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「近くに起こしの節はお寄り下さい」、知人からの引っ越しの葉書である。彼の新居は通勤の途中にあるが、まだ寄らずにいる。この言葉を真に受けたら相手が困惑するからである。このように日本語は難しい。それは相手の気持ちを推測しなければいけないからで、もし文面どおりに立ち寄れば常識なしとされるであろう。
「つまらない物ですが」、この言葉を添えた贈り物は、へりくだりの気持ちが含まれている。「善処します」は何もしないことを意味する行政用語である。「結構です」は、話の前後を推測しなければ正反対の意味に解釈可能である。このように日本語が難しいのは、言葉の裏に隠れた相手の真意を読まなければいけないからで、言葉と意味とがストレートである小学生や外国人には理解できない日本の文化である。
曖昧な日本語、和を尊ぶ日本、あうんの呼吸の日本の社会は、契約で成り立つ欧米社会とは根本的に違っている。欧米人が日本人の言葉尻を捕らえ嘘つきと非難しても、日本人には嘘をついている意識はない。外国人が日本の文化を理解していないだけである。
日本語の特長は相手を気づかう気持ちが言葉の根底にあることで、これが日本人の美的な心情を表している。日本人の奥深い心づかいなのである。しかし最近、欧米流のストレートな言い方が大手を振るうようになってきた。相手の気持ちを考えない自分勝手な言い方である。
医療現場において問題になるのは「癌の告知」である。欧米人がストレートに癌を告知するのは、欧米が契約で成り立つ社会だからで、生命に関しては神との契約、医療に対しては医師との契約が基本にあるからである。一方、日本において癌の告知が難しいのは、日本の医師が患者を気づかう優しい心を持つからで、世間が邪推するような医師の傲慢さによるものではない。最近では、患者の心情を理解せずに、癌の告知をつっけんどんに言う医師が多いが、癌の告知を無神経にやられたら、不幸な患者を増やすことになる。
癌の告知には医師と患者との心のコミニュケーションが必要で、コミニュケーションの中で、医師は患者にどのように告知するかを判断するのである。初対面の医師に癌ですと言われたら、患者の心はどれほど傷つくか分からない。医師は正直でなければいけないが、正直以上に大切なのは相手を気づかう心である。何でも欧米の真似ではいけない。
聖徳太子が仏教を日本に取り入れて以来、日本の文化は外国の良い点のみを選択し、日本古来からの文化に融合させる方法をとってきた。日本独自の文化を守りながら外国文化を吸収してきたのである。この外国の利点を利用してきた日本人の体質が、時として大きな失敗を生むことがある。それは欧米の欠点を利点と思い導入した場合である。
医療においては調剤薬局がこれに相当する。調剤薬局の是非善悪など、議論の価値など何もない。それは院内薬局が良いに決まっているからである。院外薬局を良しとするのは、「欧米先進国のほとんどが院外薬局だから日本もそうあるべき」との欧米コンプレックスを利用した理屈である。しかし、これまで何十人もの外国人に聞いてみたが、外国人の全員が全員とも、病院でクスリをもらえる日本の医療システムを絶賛していたのである。
このように日本の優れた医療システムである院内薬局を病院が放棄したのは大きな失策であった。院外薬局は患者にとって不便なだけで、しかも国民医療費を1割押し上げる医薬分業に利点などあるはずがない。クスリの二重チェックなどは、顔見知りの院内薬剤師の方が良いに決まっている。
病院が院内薬局を手放したのは、薬価差益が消失し院内薬局が不採算部門になったからである。また薬価差益で病院が儲けるのはけしからんとする誹謗に嫌気がさしたからである。院外薬局が流行っているのは、院外薬局が様々な金銭的恩恵を受け儲かる仕組みになっているからで、クスリを数える院外薬局の技術料が医師の診察料よりも高く設定されているからである。
金銭をぶら下げられた政策誘導による院外薬局をいくら宣伝しても、根底にあるのは金儲けの卑しい屁理屈だから患者にとっての利点など何もない。患者のことを何も考えない損得勘定が院外処方の動機なのに、それをもっともらしく患者の利便性でものを言うから、言えば言うほど針を千本飲ましたくなる。
厚生官僚の気まぐれな妄想に乗り、欧米先進国という言葉に惑わされ、日本の医療文化を捨てた罪は大きい。院外処方はすでに日本の6割を占め、もう後戻りはできない。院外薬局は患者のことなど何も考えなかった負の遺産である。
敬語が廃れ、女性が男言葉で喋り、礼儀を知らず、打算的な婚活が闊歩する日本。詐欺師同然の政治家、意味不明の文章を書く官僚、門前薬局の看板が目立つ街の風景。日本の文化は「恥の文化」とされ、正義、道徳が重用視されてきたが、悲しいかな、日本は恥知らずの文化に成り下がっている。
失敗は成功のもとであるが、この格言がいつも正しいとは限らない。特に公的システムにおいては、失敗が失敗のもとになることが多い。
公的システムは正義のクレーマーに弱いのである。また正義のクレーマーを利用して、官僚は改革と称して天下り先を作るのである。
不祥事が起きるたび、事前に対策のなかったことが追及される。規制緩和を訴える者までが「なぜ事前に規制をしていなかったのか」と目をつり上げて追及する。失敗から学ぶべきは再発を防ぐ心掛けであるが、心掛けでは形にならないので、手間隙かけて予防策を作ろうとする。その結果、失敗のたびに、役に立たない窮屈な、形式だけの対策が増える。
