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2012.02.13 07:52 |  診療  |  仕事 / 職場  |  その他(医療関連)  |  随想  |  スーさん  | 推薦数 : 5

対応困難症候群

 医師は悩みの多い職業である。眉間にシワを寄せた苦悩のポーズが似合う職業である。

 とは言うものの、医師が悩んでいるのは世間が想像するような病気についてではない。診断だけならば、医師国家試験の問題を解くようなもの、診断が決まれば治療はシュミレーションゲームである。医師は診断や治療に迷うことがあっても、悩みという言葉には相当しない。

 医師が悩むのは、病気ではなく患者背景についてである。そしてその多くは患者への対応に関したことである。特に対応困難な患者が問題になる。医師のエネルギーの半分以上が、このような患者のために消費され、医師のストレスの9割以上の原因となっている。

 困った患者は限りなく多い。そして辛いこともたくさんある。そのひとつは暴力団であろう。日本には暴力団員は8万人、家族、友人を含めれば50万の数になるであろう。そうすると日本人200人に1人の割合となるから、ベット数200の病院には暴力団関係者が常にひとりは入院している計算になる。

 彼らは、暴力が職業だから存在そのものが恐怖である。また難癖の名人だから、理屈を言われたら対応は困難になる。ほめ殺しにあった総理大臣、総会屋の脅しに屈した大企業をみれば、世間知らずの医師が彼らに勝てるはずはない。確信犯に常識など通用しないのである。情けないことであるが、医療行為は善意で成り立っていること強調し、恩義を暗示させながら、嵐の過ぎ去るのを待つしかない。彼らの目的は金銭オンリーであるが、病院を強請っても商売にならないことを知っているので解決は意外に早い。

 その他にも恐怖を伴う対応困難な患者がいる。すぐ怒鳴る患者、突然キレル患者、チンピラ患者、刺青患者、酩酊患者、覚醒剤使用の患者、精神科を受診しない精神病患者などである。世の中に彼らが存在する限り、患者として病院を受診する。

 医師法はすべての患者は弱い立場の善人と想定しているので、このような想定外の患者に対しても診療拒否はできない。彼らが暴力を振るうことはまれであるが、とにかくアドレナリンが枯渇するぐらい疲れるのである。医師は狼の中に放り出された小羊となる。

 不定愁訴の患者、好訴妄想患者、術後の不調を訴える患者、人生相談を持ち込む患者、病気でもないのに症状を訴える患者。これらも外来の限られた時間においての対応は難しい。

 何とかしろと言われても、何とかなるものではない。冷たく突き放すことも出来ず、クスリで様子をみましょうとなるが、病気でない症状にクスリが効くはずはない。治せない医師が悪いような雰囲気になり、逃げ出したくなる。精神科や心療内科へ紹介状を書いても多くは時間稼ぎにすぎない。患者が自覚症状に慣れてくれるか、症状が自然によくなるのを待つしかない。

 対応困難は患者だけではない、その家族も含まれる。これは東海大学附属病院で起きたカリウム静注事件が象徴的といえる。事件当時、このケースが安楽死に相当するかどうか、安楽死の方法としてのカリウム静注の是非についての話題ばかりが集中し、ほとんどの医師のコメントはカリウムを静注した医師への非難ばかりであった。しかし、1時間ごとに主治医を呼び出し、眼を吊り上げて怒鳴る家族の主治医になったことを想像すれば、主治医の行動も、我が身に置き換えが可能である。あの家族が普通の家族だったならば、あの事件は起きなかっただろう。また看護婦の正義感が平和にすんだ問題を表面化させたのである。「家族から楽にするように強要された医師が、家族から罪を押しつけられた悲劇」である。そして、誰もが不幸になった事件であった。

 裁判所は安楽死の定義を言うが、判例による言葉の定義など現実にそぐわない。法律で裁けないものを法律に持ち込んだことに無理がある。誰もカリウム静注医師をかばわないが、私的には悲運の医師の味方である。

 患者はカリウム静注によって死亡したのではなく、死ぬ瞬間に偶然カリウムを静注されたと思いたい。なぜ彼が有罪で、京都・京北病院ミオブロック安楽死事件が不起訴処分なのか。弁護士が無能だったからだろうか。

