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 生物がこの世に生を受けて数億年、人類が地球上に誕生して150万年、生きとし生きる者の原則は弱肉強食である。この神から授かった弱肉強食の本能は、人間を唯一の例外として地球の歴史とともに続いてきた。そして知恵ある人間だけが、この弱肉強食の原則に手を加えたが、その歴史はたかだかこの数十年のことである。

 国王が民衆を搾取する、資本家が労働者を搾取する、地主が小作人を搾取する。この搾取という悪道パターンが歴史の反動を生み、群衆の喝采とともに社会主義国家が誕生した。そして気がつけば、平等主義に毒された民衆の堕落から、知識人が笛吹けど社会主義は踊らず、ついに崩壊した。いっぽう資本主義の日本は、旧ソ連、中国以上の平等社会を達成している。

 日本の政治は政党名が何であれ、強者が弱者を助ける政策になっている。この理由は、富の再分配という国家の仕事が、数の上で優位に立つ弱者の人気取りになっているからである。さらに弱者援助を美徳とする美意識を持っているからである。

 この美徳は弱肉強食の本能に反するが、これもまた神から授かった人間の本性といえる。しかしこの本性は「強者の善意と弱者の感謝」という美意識が根底にある場合にのみ成立する本性であって、この気持ちがなければ、生物の道ばかりではなく、人間の道をも踏みはずすことになる。

 最近、世の中が住み難いと感じるようになった。これは神から与えられた弱肉強食の本能が逆転し、人間の美意識から発生した弱者救済の政策が、醜悪な姿を晒けだすようになったからである。弱者は助けを当然として感謝を忘れ、補填のみを偉そうに主張する。強者は弱者権力に金銭を奪われ、金持ち喧嘩せずの諦めの心境になっている。

 努力した者が努力しない者に搾取され、稼いだ者が稼ぎの悪い者にたかられる。富の分配が、上から下への自然な流れであれば文句は生じない。しかし下から上が無理矢理強奪される世の中になったのである。弱者と強者の立場が仮面を被ったまま逆転している。

 強者の税金で支えられる多数派の弱者が、感謝を忘れ、権利のみを主張するようなり、社会の歯車がおかしくなった。これは弱者の徳が金銭の優遇によって麻痺したためである。

 かつて姥捨て山の露と消えていった老人は、観劇や観光地を元気に独占し、貯金高はどの世代よりも多い。子供は過保護に甘え、学校では恩師の影を踏みながら遊んでいる。

 このような現象は、世間や政治家が弱者をおだて過ぎたせいである。人間はおだてられると堕落するのである。汗をかかない金銭の供与は人間をダメにする。

 人間は人間が作った浅知恵により、弱者の堕落と、強者のやる気喪失を生むことになった。人間を平等とする妄想が、人間の脳をアルコールのごとく心地よくマヒさせ、ついには日本人を廃人にしようとしている。弱者にとって必要なのは自立する精神であり、その障害になるのは相手への依存心である。強者にとって必要なのは差し伸べる暖かい手であって、搾取される富ではない。

 医療においては、医者は強者、患者は弱者のパターンが確立されている。この先入観が医師と患者の信頼関係を時におかしくする。まれなことではあるが、自分を弱者であると威張る患者が目立つようになった。そして弱者を優しくするのが当然であると、度を超した要求をしてくる。

 これほどの情報化時代に、「医師が病気に対し無力」であると宣伝されず、逆に何でも治せるスーパーマンと思われている。そして、スーパーマンが、なぜ可哀想な自分を助けないのかと患者は食い下がる。これは風邪だから我慢しなさいと言えば、非人道的医師のレッテルを貼るのである。病気を責めずに医師を責める風潮が起きている。病気が治らないのを医者のせいと非難するのである。