株の取引に不正が生じると株取引監視委員会が発足する。給食で食中毒が発生すると生ものは禁止され、水害が起きればダムの建設が検討される。交通事故が起きると交差点に信号がつけられ、街中が信号だらけとなる。
文句を言われる省庁は、職務怠慢との批判を避けるため、完璧な対策を作ろうとする。再発防止策の名目があれば公的規制、公的機関の設置に反対する者はいない。そのため省庁はクレームに便乗し規制の強化をはかることになる。省庁はクレームに頭を下げながら、省益拡大に内心ホクホクである。国民のための規制が省庁のための省益となり、政府と行政は肥大し、動脈硬化をきたす。
文句を言うのは簡単である。しかし文句を言えば言うほど、その対策が日常の自由を制限し、自らの首を絞めることになる。
人が電車に飛び込めば、鉄道会社は遺族に賠償金を請求する。しかし患者が病院の屋上から飛び降りれば、遺族は病院の管理責任を追及する。追求された病院は、再発予防のため屋上に鍵を掛け、そのため患者の憩いの場所がなくなってしまう。
老人が家で転倒すれば、家族は病院へ連れてくる。しかし入院患者が転倒すれば、家族は病院の過失を追及する。その結果、老人は転倒防止のためベッドに縛られ、誤飲防止のため点滴管理となる。
このような不自由は、世間が文句を言いすぎ、管理者の責任を追及するるからである。そして不可抗力を追及しすぎると、失敗は教訓とはならず、当事者の責任回避のための対策となる。表面的な対策はできても、多くの人たちは不自由を強いられることになる。
クスリの説明書には「本剤に過敏症のある者には投与してはいけない」と書いてある。このように当たり前のことを記載するのは製薬会社の責任回避である。そのために説明書の分量が増え、森の中に重要な副作用のポイントが隠れてしまう。
医療費抑制を唱える厚生省が、事あるごとに「心配な方は医療機関を受診してください」と言うのも保身的責任回避である。
誤診の報道が重なると、医師は失敗を恐れ過剰診療となる。結核を恐れカゼの患者に胸部X線をとり、胃癌を恐れ腹痛患者全員に内視鏡を施行する。
手抜き医療や過剰診療は非難すべきであるが、誤診の恐怖から検査漬けクスリ漬けとなる。やらないで批判されるより、やって収入を得る方がよいに決まっている。誤診を批判しすぎると防衛医療となり、国民医療費は高騰することになる。
病院において院内感染が問題になると、院内感染対策委員会が作られ、次いで医療事故防止委員会、機種選定委員会など、責任を問われる管理者は責任を回避するためのマニュアルを作り管理を強化する。あるいは事前に対策を立てていたとするアリバイをつくる。しかし分厚いマニュアル本など誰も読まないから、心がけを変えずにマニュアルをつくっても、仏作って魂入れずとなる。
医師の不祥事が起きるたび、その予防策がつくられる。治験の不正が発覚するとマスコミは医師へのバッシングを繰り返し、そのため治験の条件は建て前重視の現実離れとなる。医師は営利企業のボランティアではないので、無報酬の治験などやる気が起きるはずはない。不正を防止する正論はもっともであるが、これでは治験は成立しない。
カルテ開示が流行したのは、薬害エイズの影響である。「事前にカルテ開示があったならば、あの悲劇は起こらなかった」とする正論に押されたのである。当然と言えば当然であるが、カルテ開示の煩雑さへの対策はない。
正義のクレーマーは正論を言うから反論はできない。反論できない正論ほど厄介なものはない。世の中が正論で良くなるならば問題はない。しかし正論は往々にして世の中を混乱させ、それに便乗した官僚の天下り先を増やすだけである。
昨年1月、各新聞に上記見出しが掲載され、「予防接種の注射器の使い回しによってB型肝炎ウイルスが感染した」として、国が裁判所の和解案を受け入れ、最大3兆2000億円が必要と書かれてあった。
この記事を読んで、首を傾げた医師が多かったと思う。
それは、予防接種によるB型肝炎を、どのように証明するかへの疑問であった。
B型肝炎ウイルスは有史以前から存在しており、その感染は母児感染だけではない。
にもかかわらず、昭和61年に母児感染ワクチン接種が始まったことから、それ以前の感染を全て予防接種によるものとしているからである。
予防接種による感染と、自然感染、輸血、ヒロポン、刺青、他の射器の使い回しによる感染をどのように区別するのか。これらは医学的には不可能である。また昔のカルテなど存在しないから、被害は患者の自己申告だけになる。
たとえ予防接種で感染したとしても、天然痘、ポリオなどの予防接種で救われた人は数えきれず、また当時における、注射器の使い回しの危険性の認識の程度についても考慮されていない。
特に釈然としないのは、現在ではB型肝炎は性感染症であり、セックスによる感染をどのように否定するかである。性感染症よるB型肝炎は遺伝子のタイプが違うというが、それだけでは性感染症を否定はできない。性感染に、なぜ私たちの税金(和解金)を払わなければならないのか、感情的にも納得できないのである。
C型肝炎訴訟では「フィブリノゲンを出産時に使用された母親ならびに子」と患者は限定されていたが、C型肝炎についても注射器の使い回しによる可能性があるだろうし、梅毒だって感染の可能性はゼロではない。