 医師と患者の関係を論じる場合、非難を受けるのは常に医師であって、患者ではない。しかし、患者にも問題がある。インフォームドコンセントも良いだろう、癌の告知も良いだろう、しかし医師が腰を低くして世間に伺いをたてている間、威丈高の患者が増えていることも事実である。権利とわがままを混在させた患者が着実に増えている。今は赤ひげ医師が怒鳴りちらすご時世ではない。怒鳴るのはいつも患者である、患者性善説を信じ、じっと耐えるだけである。

 医師にとって、患者を思う純粋な気持ちが何よりも大切である。そして医療の基本も慈愛である。修行が足りないと言われれば、そのとおりである。しかし、何とかならないものだろうか。精神安定剤を自分に処方するしか方法はないのだろうか。

 常識の無い連中、言葉の通じない患者、医学の範疇にない患者、彼らはまれであるが、どうすれば良いのか分からない。みんなが困っているのに、名案が浮かばない。これは医学だろうか、それとも社会学、心理学、宗教、政治の分野なのだろうか。病気のガイドラインを作ることも大切だが、それ以上に対応困難な患者や家族へのガイドラインを作ってほしい。

 きれい事ばかりが世の中ではない。誰も書かないから、敢えて書くことにした。汚れた事実も直視すべきである。

 

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2012.02.12 00:36 |  診療  |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  その他(医療関連)  |  随想  |  スーさん  | 推薦数 : 2

情報医原病と健康狂想曲

 日本には仏教、神道、キリスト教など様々な宗教があり、公称信者を合計すれば2億1500万人に達する。このように日本の宗教人口は日本の総人口を優に上回っている。一方、政治集会が開催されると、主催者が発表する参加人数と警察が発表する人数には大きな隔たりがみられる。
 前者は教義に反するウソは絶対にダメとしている宗教団体、後者は国民への背信行為であるウソは打倒すべきと訴えている政治団体である。

 このように正義を唱える人たちであっても、自分の都合の良い方向へ事実を曲げているのである。そしてその結果、誰も宗教や政治を信じなくなった。また観客がパラパラしかないスポーツ競技なのに、国民の多くが興奮して見てるような、テレビの中継のアナウンサーの興奮にもしらけてしまう。

 医学においても同様である。真面目な顔をしてウソを唱える者がいる。ウイルス学者はインフルエンザの大流行で数100万人が死亡すると警告している。脂肪学者はコレステロールの増加により心筋梗塞が急増していると主張する。

 しかし、彼らの話の一部分は正しくても、声を大にして言うほどの正論ではない。インフルエンザの死亡者数は点滴がなかった大昔のデータを現在に当てはめただけである。日本人のコレステロール値はすでに欧米並みとなったが、年齢を補正した死亡統計によると心筋梗塞は横ばいかやや上昇程度にすぎない。彼らの宣伝で急増したのは、週刊誌のインフルエンザの記事と高脂血症治療薬3000億円/年の売り上げだけである。

 医学にも流行りすたりがある。C型肝炎のインターフェロン療法、胃潰瘍のヘリコバクターピロリー、エイズ、狂牛病、慢性疲労症候群、薬剤耐性結核菌、いずれも欧米からの輸入品であるが、輸入品が姿を見せるたびに黒船騒動となる。そして騒動を煽っているのは常にその分野の専門家である。

 物の数にも値しない有意差などの統計値を振り回し、騒ぐだけ騒いでおいて、結果として国民に不安と誤解を撒き散らしている。

 病気を啓蒙すること、また自分の考えを述べることは正しい行為である。しかし1の価値のものを10と過大に表現するから混乱が生じる。我田引水の悲しさであるが、彼らはそれを知ってか知らずか粉飾するから、「自分の存在や利益のために病気を利用している」と陰口を言われるのである。

 そして、目立ちたい気持ちが度を越すと、狼少年のごとくになる。さらに、それは狼少年だけでなく、医師全体がそのような目で見られ信用を失うことになる。

 医師も科学者の端くれならば、1の価値の内容は1の範囲内で主張すべきである。もしマスコミが誇張して彎曲するならば、マスコミに喋らないことである。何も喋らない方が、むしろ国民のためになるであろう。

 秦の始皇帝が不死のクスリを求めたように、国民の誰もが健康を望み、健康のための情報に飢えている。街の図書館へ行けば多くの医学関係の本が棚に並び、テレビの健康相談では愚にもつかない健康話題で花盛りである。このように、病気に対する一般人の知的欲求は非常に強いが、医師が供給する医学情報と一般人が求める医療情報には常に大きな食い違いがあるので、いつも誤解を生むことになる。

