし、点滴するのももうイヤや。
飲み薬が増えるのももうイヤや。』
『……、わかりました。じゃあ、なるべくLさんの希望のそうようにしますね。
できるだけ、点滴はしないように、飲み薬も必要最低限にしますね。』
Lさんは、こくりとうなずきました。
我慢強いLさんでしたが、しばらくしてLさんのしんどさは、限界に達しそうになってきました。
しんどさ、だるさ、身のおきどころのなさを取るためには鎮静(セデーション)しかないと言う話しをしました。
息子さんは、できるだけそのような方法は取りたくないようです。
母にしんどい思いはさせたくないけど、コミュニケーションがとれなくなるのがつらいようです。
何日か経って息子さんからセデーションを今すぐ始めて欲しいと連絡がありました。
夜、付き添っていた息子さんに『しんどい、楽になりたい。』と言ったそうです。
今まで、息子さんの前では決して弱音をはかない強い母だった。
子供の頃から、そして、大人になってからも息子さんは母の弱音を初めて聞いた。
と涙ながらに話されました。
セデーションを開始して数日後、
周りには、旦那さん、息子さんをはじめ、家族が10名ほど集まっていました。
Lさんは、1分ほど呼吸しなくなっています。
『あと1人孫が来ます。もうすぐ、来ます。』
息子さんが言うと同時に最後のお孫さんが入ってきました。
孫を待っていたかのようにLさんは、最期に大きな息をし、息を引き取られました。
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Lさんは、旦那さんにだけしんどい、つらいといった事を言っていたようです。
どんなに高齢になっても息子の前では母であろうとしたんですね。
Lさんの担当になれて本当によかったと思います。
『患者と医者をつなぐもの〜よっしぃの独り言』も読んでね。
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コメント一覧
死ぬ瞬間ってどんなだろうとよく想像します。
私は両親とももうこの世にいませんが、どちらの死に目のも会っていないのです。母のときは、姉妹で交代で毎日付き添っていましたが、私から姉にバトンタッチし、姉が付き添っているときでした。父の時も姉でした。
だから、私はどちらの最期にもそばにいて上げられなかったのだから、私が最期の時も子供たちに会えなくても文句を言うまい、言えないな、と思っています。
死ぬ瞬間ですか。
いつを死ぬ瞬間とするか難しいと思いますけど。
まず、当人は意識はすでにないでしょう。
ですので、ご家族の方の問題じゃないかなって思います。
ご家族の方が、永遠の別れのけじめをつけないといけなくなる瞬間だと思います。
死に目に会う、会えないも残された人間が気にしてるだけのような気がしますけど。身近な肉親との別れは永遠に記憶に残るものですし。
イレッサやタルセバとアバスチンの併用ですか?
それに関しては、知りません。
カルボプラチン+パクリタキセル+アバスチンは、初回治療で効果あります。
2回目以降の治療では、まだ不明です。脳転移予防も不明でしょう。
ただ、日本では、まだ認められていませんが。。。
カルボプラチン+パクリタキセル+アバスチンの臨床試験において使用したことはあります。
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