弁護士の報酬は、和解金の15%、つまり4800億超が弁護士の収入になる。 B型肝炎訴訟は弁護士救済のための和解なのだろうか。せめて補償額は治療費だけにすべきである。日本は1000兆円の借金大国である。消費税を10%にしても、年金さえ満足に払えない。東日本震災の被害者を考える場合、3兆2000億円の和解金は納得しがたい。さらに、症状がない感染者にも50万円を支払うことも納得できない。
もしB型肝炎の患者が、「どのような手続きをとれば、和解金をもらえるのか」と訊かれたら、どのように返答すればよいのだろうか。もちろんワクチンの接種による感染を起こした症例もあるだろうが、患者全てがそうとは思えない。和解金といえども私たちの税金である。どこか釈然としない。
多分、「B型肝炎訴訟、和解金3兆2000億円」の記事は、日本のB型肝炎患者数に和解金をかけただけの単純計算と思われる。「人気取り優先の政治家の判断による和解」であって、優秀な厚労省役人は「ワクチン接種によるB型肝炎」の定義を厳しくして、和解できなくするであろう。多分、和解総額は1/10、1/100ぐらいになるであろう。
かつての私たち医師仲間は、針刺し事故、手術時の感染などで、多くが肝炎に罹患していた。医師にとって肝炎は「患者を救うための、職業病」だった。もちろん針刺し事故によるB型肝炎は訴訟には含まれていない。
やはり釈然としない。
現在、日本の輸血システムは、個人の善意による献血制度で支えられている。献血は輸血を必要とする患者のために報酬を期待せず、自分の自由な意思で血液を供給することである。しかし昭和42年までの輸血システムは現在の献血制度ではなく、「売血制度」であった。「売血制度」とは自分の血液をお金に換えることで、当時は生活のために血液を売る者が大勢いたのであった。
昭和26年2月26日、日本初の血液銀行「日本ブラッドバンク」が大阪で営業を開始した。血液銀行とは健康な人から血液を集め、その血液を病院などの医療機関に卸す民間会社のことである。血液銀行の名前から公的機関との印象を受けるが、それは間違いで血液銀行は利益を目的とした民間会社である。
日本ブラッドバンクは中国で人体実験を行った731部隊の幹部が創立した会社で、日本ブラッドバンクは後にミドリ十字と社名を変え、戦後最大の薬害事件である「薬害エイズ」を引き起こすことになる。日本ブラッドバンクと同じように、厚生省が認可した血液の売買業者は都内だけで70団体に達し、血液売買は立派な商売になっていた。医学の進歩に伴って手術件数が増え、手術の需要増が売血の供給増をつくった。
昭和28年の学徒援護会よると、都内の学生22万人うち、供血業者に登録している学生は約2万人であった。つまり大学生の約1割が売血によって生活費を得ていたことになる。また登録学生のうちの1割が高校生だった。このように多くの学生が血液を売って生計を立てていたのである。
採血量は1回200cc、3カ月以上の間隔を置くことが決められていた。しかしそうであっても1カ月に10回、15回と血液を売る者が多かった。もちろんそれを承知で採血を繰り返す業者がほとんどであった。血液の値段は200ccが1100円で、3割が業者にピンハネされ、7割が学生に渡されていた。失業者や学生たちにとって、売血が手っ取り早い収入になっていた。お金が必要な人たちにとって売血ほど安易な方法はなかった。大学病院前の血液銀行は登録者が多く、順番がまわらないほどの人気だった。新宿区淀橋の東京医大病院の血液銀行では1日20人の需要に100人が押しかけていた。輸血と売血は、需要と供給のバランスがあり、登録しても順番のこない地区もあった。
昭和28年当時は、インフレと企業の人員整理が重なり、職を求める労働者が街にあふれていた。経済はどん底の状態で、学生のほとんどがアルバイトで学費や生活費を稼いでいた。東大生の8割が生活のためにアルバイトを希望し、希望した学生のうち職を得たのはその4割であった。アルバイトの内容もピーナツ売り、代筆屋、ホステス、サーカスの会場係などで、その中には病原菌の人体実験のために体を売る危険なものもあった。伝染病研究所が募集したアルバイトは3食付きで、赤痢菌を食べうまく発症すれば1000円の手当金が与えられるもので、この人間モルモットの日給は150円だった。
不況と就職難が重なったこの時代に、アルバイトを見つけるのは困難であった。事務系アルバイトが日給80円であったが、自分の血液を売ればその10倍の収入になった。血液を取り過ぎて貧血で倒れる者、顔に頬紅を塗って貧血を誤魔化して採血を受る者もいた。このように学生たちは自分の血液を売って卒業証書を手にしていた。まさに苦学の時代であった。
昭和28年12月11日、東京葛飾区の供血斡旋業・日本製薬工業で従業員のストが行われた。その際、日本製薬工業に血液を売って生活していた500人の学生たちが血液を買えと工場前に座り込む事件が起きている。このように売血は貧しい人たちの生活を支えていた。しかも血液を売る人たちは常連がほとんどで、そのため血液の濃度が薄く、さらに血清肝炎の発症率が高かった。
売血制度は多くの怪事件を引き起こしている。昭和27年12月、仙台市北署は窃盗容疑で中高生9人を逮捕。貧血症状が強く顔色が悪いため中高生を追及すると、中高生たちは週に3回自分たちの血液を売り、交遊や飲食に当てていた。少年たちは窃盗罪で送検されたが、青少年の健康状態を無視したまま採血する業者の存在が明るみになった。売血が犯罪に結び付く事件も起きている。金を持たない学生が恐喝され、血液銀行に連れて行かれ、血液を採られる事件が福岡を始めとして各地で起きている。