 これが学問的な興味だけであれば問題はない。また日本人の平均寿命が延びたのは事実であっても、それが健康情報によるものではない。しかし、一般人は医学情報に過度の期待をもち、それを自分の健康に還元しようとするので混乱が生じることになる。

 健康にとって大切なことは昔から変わっていない。基本は食事制限、適度な運動、禁酒禁煙、摂生、まじめな医師の指導を守り、車に気をつけることである。それ以外は何を真面目にやったとしても、運命の支配から逃れることはできない。この分かりきったことを医師が強く言わないから、一般人は自分に都合の良い楽な健康法を探そうとする。 

 タバコを吸いながらビタミン剤をのんだり、お菓子を食べながらダイエットの本を読んだり、栄養ドリンクを飲みながら徹夜をしたり、酒を飲みながら肝臓の薬をのんだり、このようなちぐはぐな行動をとる。彼らは医学情報の内容と価値を判断できず、あれもダメ、これもダメ、あれはヨイ、これはヨイ、のヨヨイのヨイと健康食品に走り、禁煙も出来ないでいる。まるで健康狂想曲である。1人ひとりが秦の始皇帝のように健康と不死のクスリを求めようとしている。

 健康の指揮者となるべき医師は、本来からの健康法を憎まれるほど繰り返し言うべきである。しかし現実には、それを強く言っても患者に嫌われるだけで収入にならないので、アリバイづくりで「お酒は控えて下さい」などと弱々しく言うだけとなる。

 医師と患者の信頼関係が徐々に崩壊しつつあるが、まだまだ多くの国民は医師を信頼している。信頼があるから医療行為が成り立っている。しかし医師の仲間による羊頭狗肉が繰り返されれば医師への信頼が崩れてゆくことになる。そしてその時に本当の医療危機がやってくるであろう。

 この兆候は妙な形ですでに表れている。現在、病院の多くは赤字であるが、病院の経営が苦しいといくら訴えても国民が相手にしないのは、医師の言葉を半信半疑で聞く癖がついているからである。

 患者との信頼関係を保つためには、また医師の発言力を強めるためには、医師はウソをつかない正直な人種であることを国民の心に刷り込ませる必要がある。もちろん医師一人ひとりの誠実な努力によってである。

 まじめな医師が、素直な患者のために行う医療行為が平均寿命を高めたのに、無知なる者の弱みにつけ入る情報医原病が国民を蝕んでいる。私たちにとって痛手なのは、この情報医原病に荷担している医師が医師全体への信頼性を低下させることである。この情報医原病をつくらないことも、さらに、これを正すことも医師の仕事のひとつである。

 国民の健康は医師ひとり一人の努力、薬剤の進歩、医療の進歩によるものなのに、白衣を着た医師が、愚にもつかない健康法を述べるテレビ番組ほど、腹立つものはない。

 

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2012.02.09 07:45 |  診療  |  生活 / くらし  |  その他(医療関連)  |  随想  |  スーさん  | 推薦数 : 0

即物的医療からの解放

 白髪が増えても給料は増えず、皺が増えてもそれを知性と受け止める者はいない。目はかすみ、耳は遠く、この胸のときめきは不整脈。歯は抜け、四肢は痛み、気持ちはせくも足は前に出ず。気力は衰え、肉体はゆるみ、我が身体は統制を失う。

 還暦を迎え、平均寿命に達すれば、友人の半数が死に、半数が生きている状態になる。そして死が身近になるが、老人は孤独の中で死の現実を知らない。また死を予測しても終末医療の悲劇を想像していない。年とともに知恵がついても、想像力と気力が衰えるからである。

 子供は漫画の世界に浸り、青年は夢を失い、壮年は日々の生活に追われ、誰も老人の心情や肉体を想像しない。老化は老人になるまで実感できず、まして老化の先にある死については誰もが幻想の世界、他人事である。

 元気な時に健康に気をつけ、不老長寿を願うことは悪いことではない。しかし長寿を願うあまり、健康であることにとらわれ、老化と死の現実にフタをしているのが現代人である。

 人間の生理現象である老化と死は、逃れるすべもなくやってくる。それは春から夏、夏から秋、そして冬を迎える自然の原理と同じである。多くの人たちは老化による歩行困難を知りながら、老化による衰弱死を知らない。手足があるのに動かない、口があるのに食べられない、これを理解できても、心臓があるのに動かない、肺があるのに動かない、この衰弱死を知らないのである。

