前回の約束通り、まじめな話題を。
告知って、重い響きがありますよね。上から下に言うようですね。
実際は、病名、病状、今後の治療方針を説明することですよね。
欧米ではtell the truthと言うようです。事実を告げる。横の関係ですね。
がんであると医師から説明を受けたときの心因反応は、
告知があったときから1週間程度が衝撃〜否認、絶望、怒り(頭が真っ白~認めたくないなど)の時期であり、
2~4週間が抑うつ、落胆、不安~適応を行ったり来たりして徐々に適応の状態が保たれるようになると説明されています。
では、告知をしない方がよいのではと考える方も多いと思いますが、実際どうなんでしょうか?
昔は、がんであると告げないで抗癌剤治療をしたりしてたようですが、現在、治療する人で病名を知らない人はほとんどいなくなってきたのではないでしょうか?
やはり、手術、抗癌剤、放射線などで治療するのであればがんであることを知った上で治療することが必要だろうと思います。しかし、家族から『本人に病名を告げないで欲しい。』と言われることはよくあります。
5年程まえのアンケートですが『自分ががんであったとき病状を知りたいか?』にyesのひとは、80%以上でしたが、『家族ががんであるときに伝えてよいか?』にyesのひとは、50%程度でした。
非常に考えさせられる結果でした。
また、東海大学の保坂隆先生は、告知したがん患者さんの精神症状発現率は43%であり、告知しなかったがん患者さんの精神症状発現率は、49%であった。つまり、告知しないがん患者さんのほうが発現率が高いと述べております。
なぜか?やっぱり、人間ですからなんとなくわかるんでしょうね。それで、隠されてるのに気づくもしくは、病状が全然よくならないから精神症状が出てくるからじゃないでしょうか?
また、治療の選択肢が何種類かある場合、特にその一つが無治療(経過観察、対症療法、緩和医療など)である場合。正確な判断は予後を含めてすべての情報を知った上で選択しないといけません。というか知らないと選択できないです。
現実問題として、若くて、理解力があって仕事もしているような人には予後も含めてすべての病状を説明することが多いです。
しかし、高齢者には、病名、病状と治療法のみで予後は話しないことが多いですね。
知る権利、知らない権利があると言われています。患者さんがどこまで知りたいかなんて本人にしかわかりません。
どこまで正確な情報を患者さん自身に伝えるかということは、本当に難しいです。
みなさんは、どうしてますか?どうして、欲しいですか?
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コメント
コメント一覧
日本訳は存在しないでしょう。英語は英語、日本語は日本語でしかないのではないでしょうか。
医療現場において真実を告げることが、本人の治療上有益になると判断した場合に告げる事が良いと医学教育されてきた時代があります。医者がその患者の人生まで背負う事は出来ない。でも背負おうと努力してきた時代があったのです。
癌患者の告知にしても、日本人の多くは、自分が癌であれば告知してほしいが、親が癌であれば本人には言わないでくれという意見が多い国です。敢えて変な言い方をすれば、自分には知る権利を主張し、親には知らない権利を主張しているのです。しかし、これが日本であり日本人の良き点でもあると思っています。欧米とは、教育、文化、宗教、哲学等違いがあるのです。日本独特の考えがあっていいと思っています。
医療以外でもマスコミの欧米システムが正しいといった報道により結果的に痛い目を見たことはいくらでもあるはずです。
要は、患者がこの医者にかかって上手くいかなかったらしょうがないと思える医者にかかれるか?もし、そんな医者に出会うことができたなら告知などの問題すら存在しないと思っています。
Tell the truth、といった言葉が入ってきてすごく楽になった医者は多いと思います。その事が、話題になるたびに先輩の先生方は随分苦労された事だろうなとつくづく思います。
ちなみに私は楽をしたいので全てにおいて真実を言う事にしております。はたして、それが良い医療かどうか疑問をもちながらですけど?
