< 点滴好き | メイン | 新しい抗がん剤の誕生 >
2007.08.21 19:30 |  診療  |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  緩和ケア(医療)  |  よっしぃ  | 推薦数 : 2

話題の猫 オスカー

今、世界中で話題のネコがいます。いろんなブログで取り上げられていますし、朝日新聞にも載ったりしていますので今さらって感じもするのですが。なんで、そんなに話題になったか?

なんたって、The New England journal of medicineと言う超一流の医学雑誌に載ったんですから。医者なら、一度は自分の記事を載せたいと思うくらいメジャーで誰でも知ってる雑誌です。

なんで載ったかって、患者さんのそばでくんくん臭いをかいだあとに素通りせずに横にいるとその患者さんは、数時間のうちに亡くなるとのことです。

『死の使い』などと呼ばれたりしいますが、亡くなる前に知らせてくれるので患者さんの家族が間に合わないなんて事はないようです。

どちらかというと『死の天使』とか『天国へ行くお手伝いネコ』と言うように好意的な記事が多いです。

最近、『死に神ネコ』みたいな悪い印象をあたえる記事が出てきたんですが、内容を読むとちゃんと理解していない場合がほとんどです。

内容をきちんと理解している記事は、ほとんどが好意的です。

だって、もういつ亡くなってもおかしくないような患者さんのそばであと数時間だって事を教えてくれるんですから。

これが、科学的に解明されるとは思えませんし、ほんとに、ふーん、へーとしか言えないんですけど。あまり、科学的な話しではないので、正直、よくこの話がThe New England journal of medicineに載ったなと思います。
この号は、緩和医療に関する話題が何題か掲載されておりその一環として掲載されたようです。

しかし、オスカー君、家族からしたら非常にありがたいのではないでしょうか?

まだ、大丈夫ですか?でにあるように人の死を予測するのは非常に難しいです。あと、1時間なのか?あと、12時間なのか?さえ、医者、看護師など医療スタッフは正確に判断するすべを持っておりません。

最期の時間は非常に貴重な時間です。
オスカー君によって、時間が有意義に使われたことは間違いないと思います。

ああ、オスカー君のような能力が欲しい。

しかし、こんだけ有名になったらオスカー君、今まで通りの人生(猫生?)送れるのかな?

オスカー君に今まで通りの生活を送って欲しい方人気blogランキングへクリック宜しくお願い致します。

こんな、能力持ったとしても誰にも言えませんね。

なかのひと

オスカー君、悪い猫じゃないですからね。

固定リンク | コメント (11) | トラックバック (0)

トラックバック

この記事のトラックバック URL

http://blog.m3.com/yosshi/20070821/1/trackback

コメント

コメント一覧

 『天国へ行くお手伝いネコ』とは、幻想的なネーミングですね。もっとも、私は猫が苦手なので、ピ○チュウでお願いします(^^;)。
 少し前までは科学的根拠の乏しい話を聞く気にもならなかったのですが、最近はへ~っと思うようになりました。赤ん坊は乳臭いし、老人は加齢臭があるし…。動物には細かく嗅ぎわける能力があるかもしれない。
 死にゆく人の体の細胞が崩れ落ちる時の臭いってあるのかなあと想像しました。
written by christmas / 2007.08.21 20:32
私もNEJで読みました!最期、タンパクが異化亢進してBUNがぐ~んとあがる臭いではないかなあ・・って思っています。ただ、腎不全の患者さんの高BUN血症の臭いとはちょっと違う何かをも嗅ぎ分けているようにも感じます。推測の域を超えませんが・・
written by aruga / 2007.08.21 22:50
これまで、糖尿病の患者さんの発作を予測して教える犬などいろいろテレビで紹介されていましたが、オスカー君の例は初めて聞きました。
ただこのオスカー君。この写真で見る限り、彼の寿命の方が心配な風に思えるのは私だけでしょうか??
でも、このちょいとメタボな感じが又愛くるしいですね。
written by chikorui / 2007.08.22 03:01
christmasさん
科学的根拠のないことも病院では重要です。
あの先生が当直の時は忙しいとか、嵐を呼ぶナースとか、でもいつも当直が忙しい先生はだいたい決まってるんですよ。

aruga先生
科学的に証明されたら、恐ろしいですよね。ですので、先生のような分析さえしてませんでした。
30年後、『あの、キット持ってきて。』とか言って、患者さんの口元に持って行く、試験紙にドクロが浮かび上がれば数時間以内にお迎えがくる。『早く、家族連絡してー。』なんて事になってたりして。

chikoruiさん
オスカー君は、どちらかと言うとデブ猫の部類に入りますよね。
私は、どちらかと言うとネコよりイヌが好きです。医者ブログを見てるとイヌ好きの方がネコ好きより多いような気がします。
written by よっしぃ / 2007.08.22 12:29
よっしぃ先生、またお邪魔しております。

私の父の最期の瞬間は実は夜中にタンを詰まらせた窒息死なんです。その日の午前中主治医と面談した時には年は越せるだろうと言われたのですが11月の末でした。夕方タンの吸引をしたそうですが、夜間の巡回ですでに息が無かったそうです。隣では母が付き添って寝ていたのに気が付かなかったそうです。誰にも看取られずに逝かせてしまった事に思わず母を責めそうにもなったのですが、(父の最期は本当は苦しかったにかも知れませんが)数日前父らしい最期の言葉も聞けたし、きっと母を起こすことなく父らしく粋な逝き方だったんだと考える事にしました。