 そしてその時に必要なことは、生命保険や遺言状ではない。重要なことは、そして持つべきものは、自分の死に対する明確な意思表示である。

 生前に墓を買っても、文学や哲学、あるいはテレビから死を想像しても、それは虚構の枠を出ない。生保会社や葬儀屋が教えるのは死後の形式だけで、肝心な死にざまについて教える者はいない。これだけの情報化時代に、教える者がいないので老人はそこまで考えが及ばない。その結果、眠るがごとき大往生を願いながら、ポックリと死にたいと願いながら、多くは病院での壮絶な最後となる。

 人間にとって、死は悲劇との概念が強い。しかし本当に悲劇なのはその死に方である。人々は死を恐れるあまり死を直視せず、死の悲劇から逃れるために、さらなる悲劇をつくっている。

 かつての日本人の意識には「生きざま、死にざま」という言葉が常に存在していた。恥のない生活、穏やかな死を重要視してきた。死にざまは、人生のすべてを死に集約させた有終の美意識であった。それを医学の進歩が破壊したのである。脳死患者でさえ生かし続ける現代医学が生んだ悲劇である。

 もちろん、生命絶対論者の言葉を借りるまでもなく生命の尊さは十分に承知している。しかし生命を偏重するあまり、人間の尊厳が軽視されることになった。患者の心を見ず、心モニターばかりを見つめる即物的医学が魂の尊厳を奪っている。

 患者が医療に期待するのは、病気の治療と痛みの除去である。それ以外は何も望んでいない。しかし老人医療の現実は、声なき患者の意志は無視され、治らない生理現象を治そうとする医師の驕りと優しさ、家族の過度の期待と困惑が常に交錯している。

 その結果、善良な老人に鞭を打つような、枯れ木に水をやるような、家族のてまえ心マッサージをやるような、誰も望まない医療が行われることになった。魂の抜けた身体に呼吸器をつなぎ、何本もの点滴を入れ、どこに人間らしい生と死があるのだろうか。多くはそう思いながら呼吸器のスイッチを切れないでいる。

 脳死を死と認めない生命絶対論者、終末医療を病院の儲けとする邪念、患者の死を敗北とする医学、これらにより日本の医療は心モニターの波形を動かすことばかりに専念し、安らぎを与える医療は疎んじられてきた。

 日本の医療を欧米と比較すると、日本では人口当たりのモルヒネの使用量が欧米のわずか20分の1である。この数値は欧米人に比べ20倍もの苦痛を患者に与えている証拠といえる。苦痛を取り人間らしい死を迎えさせることが医師の使命のはずである。だがこの数値は天国に行く前に地獄の苦しみを与えている日本の医療を示している。老化や死を敵とせず、病気と捕らえず、共存すべき自然現象と考える視点が欠けている。

 大部分の人たちは自らの終末医療への意志を持たない。そのため残された家族が対応することになる。しかし家族は戸惑うばかりで、結局は医師まかせとなる。そして頼られた医師は一様に終末医療となる。

 最近、患者の医療における自己決定権が話題になっているが、本当に決めてほしいのは自らの終末医療のあり方である。元気なうちに死の現実を知り、死を受け入れる準備が必要である。また認知症になった場合の、胃ろう増設術への是非も自分で決めておくべきである。各自が死を見つめ直し、自分が望む終末期医療を、意識を失う前に、認知症になる前に明記しておくことである。

 美田を残すより、「人間としての生きざま、死にざま」を家族に残す方がより重要である。そのためにはドナーカードと同様に尊厳カードを作ることも1案である。あるいは保険証に本人の意思を明記できるようにすべきである。保険証は毎年書き換えられるので、本人の意思の変化にも対応できるはずである。本人の意思にそった医療を、医師の合意のもとで決定するのがよい。

 人知のおよばない死後を思うより、誰もが経験する臨死医療について考える時である。

 もちろん医師の責務は、患者本人の意志を最優先させることである。即物的医療から人間の精神を解放させることも、新たな医師の責務になるであろう。

 

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2012.01.23 08:05 |  診療  |  研究  |  仕事 / 職場  |  スーさん  | 推薦数 : 2

