もう、ずいぶん前のことです。
高齢であるLさんは、今まで治療を頑張ってきましたが、残念ながら右に胸水がたまってきてしまいました。
呼吸困難の症状が出現したため、左の胸腔にトロッカー(水を抜く管)を入れました。癌性胸膜炎(がんにより胸水が出てきた状態)でした。
徐々に食欲も落ちてきており、全身倦怠感も出現してきました。
Lさんの残された時間はあと1週間程度と迫っているように思われました。
予後が、もう少し見込める(もう少し元気な)方ならトロッカーを通して胸膜癒着剤(水をたまりにくくする薬)を入れるのですが、この時点でLさんに胸膜癒着を行える体力はないと判断しました。
管を入れたまま様子を見ておりました。
ご家族の方には病状を説明し、予後1週間は見込めない可能性が高い事。場合によっては今日、明日お亡くなりになっても不思議ではないと言う話をしておりました。
また、もしもの時は、人工呼吸器(口から管を入れて強制的に酸素交換をさせる医療機器)を使用しない事や、心臓マッサージなども行わず自然経過にまかせる事をご家族の方も希望されておりました。
その日は、朝ご飯も少しですが手をつけていらっしゃいました。
お昼前の事です。
朝から、ベットのそばに付き添っていた娘さんの叫び声がしました。
『先生、何とかして!』
たまたま、病棟にいた私は、Lさんの部屋に行きました。
『さっきまで、しゃべってたのに、急に。。。。』
聴診器をあててみます。心音、呼吸音ともにきこえません。
心電図モニターをつけてみてもやはり、フラット(心臓が動いてない状態)です。
そのことを娘さんに告げると泣き叫びながら『何とかしてください。』
『ほんとうにいいんですね。』と娘さんに確認して心臓マッサージと強心剤、そして、アンビューにて酸素交換の補助を行いました。
処置を続けていると、心拍が再開して、自発呼吸も出てきました。
意識も戻りました。
娘さんは安堵の表情を浮かべられました。
夕方、娘さんがうかない顔をしてやってきました。
『先生、あのときあんな事言うんじゃなかったんじゃないかと後悔してるんです。あの時は、心の底から今死んじゃイヤと思ったんですけど。しばらくすると、しんどそうにしている母の顔を見るのがつらくなってきたんです。前から、自然の成り行きにまかせると決めてたのに。あのとき、私があんなこと言わなければ。母がもう苦しまなくてよかったんですから。。。』
『あなたは、あの時心の底からそう思ったんですよね。Lさんは、そのあと息子さんやお孫さんとも会えたんですよね。Lさんもよかったと思ってますよ。』
その翌日、Lさんは永眠されました。
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コメント
コメント一覧
がんによるこのような病状でお亡くなりになる場合、人工呼吸器を装着すると、いわゆる植物状態で生き長らえる可能性はあるのでしょうか?
私もLさんは皆に最後のお別れができた事を良かったと思っていると思います。
それに、家族が挿管されている姿を見るのはもっとつらいですが、それがなかっただけでも、Lさんにとってもご家族にとっても、良い最後となったのではないでしょうか?
もし自発呼吸が戻らずに(そして、娘さんの救命希望も変更されずに)挿管までしなくてはならない展開になってしまっていたら、御本人も御家族もつらい展開だったと思いますから。
おつかれさまです。
この場合は意識が戻ってご家族と最期のお別れができてよかったと思います。
ぺがさす先生のおっしゃるように人工呼吸器がつけられて苦しみが長引いてしまったらご本人もご家族も辛いです。誰より「何とかして」と言ってしまったご家族が後悔に苦しむことになるのですよね・・。そんなことを感じました。
おそらく、長くは生きられないと思います。挿管して人工呼吸器を装着してもなにも処置をしたと言う事実が残るだけの可能性もあるともいます。
延命できてもLさんの場合はおそらく数日から1週間でしょう。
そのために、口から管が入ったままの状態はあまりにも人間的でない状態じゃないかと個人的には思います。
chikoruiさん、ぺがさす先生
LさんとLさんのご家族にとってはよかったと思います。特に、挿管しなくてすんだんですから。
しかし、似たような状況というのは日本中探せばあると思います。
そのような場合、何がよりよい選択となりうるのか考えたい、いい選択をしたい、と思います。できれば、みなさんにもその状況でどんな事をするのがよりいいのか考えて頂きたく存じます。
答えは、個人個人、家族家族異なると思います。
春野ことり先生
事前にご家族と取り決めをしていても、取り決めの話をしたときの状況での決定です。ご家族は、徐々に悪くなり急に止まってしまうという認識は無かったので、『何とかして』との叫びにつながったと思います。
このような状況になる可能性は私を含めてみなさんあると思います。みなさん(特に医療関係者以外)が、少しでもこのような状況になったときに
あわてないように、少しでも考えて頂きたいと思います。
みなさん、コメントありがとうございました。
こんにちは。私は、自然に任せるという取り決めを事前にしていても、いざ目の前で急変すると「何とかして」と言ってしまいそうな一人です。
患者が亡くなれば、やりきれない気持ちを一時的に医師へぶつける家族はいるでしょう。しかしそこから更に経験を重ねると、「あの時の医師の治療は正しかった」になることも多いでしょうか。深い悲しみから成長するのが人間だと思いますので。ただし時間はうんとかかりますね(苦笑)。
「冷たい医者」のレッテルを貼る時は、おそらくそれまでの医師の治療姿勢に起因するような気がします。もちろん、「荒れる患者・家族」というのも逆方向からの重要なファクターだと思いますが(^^;)。
時間が経って「あの時の医師の治療は正しかった」と思って頂けたとしても、それを医師は知るすべがありませんので、医師はただ患者家族の一時的、一方的な怒りを受けたままになってしまうのです。なるべくならそういうことは医師としても避けたいわけで、そうすると、患者自身のことよりも、自分の保身のために家族の意志を尊重するしかない。今の日本の医療はそんなところですかね・・・。
>「冷たい医者」のレッテルを貼る時は、おそらくそれまでの医師の治療姿勢に起因する
そう言っていただけると何だか安心しますが、現実にはそれまで全く話も聞きに来ず、医師の治療姿勢を見ることもなく、臨終のときだけ現れて「荒れる家族」もいるわけです。もちろんこういう人はごく一部ですがね・・。
家族の死は誰にとっても辛いものですが、辛さを乗り越えて人間は成長するのですね。同感です。
〉時間が経って「あの時の医師の治療は正しかった」と思って頂けたとしても、それを医師は知るすべがありません
本当にそうですね、患者家族側の総括を聞く医師は稀ですね。ですので、
〉患者自身のことよりも、自分の保身のために家族の意志を尊重するしかない。
で必要十分な対応だと感じます。女子高生の検診の意味のところでよっしぃ先生がコメントされましたが、現代人はくっだらないことでも自己主張する人としない人と、両極端になってきています。医師が両方向の患者に十分配慮をするのは無理、それ以上踏み込むのなら、担当の患者数を大幅に減らす必要性が生じそうです、非現実的です(^^;)。
〉臨終のときだけ現れて「荒れる家族」もいるわけです。もちろんこういう人はごく一部ですがね・・。
いますねー!こういう人は、後の遺産相続で最も自己主張します。彼らの親しい人も同じトーンだし、周囲の人はそれを知っている。春野先生、脳内スルーでOKですよ(笑)。周りは皆、生暖かい目で見守っていますから(爆)。
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