人生いろいろ(何とかして!)で伝えたかったこと
人にとって自分の最愛の人が死ぬという事はすごく大きなイベントなんです。(当たり前ですけど)
また、自身の命が終焉を迎えるという事は、自身にとって最大のイベントではないでしょうか?
しかも、悪性疾患で有効である積極的な治療法が無く、緩和医療を中心とした医療を施されているのだけども、だんだんと死期が迫ってきた状態。
みんなそれぞれの思いがあります。
患者さん自身の思い。『少しでも長く生きたい、でもしんどいのはイヤ。』
家族の思い。少しでも長く生きていて欲しい。でも辛いのはかわいそう。
と考える人が多いのですが、急にその状態が来るとみんな『何とかして!』ってなります。
まさに、こないだのLさんの娘さんの状況。
そこで、どうしたらいいのでしょうか?
イメージトレーニングと言いましょうか。普段から、親が死んだらどうなるんだろうか?配偶者が死んだらどうなるのだろうか?そのとき、私はどうすればいいのか?を考えておくのです。
『縁起でもない。』
確かに縁起でもないです。しかし、そうする事によって少なくともあわてる事はなくなります。そうすれば、落ち着いて考える事ができる。充実した時間を過ごせるのではないでしょうか?
また、日頃からがんになったときにどうするかを家族と話しする事も重要ですよ。経験上1から2割くらいの方はされてるみたいですね。
最期の時間は貴重ですよ。人気blogランキングへクリック宜しくお願い致します。
一度は、考えてくださいね。
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コメント
コメント一覧
そんなみなさんのために、私が書いた「がんになっても、あわてない」おすすめです。
よっしぃ先生が書かれている通り、日本人には「死に対する心構え」や「がんへの備え」がうんと足りないと感じています。同じ思いから書いた本ですので、きっとお役に立つと思います。
現在Amazon中古なら259円からと激安ですし(泣
夫には遠い故郷に両親のお墓があります。私は兄弟が無く私の生家のお墓のそばでお墓やお寺を守って暮らしています。最期の迎え方はまだ話をしていませんが(そういう覚悟を感じた時にはしようと思っていますが)どこのお墓に入りたいかは聞きました。故郷のお墓に、できれば私も一緒にとの事でした。私は住んだことは無い町で子供達も数年に1度しかお参りできないほど遠い町ですが、今はそうしようと思っています。こういう話は死が身近になる前にしておいたほうがいいような気がしましたので・・・
よっしぃ先生が書かれているようなイメージトレーニングを行い、たくさん泣いたせいか最近は暗くしているのに飽きて来ました(^^;)。トレーニングを積んでいるなっていう気分です。
その通りだと思います。命について、1年に1日くらい考える日をつくってもいいんでしょうね。話してみるといろんな意見が出ますよ。きっと。
hirakata先生
ご訪問ありがとうございます。また、このような話しを広めていきましょう!それにしても、中古でそんなに安くなってたんですか?
himawariさん、初めまして。
ご主人さん、ずいぶん頑張られたんですね。
おっしゃられるように、身近になってからでは、聞きにくいでしょうね。ご本人がきりださないと難しいと思います。
ですので、今のうちにそのようなお話しをされておいた方がいいと思います。一度だけですと気が変わる事もありますので。
christmasさん
また、こんな話題もしていきますね。普通の人が知らないであろう事も書いていきますね。
ご主人がんばってますね。私も(今は8割以上緩和ケア医ですが)血液内科医の経験がそこそこ長いものですから、リンパ腫との付き合いは少なくありません。今は昔と比べて治療薬も治療法もかなり進歩しました。私のまわりにも「自分が医者になった頃にはこのような人は『助からない人』グループに入ってただろうな」という人が何人も、元気に過ごしておられます。でも、どこまで治療がうまくいっても、元も子もないことを言うようですがいつかは寿命が来ます。現実の問題として命の限界が迫ってきた時に、初めて重い話をするのでは、すぐに感極まってしまったり普通に振る舞えなかったりして、ちゃんとした話ができなかったりします。でも、今すぐ話をするのもドキドキしますよね。
早いうちに話をしておく効用はいろいろあって、現実の命の限界が迫ってきた時にも、早いうちに話をしておくと「普通の気持ち」で過ごせるというのもその一つです。そんなことを考えながらイメージトレーニングしていくと、トレーニングの成果はきっと良い方に現れます。
christmasさん、こんにちは。
お役に立てているようで、なによりです。命に限りがあることを何回も泣きながら確認していくと(それが事実だから正しく認識することは必要だと思います)、そのことは特別なことでも忌み嫌うべきことでもなくなってきます。もちろん悲しいできごとではあるのですが、それはたとえばとても親しい友人が遠くへ引っ越してしまうのと同じ悲しさだと考えることもできます。悲しいのは当たり前。でもそのことを「触れてはいけないこと」にすると、ことが重大になればなるほどどうすればいいのかわからなくなってしまいます。
なんてことを考えながら、日々の仕事に忙殺されております。これからも自然なバランスの良い状態で、一日一日をお過ごし下さい。
よっしぃ先生。
なんだか掲示板っぽくなってますが、これからもよろしくお願いいたします。
そしてよっしぃ先生、こんな幸運をちゃっかり頂きまして、これまたありがとうございました。きゃーきゃーっ←気分は一気に上昇中
両親を見送ってから自分の最期はどんな形で迎えるのだろうか?迎えたいか?とよく考えるようになりました。
死は不意にやってくるのか、じわりじわりと身体を蝕みながら力尽きてなのか、と、あれこれ想像します。友人とも話します。
できれば、前者が希望です(笑)
死の前日まで自分のことは自分で決め、身の周りのことができる状態でいたいと思っていますが、こればっかりは自分ではどうしようもないですね。
転んで骨折、寝たきりは自分次第である程度、防げそうな気がしますが。
身内でがん(肝臓がん)で亡くなったのは母だけでした。がんも遺伝的要素が絡むと聞きますがそうですか?