癌死急増のウソ

 癌死が急増しているのは正しいが、それはまた同時に、間違いとも言える。

 たとえば年齢を補正して60歳代、70歳代と年齢を区切って過去数十年と比較すると、年齢別による癌死の比率はほとんど変化してない。つまり高齢化が進んだために癌死が多くなったのである。長生きすれば癌になるのが人間の仕組みなのである。

 もしすべての癌が克服されたならば、日本人の寿命はどれだけ延びるのか。癌で死なずに済んでも、他の疾患で死ぬので平均寿命は意外に延びず、男性は4歳、女性は3歳の延長だけになる。

 いっぽう日本の男女の平均寿命差は6.9歳なので、寿命の性差がいかに大きいかが分かる。寿命の性差は癌の壁より2倍も厚く、男性の癌がすべて克服されても女性の寿命にはとてもおよばない。

 患者は「自分の家系には癌が多いので、心配」というが、日本人の3人に1人は癌で死に、癌でたすかる患者もその倍はいるのだから、家族に癌がいない方がおかしいのである。

 

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2012.01.22 07:05 |  診療  |  研究  |  生活 / くらし  |  恋愛 / 結婚  |  随想  |  スーさん  | 推薦数 : 1

手洗い実話

 次の問題に答よ。「インフルエンザの予防策として、マスク、手洗い、うがいの中でエビデンスのあるのはどれか」。

 40年ぐらい前の論文に、次のような実験で、すでに結論が出でている。

 「インフルエンザの患者1人と、9人の健者」の組み合わせを3グループ(計30人)つくり、3つの部屋に閉じこめてトランプをさせる。

 第1のグループは全員マスクをさせ、第2のグループは定期的に手洗いをさせ、第3のグループは定期的にうがいをさせる。

 この実験により、手洗いのみが有効であることが証明されたのである。もちろん実験の手法を変え、手洗いのみが独立した有効因子であることが証明されている。

 手洗いは、手に付着したインフルエンザウイルスを物理的に除去するため有効とされ、マスク、うがいの有効性は、今日に至るまで証明されていない。

 「インフルエンザ予防の基本は手洗い」である。このような、小学入試の共通一次試験より簡単な問題を証明したのだから、昔の医師は偉かった。難しそうな書籍をバックに、物知り顔のアホ面で、テレビでコメントを述べる今の医師より偉かった。

 かつてインフルエンザの予防として、空気清浄機なるものが流行していた。最近、空気清浄機をみないのは、商売に効果があっても、インフルエンザに効果がなかったからである。

 もちろん軽度の発熱で、インフルエンザを心配して病院を受診する者ほど罹患の危険率が高く、ひきこもり症候群ほど危険率は低い。では、次の問題である。「恋人の愛情度とインフルエンザの感染率は、比例するか否か?」、答えは「勝手にしろ!」である。

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2012.01.21 08:29 |  診療  |  生活 / くらし  |  グルメ / お酒  |  その他(一般)  |  随想  |  スーさん  | 推薦数 : 1

手洗い神話

 手洗いは医療の基本とされている。ある日、トイレから出ようとする医師が手洗いをしないで出ようとしたので注意した。するとその医師は「トイレに入る前には手洗いをしますよ。それは自分の一番大切なモノに触るのですから、でもトイレから出る時には手を洗いません。それは手洗いの蛇口が一番汚いからです。

 でも心配しないでください、患者さんの診療の前後には必ず手洗いをしていますから」、たしかに彼の言うとおりかもしれない。

 後日、その医師と食事をしたとき、彼はまた妙なことを言いだした。「先生、レストランのおしぼりは使ってはいけません、おしぼりが清潔という証拠はありませんからね。このおしぼりが、昨日、風俗店で使われていたかもしれませんよ」、さらに彼の話は続いた。

 「あと、ホテルの洗面所で顔を洗うのもいけません、ホテルの掃除のおばさんがトイレを拭いたタオルで洗面所を拭いていたのを見てしまったのです」。

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2010.03.21 06:43 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  昭和 50年代 1  |  スーさん  | 推薦数 : 1

在郷軍人病

在郷軍人病(昭和51年)

 昭和51721日,第58回米国在郷軍人大会がフィラデルフィアで開催された.大会は米国建国200年と重なり盛大に行われ,参加した在郷軍人のうち家族を含めて1500人がベルビュウーストラトフォードホテルに滞在していた.しかし大会3日目から高熱をきたす重症肺炎患者が多数発生し騒然となった.患者の多くは在郷軍人であったが,一般の宿泊客、ホテル従業員,通行人も発病し,発症総数221人,入院患者152人,そして34人が死亡した。

 患者の3分の2が在郷軍人とその家族だったことから,この原因不明の病気は在郷軍人病(レジオネ症)と呼ばれるようになった.発症平均年齢は54.7歳で,高齢者ほど罹患率,死亡率が高かった.疫学調査を待たなくてもベルビュウーストラトフォードホテルが感染源であることは明確であったが,感染経路は分からず,在郷軍人病は恐怖物語のような謎に包まれていた.細菌兵器という噂も流れたほどであった.

