2008.03.05 12:52 |  診療  |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  緩和ケア(医療)  |  よっしぃ  | 推薦数 : 5

最期の現実

今回は、慢性期の治らない病気や超高齢者でもう寿命が近いと思われる方についてのお話しです。

急性期で、治る可能性も十分ある方の最期とは異なりますのでそのあたりは十分にご考慮ください。

最期はどこで最期を迎えるにあたって最期の迎え方最期を考えようなどで、最期を迎えるときに考えていた方がよいと思われることを書いてきました。

医者になってしばらくして独りでだいたいのことが出来るようになったと自分で思うようになりました。

その時に、状況にもよりますが自分があまりに高齢になったり、治る可能性が低い状況であったならば積極的な治療はして欲しくない。

そう強く思うようになりました。

なぜなら、いろいろな入院患者さんを診てきたからです。

入院して、入院している状態がわからなくなって、いろいろ管(点滴など)がついているにもかかわらず抜こうとしたり、家に帰ろうとしたり、場合によっては看護師さんに手をあげたりする人もいます。

もちろん、これはそうする患者さんが悪いのではなくて、病気によってしんどかったりとか家にいるときとの環境が違いすぎたりすることによって起こることが多いのです。

もう、退院できる(治る)見込みが低いと判断すると家族の方に本当に調子が悪くなったときにどこまで積極的な治療をするかと言うことを聞きます。

もちろん、ご本人さんにしっかりとした判断能力があるときは患者さん自身に聞くこともあります。

今まで、患者さんのそばについていた家族は、だいたい

『もうこれ以上積極的な治療はして欲しくない。』
『十分頑張ったから。』
とおっしゃる方が多いです。

もちろん、家族の気持ちとしては少しでも長生きして欲しい。
でも、今まで頑張ったじゃない。って感じです。

たまに、この意見に横槍が入ることがあります。

ほとんどの場合は、入院してからほとんど病院に足を運んだことのない親戚です。

おっしゃる事はこの一言に集約できます。

『入院する前は、あんなに元気だったから信じられない。
なんとかなるはずだろう。出来る限りの治療をして欲しい。』

入院前の元気な状況しか知らないから当然と言えば当然です。

しかし、調子が悪くなったから入院しています。
いろいろ頑張って治療していますが、じり貧の状態です。

おそらくなんですが、ときどき病院に来て患者さんの状態を見ていれば、出来る限りの治療をしても無理だろうな。って感じると思うのです。

正直な気持ち、病院にも来たことのない家族から病院にしょっちゅう来ている家族の意見を曲げる権利はないと思ってしまいます。

もちろん、どんな状態でも積極的な治療を受ける権利はあります。
それを否定するつもりは全くありません。

ただ、状況を全く知らない人が決めてるような気がして。
それは、あまりよくないんじゃないかと思います。


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医者でも、自分がどんな状態になっていても、治る可能性がほぼなくても人工呼吸器をはじめフルコースの治療を望んでいる先生もいらっしゃいますよ。

医者が頑張ったらよくなると見込めば、

『今は一時的に危険な状態ですが、回復の見込みもあります。
人工呼吸器なども使用して出来るだけ積極的な治療をしませんか?』

と話しをすると思いませんか。



なかのひと

『患者と医者をつなぐもの〜よっしぃの独り言』も読んでね。


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