昭和39年3月24日、米国大使ライシャワーが精神障害の少年に右大腿を刺され、その際の輸血から血清肝炎になり、売血制度は一気に社会問題になった。いわゆる売血による「黄色い血(輸血後肝炎)問題」である。ライシャワー事件から2カ月後の5月18日に、輸血に用いられる血液の97%が売血によることが新聞社の調査で判明、売血制度そのものが問われることになった。
昭和39年6月、読売新聞・本田記者が労務者になりすまし、どや街に侵入して売血の実態を「黄色い血の恐怖」という題名で新聞に連載した。その中で血液銀行が暴力団がらみであること、特定のアパートや置き屋に売血者を住ませている業者がいることを指摘した。
「黄色い血」とは売血常習者が何度も血液を売るため、血球成分が少なく血漿部分が多くなり、血液が黄色く見えることから名づけられた。また「黄色い血」という言葉は輸血後肝炎による黄疸のイメージと結びつくことから多用された。
大学生を中心とした売血追放運動が各地で起こり、昭和39年8月、政府はそれまでの「売血」から「献血」へと転換することを閣議決定。全国的な献血組織が整備され、赤十字血液センターが各地に開設され、移動採血車の普及などの推進がなされた。
それまで採血車は全国に3台しかなかったが、一気に27台に増やし全国に配置された。日本赤十字社の各病院も全面協力し、昭和39年の献血者は約1万5000人であったが、翌40年には20万人を超えるまでになった。
各都道府県に赤十字血液センターが設置され、昭和44年に献血率は80%となり、昭和48年にはすべてが献血となった。これでようやく先進国並みの状態となり、以後現在に至るまで、輸血のすべては日本赤十字社が扱うことになっている。
輸血の歴史を簡単に説明すると、オーストリアの医師ランドシュタイナーが人間どうしの血液を混ぜ合わせると血球が凝集することを見出し、1900年(明治33)にこの現象は人間の血液型ABOによることを発見した。この血液型の発見が輸血の歴史の始まりである。1914年、血液は採血するとすぐに凝固するが、抗凝固剤(クエン酸ナトリウム)を混入すると凝血しないことが分かり、血液保存が可能になった。
日本で初めて輸血が行われたのは大正8年であった。昭和5年に、浜口雄幸首相が東京駅で暴漢にピストルで撃たれる事件が起き、この時、東大の塩田広重教授らが東京駅に駆けつけ、駅長室で輸血を行って浜口首相を助けたことが大きな話題となった。このころから医療の進歩に伴い輸血が一般的に行われるようになった。
当時の輸血は病院で血液を採取し、そのまま輸血する方法がとられていた。患者の寝ているベッドの隣に血液の提供者を寝かせ、注射器で採血してすぐに輸血する方法である。このことから「まくら元輸血」といわれていた。いわゆる新鮮血輸血であった。
輸血が行われて以来、わが国における輸血の歴史はまさに輸血後肝炎との戦いの歴史であった。昭和36年に献血制度が導入されるまでは、輸血を受けた者の半数以上が肝炎に感染したとされている。
昭和44年に完全献血が実施されると、輸血後肝炎は16.2%に低下し、昭和61年には8.7%に低下した。平成元年にC型肝炎ウイルスの検査が行われるようになり、平成4年には輸血後肝炎は0.48%にまで低下した。それでもまだ輸血後肝炎が完全に撲滅できないのは、感染を受けてから抗体ができるまでのウインドウ期(感染しているが検査は陰性の時期)があるためである。現在では、ウイルスを核酸増幅させる検査によってさらに安全性が高められている。
現在、献血対象者は年齢が16歳から64歳で、体重は男性が45キロ以上、女性は40キロ以上の者で、そのほか血圧、血液比重、既往症、服薬などの条件が設けられている。また献血者の安全と血液の品質が配慮され、献血者には血液型、肝機能、コレステロール、総タンパクなど7種類の生化学的検査の結果が知らされ、健康管理の役割を合わせ持つようになっている。
輸血による感染防止対策として、従来からの梅毒検査、B型肝炎(HBs抗原)検査に加え、昭和61年からエイズ検査、成人T細胞白血病、平成元年からC型肝炎のスクリーニングが行われている。平成6年からは、輸血による重篤な合併症である移植片対宿主病(GVHD)を予防するため、輸血される血液には放射線照射が行われるようになった。また最近では、他人の血液を輸血せずに、自分の血液を輸血する自己血輸血という方法も行われるようになった。自己血輸血は手術が予定されている場合に、あらかじめ自分の血液を採血し、備蓄しておく方法である。
昭和60年、献血者は年間約870万人に達し、献血率は7.3%で、スイス、フィンランドに次いで世界第3位になった。しかし血液のなかの血漿成分からつくる血漿分画製剤(アルブミン製剤、免疫グロブリン製剤、血液凝固因子製剤)の自給率は低く、WHO(世界保健機関)から「自国で必要とする血液は自国で確保すべし」と勧告を受けることになった。
そのため昭和61年から献血量を1回200ccと400ccの2本立てにしたが、皮肉なことに61年以降、献血者は減り続け、平成12年の献血者は588万人となっている。献血については日本赤十字社の血液センターに電話をすれば詳しい説明を受けることができる。