 死亡者の病理解剖から得られた新鮮肺をモルモットの腹腔内に接種すると,モルモットは死亡し,モルモットの臓器には多数の菌が増殖していた.もしこの細菌が原因菌であれば,患者の血清にはこの細菌に対する抗体ができているはずである.そこで保存していた33人の患者血清を調べたところ29人からこの菌と反応する抗体が見つかった.同年12月,米国疾病予防センターはそれまで知られていなかった新たなグラム陰性桿菌を原因菌と公表し,事件の経過からレジオネラ(在郷軍人)菌と命名することになった.この事件が世界で初めての在郷軍人病の報告となった.ベルビュウーストラトフォードホテルは由緒あるホテルであったが在郷軍人病により倒産した.病気によってホテルが倒産したのはこのホテルが唯一のものである.

 米国疾病予防センターはこれまで原因不明で亡くなった患者血清を調べ,昭和38年頃から在郷軍人病が世界各地で流行していたことをつきとめた.レジオネラ菌は冷却塔,温泉、加湿器などにおいて繁殖し,これが空気中の微小な水滴に混じって飛散し、感染するのだった.今回の事件はホテルの空調設備の冷却水がエアロゾルとなって外部に菌をまき散らしたのだった.そのためレセジオネラ感染は夏に多いことが分かった.

 現在,レジオネラ菌は全世界に分布し,自然界の土壌や川、湖などに生息し41菌種あることがわかっている.レジオネラ菌はアメーバや藻類と共生関係にあり,菌体は細長く1本のべん毛を持ち運動性がある.レジオネラ菌によって引き起こされる疾患は菌種によって劇症型の「レジオネラ肺炎」が9割で, 1割が軽症の「ポンティアック熱」を引き起こす.両者とも人から人への2次感染はない.空調設備などが共通の感染源となる.

 レジオネ症は多臓器不全を経て死亡する劇症型から,抗生物質の必要のない軽症例まで違いがある.特に劇症型は適切で強力な治療を行わなければ数日以内に死亡する.このように致死率の高い疾患であるが,劇症型の特徴としては,最初は全身倦怠、疲労感、頭痛、筋肉痛などで,後に急激な発熱が出現,咳はあるが痰は少なく(乾性咳嗽),さむけ、下痢、呼吸困難がみられ, 意識障害、傾眠、幻覚、歩行障害などの精神神経症状がみられる場合がある。

 ポンティアック熱(Pontiac fever)は、昭和437月から8月に米国ミシガン州オークランド郡の人口約84,000人のポンティアック市で発症した.オークランド郡の保健部で144人の患者の集団発生がみられたことから名づけられた.保健部の建物で働いていた100人中95人、保健部の建物に訪れた170人中49人が発症した.当時はポンティアック熱の病原体は不明だったが、保存されていた空調システムの水にレジオネラ菌が存在することが昭和52年になって明らかになった。また患者の保存血液からレジオネラに対する抗体価の上昇が84%に認められた.レジオネラ菌を含んだエアロゾルを吸い込み集団発生したとされている.ポンティアック熱は軽症で,抗生剤の投与無しでも治癒するとされ死亡例の報告はない。主な症状の特徴,発熱、さむけ、筋肉痛、倦怠感、頭痛など,下痢、腹痛、関節痛、咽頭痛などである.ポンティアック熱は自然治癒型でインフルエンザに似た一過性の疾患である。

 日本では昭和5510月の男性(64)死亡例がレジオネラ症の初例であり,以後,毎年のように患者報告がなされている.レジオネラ症は一般に抵抗力の低下した人に発症しやすく,抵抗力が低下している患者が多い病院では注意が必要である.なかでも新生児の院内感染によるレジオネラ肺炎の感染事例が報告されている。平成8年,慶応大学付属病院で3人の新生児がレジオネラ症に感染し、うち1人の女児が死亡している.死亡した女児は退院後に発症し,再入院となって死亡した。病理解剖にてレジオネラ感染がわかった.新生児室の温水タンクの蛇口や加湿器、ミルクの加湿器からレジオネラ菌が検出された。レジオネラ菌が死滅するのは60℃であるが,タンクの蛇口付近の温度は約50度で温水タンクのお湯を使った加湿器によって病院内に菌が散布された.