 医療はサービス業との宣伝に乗せられ、患者は「何々さんから何々様」へと呼び名が変わり、医師がクスリ屋からおだてられて馬鹿になったように、患者も周囲からおだてられ堕落している。自分のことは自分で守るという病気の基本を忘れ、不都合のみを医療に押しつけてくる。

 自分の不都合を他人のせいにするのは、国民全体が人間としての責任と自立を忘れ、つねに他人をあてにするクセがついているからである。

 医師が患者のためにつくすのは当然であるが、この医療奉仕に対し感謝の気持がなければ、医療側のやる気が喪失しても不思議ではない。

 人間が生物の持つ弱肉強食の本能を変えたのは、人間の知恵と美徳によってである。そしてそれを成り立たせている「強者の善意と弱者の感謝」を、今の日本人は忘れているように思える。

 

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 失敗は成功のもとであるが、この格言がいつも正しいとは限らない。特に公的システムにおいては、失敗が失敗のもとになることが多い。

 公的システムは正義のクレーマーに弱いのである。また正義のクレーマーを利用して、官僚は改革と称して天下り先を作るのである。

 不祥事が起きるたび、事前に対策のなかったことが追及される。規制緩和を訴える者までが「なぜ事前に規制をしていなかったのか」と目をつり上げて追及する。失敗から学ぶべきは再発を防ぐ心掛けであるが、心掛けでは形にならないので、手間隙かけて予防策を作ろうとする。その結果、失敗のたびに、役に立たない窮屈な、形式だけの対策が増える。

 株の取引に不正が生じると株取引監視委員会が発足する。給食で食中毒が発生すると生ものは禁止され、水害が起きればダムの建設が検討される。交通事故が起きると交差点に信号がつけられ、街中が信号だらけとなる。

 文句を言われる省庁は、職務怠慢との批判を避けるため、完璧な対策を作ろうとする。再発防止策の名目があれば公的規制、公的機関の設置に反対する者はいない。そのため省庁はクレームに便乗し規制の強化をはかることになる。省庁はクレームに頭を下げながら、省益拡大に内心ホクホクである。国民のための規制が省庁のための省益となり、政府と行政は肥大し、動脈硬化をきたす。

 文句を言うのは簡単である。しかし文句を言えば言うほど、その対策が日常の自由を制限し、自らの首を絞めることになる。

 人が電車に飛び込めば、鉄道会社は遺族に賠償金を請求する。しかし患者が病院の屋上から飛び降りれば、遺族は病院の管理責任を追及する。追求された病院は、再発予防のため屋上に鍵を掛け、そのため患者の憩いの場所がなくなってしまう。

 老人が家で転倒すれば、家族は病院へ連れてくる。しかし入院患者が転倒すれば、家族は病院の過失を追及する。その結果、老人は転倒防止のためベッドに縛られ、誤飲防止のため点滴管理となる。

 このような不自由は、世間が文句を言いすぎ、管理者の責任を追及するるからである。そして不可抗力を追及しすぎると、失敗は教訓とはならず、当事者の責任回避のための対策となる。表面的な対策はできても、多くの人たちは不自由を強いられることになる。

 クスリの説明書には「本剤に過敏症のある者には投与してはいけない」と書いてある。このように当たり前のことを記載するのは製薬会社の責任回避である。そのために説明書の分量が増え、森の中に重要な副作用のポイントが隠れてしまう。

 医療費抑制を唱える厚生省が、事あるごとに「心配な方は医療機関を受診してください」と言うのも保身的責任回避である。

 誤診の報道が重なると、医師は失敗を恐れ過剰診療となる。結核を恐れカゼの患者に胸部X線をとり、胃癌を恐れ腹痛患者全員に内視鏡を施行する。

 手抜き医療や過剰診療は非難すべきであるが、誤診の恐怖から検査漬けクスリ漬けとなる。やらないで批判されるより、やって収入を得る方がよいに決まっている。誤診を批判しすぎると防衛医療となり、国民医療費は高騰することになる。