肝炎の多くはウイルスの感染によるもので、ウイルス性肝炎は主にA型、B型、C型に分類される。B型肝炎ウイルス(Hepatitis B virus:HBV)の感染によるものがB型肝炎である。
昭和61年1月、 HBVの母子感染を防止するため、ワクチンの接種が公費負担で開始された。国と地方自治体が責任を持ち、HBVを持った母親から子供へのHBV感染を、ブロックするためであった。
このワクチン接種で当時300万人、人口の2.7%とされていたHBVキャリアは激減することになった。現在、HBVキャリアは約110万人、人口の0.9%であるが、昭和61年以降に生まれた子供では0.04%と著しく低下している。
HBVの感染は、感染から数カ月後に身体からウイルスが排除され、免疫ができる「一過性感染」と、長期にわたってウイルスが肝臓に住みついてしまう「持続性感染(HBVキャリア)」がある。B型肝炎が恐ろしいのは、成人になって感染する一過性の急性肝炎ではなく、乳児期に感染を受けた持続性感染である。
成人がHBVに感染した場合、免疫機構が働きHBVを体内から排除する。多くは無症状のまま、数カ月の経過でHBVは体内から排除されて治癒する。倦怠(けんたい)感や食欲低下などの急性肝炎の症状が一過性に出現することがあるが、慢性化するのは少数で、成人はHBVに対し終生免疫を得るため問題を残さないことが多い。
一方、免疫能が十分でない乳児がHBVに感染した場合、持続性感染となり問題を残すことになる。B型肝炎の母親から生まれた乳児が、産道内でウイルスに感染すると、HBVは免疫の未熟な乳児から排除されず、長期間にわたって肝細胞内に住み続けることになる。これがHBVの持続感染で、このような乳児がHBVのキャリアとなる。大部分のHBVキャリアは、自覚症状を示さないため、「無症候性キャリア」と呼ばれ、約10〜15%が慢性肝炎に移行し、その20%が肝硬変になる。さらに肝臓がんに移行する。
肝臓は、「沈黙の臓器」といわれ、予備能力が高く、日常生活では全体の20%の能力を使っているだけである。そのため、重症化するまで自覚症状を示さないのが特徴である。
かつてB型慢性肝炎が慢性肝炎の約3割を占めていた。そしてその多くがキャリアからの発症で、キャリアの大部分は4歳以下の乳幼児期に感染したものであった。
母親がB型肝炎であっても、子供が必ずしも感染するわけではない。HBVの特殊な成分であるHBe抗原が陽性で、母親がこのHBe抗原への抗体を持っていない場合のみ感染する。HBe抗体を持っていれば、乳児への感染はないと考えてよい。
胎児感染防止には、妊婦全員にHBVの検査を行うことである。HBe抗原が陽性であれば母親は肝炎キャリアである。さらにHBe抗体が陰性であれば、赤ちゃんへ感染する可能性が高い。
この予防としてワクチンの接種が開始されたのである。赤ちゃんにB型肝炎ワクチンを打つことによって感染を予防できるからであった。このことにより、日本人のB型肝炎キャリアは急速に減少、結核に代わる第2の国民病といわれていたB型肝炎は、ワクチン接種により激減したのである。
B型肝炎ウイルス(HBV)は、輸血によっても感染するが、輸血が行われる以前から日本に存在していた。その主な感染ルートが母子感染で、それは出産後のワクチン投与によって予防可能となった。
当初のワクチンは、HBV患者の血液からウイルス抗原を分離してつくられていた。その後、遺伝子組み換え技術を用いて、HBVの表面抗原を酵母に入れて培養する方法が開発された。これは遺伝子工学の手法により、初めて製品化されたワクチンで、この方法によりワクチンの大量生産が可能になり、価格も比較的安く、効果が安定したワクチンの供給が可能となった。
全国25の大学や国立病院で、約2300人を対象に行われた臨床試験では、新ワクチン接種により96%の高い抗体獲得率を得た。遺伝子組み換え技術によるB型肝炎ワクチンは、臨床試験でも従来のワクチンを上回る有効性が確認された。
HBVキャリアは、全世界で約3億人と推定され、欧米に少なくアジアやアフリカに多い。HBVキャリアから肝硬変、肝がんとなって死亡する患者は、全世界で毎年100万人とされている。
現在、HBVの母子感染、輸血による感染は、ほぼ100%防止されている。問題となっているのは性行為による感染である。B型肝炎は、母子感染(垂直感染)あるいは輸血によるイメージが強いが、性行為による感染(水平感染)が意外に多い。
HBVは、C型肝炎ウイルス(HCV)やエイズウイルス(HIV)より感染力が強く、精液や体液、分泌物などに混入した微量の血液が感染源となるが、しかし、性行為によるHBV感染の予防策、その啓発はなされていない。エイズが、性行為による感染であることは知られているが、HBVが性行為によるとする認識は薄い。このため、若い年齢層を中心に、性行為に伴うHBV感染が拡大傾向にある。
HBVに感染する可能性のある性行為を行った場合は、3カ月間は献血しないことである。感染から3カ月間は抗体がつくられないため、献血での検査をすり抜けてしまうからである。
通常の生活では、B型肝炎患者から感染する可能性はほとんどない。しかし、医療現場では針刺し事故による感染の可能性があるので、B型肝炎への抗体を持たない医療従事者は、ワクチンの接種を受けるべきである。