ところで、がんの緩和ケアは、どこの医療機関でも受けられるものになっているのでしょうか?痛い、苦しいはいやです(笑)
是非、掲示板としてもご使用くださいね。また、コメントお願いします。
christmasさん
よかったですねぇ。大ファンだったようで、知りませんでした。是非、家宝に。笑
akoさん
不意にやってくる死。その不意さ加減に違うと思います。1日なのか、1週間なのか、1ヵ月なのか?不意の死でやり残すことはないのか?そこまで、考えても不意の方がいいですか?また、考えてください。
>がんの遺伝的要素について
大腸癌など遺伝性の強いタイプのがんは、あります。
肺がんの場合でも、兄弟、親子でかかる場合があり何らかの遺伝が関与しているような印象は持っています。しかし、ハッキリとしたものはありません。
あと、環境因子(喫煙、飲酒、アスベスト吸入など)も大事です。欧米型の食事になって大腸癌が増えるのも環境因子ですね。
>緩和ケア
今のところは、担当する医師の緩和ケアに対する技量によると思います。将来的には、政府の方針なのでなるんじゃないでしょうか?
夫が最初にかかっていた近所の病院はあまり規模の大きくない病院ですが緩和医療への取り組みが盛んなようです。待合室の手作り冊子には、個室料金も無くそれが唯一の願いなら少量であればお酒も考えます・・とありました(投薬等の実際の緩和医療にどれだけの技量が伴うかは判断できませんが・・)それでも主治医がメンタル面をまったく配慮しないガチガチの方でしたので移植を機に転院しました。病院の方針も主治医の方針で変わるのではと思います。彼女に最期を預けたら最後の最後までデーターを低くする為だけに辛い治療をされそうです・・何はともかく、最期を迎える時は考えの合うDrの元で迎えたい・・と今は漠然と思います。
私の父は肺がんでしたが、亡くなる前に自分でたいした額ではありませんが預金通帳を整理し、座敷に縁側を増設し(葬儀の花輪を置くスペースだそう)ていました。いざ亡くなり葬儀の準備をしようとしたら通帳のそばに現金50万、田舎の葬儀で小銭を撒くのですがそれようの小銭をびっしり入れたA5サイズの封筒が準備してありました。亡くなる数日前病院内を車椅子で散歩した際、「若い時いくら苦労をしても死に際が幸せならいい人生だ。俺はとてもいい人生だ」と言った言葉が私も夫も忘れられません。身近にこうありたい最期を見ている為か、夫も私も2人仲良く過ごして迎える最期にはあまり暗いイメージがないのです(まだ身近でないからかもしれませんが・・)
長くなり申し訳ありません。
やはり、最期は信頼できる主治医がいる病院がいいんじゃないでしょうか?緩和医療に精通していればなおのことだと思います。転院したのは正解だったかも知れません。(もちろん、そのようなタイプの先生を望まれる方もたくさんおられると思いますが。)
お父さんは、非常にいい人生を送られたようですね。私からしてもうらやましいと感じます。
これからもコメントお願いします。
よっしぃ先生、ありがとうございます。
不意の時間的長さは書き込む前に考えましたが端折ってしまいました。それから、読み方によっては、私が早く死を望んでいるように読めますね。
それに、残される人の気持ちを無視した、あまりにも我が儘な希望に聞こえます。そうですね、1週間くらいはあってもいいと思います。二人の息子に「私の元に生まれてくれてありがとう。お母さん、恵まれていたわ。幸せだったわ」と伝える時間が欲しいです。(今でも十分伝わっている気がしますが)
病気(RA)になって、主治医の勧める薬物治療にしばらく踏み切れませんでした。そのため主治医を困らせました。RAそのもので死ぬわけではありませんが、治療薬による重篤な副作用がないわけではありません。時に(頻度は低いのですが)副作用から命を縮めることもありますので、大げさですが、どんな副作用、合併症が出ても、最悪死んでも後悔しないか自分に問いました。
そうして治療を開始しました。困らせてしまった、この主治医のもとでなら、どんな結果が出ても後悔しないと心底思えて。
病気は死を意識させます。(暗い意味ではなく)悪いことだと思いません。死を意識しながら生きるを考えると自然と今を周囲を大事にするのではないかと思います。
akoさんのような、主治医の困らせかたは悪くないと思います。
主治医の先生も病気、治療についてよく考えてるからこそ悩んでる事わかってますよ。
そうです、死ぬことを意識することで見えてくる事もあると思います。もちろん、いい意味でね。