オスカー君てこんな死も教えてくれるのかな?・・・だとしたらいてほしかったな・・・私だって車で15分で駆けつけられたのに・・

話は変わりますが、連絡を受け駆けつけた時、それより早く着いた主治医が一生懸命心臓マッサージをしてくれていました。素人の私にももう無理だとわかりましたので「もう結構です。ありがとうございました」と申し上げました。
最近夫の病気の掲示板で、あまりにも事務的な最期の接し方に嘆くご家族へのレスに、医師は蘇生行為が全く無駄だと思ったらそういう単なるセレモニーは行わず、他に助かる命の方に行くという趣旨の書き込みを拝見しました。

状況により一概に肯定も否定もできない場面はあると思いますが、どう思われますか?
written by himawari / 2007.08.22 14:31
himawariさん
いつも、コメントありがとうございます。
今は、悪性疾患の患者さんで治癒する見込みが極めて低い状況でと言う場合には、事前に家族の方との打ち合わせを行うことが多いです。(場合によってはご本人さんとも)
どのような打ち合わせかというと人工呼吸器の使用や心臓マッサージの施行、もし、呼吸、心停止が来た場合に家族が誰もいないときにどうするかなどを決めておきその取り決めのようにする事が多いです。(取り決めの内容などは様々ですが。)レスの書き込みはそのような合意の上でのことではないでしょうか?

心臓マッサージでは、肋骨を折る危険もありたとえ一命を取り留めても近い将来再度同じ状態になる可能性が高いと考えられますので、単なるセレモニーで行うならしない方がよいかと存じます。

お答えになりましたでしょうか?
written by よっしぃ / 2007.08.22 22:10
よっしぃ先生、お忙しいところお返事ありがとうございます。

そのご家族の方は、もう最期の覚悟もなされていた様で蘇生を望んでいた訳ではなく、
のどにものを詰まらせ、当直の医師を呼びましたが、彼は母に近づくこともなく、手を取ることもなく、血圧・脈拍等のモニターを見て、「詰まらせたものをのぞけばと言うことではなく、モニターによりますとすでに脈拍が云々、すでに血圧が云々・・・ですからもうまもなく息を引き取られると思います。10分後にもう一度モニターにて心停止を確認しますので・・・・・・」お経のように淡々と説明するのみでした。聴診器も瞳孔を見るための電灯もなにもなし。側にすら寄らず、一声も掛けてくれず、、、
という最期の処置だったようです。喉の異物は医学的にはこの場では生死にはもはや関係ないことなので異物を取り除く事もそのDrにはセレモニーのひとつと言う事なのでしょうね。

私の父の場合は最期の説明や同意もまだで(15年も前ですから最期の取り決めというもの自体曖昧だったような気もしますが)突然の事だったので蘇生は難しい状態でも主治医はせめて私が着くまでと心マをしていてくれたようです。私はそのDrの気持ちがありがたかったです。

単に蘇生(心配停止時間を延ばす)だけのセレモニーと最期の苦痛を取り除く、又は家族への気持ちの為のセレモニー・・同じセレモニーでもちょっと違うように感じるのは素人だからでしょうか?

それにしても最期の取り決めは大切ですね。

written by himawari / 2007.08.23 10:45
himawariさん
この件に関しては、担当医の(この時は当直医の)資質によりかわりますね。当直医というのは、つい先程、連絡があって看護師から病状を電話で聞いてやってくることが多いので、どこまで、病状を把握していたか疑問です。もしかしたら、詰まっているという情報を知らなかった可能性もあります。
少なくとも、お母様のそばで、聴診するなり、声を掛けるなりすることは必要な事ではないかと存じます。

>突然の事だったので蘇生は難しい状態でも主治医はせめて私が着くまでと心マをしていてくれたようです。
家族が到着するまで行うことはよくあります。
心マでも、本気の助ける心マと家人の到着まで心電図のモニターに波形をだすための心マ(形式だけの)とがあります。

>単に蘇生(心配停止時間を延ばす)だけのセレモニーと最期の苦痛を取>り除く、又は家族への気持ちの為のセレモニー・・同じセレモニーでも>ちょっと違うように感じるのは素人だからでしょうか?

担当医の資質では、ないかと個人的には思います。患者さんを思いやる気持ちがあれば、もっと違った対応になっていたような気がします。
written by よっしぃ / 2007.08.23 17:09
よっしぃ先生ありがとうございます。
少しホッとしました。
この件も単に書き込みを見ただけですので遺族の方の思い込みがないとは言えませんが、「詰まらせたものを除けばと言う事ではなく~」という発言をしているとすれば知らないという事はないような・・・親、配偶者、兄弟、子供の最期に直面する事は人生では本当に数回な訳で、いくら覚悟ができていてもその時の医師の対応って大きいものだと思うのです。
誰しもむかえなければならない最期、主治医はもちろんですが、当直医の先生は高度な知識や技術より(その場ではほとんど必要ないかも・・)人の気持ちがわかる人に当たってほしい・・と思いました。
written by himawari / 2007.08.23 21:05
気持ちがわかる人に当たってほしい・

これは我が家のその場面では、そういう人が当直当番であってほしい・・という意味ですので・・
written by himawari / 2007.08.24 12:41
himawariさん
十分、意味は通じてますよ。ご心配なく。
written by よっしぃ / 2007.08.24 17:37

コメントを書く

ニックネーム*
メールアドレス*
URL
内容*
※「利用規約」をお読みのうえ、適切な投稿をお願いします。
よっしぃ
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2008/11 >>
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着コメント

新着トラックバック