母子感染の件数は、昭和61年の年間約4000人から10年後には約400人に減少した。胎内での感染を除けば、ほぼ予防できるようになった。しかし最近、B型肝炎の恐怖が薄れたことから、母子感染を起こす例が意外にあることが分かった。
厚生労働省の「ウイルス母子感染防止に関する研究班」が全国の272病院で行った調査によると、平成12年に判明したB型肝炎の母子感染は41例。この約3割が、ヒト免疫グロブリン製剤やB型肝炎ワクチンを投与されていなかった。本来行われるべき処置が行われず、あるいは投与時期を間違い、子供へ感染させたのである。これらは医療機関の怠慢といわれても仕方がない。
昭和62年7月26日、三重大医学部付属病院で記者会見が行われ、同病院の小児科医師2人と看護師1人がB型肝炎に感染し、医師2人が死亡していたことが発表された。亡くなったのは、谷本晃医師(28)と徳井亜弥子研修医(28)だった。女性看護師(36)は重症だったが一命を取り止め、回復に向かっていると説明された。
病院内での感染事故はこれまでにもあったが、3人がほぼ同時期に感染し、しかも極めてまれな劇症肝炎になったのである。なぜこの劇症肝炎事件が連続して起きたのか、謎を含んだ怪事件として憶測が渦巻いた。
三重大の説明によると、最初に劇症肝炎を発症したのは研修医の徳井亜弥子さんだった。徳井さんは前年春に同大医学部を卒業、国立津病院で1年間の研修を受け、同年4月から大学病院に勤めていた。徳井さんは7月6日ごろから高熱と倦怠感を訴え、小児科のベッドで点滴を受けていた。しかし体調が改善しないため同病院の内科を受診すると、GOT、GPTの数値が1万を超えていて、劇症肝炎と診断されて直ちに入院となった。入院しても症状は改善せず、入院翌日には昏睡状態に陥った。血漿交換の治療が行われたが、意識は戻らず同月17日に息を引き取った。
医師の谷本晃さんが発熱とだるさを訴え、劇症肝炎と診断されたのは同月12日だった。入院したときには手遅れの状態で、昏睡状態のまま同月25日に死亡した。谷本晃さんは自治医科大出身で4年間の研修医生活を終え、徳井さんと同じように4月から大学病院で患者の治療に当たっていた。看護師もほぼ同時期に発症したが、GPTは5000程度にとどまり、肝機能は回復傾向を示した。彼女は看護学校で教官を務めた後、同じように4月から大学病院で働いていた。
3人がほぼ同時期にB型肝炎に感染して劇症肝炎を発症させたのである。病院は谷本晃さんの死亡した翌日に記者会見を開いたが、報道陣への病院側の口は重かった。関係者への直接取材は禁止され、病棟への立ち入りも許されなかった。
劇症肝炎とは肝細胞が急激かつ大量に壊れてしまう病気で、ウイルス感染が9割を占め、そのほか薬剤によっても誘発される。劇症肝炎の約40%はB型肝炎ウイルス(HBV)が原因であるが、B型急性肝炎から劇症肝炎へ移行するのは1%以下とされ非常にまれといえた。
日本での劇症肝炎患者は年間1000人程度なのに、同じ病棟で働く3人が同時期に劇症肝炎を発病したことは、何らかの共通した感染経路があったと考えられた。しかし記者会見ではこの感染経路についてはあいまいな説明に終始した。
集団感染が起きた場合、2次感染予防のために感染経路の把握は重要である。3人が同じ小児科に勤務していたので、B型肝炎の小児患者から感染したとされたが、感染源、感染経路は不明であった。
B型肝炎は血液で感染した場合、潜伏期間は平均3カ月前後とされている。感染した3人は4月から同病院で勤務を始めたばかりで、ちょうど3カ月後に発症していることから、4月以降の小児科に入院した患者から感染したと考えられた。
三重大付属病院小児科は、未熟児の専用ベッドを含め50床の規模で、研修医を含めた医師約20人と、看護師20数人が小児患者の治療に当たっていた。入院患者は白血病が多く、約1割の患者がB型肝炎ウイルス(HBV)を保有していた。そのため小児科病棟ではB型肝炎と分かっている患者の採血には十分に注意していた。
HBVの感染力は強く、1ccの1億分の1ほどの血液が入っただけで感染する。入院患者の約1割がHBVの感染者だったので、感染源は入院患者と推測されたが、なぜ3人が同時期に発病したのか、なぜ劇症化したのか謎だった。3人は3人とも感染の心当たりはないと同僚に話していたのである。専門的な知識を持っている医師が、針刺し事故などの感染の自覚もなく発病したことも謎だった。もし針刺し事故で感染した場合には、48時間以内に免疫グロブリンを投与すれば発病は防げたはずであった。三重大付属病院は小児科に勤務する職員全員を検査したが、HBVについては全員が陰性だった。
医師や看護師は採血や輸血のとき、あるいは手術やお産などの際に、注射針を指に刺すことがある。医療従事者のうち年間約5%が針刺し事故を経験している。しかし劇症肝炎の例はほとんどなく、感染後も通常の生活を送っているのがほとんどであった。
劇症肝炎の死亡率は極めて高く、救命率は20%とされている。治療としては肝臓の働きを補うため、患者の血液から血球以外の成分(血漿)を取り除き、健康な人の血漿と交換する「血漿交換療法」と、血液透析を応用した「血液濾過透析療法」の併用療法が取られる。この治療で、肝臓機能の低下している期間を乗り切れば、肝臓が再生してくるので救命が可能であった。しかし劇症肝炎の致死率が高いのは、このような治療によっても肝臓の機能が回復しないことが多いからで、その際には肝移植の治療しかないのである。