初めまして、コメントありがとうございます。
確かに医師からすれば、すべてお話しすることは楽なことですよね。
おそらく、家族からしても楽な事だと思います。隠し事は、ばれたときが大変ですからね。家族が『絶対に病名言わないでください。』と言っときながら、外来にきて『こないだ困ったからガンだって言っちゃいました。どうしましょう?』ってときどきあります。
患者さんと家族、医師のコミュニケーションが悪くなりますよね。言わないなら『隠しとおす覚悟』が必要ですよね。
時々悩むのが、患者の家族から、告知をしないでくれ、、、と頼まれるとき。告知をすれば落ち込むから、わたしの家内は弱いから、、、私の夫は、小心者だから、絶対言わないでくれ、と言われる時。人の強さは、個々なんで、私たちも強くは言えない。皆さん、きちんと立ち直りますから、長引く時は、精神科の先生に入って頂いたりしますから、、、と説明しても納得してくれなかったりする。こんな時、どうしますか。それでも、やわやわと告知するんですが。
初めまして、コメントありがとうございます。
先生のおっしゃられるようなことは、確かによく経験します。
よっしぃは、病名をお話しないと治療は、できませんよ。抗癌剤は、副作用もきついし病名を伝えずに治療は、できません。
と、説明しております。
すると、よっぽどの方以外には少なくとも病名は、お伝えできてますけどね。
嘘をつき通しながら治療を施行し続けるといった事に悩まされる時代は終わった感があります。嘘をつき通す覚悟もない家族に翻弄されながら癌告知と闘ってきた先人の苦労はもはや今の時代には合わなくなってきたのでしょう。医者は、法や世間常識に合った医療を提供する時代に入ってきたということでしょう。
この問題に関しては、医者同志で議論し続ける事は必要なことですが、現場に直面している者でしか話せないことが多すぎます。この場での発言は誤解を招く事が多いと思われます。
人は、責任転嫁することで自分に救いを求める者です。医者は患者やその家族を裏切ってはいけない。また、裏切られる事を嫌がっててはいけない。家族が医者を恨むことで救われるならば、敢えてその道を選べ。医者は、恨まれてなんぼの世界だ。という先人の教えがありました。もうそんな古き良き時代は終わった感があります。
私も死んだ後に少しでもよい評価をされる医者でありたいと思って目の前にある仕事をこなしている毎日です。少し、寂しい気がしますが!
先生のコメントに対し推薦のボタンを押したい気持ちです。
たしかに、医療関係者以外がみれば誤解を招きそうですね。
さきの、わたしのコメントの病名を話さないと治療できないの意味は、病名を隠して治療してもしんどいわりによくならないことが往々にしてあり、また、他の患者さんとの治療内容などと比較して治療に不信感を持つか、騙されてると気が付く可能性が高くニセの病名で治療することができない。というような意味です。
先生の真意は十分理解しております。
この場では表現出来ない事も察しているつもりです。医者のモラルが全て正しかったわけではありません。しかし、全てを否定し欧米主義の契約社会のモラルが日本の医療状況に当てはめてしまうべきかに疑問をもっております。
癌告知にしても終末医療にしても日本独特の良い部分が忘れ去られていくことに疑問を感じます。
一般の方が閲覧できるこのサイトで皆さんに考えてほしいとの考えから執筆いたしました。
医療現場の全てに契約主義を望むのであれば逆に医者にとってはありがたい。淡々と無感情に仕事をこなすだけで良いのですから!
医者は、結果責任から逃げてはならない。自分自身が最も過酷な罰を自分に与えながら患者に育ててもらってきたはずです。他人から処罰されないような医療を行うことをこなす事が主目的の時代になってきたのでしょうか?
