もうずいぶん前のことです。
Bさんが部屋に来て欲しい。とナースより連絡がありました。
Bさんは、末期の肝臓癌で黄疸も腹水もありました。
『さっきも部屋に行ったのに!』
その日は、朝から3回ほど部屋に行っていました。
当時、研修医であった私は、上の先生と比べると知識も技術も劣っているだから患者さんとのコミュニケーションは負けないようにしようと考えていました。
まだ、12時過ぎです。いくら、コミュニケーションを取るにしても患者さんは、Bさんだけではありません。
少し腹立たしく思いながらBさんの部屋に入りました。
先程と比べてそんなに変わった様子もなく、新たな訴えもありません。
『他の患者さんもいるし、呼ぶのは本当に必要なときだけにして!』
少し、声を荒げてBさんに言いました。Bさんは、少しシュンとしました。
しばらくして、Bさんの部屋に行ったときのことです。
『先生、先生が忙しいのはわかってる。先生がここによく足を運んでくれてるのもわかってる。でもな、先生に来て欲しいねん。先生の顔見るだけでしんどいの楽になるねん。安心すんねん。看護婦さんやったらあかんねん。』
その後も、いろいろな患者さん、看護師さんから医者が行くだけでよくなる人がいる事を聞きました。
医学的には、医者が患者さんの顔を見るだけでよくなるわけないのに。
また、末期の肺癌であるCさんは、毎日同じ訴えをされます。胸部の詰まるような感じ、息苦しい感じ。
それに対する方針は、特に治療する必要性がなく経過観察でありました。
それでも、毎日Cさんは『何か、この辺が苦しいような感じがある。』とおっしゃられます。
ハッキリ言って、医師にとって医学的に問題のない訴えを何度も聞くのは苦痛です。
『Cさん、その症状は、何とかするの難しいから。他は、大丈夫?問題ない?』
Cさんは、言いました。
『先生、どうしようもないことわかってんねん。でも、先生に聞いて欲しいねん。聞いてもらうだけで楽になるねん。』
それからも、Cさんは、毎日同じ事を訴えました。
しかし、いらだち苦痛さは感じませんでした。
Cさんもニコニコしていました。
医者の仕事っていろいろあるなあ。と思いました。
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コメント一覧
私は研修医の時に末期がん患者さんから「ずっとここにいて欲しい」と言われてついムッとして「患者さんはあなただけじゃないの」と言ってしまい、後で自己嫌悪に陥りました。このエピソードを小説の題材に使ったのは先生もご存知ですね。今考えると、これだけ頼られるというのは医者冥利に尽きることですね。
医者の仕事って色々ありますね。同感です。
医者は教祖様というか、う~ん、、、ネット伝説もあるのですよ(^^;)。
例えば乳がん患者さんの間には、主治医に恋すると病気が治るという伝説があります。
乳がんは中年女性の患者さんが多いのですが、私が想像するに、胸を手術すると、女性として魅力が欠けたような気になってしまう。そこで、主治医に恋、です。恋愛を楽しんで自信回復、やっと夫や恋人などの本命へGo! 免疫力が上がる→病気が治る。その心の内は、先生の顔見ると心臓がキクンとするねん。ワクワクすんねん、でしょうか。
病人をワクワクさせるのは難しいので、この伝説は有用だと個人的には思います。
というのを承知のうえでも無理を言いたい。
わがままなのかもしません。
でも、そんな患者さん達にとっては、ある意味『教祖様』以上なのかも?
ふと、そんな風にも感じました。
本当に、何もしないでも話を聞くだけで良くなる(満足する)患者さんはたくさんいると思います。
先生の小説の中の部分も非常に現実的な話だなと思い読んでいましたよ。
christmasさんへ
そんな伝説があるとは知りませんでした。理論的には、大筋間違いではないと思いますが、それだけで治る!?
と言うのが実感ですが。伝説だからいいんじゃないでしょうか?
肺癌の伝説はないでしょうかね。
chikoruiさんへ
時間のあるときは、ゆっくり話を聞くこともできるのですが、、、
患者さんかしたら、いつ主治医が時間あるかなんてわかんないですよね。
ほんとに忙しいときは、『今日は、忙しいから手短にね。』と言う時があります。
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