三重大肝炎感染事件は、その後の研究で原因が次第に分かってきた。同大医学部教授(臨床検査部)小坂義種らは死亡した2人医師の劇症肝炎は、変異したB型肝炎ウイルス(HBV)に感染したためとした。それまで劇症肝炎の原因は患者側の体質とされてきたが、HBVの変異によって劇症肝炎が生じたとしたのである。
小坂義種教授らは各病院で発生した典型的な劇症肝炎患者10人の血液を分析、自治医科大グループらは血清からHBVを分離して遺伝子構造を解析した。その結果10人のうち9人から、ウイルスの遺伝子の塩基配列が1つだけ違う変異ウイルスを検出した。この変異を目印に三重大の感染源を調べたところ、2人の医師が出入りしていた小児科病棟から、ウイルス量が30倍多い小児患者が見つかった。この小児患者から何らかの経路で血液を介して感染したと判断され、この研究結果は米消化器学会雑誌に掲載された。
この事件をきっかけに、東京女子医科大付属病院をはじめとした各地の病院から、医療従事者がB型肝炎に感染し死亡していたことが報告された。それまで散発的に死亡例が報告されていたが、B型肝炎は法定伝染病ではないので正確な患者調査は行われていなかった。労働省は医療従事者の業務上疾病による労災認定を再調査し、約2年間で73人の医療関係者がB型肝炎を発病し、8人が死亡していたことを明らかにした。73人の職種の内訳は、医師12人、看護師47人、臨床検査技師10人であった。そのほとんどは、患者の採血時に自分の指を刺して感染したものだった。
主だった事故を列挙すると、東京女子医科大=看護師がB型肝炎に感染し死亡(昭和61年12月)▽大宮日赤病院=医師が患者の吐血を浴び、B型劇症肝炎で死亡(62年7月)▽岸和田市民病院=看護師がB型劇症肝炎で死亡(62年7月)▽福岡大病院=医師3人がB型肝炎に感染し、2人が死亡(62年7月)▽清水厚生病院=看護師がB型劇症肝炎で死亡(62年7月)▽愛知県町立野村病院=看護師がB型劇症肝炎で死亡(62年9月)などである。
B型肝炎ワクチンは約2万円で、自己負担になるため普及していなかった。ワクチンの予防効果は90%以上とされているが、その対策を病院は取っていなかったのである。もし三重大付属病院で感染した3人が予防ワクチンを受けていたら、発病しなかったと考えられるが、当時は接種していない医療従事者の方が圧倒的に多かったのである。
厚生省は各医療機関に医師や看護師らのワクチン接種を指示していたが、費用を病院の負担としていたため一般化していなかった。三重大付属病院では、3年前にも外科の研修医がB型肝炎に感染し重症となったが、その教訓が生かされていなかった。医療従事者にとって、劇症肝炎はいつ自分の身に降り掛かってきても不思議ではない。厚生省はこの事故で、国立病院の医療従事者約3万人に国費でB型肝炎ワクチン接種を受けさせる方針を決め、民間病院でもB型肝炎ワクチン接種が普及するようになった。
現在では、原則として30歳以下の医療従事者全員が肝炎ワクチンを接種している。以前のワクチンは、感染者の血液の表面に分布するタンパク質を分離・精製する方式で製造していたが、現在では遺伝子組み換え型のワクチンを使用するようになって、接種者の抗体陽性率はほぼ100%になっている。
三重大医学部付属病院の3人は、いずれもB型肝炎ワクチンや免疫グロブリンを受けていなかった。ワクチンが約2万円と高価で、「自分だけはうつらない」とする安易な考えが悲劇のもとにあった。肝炎を防ぐ予防策がありながら、対策を講じていなかった医療側の無責任体質を浮き彫りにした。この点に関し、厚生省は「日本の健康保険は治療を目的としているため、予防を目的としたワクチンは適用されない」と、お役人らしいコメントを述べた。医療従事者全員がB型肝炎ワクチンを接種できるようになったのは、若くして世を去った勤務医・研修医・看護師らの犠牲があったからである。彼らへのご冥福を祈りたい。
日本では、昭和56年以降、野生株によるポリオ(自然感染)の発生はなく、平成14年にポリオ根絶を正式に宣言している。また同年、西太平洋各国もポリオ根絶を宣言している。しかし地球上から根絶との証拠がないため、ワクチン接種が続けられている。
いっぽう、日本の生ワクチン接種後の二次性ポリオ、つまりワクチンによるポリオ発症は、14年間で182件である。この182件は国が認定した患者数で、軽微なものは含まれていない。
昨年12月、神奈川県の黒岩知事は、より安全とされている不活化ポリオワクチンの輸入を約束し、これに対し、厚労省は不活化ポリオワクチンの安全性が確保できないと反対する声明をだした。
このことについて、医師もマスコミも沈黙しているが、しかし、そもそも「存在しない疾患へのワクチン接種」そのものが間違っているのではないだろうか。乳幼児1人に6000円の費用をかけ、副作用のあるワクチン接種が本当に必要なのだろうか。
種痘を思い出してほしい。種痘は天然痘撲滅に大きな役割を果たし、昭和26年以降,日本での天然痘の発生はない。それが、昭和45年に種痘の副作用による死亡241例,後遺症254例,治療中148例(これは厚生省に届けられた数値で,実際にはその数倍とされている)との発表があり、種痘禍の世論が高まった。
種痘は強制接種で、法律では罰則規定まで決められていた。まさに「存在しない疾患へのワクチン接種」が漫然と行われていた。
