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生物がこの世に生を受けて数億年、人類が地球上に誕生して150万年、生きとし生きる者の原則は弱肉強食である。この神から授かった弱肉強食の本能は、人間を唯一の例外として地球の歴史とともに続いてきた。そして知恵ある人間だけが、この弱肉強食の原則に手を加えたが、その歴史はたかだかこの数十年のことである。
国王が民衆を搾取する、資本家が労働者を搾取する、地主が小作人を搾取する。この搾取という悪道パターンが歴史の反動を生み、群衆の喝采とともに社会主義国家が誕生した。そして気がつけば、平等主義に毒された民衆の堕落から、知識人が笛吹けど社会主義は踊らず、ついに崩壊した。いっぽう資本主義の日本は、旧ソ連、中国以上の平等社会を達成している。
日本の政治は政党名が何であれ、強者が弱者を助ける政策になっている。この理由は、富の再分配という国家の仕事が、数の上で優位に立つ弱者の人気取りになっているからである。さらに弱者援助を美徳とする美意識を持っているからである。
この美徳は弱肉強食の本能に反するが、これもまた神から授かった人間の本性といえる。しかしこの本性は「強者の善意と弱者の感謝」という美意識が根底にある場合にのみ成立する本性であって、この気持ちがなければ、生物の道ばかりではなく、人間の道をも踏みはずすことになる。
最近、世の中が住み難いと感じるようになった。これは神から与えられた弱肉強食の本能が逆転し、人間の美意識から発生した弱者救済の政策が、醜悪な姿を晒けだすようになったからである。弱者は助けを当然として感謝を忘れ、補填のみを偉そうに主張する。強者は弱者権力に金銭を奪われ、金持ち喧嘩せずの諦めの心境になっている。
努力した者が努力しない者に搾取され、稼いだ者が稼ぎの悪い者にたかられる。富の分配が、上から下への自然な流れであれば文句は生じない。しかし下から上が無理矢理強奪される世の中になったのである。弱者と強者の立場が仮面を被ったまま逆転している。
強者の税金で支えられる多数派の弱者が、感謝を忘れ、権利のみを主張するようなり、社会の歯車がおかしくなった。これは弱者の徳が金銭の優遇によって麻痺したためである。
かつて姥捨て山の露と消えていった老人は、観劇や観光地を元気に独占し、貯金高はどの世代よりも多い。子供は過保護に甘え、学校では恩師の影を踏みながら遊んでいる。
このような現象は、世間や政治家が弱者をおだて過ぎたせいである。人間はおだてられると堕落するのである。汗をかかない金銭の供与は人間をダメにする。
人間は人間が作った浅知恵により、弱者の堕落と、強者のやる気喪失を生むことになった。人間を平等とする妄想が、人間の脳をアルコールのごとく心地よくマヒさせ、ついには日本人を廃人にしようとしている。弱者にとって必要なのは自立する精神であり、その障害になるのは相手への依存心である。強者にとって必要なのは差し伸べる暖かい手であって、搾取される富ではない。
医療においては、医者は強者、患者は弱者のパターンが確立されている。この先入観が医師と患者の信頼関係を時におかしくする。まれなことではあるが、自分を弱者であると威張る患者が目立つようになった。そして弱者を優しくするのが当然であると、度を超した要求をしてくる。
これほどの情報化時代に、「医師が病気に対し無力」であると宣伝されず、逆に何でも治せるスーパーマンと思われている。そして、スーパーマンが、なぜ可哀想な自分を助けないのかと患者は食い下がる。これは風邪だから我慢しなさいと言えば、非人道的医師のレッテルを貼るのである。病気を責めずに医師を責める風潮が起きている。病気が治らないのを医者のせいと非難するのである。
医療はサービス業との宣伝に乗せられ、患者は「何々さんから何々様」へと呼び名が変わり、医師がクスリ屋からおだてられて馬鹿になったように、患者も周囲からおだてられ堕落している。自分のことは自分で守るという病気の基本を忘れ、不都合のみを医療に押しつけてくる。
自分の不都合を他人のせいにするのは、国民全体が人間としての責任と自立を忘れ、つねに他人をあてにするクセがついているからである。
医師が患者のためにつくすのは当然であるが、この医療奉仕に対し感謝の気持がなければ、医療側のやる気が喪失しても不思議ではない。
人間が生物の持つ弱肉強食の本能を変えたのは、人間の知恵と美徳によってである。そしてそれを成り立たせている「強者の善意と弱者の感謝」を、今の日本人は忘れているように思える。
医師は悩みの多い職業である。眉間にシワを寄せた苦悩のポーズが似合う職業である。
とは言うものの、医師が悩んでいるのは世間が想像するような病気についてではない。診断だけならば、医師国家試験の問題を解くようなもの、診断が決まれば治療はシュミレーションゲームである。医師は診断や治療に迷うことがあっても、悩みという言葉には相当しない。
医師が悩むのは、病気ではなく患者背景についてである。そしてその多くは患者への対応に関したことである。特に対応困難な患者が問題になる。医師のエネルギーの半分以上が、このような患者のために消費され、医師のストレスの9割以上の原因となっている。
困った患者は限りなく多い。そして辛いこともたくさんある。そのひとつは暴力団であろう。日本には暴力団員は8万人、家族、友人を含めれば50万の数になるであろう。そうすると日本人200人に1人の割合となるから、ベット数200の病院には暴力団関係者が常にひとりは入院している計算になる。