 病院において院内感染が問題になると、院内感染対策委員会が作られ、次いで医療事故防止委員会、機種選定委員会など、責任を問われる管理者は責任を回避するためのマニュアルを作り管理を強化する。あるいは事前に対策を立てていたとするアリバイをつくる。しかし分厚いマニュアル本など誰も読まないから、心がけを変えずにマニュアルをつくっても、仏作って魂入れずとなる。

 医師の不祥事が起きるたび、その予防策がつくられる。治験の不正が発覚するとマスコミは医師へのバッシングを繰り返し、そのため治験の条件は建て前重視の現実離れとなる。医師は営利企業のボランティアではないので、無報酬の治験などやる気が起きるはずはない。不正を防止する正論はもっともであるが、これでは治験は成立しない。

 カルテ開示が流行したのは、薬害エイズの影響である。「事前にカルテ開示があったならば、あの悲劇は起こらなかった」とする正論に押されたのである。当然と言えば当然であるが、カルテ開示の煩雑さへの対策はない。

 正義のクレーマーは正論を言うから反論はできない。反論できない正論ほど厄介なものはない。世の中が正論で良くなるならば問題はない。しかし正論は往々にして世の中を混乱させ、それに便乗した官僚の天下り先を増やすだけである。

 

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  江戸時代、佐倉藩(現在の千葉県成田市)は飢饉の続くなか、年貢を厳しく取り立て、年貢滞納者には過酷な拷問まで行っていた。

 一家離散、餓死の惨状から農民が集結、一揆を起こそうとしたが、名主総代・佐倉惣五郎(そうごろう)は、「一揆を起こせば百姓の命はない、一家みな磔になる」、「私が領主に直訴する」と約束した。

 佐倉惣五郎は、佐倉藩に減税を訴えようとするが、この動きを察知した役人は、「訴えごとをなす輩は厳罰に処す」と回状を名主に送り、申し入れすら受け入れようとしなかった。

 305カの村の名主は、国許の佐倉藩では解決困難として、江戸にいる佐倉藩主・堀田正信に嘆願書を提出したが、「国許を差し置いて、強訴するとは不届き」と却下された。

 そのため名主たちは、幕府へ上訴することを決断。将軍家後見職・保科正之を江戸城のお堀端で待ち、嘆願書を出した。しかし保科正之は、他藩の内紛に口を挟むことはできないとした。

 この江戸の行動は、佐倉藩に通知され、「6人の名主総代は、藩にいれるな、召し取れ」となった。

 名主たちに残された手段は、将軍への直訴しかなかった。将軍への直訴は、死罪とされていたが、その大役を佐倉惣五郎が引き受けることになった。惣五郎は家族に別れを告げるため、雪降る夜、印旛沼の渡し場の小屋についた。

 渡し舟の夜間航行は禁じられていて、役人が渡し舟に鎖を掛けていた。船頭・甚兵衛は惣五郎が村民の窮状を救うため、江戸で活動していること知っていた。無断の夜間航行は打ち首であったが、甚兵衛は鎖を切って舟を出した。甚兵衛は、惣五郎を送ったあと、寒中の湖に身を投げた。

 惣五郎は家にもどると、妻に離縁状を渡し、子供を勘当し、罪が及ばぬようにして、涙の別れをして家を出た。

 惣五郎は四代将軍家綱へ直訴のため、上野寛永寺で参詣する将軍を待ち、訴状を将軍家綱へ差し出したが、その場で捕えられた。

 惣五郎の処罰は佐倉藩に一任される。領内の農民たちは、助命嘆願を行ったというが許されず、佐倉藩は磔(はりつけ)となった。さらにメンツを潰された佐倉藩主は、事前に離縁していた妻も磔とし、勘当していた4人の子供をも死罪とした。