厚生省は、昭和51年6月、予防接種法を改正し、種痘を強制接種から除外した。種痘の廃止ではなく、強制接種から除外したのは、もちろん「除外は事実上の廃止」であるが、除外としたのは、厚労官僚の「自分たちの行為は正しかった」の意地と、何か起きた場合の責任逃れの表れである。
もう一度問う、本当にポリオワクチンは必要なのか。
日本の医療は、病院が赤字で、製薬会社と医療機械会社が儲かると思っていたが、この儲けの構造に調剤薬局が加わっていた。このことは昨年の長者番付けで、日本調剤社長の報酬が4億7700万円であったことから明確である。
病院が経営に苦しみ、医療崩壊が日常語になっているのに、なぜ調剤薬局が儲かるのか、それは、調剤薬局は儲かる仕組みになっているからである。
薬価は国が決めているので、値引きの必要はない。売れば売るほど儲かる仕組みになっている。病院の前には門前薬局が並んでいるが、調剤薬局の名前は違っていても、それらは個人経営ではなく、セブンイレブンのように大型チェーン店化している。チェーン系列であれば、仕入れ価格、薬剤師確保、在庫調整などのメリットがあるからである。
調剤基本料が420円、基準調剤加算があればプラス100円、調剤料は1日50円で、2種類の飲み方の薬を7日貰ったら700円となる。さらに目薬と塗り薬が加われば200円プラス。薬歴作成費で220円、指導料で220円、お薬手帳で150円。合計2100円に薬剤費を足して、その3割が患者負担となる。
毎回、同じ薬なのに、疾患名も知らないのに、「その後、いかがですか?」で指導料220円、薬の写真と説明のプリントは170円である(平成18年から多少改善)。逆に、大勢の前で、大きな声で病状や、住所、電話番号まで聞かれ、プライバシーなどはないに等しい。
ジェネリック医薬品が話題になっているが、薬局が勧めるのは、薬価と仕入れ価格差の大きな薬品で、必ずしもジェネリッを勧めている訳ではない。調剤薬局の薬剤師が親切なのは、親切にすれば、儲かるからである。
内科や眼科など複数の科が入居している医療モールが流行しているが、ベンツに乗った調剤薬局が大家で、店子が医師である。調剤薬局は各医院から出される処方箋で儲け、処方箋の少ない店子医師はイヤミを言われるのが現状である。
医師から薬の説明を受けているのに、薬剤師からの説明は時間の無駄である。インフルエンザで意識朦朧患者も2カ所を回るのだから、患者にとっての利便性はない。
医薬分業は、厚労省の日本医師会弱体化を目的とした利益誘導政策のひとつであるが、しかし厚労省さんよ、医療崩壊を防ぐには、病院や診療所の診療報酬0.004%の攻防よりも、受診時定額負担100円の議論よりも、まずは調剤薬局の報酬を減らすことではないだろうか。
オリンパスの内視鏡は世界シェアの7割を占め、それだけに今回の損失隠しは、オリンパス製品を世界1と思っていた医師たちを怒こらせた。
もちろん、経営陣の不祥事と社内研究者は別であるが、経営陣はさらにひどいことを行っていた。つまり実質的に経営(出資)している病院に、内視鏡の押し売りをしていたのである。赤字病院が経営に困ると、オリンパスが出資を申し出て、見返りに、必要のない内視鏡をなどの自社機器を購入させていた。その額は1病院毎月数百万円である。
この方法は、暴力団が飲食店に高額な鉢植えを毎月買わせていたのと同罪である。
もちろん、子会社、孫会社を使っての悪行なので、オリンパス本社に訊いても「知らぬ存ぜぬ」の返答であろう。それが、今回の損失隠しの穴埋め、あるいはさらなる悪事の発覚をおそれ、子会社、孫会社はすべて調剤薬局最大手に売却ずみである。優良会社といえども倫理観など微塵もなく、オリンパスはハイエナのごとく 「良心的な病院を金もうけの道具」にしていたのである。
オリンパスの胃カメラは、東大医学部外科医の宇治達郎、オリンパスの技師者杉浦睦夫と深海正治によって開発された。彼らは腹の中を覗くことで、人類に最大級の貢献をもたらしたが、バブルに浮かれた腹黒い経営陣がそれをぶち壊したのである。
明日は、胃カメラ開発に至るまでの実話を示そう。乞う、ご期待。
刑務所から出所した患者に「刑務所はくさい飯でつらかっただろう」と訊いてみた。すると患者は「病院の食事時より刑務所の方がおいしいですよ、麦飯は仕方ないにしても、麦飯は健康には1番ですから、糖尿病などは一発で治りますよ」と妙なことを自慢げに言い出した。
そこで調べてみると、刑務所の1食の材料費は393円から423円で、料理の得意な服役者が作り、配膳も服役者が行うので人件費、光熱費はゼロ円である。いっぽう病院の食事は1食640円だが、人件費、光熱費が含まれているので材料費は250円になる。また学校給食の材料費は292円で人件費は別会計なので、たしかに食事のおいしさでは、刑務所、学校給食、病院の順になる。もし患者満足度調査など行うならば、このことを知らしめるべきである。
また、一般の市中病院に入院すると、入院費(入院医学管理料・入院環境料・看護料・食事療養費)は2週間まで1日13530円、6ヶ月を超えると9180円(老人8870円)である。老人は1割負担なので、3食ケア付き、訴訟の権利付きで、1日1000円でおつりがくる。老人ホームより安い値段で、年金で貯金が出来るので、退院を希望する患者、家族などいるはずがない。
これで健全な病院経営など、所詮無理である。