彼らは、暴力が職業だから存在そのものが恐怖である。また難癖の名人だから、理屈を言われたら対応は困難になる。ほめ殺しにあった総理大臣、総会屋の脅しに屈した大企業をみれば、世間知らずの医師が彼らに勝てるはずはない。確信犯に常識など通用しないのである。情けないことであるが、医療行為は善意で成り立っていること強調し、恩義を暗示させながら、嵐の過ぎ去るのを待つしかない。彼らの目的は金銭オンリーであるが、病院を強請っても商売にならないことを知っているので解決は意外に早い。
その他にも恐怖を伴う対応困難な患者がいる。すぐ怒鳴る患者、突然キレル患者、チンピラ患者、刺青患者、酩酊患者、覚醒剤使用の患者、精神科を受診しない精神病患者などである。世の中に彼らが存在する限り、患者として病院を受診する。
医師法はすべての患者は弱い立場の善人と想定しているので、このような想定外の患者に対しても診療拒否はできない。彼らが暴力を振るうことはまれであるが、とにかくアドレナリンが枯渇するぐらい疲れるのである。医師は狼の中に放り出された小羊となる。
不定愁訴の患者、好訴妄想患者、術後の不調を訴える患者、人生相談を持ち込む患者、病気でもないのに症状を訴える患者。これらも外来の限られた時間においての対応は難しい。
何とかしろと言われても、何とかなるものではない。冷たく突き放すことも出来ず、クスリで様子をみましょうとなるが、病気でない症状にクスリが効くはずはない。治せない医師が悪いような雰囲気になり、逃げ出したくなる。精神科や心療内科へ紹介状を書いても多くは時間稼ぎにすぎない。患者が自覚症状に慣れてくれるか、症状が自然によくなるのを待つしかない。
対応困難は患者だけではない、その家族も含まれる。これは東海大学附属病院で起きたカリウム静注事件が象徴的といえる。事件当時、このケースが安楽死に相当するかどうか、安楽死の方法としてのカリウム静注の是非についての話題ばかりが集中し、ほとんどの医師のコメントはカリウムを静注した医師への非難ばかりであった。しかし、1時間ごとに主治医を呼び出し、眼を吊り上げて怒鳴る家族の主治医になったことを想像すれば、主治医の行動も、我が身に置き換えが可能である。あの家族が普通の家族だったならば、あの事件は起きなかっただろう。また看護婦の正義感が平和にすんだ問題を表面化させたのである。「家族から楽にするように強要された医師が、家族から罪を押しつけられた悲劇」である。そして、誰もが不幸になった事件であった。
裁判所は安楽死の定義を言うが、判例による言葉の定義など現実にそぐわない。法律で裁けないものを法律に持ち込んだことに無理がある。誰もカリウム静注医師をかばわないが、私的には悲運の医師の味方である。
患者はカリウム静注によって死亡したのではなく、死ぬ瞬間に偶然カリウムを静注されたと思いたい。なぜ彼が有罪で、京都・京北病院ミオブロック安楽死事件が不起訴処分なのか。弁護士が無能だったからだろうか。
医師と患者の関係を論じる場合、非難を受けるのは常に医師であって、患者ではない。しかし、患者にも問題がある。インフォームドコンセントも良いだろう、癌の告知も良いだろう、しかし医師が腰を低くして世間に伺いをたてている間、威丈高の患者が増えていることも事実である。権利とわがままを混在させた患者が着実に増えている。今は赤ひげ医師が怒鳴りちらすご時世ではない。怒鳴るのはいつも患者である、患者性善説を信じ、じっと耐えるだけである。
医師にとって、患者を思う純粋な気持ちが何よりも大切である。そして医療の基本も慈愛である。修行が足りないと言われれば、そのとおりである。しかし、何とかならないものだろうか。精神安定剤を自分に処方するしか方法はないのだろうか。
常識の無い連中、言葉の通じない患者、医学の範疇にない患者、彼らはまれであるが、どうすれば良いのか分からない。みんなが困っているのに、名案が浮かばない。これは医学だろうか、それとも社会学、心理学、宗教、政治の分野なのだろうか。病気のガイドラインを作ることも大切だが、それ以上に対応困難な患者や家族へのガイドラインを作ってほしい。
きれい事ばかりが世の中ではない。誰も書かないから、敢えて書くことにした。汚れた事実も直視すべきである。
日本には仏教、神道、キリスト教など様々な宗教があり、公称信者を合計すれば2億1500万人に達する。このように日本の宗教人口は日本の総人口を優に上回っている。一方、政治集会が開催されると、主催者が発表する参加人数と警察が発表する人数には大きな隔たりがみられる。
前者は教義に反するウソは絶対にダメとしている宗教団体、後者は国民への背信行為であるウソは打倒すべきと訴えている政治団体である。
このように正義を唱える人たちであっても、自分の都合の良い方向へ事実を曲げているのである。そしてその結果、誰も宗教や政治を信じなくなった。また観客がパラパラしかないスポーツ競技なのに、国民の多くが興奮して見てるような、テレビの中継のアナウンサーの興奮にもしらけてしまう。
医学においても同様である。真面目な顔をしてウソを唱える者がいる。ウイルス学者はインフルエンザの大流行で数100万人が死亡すると警告している。脂肪学者はコレステロールの増加により心筋梗塞が急増していると主張する。
しかし、彼らの話の一部分は正しくても、声を大にして言うほどの正論ではない。インフルエンザの死亡者数は点滴がなかった大昔のデータを現在に当てはめただけである。日本人のコレステロール値はすでに欧米並みとなったが、年齢を補正した死亡統計によると心筋梗塞は横ばいかやや上昇程度にすぎない。彼らの宣伝で急増したのは、週刊誌のインフルエンザの記事と高脂血症治療薬3000億円/年の売り上げだけである。