核心をついたコメントありがとうございます。
私も、医療関係者以外のかたにこのような問題について考えて欲しい。
自分や家族がその現場に遭遇してからあわてないでいただきたい。という考えから、このような話題を書いております。
今後とも宜しくお願いします。
こちらこそ宜しくお願い致します。
チョット立ち寄ったつもりが先生の執筆を見て御迷惑も顧みず失礼いたしました。
先生のブログにはお人柄がよく表われており楽しみにしております。
今後もためになる案件期待しております。陰ながら応援させて頂きます。
今月17日に癌告知?されました。正確には違うのかも知れません。筋腫分娩の手術後の病理の結果として・・・です。今後の事は全てこれからです。
私は自分の事ですから、告知?されて 良かったと思ってます。もちろん 今も悶々と過ごしてますが・・・
ただ、やはり子供には知らせたくないです。知らせないといけない場合もあるでしょうが、ステージ?にもよると。
あと、別件ですが、
私の友達(子宮頸がん=手術すみ)も、“強烈”に家族から励まされてかなり傷ついています。「世の中にはあんたより不幸な人は沢山いる。不幸ぶるな」って。私も主人と母には結構“辛らつな”励ましをされ、母には(アルツハイマーの)父の相談事を持ちかけられ・・・(結果、頭に来だして、プチ鬱?はぶっとんじゃったのですが)
先生方が患者さんのご家族と会う機会があるのであれば、是非“激しい励まし”を慎むようご指導いただけたらな と思い・・・ちょっと的外れですがコメントしてしまいました。
支離滅裂な文章ですみません
はじめまして。
あなたのおっしゃる事はごもっともです。
癌患者にしてもウツ病患者さんにしても、本人が一番頑張っているのです。少なくとも、私は頑張れなどという言葉はそのような患者さんには使いません。逆に家族の方に励ますことをセーブさせるケースの方が多いです。但し、家族の方も肉親の情があってのことでありなかなか難しい問題です。
家族には、励ます言葉ではなくどのような励まし方をするのがよいのかとことん話し合う事が必要かと思いますが、よっしぃ先生どうでしょうか?
その人、その家族によっていろいろなパターンがあると思います。
よっしぃは、患者さんの家族には、『支えてあげてください。』と説明することが多いです。
やはり、1人では耐え難いことも、家族でなら乗り切れることが多いですからね。確かに家族の励ましが苦痛で逆に悩んでる患者さんもいます。
でも、一番つらいのはやはり、患者さん(本人さん)自身だと思います。
ですので、『気持ちを素直に家族にぶつけるのがいい選択なんじゃないかな。』と思います。
そんなに励まされたら負担になるから。とか素直に気持ちを伝えることでさらによい家族関係が生まれると思います。
まったく、個人的な意見ですが。
消化器内科出身で、今年で8年目になります。
aruga先生のリンクからここに辿り着きました。
私も最近、自分のブログで告知について書きました。
私の経験では圧倒的に告知をして良かったという
ケースが多かったのですが、それは家族や医療者が
懸命に支えようとしたからかもしれません。
いわゆるsharing、communicationのない告知が
なされるだけでは、多くの場合救いにはならないと
思います。特に高齢者の場合、“残りの人生をご自分
で決めて下さい”と言われても決める事が出来ない
方も多いのではないでしょうか。下手をすると単なる
責任放棄にもなりかねないと思います。
従って議論すべきは告知するかしないかではなく
どう支えるか、ではないかというのが私の意見です。
(詳細はブログの2007年04月26日の記事にあります。
よろしければご一読下さい)
いくつか記事を読ませて頂きましたが、やはり緩和に
興味を持つ医師は何処かで共通する感性があるのか
共感出来る部分が非常に多かったです。
色々と情報、意見交換が出来れば嬉しいです。
よろしくお願い致します。
告知の問題は、実は医者サイドの問題ではなく世間常識の問題になってきているということだと思っております。
どう支えるかが先生がおっしゃる様に重要なことでしょう。(しかし、患者の人生の一部を背負うことになるのですよ)
治療面、精神面、両面に渡って告知することが本人の利益になると判断すれば告知すべきですし、逆の場合もあるでしょう。昔は、その判断が医者と家族に委ねられてきた。(特に医者が判断することに重きを置かれてきた)その事が今は、世間通念から逸脱してきていると一般の方が思われるようになってきたということではないでしょうか?
医者が自分の患者を支えるなどということは当たり前のことです。家族にしてもしかりでしょう。論ずるべきことでもない。
結果が見えないからこそ医者も家族も悩むのではないでしょうか?
医者も世間の感覚も欧米化して来ているのが残念です。
その波に飲み込まれてきている自分に気づいた時、私はその現場からの撤退を決めました。
そんな私が意見を述べる資格は実はないのですけれど、これからの時代を担っていく先生には正直頑張ってもらいたいです。
先生のやられていることは医者としての誇りであり苦悩です。
日本の医療もあかるいかもしれませんね!
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