 いっぽう、将軍家綱は訴状の内容を確認、佐倉藩の状況を調査するよう命じ、

佐倉藩の酷政と深刻な不作に喘ぐ農民が確認された。幕府は佐倉藩に3年間年貢の免税を命じ、救済米を送った。

 佐倉惣五郎は命をかけて農民たちを救ったのである。

 この佐倉惣五郎の伝記は、「佐倉義民伝」として読まれ、歌舞伎では「東山桜荘子」として上演され、講談や浪花節でも取りあげられた。

 江戸末期の百姓一揆は、惣五郎の影響が大きく、明治の自由民権家たちは惣五郎を民権の先駆者ととらえ、福澤諭吉は佐倉惣五郎を「古来唯一の忠臣義士」と書いた。

 

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2012.01.27 07:26 |  生活 / くらし  |  映画 / 音楽 / 読書  |  その他(一般)  |  心の話  |  スーさん  | 推薦数 : 3

コーギー

 子供の情操教育をかねて犬を飼うことにした。都内の犬屋を数軒訪ね、ケージに入った犬を見てまわった。かつて捨て犬を飼っていたことがあったので、犬には慣れていたが、数十万円の犬ばかりで、値段の高さに驚いてしまった。店内でどの犬を買おうかと迷っているうるうちに、値段の高い犬が良いだろうと思うようになった。

 「物の価値は値段に比例する」とわが脳ミソは毒されていた。しかし妻はこの犬でなければいやだと一匹の犬を指さした。それは貧相な顔をしたコーギーだった。コーギーはエリザベス女王が飼っていることで有名になった犬種で30万円前後が相場の犬である。

 しかしその上目遣いのコーギーはなぜか2万円だった。「安いものには、どこかに欠陥がある」と小声で文句を言ったが、妻は耳を貸さずレジで2万円を払って、そそくさと店を出てしまった。そして帰りの自動車の中で「この犬はあと数日の命だったのよ」と犬を抱きしめながら妻がいった。

 つまり、売れ残った犬は値段が下げられ、それでも売れなければ安楽死にするのがこの業界の常識だったのである。妻がこの犬を買ったのはこの犬の命を助けたい気持ちからだった。

 この日だけは妻を尊敬してしまった。そして医師としての基本的姿勢を教えられた気持ちになった。2万円のコーギーは、最近、飼い主に似て凛々しい顔つきになってきている。

 

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2012.01.26 07:43 |  恋愛 / 結婚  |  その他(一般)  |  歴史私観  |  スーさん  | 推薦数 : 1

壮絶な死

 20世紀を代表する画家モディリアーニを知らない人は少ないであろう。生涯に1回だけ個展を開いたが、その時、裸婦画を出展し、警察が乗り出す騒ぎになった。その裸婦モデルが、恋人ジャンヌである。

 モディリアーニは貧困と肺結核に苦しみ、35歳で死去したが、死の2日後、妊娠9ヶ月のジャンヌもモディリアーニの後を追うように、飛び降り自殺している。昔の人は、生き方が壮絶だったように、死に方も壮絶であった。

 織田信長の取りなしで、細川忠興は明智光秀の娘・玉(ガラシャ)と結婚。しかし明智光秀の本能寺の変で、忠興は妻ガラシャを丹後の山中に幽閉する。

 その後、秀吉の許しで、夫婦は一緒に生活するが、関ヶ原合戦の直前、西軍の石田三成が敵方細川忠興のガラシャを人質に取ろうと大阪の屋敷を取り囲んだ。ガラシャは人質を拒否。キリスト教では自殺は大罪であるが、屋敷に火を放ち自害した。ガラシャは次の辞世の句を詠んでいる。

「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」

 次に、尊敬する科学者にほれた男の壮絶な死を紹介する。

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2012.01.21 08:29 |  診療  |  生活 / くらし  |  グルメ / お酒  |  その他(一般)  |  随想  |  スーさん  | 推薦数 : 1