医学にも流行りすたりがある。C型肝炎のインターフェロン療法、胃潰瘍のヘリコバクターピロリー、エイズ、狂牛病、慢性疲労症候群、薬剤耐性結核菌、いずれも欧米からの輸入品であるが、輸入品が姿を見せるたびに黒船騒動となる。そして騒動を煽っているのは常にその分野の専門家である。
物の数にも値しない有意差などの統計値を振り回し、騒ぐだけ騒いでおいて、結果として国民に不安と誤解を撒き散らしている。
病気を啓蒙すること、また自分の考えを述べることは正しい行為である。しかし1の価値のものを10と過大に表現するから混乱が生じる。我田引水の悲しさであるが、彼らはそれを知ってか知らずか粉飾するから、「自分の存在や利益のために病気を利用している」と陰口を言われるのである。
そして、目立ちたい気持ちが度を越すと、狼少年のごとくになる。さらに、それは狼少年だけでなく、医師全体がそのような目で見られ信用を失うことになる。
医師も科学者の端くれならば、1の価値の内容は1の範囲内で主張すべきである。もしマスコミが誇張して彎曲するならば、マスコミに喋らないことである。何も喋らない方が、むしろ国民のためになるであろう。
秦の始皇帝が不死のクスリを求めたように、国民の誰もが健康を望み、健康のための情報に飢えている。街の図書館へ行けば多くの医学関係の本が棚に並び、テレビの健康相談では愚にもつかない健康話題で花盛りである。このように、病気に対する一般人の知的欲求は非常に強いが、医師が供給する医学情報と一般人が求める医療情報には常に大きな食い違いがあるので、いつも誤解を生むことになる。
これが学問的な興味だけであれば問題はない。また日本人の平均寿命が延びたのは事実であっても、それが健康情報によるものではない。しかし、一般人は医学情報に過度の期待をもち、それを自分の健康に還元しようとするので混乱が生じることになる。
健康にとって大切なことは昔から変わっていない。基本は食事制限、適度な運動、禁酒禁煙、摂生、まじめな医師の指導を守り、車に気をつけることである。それ以外は何を真面目にやったとしても、運命の支配から逃れることはできない。この分かりきったことを医師が強く言わないから、一般人は自分に都合の良い楽な健康法を探そうとする。
タバコを吸いながらビタミン剤をのんだり、お菓子を食べながらダイエットの本を読んだり、栄養ドリンクを飲みながら徹夜をしたり、酒を飲みながら肝臓の薬をのんだり、このようなちぐはぐな行動をとる。彼らは医学情報の内容と価値を判断できず、あれもダメ、これもダメ、あれはヨイ、これはヨイ、のヨヨイのヨイと健康食品に走り、禁煙も出来ないでいる。まるで健康狂想曲である。1人ひとりが秦の始皇帝のように健康と不死のクスリを求めようとしている。
健康の指揮者となるべき医師は、本来からの健康法を憎まれるほど繰り返し言うべきである。しかし現実には、それを強く言っても患者に嫌われるだけで収入にならないので、アリバイづくりで「お酒は控えて下さい」などと弱々しく言うだけとなる。
医師と患者の信頼関係が徐々に崩壊しつつあるが、まだまだ多くの国民は医師を信頼している。信頼があるから医療行為が成り立っている。しかし医師の仲間による羊頭狗肉が繰り返されれば医師への信頼が崩れてゆくことになる。そしてその時に本当の医療危機がやってくるであろう。
この兆候は妙な形ですでに表れている。現在、病院の多くは赤字であるが、病院の経営が苦しいといくら訴えても国民が相手にしないのは、医師の言葉を半信半疑で聞く癖がついているからである。
患者との信頼関係を保つためには、また医師の発言力を強めるためには、医師はウソをつかない正直な人種であることを国民の心に刷り込ませる必要がある。もちろん医師一人ひとりの誠実な努力によってである。
まじめな医師が、素直な患者のために行う医療行為が平均寿命を高めたのに、無知なる者の弱みにつけ入る情報医原病が国民を蝕んでいる。私たちにとって痛手なのは、この情報医原病に荷担している医師が医師全体への信頼性を低下させることである。この情報医原病をつくらないことも、さらに、これを正すことも医師の仕事のひとつである。
国民の健康は医師ひとり一人の努力、薬剤の進歩、医療の進歩によるものなのに、白衣を着た医師が、愚にもつかない健康法を述べるテレビ番組ほど、腹立つものはない。
職人という言葉は、気難しい頑固者、寡黙な正直者、実直で昔気質、このような形容詞を連想させる。また古き良き日本の父親を想像させる言葉でもある。
この職人の職人たるゆえんは、仕事に対する絶対的な自信と誇りであり、そしてシロウトが仕事に口出しすることを極端に嫌う性格である。
この職人が時代と共に少なくなり、最近では大工や左官の法被姿はまったく見なくなった。そして現在、数ある職業の中から職人らしい職業を探すとしたら、白衣を着た医師が最も職人に近い存在になるのではないだろうか。
医師は医学部という職業訓練所で学び、卒業後は徒弟制度の下で修業を積み、教授を頂点としたカースト制度に身を置いていた。このように医師の世界は、長期間の勉強と丁稚奉公、まさに職人の世界といえる。
医師を職人と考えると、さまざまな謎が解けてくる。まず医師が患者の話を聞こうとしない、患者が何かを言おうとすると怒りだす、このような非難すべき現象は、医師を職人と考えると当然となる。
職人は独善的と非難されても、良心からの独善は許されると思い込んでいる。そしてナンダカンダの注文に頭がキレてしまうのは、この職人気質に起因するのであろう。
職人には職人なりの理屈がある。職人の言葉を借りれば、「最近は、職人の腕を信じない連中ばかりで、説明したら同意が必要なんて、こんな野郎が相手じゃ、仕事なんかできはしねぇ、ベラボウメ」が本音となる。