大正元年生まれの父はは戸籍を見ると先妻さんが糖尿で子供に恵まれず養子をもらい役場なり就職させそれなりの結婚式をあげ養子縁組解除を2組していました。結婚のお祝いに買い求めたミルクカップが残っていました。その後大工だった父の職人手間で足りない先妻さんの闘病費を工面し蓄えを使い果たし50歳から私の父になりましたから私が結婚するまでも家計も厳しく大変な人生なのです。それでも私の夫を自慢し(葬儀の際聞きました)自分の葬式の準備をしいい人生だったと逝きました。(3人の孫には恵まれました)
今残念ながら母は痴呆になり自宅にいた頃より家族への不満を訴え、今は施設であっちが痛いこっちが不快、私ほど不幸な人はいないと嘆き、暴力・暴言の日々です。2人を見比べるにつけ幸せは自分の尺度、年老いてからは痴呆より苦しくとも癌がいいと思う夫と私です。
本人と家族がいいと感じる人生と認知症でまわりに迷惑をかける人生を目の当たりにされてたのですね。介護には適当な休息も必要ですので、適度に休んでくださいね。
認知症でも、かわいい認知症で医療スタッフの癒し系になってる方もいらっしゃいます。
やっぱり、がんよりも老衰で認知がなく寝たきりの期間が1週間程度で安らかなのが一番いいかななんて思います。
ぜいたくですよね。
私の父方の祖父は母に後妻に入ってもらいたく直談判に行ったそうです。帰りのバスが来ても母からの返事が貰えずバスに乗らずにいた祖父に母は、バスを待たせるのが心苦しくとっさに「実家の兄が了承したら・・」と言ったそうです。(まあ後から何とか断れるだろうと考えていたそうです)祖父は喜びすぐに実家の兄の了承を取り付け、親しくしていたお宅数軒に「これでわが家は何とかなる」と喜んで報告し数日後床に伏したそうです。どこが苦しいかを尋ねても別にそれほどでは無いと言いそのまま苦しむことなく安らかに逝ったそうです。老衰だったそうです。母になんちゃって約束を取り付けて1週間後の事だったそうです。母は死んだ人に嘘はつけないと後妻に入り今の私があります。
この父と祖父2人の唯一の直系(父にも兄弟がいません)の私は案外そういう贅沢な最期もあったりして・・
貴重なお話ありがとうございます。
やはり、人間ってすごいですね。
感動的でな話しですよね。himawariさんも引き継いでいますように。
ネットを検索しているうちによっしぃ先生のHPにたどり着きました。
いろいろ共感することが多く、また私自身緩和ケアに興味があるのでコメントをさせて頂きます。
最愛の人の死というのは本当に悲しいものですよね。
私も母を2000年に病院で、祖父を2004年に在宅で亡くしています。共に癌でした。
母のときは自分がナースでありながらも、絶対大丈夫と信じていました。転移の速度も速く、腹水で苦しむ母が私に「お母さん死ぬのかな?」と聞いてきたときも「そうならないように今頑張ってるんでしょ?」としか言えず、今も「なぜもっと母の死に向き合わなかったのか、どうして最後まで苦しい治療を続けたのか?ナースでありながら母の病気になぜ気がつかなかったのか?(一緒には住んでいませんでしたが)」そんなことばかりを思ってしまいます。
家族揃って母の死から逃げていたように思います。
その後祖父を看取るとき家族会議が行われ、在宅での看護を経験しました。そのときは家族は祖父の死にしっかり向き合っていたように思います。それも母の死からの学んだものだったのかもしれません。
勿論その後は自分自身の死についても考えるようになりました。
そしてナースとして患者さんに何が出来るかも・・・
身内、最愛の人の死は悲しいものです。出来れば考えたくない・・・でも家族の死を経験して、いかにイメージすることが大切なのかよく分かったような気がします。
だから私は誰であっても、それがたとえ患者さんであっても自然にそういう会話が出来る人間、ナースになりたいと思います。
長くなってしまって申し訳ございません。
追伸:宜しければこれからもお伺いしたいので相互リンクをお願いできないでしょうか?
家族の意向で、『まだ、頑張ろう。』みたいなこ
とを末期の患者さんに言わざるおえないときがあります。心の中では、死と向き合って欲しいと思いながら。
日本でも、口腔内のがんのAさんのような方が増えることを願ってます。
リンクしましたよ。
私もリンクさせて頂きました。
家族の意向って時々難しいですよね。
患者さんは「もう楽になりたい」って言っているのに家族が承諾せず、苦しそうな患者さんを何人も見ました。
もっと患者さんの意向に沿える環境になればいいですよね。
そんな、世の中になるようにブログで医療の現状を伝えていきたいと思ってます。Mayさんもブログ始めたところですね。出来るだけ、続けることを目標に頑張ってください。私も、3月末から始めたばかりです。まだ、新人ですから。
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