手洗い神話

 手洗いは医療の基本とされている。ある日、トイレから出ようとする医師が手洗いをしないで出ようとしたので注意した。するとその医師は「トイレに入る前には手洗いをしますよ。それは自分の一番大切なモノに触るのですから、でもトイレから出る時には手を洗いません。それは手洗いの蛇口が一番汚いからです。

 でも心配しないでください、患者さんの診療の前後には必ず手洗いをしていますから」、たしかに彼の言うとおりかもしれない。

 後日、その医師と食事をしたとき、彼はまた妙なことを言いだした。「先生、レストランのおしぼりは使ってはいけません、おしぼりが清潔という証拠はありませんからね。このおしぼりが、昨日、風俗店で使われていたかもしれませんよ」、さらに彼の話は続いた。

 「あと、ホテルの洗面所で顔を洗うのもいけません、ホテルの掃除のおばさんがトイレを拭いたタオルで洗面所を拭いていたのを見てしまったのです」。

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 検事は悪を憎み、被害者に代わって加害者に相応の罰と償いを求める。弁護士は弱きを助け、被疑者の立場から不当な冤罪と主張する。そして裁判官は両者の言い分を聞き、白か黒かの判決を下す。

 このように法曹界の人たちは、それぞれの使命感を持ちながら職務についているが、検事は検事の立場でしかものを考えず、弁護士は弁護士の立場でしかものを言わない。法の正義を自負する者たちがこのような職務に縛られた形で議論する法廷は、どこか茶番に思えてならない。

 昨日まで鬼検事と恐れられていた者が弁護士に職を変えた途端、極悪人の味方になる。金持ちが被疑者になれば、金持ちは元検事の弁護士を集め弁護団を結成する。このように立場によって自らの主張を変える議論は到底民主的とは思えない。

 同じ司法試験に合格した者が、同じ司法研修所で養成を受けた者が、なぜ立場によって主張を変えるのか。弁護士、検事、裁判官、この法曹三者による法廷議論は見えすいた劇を見せられている気分である。これを司法制度の欺瞞と呼ぶかどうかは別にして、このような一方通行の議論が、最近巷で多く見られる。

 そもそも議論とはお互いの考えを述べ、相手の考えを尊重しながら、より良い結論を得るための手段である。つまり自分の主張と、相手への理解が同時進行でなければいけない。しかし今日行われている多くの議論は、最初から相手の考えを否定し、自分の結論を押しつけるものばかりである。

 この傾向は議論を論争と称し、劇場化させ視聴率を上げようとするマスコミも同じである。声の大きさ、反論に値しない屁理屈、言葉の用法などにより、相手をいかに負かすかが議論の技術とされ、論理の矛盾やごり押しを恥と思わない。

 そして議論に勝ったとしても、勝った方の意見が優れている訳ではない。そのため議論の敗者が勝者に心服することはなく、逆に恨みを残すことになる。

 このような中身のない議論は、発言する者がそれぞれの立場に縛られているからである。議題に対し肯定側と否定側に分かれて議論する遊びをディべートというが、この欧米のゲームを真面目な議論に持ち込んでいるにすぎない。

 このような論争を前に、国民は無意識に自分と同じ考えの論者の肩を持ち、対立する論者を無意識に軽蔑する。そして見識者の非常識に対し優越感と自己満足を得ながら、一方では声を大にするゴネ得の手法を国民は無意識に身につけることになる。

 このような議論の虚像が、国民の前に醜く露呈したのは、万年野党の日本社会党(村山首相)が政権の座についた時である。それまでの日本社会党の反対は保身のための反対であったことが明確となり、政党の理念を曲げ現実路線を選択したことで、日本社会党は安楽死への道を辿ることになった。

 彼らが残したものは、政策における建て前と本音、言いがかりに近い議論による取引、落としどころ、などの政治理念ではなく政治的技法だけであった。

 議論の弊害として、次に議論のアリバイ化を挙げることができる。これは公的な議論においてみることができる。時間をかけ十分に審議を尽くしたとする証拠が欲しいだけである。広く意見を聞いた上での共同決定というアリバイが欲しいだけである。これは一見民主的な議論と錯覚しやすいが、最初から結果の決まっている議論は民主主義を装った議論といえる。