職人のおまかせコースを逆撫でするような素人の注文が職人の機嫌を損ねるのである。親方、棟梁とおだてることも、職人のやる気を出させる意味では必要である。
次に、仕事はできても金の計算ができない。これもまた職人の特長である。もちろん商人以上にそろばん上手な医師もいるが、多くの勤務医は金銭は念頭にない。だから、お布施をもらっても身は潔白、後指は指されないと勝手に思っている。
良い仕事を完成させ、品質を高めることを生き甲斐に、手術ひとつにしても、キズの縫い方にしても、義足を作るにしても、医師は自分の職人芸を密かな楽しみとしている。この職人の世界が、急速に変わってしまった。
これまでは、最高の技術を用いて、患者に取って最高の幸せを与えられることを教えられてきた。そして医師はそれを忠実に守っていればよかった。雑念は無いにひとしかった。過剰診療と非難されても、何と言っても患者サービスのつもりであるから後ろめたさなどないにひとしかった。
このように手抜きは絶対ダメとされてきた医療に、「予算がないから安物を作れ」と言われるようになった。最高の医療だけを考えていれば幸せだったのに、その医療に制限が生じたのである。
これまで100本の釘でやってきた仕事を、「幕府に金がないから50本にしろ」との御奉行様の命令が下ったのである。「釘50本では安普請しか造れません、建ったにしても何時壊れて死人がでるとも限りません」と言ってはみたものの、唇淋しい秋の風、お上の命令には逆らえない。「文句があるなら自腹を切れ」と叱られることになる。
患者を入院させたくても、儲からない高齢患者を入院させるとしかられてしまう。まだ入院が必要と思っても、「平均入院日数」から早く退院させろとしかられる。まさに、「経営健全化」のもと、医は忍術ではなく算術になっている。
職人はヒトの命にかかわることだから、お上がそう言ったからといって、そのように出来るものではない。しかし「釘50本の仕事をこれまで100本も過剰に使って儲けてきた」、と世間様に言われた日には、馬鹿馬鹿しくてベラボウメとなってしまう。
そもそも御奉行様と商人が決めた釘の値段が高いことが医療費高騰の原因なのである。それなのにお上の前でそれを言うのは御法度になっている。偉そうな高名な医師ほど、偉そうな御託を述べる医師ほど、お上のご機嫌取りばかりである。
釘一本の値段の方が職人の腕よりも高いのだから、自負心で支えてきた職人のプライドも限界となる。職人はヤケクソの自暴自棄、技術を学ぶ意欲をなくし、腕を落とすことになる。
医師は自己表現が下手である。自己表現が下手なので、周囲は医師の本心をわからずにいる。毎日一生懸命に働いていれば、自ずと周囲が評価してくれると医師は思っているが、それは幻想である。
職人は寡黙ゆえに世間から非難を受け、不当な評価を受けることになる。職人は「世間から意見されるほど落ちぶれていない」、と粋がってみても、周囲が認めないことには仕方がない。ただ耐えるだけである。
今日において職人の価値は廃れ、昔の職人は釘なしで五重塔を建てたが、今の大工にそれを求めても無理である。芸術より経済性を重んじた結果であるが、医師も同じである。昔の医師は顔色で患者の死期を言い当て家族を呼んだが、今は当日の検査でも死期を予測できず、家族が来るまで遺体に心マッサージとなる。
医師は均一化し、何でもマニュアル、何でも診断基準となり、職人芸は過去のものになってしまった。そして医師は職人というよりは、部品を直す技術屋、倒産しないために、そろばんをはじく商人に姿を変えようとしている。
医師の仕事を画一的なマニュアルで規定することは不可能である。患者の顔が違うように、患者の病気もそれぞれが違っているからである。
しかし世の中は、医療もマクドナルドのマニュアルのごとく、と思い込んでいる。マクドナルドの売り子と職人を区別できない連中が、医療にもマクドナルド同様の接客を求めている。医療の内容より、見かけの快適さを求めている。
どうも世の中は、職人にとって住み難くなってきたようだ。
もう何も言うことはない。降る雪や昭和は遠くになりにけりである。
失敗は成功のもとであるが、この格言がいつも正しいとは限らない。特に公的システムにおいては、失敗が失敗のもとになることが多い。
公的システムは正義のクレーマーに弱いのである。また正義のクレーマーを利用して、官僚は改革と称して天下り先を作るのである。
不祥事が起きるたび、事前に対策のなかったことが追及される。規制緩和を訴える者までが「なぜ事前に規制をしていなかったのか」と目をつり上げて追及する。失敗から学ぶべきは再発を防ぐ心掛けであるが、心掛けでは形にならないので、手間隙かけて予防策を作ろうとする。その結果、失敗のたびに、役に立たない窮屈な、形式だけの対策が増える。
株の取引に不正が生じると株取引監視委員会が発足する。給食で食中毒が発生すると生ものは禁止され、水害が起きればダムの建設が検討される。交通事故が起きると交差点に信号がつけられ、街中が信号だらけとなる。
文句を言われる省庁は、職務怠慢との批判を避けるため、完璧な対策を作ろうとする。再発防止策の名目があれば公的規制、公的機関の設置に反対する者はいない。そのため省庁はクレームに便乗し規制の強化をはかることになる。省庁はクレームに頭を下げながら、省益拡大に内心ホクホクである。国民のための規制が省庁のための省益となり、政府と行政は肥大し、動脈硬化をきたす。
文句を言うのは簡単である。しかし文句を言えば言うほど、その対策が日常の自由を制限し、自らの首を絞めることになる。
人が電車に飛び込めば、鉄道会社は遺族に賠償金を請求する。しかし患者が病院の屋上から飛び降りれば、遺族は病院の管理責任を追及する。追求された病院は、再発予防のため屋上に鍵を掛け、そのため患者の憩いの場所がなくなってしまう。
老人が家で転倒すれば、家族は病院へ連れてくる。しかし入院患者が転倒すれば、家族は病院の過失を追及する。その結果、老人は転倒防止のためベッドに縛られ、誤飲防止のため点滴管理となる。
このような不自由は、世間が文句を言いすぎ、管理者の責任を追及するるからである。そして不可抗力を追及しすぎると、失敗は教訓とはならず、当事者の責任回避のための対策となる。表面的な対策はできても、多くの人たちは不自由を強いられることになる。
クスリの説明書には「本剤に過敏症のある者には投与してはいけない」と書いてある。このように当たり前のことを記載するのは製薬会社の責任回避である。そのために説明書の分量が増え、森の中に重要な副作用のポイントが隠れてしまう。
医療費抑制を唱える厚生省が、事あるごとに「心配な方は医療機関を受診してください」と言うのも保身的責任回避である。
誤診の報道が重なると、医師は失敗を恐れ過剰診療となる。結核を恐れカゼの患者に胸部X線をとり、胃癌を恐れ腹痛患者全員に内視鏡を施行する。
手抜き医療や過剰診療は非難すべきであるが、誤診の恐怖から検査漬けクスリ漬けとなる。やらないで批判されるより、やって収入を得る方がよいに決まっている。誤診を批判しすぎると防衛医療となり、国民医療費は高騰することになる。
病院において院内感染が問題になると、院内感染対策委員会が作られ、次いで医療事故防止委員会、機種選定委員会など、責任を問われる管理者は責任を回避するためのマニュアルを作り管理を強化する。あるいは事前に対策を立てていたとするアリバイをつくる。しかし分厚いマニュアル本など誰も読まないから、心がけを変えずにマニュアルをつくっても、仏作って魂入れずとなる。
医師の不祥事が起きるたび、その予防策がつくられる。治験の不正が発覚するとマスコミは医師へのバッシングを繰り返し、そのため治験の条件は建て前重視の現実離れとなる。医師は営利企業のボランティアではないので、無報酬の治験などやる気が起きるはずはない。不正を防止する正論はもっともであるが、これでは治験は成立しない。
カルテ開示が流行したのは、薬害エイズの影響である。「事前にカルテ開示があったならば、あの悲劇は起こらなかった」とする正論に押されたのである。当然と言えば当然であるが、カルテ開示の煩雑さへの対策はない。
正義のクレーマーは正論を言うから反論はできない。反論できない正論ほど厄介なものはない。世の中が正論で良くなるならば問題はない。しかし正論は往々にして世の中を混乱させ、それに便乗した官僚の天下り先を増やすだけである。
癌死が急増しているのは正しいが、それはまた同時に、間違いとも言える。
たとえば年齢を補正して60歳代、70歳代と年齢を区切って過去数十年と比較すると、年齢別による癌死の比率はほとんど変化してない。つまり高齢化が進んだために癌死が多くなったのである。長生きすれば癌になるのが人間の仕組みなのである。
もしすべての癌が克服されたならば、日本人の寿命はどれだけ延びるのか。癌で死なずに済んでも、他の疾患で死ぬので平均寿命は意外に延びず、男性は4歳、女性は3歳の延長だけになる。
いっぽう日本の男女の平均寿命差は6.9歳なので、寿命の性差がいかに大きいかが分かる。寿命の性差は癌の壁より2倍も厚く、男性の癌がすべて克服されても女性の寿命にはとてもおよばない。
患者は「自分の家系には癌が多いので、心配」というが、日本人の3人に1人は癌で死に、癌でたすかる患者もその倍はいるのだから、家族に癌がいない方がおかしいのである。
胃カメラは胃潰瘍や胃がんなどの診断に欠くことのできない医療機器であるが、胃カメラを発明したのが日本人であることは意外に知られていない。
胃カメラの実用化は、東大医学部外科医の宇治達郎(30)、オリンパス光学工業の杉浦睦夫(32)、深海正治(29)によってなされた。彼らによる胃カメラの発明は、胃がんの早期発見に大きな貢献をもたらし、日本が内視鏡先進国となったのも、彼らの先進的な発想と努力による。
宇治達郎は軍医として戦場で多くの人を救うことができなかったことを悔やんでいた。生き残って帰ってきた自分に対し、ひとりでも多くの命を救うことが使命としていた。病院では数多くの胃がん患者が命を落としており、宇治達郎は何とか胃がんを早期発見できないかと考えていた。このことが胃カメラ開発への情熱と執念となった。
日本人は欧米人に比べ、胃がんの頻度が高いことが知られており、胃がんは日本人の人種的特徴とされていた。昭和25年頃まで、がん死の約半数が胃がんによるもので、胃がんの死亡率は90%以上であった。この胃がんの死亡率が、昭和25年以降ゆるやかに減少し、平成10年にはがん死の第1位を肺がんに譲るまでになった。
誤解のないように説明を補足するが、胃がんによる死亡が減少したのは、胃がんの発生頻度が減少したからではない。胃がんの早期発見が可能になり、早期治療が行われるようになったからである。胃カメラの発明以来、胃がんの死亡率は低下するが、これは胃カメラによる早期発見、早期治療の功績といえる。
かつて胃を直接のぞく「胃鏡」という胃カメラの原型があった。胃鏡は長さ70センチの金属製の固い管を口から胃に入れ、直接肉眼で胃をのぞく方法である。この胃鏡は大道芸人が長い刀を飲み込むのをヒントに作られたもので、患者に与える苦痛が大きく、食道や胃を破る危険があった。また胃管を扱う技術習得が困難で、視野が狭いため盲点が多いことから普及しなかった。