 この形式を取り入れているものに政府の諮問機関がある。役人が諮問機関の人選を決めるので、議論する前から結論は決まっている。難しい顔をしながら、時に声を荒立てながら、役人に操られた三文役者が茶番を演じ、日本の将来をゆがめている。

 立場に縛られない国民の代表、全体を見渡せる見識者が不在のまま、偏った審議がなされている。国民の生活に関わることは国民の代表が決めるべきで、立場に縛られた者が関わるべきではない。

 本来は政治家がそれを担うべきであるが、政治家が営利団体との利害関係を断ち切るのは困難であり期待はできない。間接民主主義の限界である。

 民主的議論と政策を考えた場合、陪審制度が興味深い。市民から選ばれたシロウトが陪審員として司法に参加しているが、これは司法の民主化さらには国民の良識を司法に反映させるためである。

 立場に縛られず議論ができる、あるいは政策を審議できる方法は、この陪審制度以外に思い浮かばない。専門的知識に難点があるにしても、非常識な専門家の論理より、常識的なシロウトの直感のほうが優れているからである。

 国民の国政に対する不満や不信は、政治には利権が絡み、議員は立場に捕らわれ、官僚は省益にこだわるからである。これを改善させるには、国民のチェック機構を国政に導入することである。永田町や霞ヶ関の論理を国民の良識でチェックすることである。日本の民主主義を蘇らせるには参議院を廃院とし、陪審部会から構成される陪審院を創設するのがよい。衆議院で可決された法案を陪審員が評決し、全員一致で法案の成立、廃案、修正を行う新しい民主主義政治の形態である。

 

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2012.01.14 21:47 |  生活 / くらし  |  趣味  |  恋愛 / 結婚  |  映画 / 音楽 / 読書  |  その他(一般)  |  心の話  |  スーさん  | 推薦数 : 1

心の年齢

 肉体年齢? 精神年齢? なにをほざかしい。アンチアイジング? なんだいそれ、若作りのシワのばしのことかい? 馬鹿だね、大切なのは心の年齢だろ。清新で若い心が、人生を豊かにするのさ。

 20歳のはじける皮膚、紅の唇、しなやかな手足が、そんなにうらやましいのかい。シワだらけの顔だって、白髪だって、老眼でも、強い意志、豊かな想像力があれば、たとえ80歳でも心は青春なんだ。

 心は年齢を重ねても、老いもしなければ、成熟もしない。心が老いるのは、理想を失い、情熱を失い、冒険心を失った時なんだ。心を若くするには、信念、自信、希望があればいいのさ。もちろんそれがなくても、・・・よく分からないが、朝のこない夜もなければ、春のこない冬もないんだぜ。・・・理屈じゃないんだ、人生は。

 少子高齢化? 老後不安? 笑わしちゃいけない。悩んでいる暇なんかないんだ。心に灯を持ち、歌を口ずさみ、興味と探究心を持てば、心はいつも青春なんだ。こちとら山形生まれの江戸っ子だい、宵越しの金なんか興味ないね。

 おい、おい、死ぬ前に死んだ顔してどうするんだい。見た目を飾っても、活きのよさは心意気しだいだぜ。地震でも、オレオレ詐欺でも、何でもかかってこい、屁で飛ばしてやる。さあ、何でもありの人生だ、楽しくやろうぜ。

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2012.01.14 08:05 |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  心の話  |  スーさん  | 推薦数 : 1

情と法律

 妻が腹痛を起こし、胆石の診断で大学病院に入院となった。もちろん私の誤診であったが、妻はもともと私の診断能力を信じていないことが幸いした。近医で超音波検査を受け、手術のため神奈川県の某大学病院に入院、手術は無事に終わった。