当時から、バリウムを飲んで胃を撮影する方法はあったが、レントゲン写真では胃潰瘍と胃がんの鑑別には精度が不十分だった。ときには切らなくても済む胃潰瘍まで手術をすることがあった。胃の内部を超小型カメラで撮影しようとする発想は以前からあったが、真っ暗な胃の中をどのように撮影するのか、また径14ミリの食道の中をどのようにカメラを通すのか、胃カメラの開発には多くの難問があった。
宇治達郎は胃カメラ開発の話を高千穂光学工業(現、オリンパス光学工業)に持ち込んだ。東京にあった高千穂光学工業は東京大空襲で焼け、拠点を長野県岡谷市に移していた。当時の高千穂光学工業は、戦後復興の社運を位相差顕微鏡の製品化にかけ開発を急いでいた。
昭和24年8月31日、宇治達郎は高千穂光学工業の常務から主任技師長の杉浦睦夫を紹介され諏訪の工場を訪ねた。杉浦睦夫は宇治達郎の話を聞き、「人間の体内をのぞくことで、胃がんの早期発見をしたい」という宇治の話しに熱意を感じた。
杉浦睦夫は研究所長に胃カメラ開発の話を持ち込んだが、厳しい口調で反対された。所長は光のない胃の中を写すことは不可能と判断、「胃カメラを考える時間があるなら、社運をかけた位相差顕微鏡を早く完成させろ」と命じた。
宇治達郎が諏訪から東京へ帰る日、偶然にも、杉浦睦夫も東京に行く日であった。杉浦と宇治は、下諏訪発の準急列車に乗って一緒に東京へ行くことになった。ちょうどその日、死者132人を出したキティー台風が関東地方を直撃。そのため2人が乗った東京行きの列車は暴風雨の中で停止してしまった。胃カメラの開発は不可能と告げられていた2人は気まずい思いをしていた。ところが列車が動かないことを知ると、どちらからともなく胃カメラの話になり、2人の議論は次第に熱を帯びていった。キティー台風が車内での徹夜の議論を生み、杉浦は超小型カメラの開発を決意した。
高千穂光学工業は宇治達郎が持ちかけた胃カメラの開発は不可能と判断し、杉浦睦夫に研究の時間を与えなかった。だが胃カメラ開発の魅力に取りつかれた杉浦は会社に内緒で胃カメラの研究に乗り出した。昼の勤務時間は位相差顕微鏡の研究を行い、会社に誰もいなくなる夜を待ち胃カメラの研究に没頭した。
宇治達郎に会った日から2カ月が過ぎた10月12日、その日は会社創立30周年の記念日で、社名が高千穂光学工業からオリンパス光学工業に変わった日であった。杉浦睦夫が開発した位相差顕微鏡が、オリンパス製品第1号として華々しく発表された。杉浦睦夫の人生において最も輝かしい日になるはずだった。
ところが発表会の会場で、「位相差顕微鏡も所詮はアメリカの模倣」という社員のヒソヒソ声が杉浦の耳に入った。杉浦はこの言葉にがくぜんとした。オリンパス幹部は杉浦に「より高性能で使い勝手のよい位相差顕微鏡の改良」を命じたが、「アメリカの模倣」という言葉に、杉浦の頭の中は世界初の胃カメラの開発だけになった。
欧米の物真似でない独創的な研究、多くの人たちに貢献できる研究、杉浦睦夫は寝食を惜しんで開発に専念した。会社は胃カメラの開発には反対であったが、会社の反対が皮肉にも杉浦の研究者魂に火をともした。杉浦睦夫は会社の承諾のないまま公然と胃カメラの研究を行うようになった。取りつかれたように、不可能を可能にしようと研究を進めた。終戦間もないころである。不可能であっても挑戦する技術者魂があった。
胃カメラ開発で最も困難だったのは、胃の中にどのように光を持ち込むかであった。光源の小型化には限度があった。たとえ小型化に成功しても照度が不足した。杉浦は部下の深海正治に「フラッシュの研究」を名目に胃カメラの研究に専念させた。杉浦はフラッシュの光で胃壁を写せると信じていた。
胃カメラは先端部分(カメラ、ランプ、フィルム)、連結部分(操作のひもや導線)、操作部分(シャッター、フィルムの巻き上げ)、電源と送気部分(胃に空気を送る)から成り立っている。このうち先端のカメラ部分と連結部分が口から体内に入ることになる。
宇治達郎は東大病院の診療を終えると、毎日のように杉浦の研究室を訪ね、論議を交わした。議論の結果、人間の食道の口径が14ミリなので、胃カメラの管の直径は12ミリ、内径は8ミリに決まった。管の先端に小型レンズ、ランプ、フィルムを内蔵させ、それを手元で遠隔操作をすることにした。
接写レンズは顕微鏡磨きの名人に依頼し1カ月後に完成した。直径5ミリのランプは職人が改良を繰り返し完成させた。フィルムはASA20の市販の35ミリのフィルムを6ミリ幅に切って利用した。フィルムのコマ送りはフィルムの先端に三味線の弦をつけ、手元で引っ張る方法を生み出した。手元のボタンを押すとランプが点灯し、胃の中を撮影できる仕組みだった。
最も苦労したのは、胃の中を照らす直径5ミリの豆電球の開発であった。豆電球は電球職人の丸山政人(23)が担当し、丸山はフィラメントを2重にした電球を作った。だが電球は4回の発光で切れてしまった。胃カメラの電球は20回以上発光しないと使い物にならない。丸山はさらに改良を重ね、20回以上発光する電球を完成させた。水を入れたフラスコに方眼紙を張り、それを胃袋に見立てて暗室で写真を撮る実験が進められた。
昭和24年12月、東大病院で犬を用いて胃カメラの実験が宇治達郎と新人医師・今井光之助(23)によって始められた。胃の写真を撮るには胃を膨らませる必要があった。そのため胃の中に水を入れての実験が繰り返された。実験には10匹以上の犬を用いたが、水中写真は失敗の連続であった。注入した水と胃の分泌物が混濁し、視野を遮ったのである。次に胃に空気を送り、胃を膨らませる実験が行われた。この空気の送入によって、犬の胃の内部写真の撮影に成功した。
胃の内部を撮る実験は、病院勤務を終えた夕方以降に行われていた。ある日、実験に没頭して部屋の電気を付け忘れていた。その時、薄暗い研究室の中で胃カメラのシャッターを切るたびに犬の腹が電球の光で内部から透けて見えるのに気がついた。その当時の胃カメラは直接肉眼で胃をのぞけないので、胃のどの部分を撮影しているのか分からなかった。ところが腹壁の光の位置で、胃のどこを撮影しているのか分かったのである。
腹壁を通して見えるフラッシュの光の位置を参考に、胃の中を想定しながら手元でシャッターを切った。また胃壁にレンズが近づき過ぎると像の焦点がぼやけてしまったが、管の先に透明なコンドームをつけて膨らませ、胃壁とレンズの間に5センチの距離を取る工夫がなされた。
腹壁から見えるランプの光を参考にフラッシュの方向、操作部の目盛りを見ながらの撮影で、フィルムを現像して初めて胃の内部を読影できるものであった。昭和25年9月、人を使っての実験が行われた。薄暗い手術室で患者の腹が21回光った。祈る気持ちで写真を現像すると胃潰瘍が写っていた。世界で初めて人間の胃の内部写真が撮影されたのである。手術が行われ取り出された病変は、写真に写っていたのと同じだった。
試行錯誤を繰り返した末、宇治達郎と杉浦睦夫は、出会いからわずか1年で胃カメラを世界で初めて完成させた。英語で胃のことをガストロ(Gastro)と呼ぶため、語呂もよくわかりやすいことから「ガストロ・カメラ(Gastro-camera)」、通称「胃カメラ」と命名した。この胃カメラの完成は若い医師の熱意と、若い職人たちの努力の結晶であった。
昭和25年11月3日の日本臨床外科学会で、宇治達郎は胃カメラを用いた臨床例を世界で初めて発表した。胃の内部を撮影した30枚の写真が提示された。この胃カメラは全国発明協会から発明賞を受け、その後、オリンパスは宇治達郎、杉浦睦夫、深海正治の連名で胃カメラの特許を申請し、日本、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツで特許を得た。オリンパスはこの特許により、内視鏡の世界シェア8割を占めるまでに成長することになった。
現在、胃内視鏡検査には胃カメラは用いられていないが、胃カメラは光ファイバーを利用した胃ファイバースコープ、モニターテレビとして映し出す電子内視鏡に受け継がれ、今日の内視鏡診断に大きな役割を果たした。胃カメラという言葉は親しみやすいため、現在でも胃内視鏡検査の通称として用いられている。このことからも胃カメラの存在がいかに偉大であったかが分かる。
日本の医学はあらゆる分野において欧米追従で、独創的な研究はほとんどなされていない。しかし胃や食道などの消化管疾患については、現在でも日本は世界最先端の研究がなされている。日本で作られた早期胃がんの分類は世界の標準として用いられているが、これも彼らが発明した胃カメラの功績といえる。
宇治達郎は学位論文「腹腔内臓撮影用写真機を用いた診断法」により博士号を得ている。宇治達郎は胃カメラを開発した後、東大医学部の肩書きを捨て開業医になった。自分が胃カメラを開発したことを患者に話さず、町医者として地域医療に貢献していたが、昭和55年11月27日に死去。大宮市より市民栄誉賞が贈られ、現在さいたま市大宮区大成町の普門院にある宇治家の墓所に顕彰碑が建っている。
杉浦睦夫は胃カメラを発明して間もなくオリンパスを退社。昭和33年に杉浦研究所を設立し、医療機器の発明に挑戦し続けたが、昭和61年8月、心筋梗塞で死去。
深海正治は世界初の心臓ファイバースコープや大腸ファイバースコープを開発。現役時代は「仕事の鬼」と呼ばれ、取締役時代に内視鏡医学振興財団を設立した。退職時「技術は日進月歩。進歩についていけない技術屋は一切口を出すべきでない」と膨大な資料や蔵書をすべて破棄して引退した。
平成2年、「胃がん・胃潰瘍の早期発見に著しい成果を上げ、世界の医学発展に大きく貢献した功績」により故宇治達郎、故杉浦睦夫、深海正治の3人は吉川英治文化賞を受賞している。
この胃カメラ開発の経過は、吉村昭の小説「光る壁画」として新潮文庫に納められている。
オリンパスの内視鏡は世界シェアの7割を占め、それだけに今回の損失隠しは、オリンパス製品を世界1と思っていた医師たちを怒こらせた。
もちろん、経営陣の不祥事と社内研究者は別であるが、経営陣はさらにひどいことを行っていた。つまり実質的に経営(出資)している病院に、内視鏡の押し売りをしていたのである。赤字病院が経営に困ると、オリンパスが出資を申し出て、見返りに、必要のない内視鏡をなどの自社機器を購入させていた。その額は1病院毎月数百万円である。
この方法は、暴力団が飲食店に高額な鉢植えを毎月買わせていたのと同罪である。
もちろん、子会社、孫会社を使っての悪行なので、オリンパス本社に訊いても「知らぬ存ぜぬ」の返答であろう。それが、今回の損失隠しの穴埋め、あるいはさらなる悪事の発覚をおそれ、子会社、孫会社はすべて調剤薬局最大手に売却ずみである。優良会社といえども倫理観など微塵もなく、オリンパスはハイエナのごとく 「良心的な病院を金もうけの道具」にしていたのである。
オリンパスの胃カメラは、東大医学部外科医の宇治達郎、オリンパスの技師者杉浦睦夫と深海正治によって開発された。彼らは腹の中を覗くことで、人類に最大級の貢献をもたらしたが、バブルに浮かれた腹黒い経営陣がそれをぶち壊したのである。
明日は、胃カメラ開発に至るまでの実話を示そう。乞う、ご期待。
昨年10月、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)という単語が突然登場し、その内容も分からないまま、賛成、反対が展開された。
TPPはアメリカとの関税撤廃で、景気低迷に悩む経団連(輸出産業)は賛成、安い農産物の輸入を恐れる農家(農協)は反対という構図になった。