 手術翌日のことである。見舞いの帰り、その日は冷たい雨が降っていた。タクシー乗り場にはすでに3人の老婆が闇夜に立っていて、私は4番目だった。そしてやっとタクシーが来たと思ったら、後ろにいた集団がタクシーに割り込んできた。彼らは携帯電話でタクシーを呼び出していたのである。多分、病院の職員なのであろう。このタクシー乗り場での「呼び出しタクシー割り込み」が3回続き、ついに私の脳味噌はブチ切れた。

 タクシーに乗ろうとする若者を引きずり出すと、「お前ら、何のつもりだ。雨に震えるあの婆さんたちが見えないのか」。多分、私の血圧は200以上、相当の迫力だったのだろう。おびえた若者はタクシーを譲ってくれた。私は3人の老婆を後部座席に乗せ駅まで送ることになった。

 はたして私の行動は間違っていたのだろうか。法的には間違いであろう。もし訴えられれば、もしケンカになっていたら、私は罪人、病院はクビになっていただろう。しかし法律よりは人情である。もし批判する者がいれば、堂々と責任を取ればよい。法律よりは人間の情、自分の良心に従うべきである。あの3人の老婆もきっと私の行動に小さな声援を送ってくれたはずである。

 

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2012.01.13 07:06 |  生活 / くらし  |  趣味  |  お金 / 株  |  その他(一般)  |  歴史私観  |  スーさん  | 推薦数 : 1

意外な社名(歴史私観)

 インターネットのyahooを知らない人はいないだろうが、その社名の由来を知る人は少ないであろう。yahooは「ガリヴァー旅行記」に登場する、人間に似た愚かな野蛮人のことである。Yahooの開発者がならず者と自称してこの名前をつけた。

 Googleは社名を10の100乗を意味する「googol(グーゴル)」にするはずだったが、社名登録時にスペルを間違えたのである。Googleは膨大な情報を扱う検索会社の代名詞になっているが、最初の情報が間違っていたのである。

 日本の会社はマツモトキヨシが典型例であるように、多くは創始者の名前に由来する。その中でも石橋正三郎を英語読みにしたブリッジ(橋)ストーン(石)は有名である。また旧社名に由来するものとして、エーザイ(日本衛材)、コクヨ(国誉)、キッセイ薬品(橘生薬品)、イトーヨーカドー (伊藤羊華堂)、SEIKO(精工舎)などがある。

 日本の社名で面白いのは、飲料水メーカーのサンガリアで、この社名は奥の細道の「国敗れて山河あり」からの引用で、「国破れて サンガリア」「いち に サンガリア」のフレーズが宣伝に使われている。

 キヤノンは観音菩薩のKWANON(カンノン)からCANONになったが、CANONは英語では標準、聖書正典、教会法を意味する言葉である。その他、シャチハタは名古屋城のシャチホコと旗から、シャープはシャープペンシルのヒットから、ロッテは「若きウェルテルの悩み」の主人公の名前からである。ヤクルトはエスペラント語でヨーグルトを意味し、花王は顔の石けんから(顔王)、パイロット(水先案内人)万年筆はセーラー万年筆(水夫)に対抗しての命名である。

 日本は物作りの国で、100年以上続いている企業が10万社以上ある。もちろん100年以上続いている企業はアメリカや韓国ではゼロ、ヨーロッパでさえ30社にすぎない。理系の大学生が、目先の利益から、外資系の金融会社に就職する風潮があるが、そもそも金融商品が富をもたらすはずはない。富をもたらすのは人間の知性と労働だけで、金融商品はただの強欲ゲーム、博打にすぎない。

 日本は技術伝承の国で、多くの画期的製品を作ってきた。伝統ある日本の企業に期待するとともに、歴史の浅い政府にお願いしたいのは、優秀な中小企業の邪魔をしないでほしいこと、伝統ある日本の医療を壊さないでほしいことである。

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