TPPは「アメリカの利益のために日本を搾取する協定」であるが、国内の議論を待たず、11月13日、野田首相はアジア太平洋経済協力会議(APEC)でTPP交渉参加を表明した。
野田首相は「すべての品目やサービスを貿易自由化の交渉テーブルに乗せる」と表明したが、国会で追求されると、「表明は事実ではない、このことは米国当局も認めている」と発言、次にこの発言をアメリカが否定する展開となった。つまり野田首相の二枚舌が明らかになった。
TPPは関税の撤廃だけではなく、重要なのは規制の自由化で、金融、労働、サービス、医療などでの規制の自由化が含まれていることである。つまり日本の医療が大きく変わることが予想される。
TPPが導入されれば、混合診療が解禁され、医療に株式会社が参入し、国民皆保険制度が崩壊するであろう。医療や介護の規制緩和は、「国民からいかに金を奪うか、弱者から医療と介護をいかに奪うか」が根底にある。
平成17年、総合規制改革会議がアメリカの医療(混合診療)の導入を叫んだが、TPPも同じである。
医療では差額ベッド、給食、おむつ代、入れ歯など病気に直接関係のない部分は自己負担になっているが、政府が意図しているのは、患者の生命に関わる部分にも、自己負担を導入することである。つまり特定の診察料、薬剤、検査などを患者の自己負担とすることで、もちろん必要な医療は制限される。
混合診療の目的は、「混合診療によって誰が儲かり、誰が損をするのか」を考えれば分かる。財政難の国は医療費支出を減らせるので導入を願い、医療で金儲けをしたい保険会社は確実に得をする。そして国民だけが損をする。
混合診療は自動車の保険に例えればよく分かる。自動車の保険は「強制保険と任意保険」の2本立てであるが、混合診療は医療を自動車と同じように強制保険と任意保険の2本立てにする。強制保険では高度の医療を制限し、それを受けたければ自費にする。自費では払いきれないので民間保険に入る。つまり「国民の苦しみ、保険会社の喜び」が混合診療の本質である。誰でもいずれ病気になるのだから、国民全体が困ることになる。日本人の生命はみな同じであるが、貧富の差により医療の平等性が破壊されることになる。弱者を崖から突き落とす政策である。
巨大な資本を持つアメリカの保険会社は、医療保険は得意分野のお家芸で、任意の医療保険を独占する可能性が高い。さらには国民皆保険すべてをアメリカの保険会社が民営化する可能性がある。
国民は国民皆保険制度の恩恵を忘れ、医療に対し不満ばかりだが、TPPが導入されれば、患者の自己負担が増え、低所得者は病院を受診できず、入院患者は病院から追い出されることになる。
アメリカの保険会社がオバマに巨額の献金をして、オバマが日本政府に圧力をかけ、TPPを日本が導入すれば、アメリカの保険会社が儲かる構図である。日本政府の特徴は外圧に弱いことであるが、TPPはアメリカの外圧にだまされたふりをして、国家予算から国民医療費を削減することを狙っている可能性が高い。
TPPは国民の負担を増し、国民皆保険を壊しかねない。日本医師会はTPPに反対しているが、なぜ反対しているのか。それは医師のためではなく、国民のためであるが、そのことを国民は分かっていないようである。
無過失補償制度とは、医療事故で障害を負った場合、医師の過失とは関係なしに、患者に補償金を支払う制度である。患者側にとっては「医師の過失を証明するのは難しく、裁判に時間がかかる」難点があった。また医師側にも「患者のための悪意なき医療行為が、結果によって裁判沙汰になることへの不満」があった。この解決策として無過失補償制度が支持された。
医療事故による患者と医師を救済するために、まず2009年に出産時に起きる脳性麻痺患者にこの制度が導入された。通常の出産で脳性麻痺になった場合、一時金として600万円、20歳になるまで毎月10万円の計3000万円が支払われることになった。
この産科医療補償制度は警察への通知義務はなく、保険料3万円は出産祝い金に上乗せされるので、妊婦への実質的な負担はなく、まさに画期的制度とされた。日本の分娩件数は年間100万件、出産時の脳性麻痺は年間500から800件とされていたので、保険料は総額300億円、支出は150億円から240億円とされた。
この無過失補償制度は一見よさそうに思えるが、運営が日本医療機能評価機構で幹事会社が東京海上日動保険であることから、当初から「悪代官と越後屋」の悪知恵悪行を危惧していた。日本医療機能評価機構は厚労省の天下り団体で、民間保険会社は営利企業だからである。
では制度が開始された2009年から、これまでの2年間を検証してみよう。2年間で補償が支払われたのは192件である。つまりおよそ500億円が余剰金となっているはずである。しかしこの余剰金について、日本医療機能評価機構と民間保険会社は沈黙を守っている。
この産科医療補償制度は公的制度である。ゆえに余剰金があればそれを公表し、余剰金を還元すべきである。しかし彼らは余剰金を公表せず、さらに、脳性麻痺だけでなく、すべての医療事故に無過失補償制度を導入しようとしている。もちろん無過失補償制度の拡大は、余剰金の拡大を意味している。
「日本医療機能評価機構と東京海上日動保険」よ! 早く余剰金を白状し、余剰金を返還せよ! 多分、彼らは、余剰金を「今後の基金のため」などと言うであろう。
しかし、「やかましぃやい! 悪党ども! おうおうおう、黙って聞いてりゃ寝ぼけた事をぬかしやがって! 悪党どもよ、この桜吹雪、散らせるもんなら散らしてみろぃ!」、彼らの言い分は法律では許されても、庶民の味方、遠山の金さんは許さないであろう。