 日本では循環型温泉で集団発症する例が多く,平成124月,静岡県掛川市つま恋温泉森林の森で23人が感染し2人が死亡.平成126月には茨城県石岡市の総合福祉センターで45人が感染し3人が死亡.H147月には宮崎県日向市の温泉利用入浴施で295人が感染し7人が死亡している.

 イギリスのスタンフォードの病院では昭和60年に163人が院内感染し46人が死亡するという大規模な集団発生が起きている。この事件により空調設備の冷却水についてイギリスでは厳しい管理を行なうようになった。

 レジオネラは細胞内寄生細菌なので、治療には宿主細胞に浸透するエリスロマイシン、リファンピシン、ニューキノロンなどの抗菌薬を使用する必要がある.レジオネラ症は現在4類感染症疾患となっており,レジオネラ症と診断した医師は7日以内に保健所に届け出る必要がある。

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2010.03.21 06:29 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  昭和 50年代 1  |  スーさん  | 推薦数 : 0

超音波検査

超音波検査(昭和50年)

 画像診断は診断学の中で大きな比重を占めるようになった.そして画像診断の進歩は,患者に苦痛を与えず、病変をより正確に,しかも安全に行うかである.CTの普及とほぼ同じ昭和50年ころから超音波検査法も普及してきた.

 超音波はヒトの聴くことの出来る音(20Hzから2Hz)を越えた高い周波数の音のことである.多くの哺乳類はヒトが聞こえない高い周波数の音を聞くことができ,イヌは8万ヘルツ,コウモリは10万ヘルツ,イルカは17万ヘルツまで聞こえるとされている.この超音波によって仲間どうしで情報をやりとりしているとされている.

 ヒトが耳で聞くことの出来る音は四方に広がるが,超音波は直線的に進みモノにあたると反射する特性がある.そのため超音波はまず海底の地形検査や魚群探知機として,第二次世界大戦では海中に潜んでいる潜水艦を探すソナーとして開発された.世界地図を見ると海の深さが等高線で示されているが,これは超音波によって測定したものである.

 この超音波の特性を人体に応用したのが超音波検査である.皮膚にゼリーを塗り、探触子という超音波を送受診する器具を皮膚にあて,超音波を発射して,各臓器から反射してくる反射度の違いをとらえ画像化する方法である.身体の90%以上が水分なので各臓器からはね返ってくる反射波の違いをコンピュータで処理して臓器の大きさや形を描くことができた。

 超音波は骨や石などの密度の高い組織では反射度が高いが,骨の裏に隠れた部分の観察は困難という欠点があった.また超音波は空気中で散乱するので,空気を含んだ肺や腸の観察には難点があった.しかし患者にとって無痛性で,レントゲンのような被爆がないという安全性の面で大きな長所があった.

 超音波検査が最初に応用されたのは胆石の診断であった.それまで胆石の証明には造影剤を飲むか,血管内に造影剤を注射してレントゲン写真をとる胆嚢造影法が用いられていた.超音波検査は胆嚢造影法よりもはるかに副作用は少なく診断の精度も高かった.

 さらに改良が加えられて精度が増し,肝臓,膵臓,腎臓,婦人科の癌の診断に応用できるようになった.また器機が持ち運び可能なことから,ベッドサイドや外来で気軽に行うことができ,緊急時にもすぐに対応できる利点が大きい.

 超音波検査はX線のような被曝がないことから産婦人科において胎児の観察に大きな貢献をした.産婦人科では胎児の大きさ,胎児や胎盤の位置の異常,胎児の心拍のモニター,出産前の男女の性別判定が超音波検査で可能になった.さらに超音波検査は進歩し,解像度が増し,臓器の形状を正確に映し出せるようになった.腸の観察には適さないと前記したが,現在では腸の炎症の程度を観察することができ,特に虫垂炎の診断に応用されている.

 さらに超音波検査は心臓の検査にも大きな貢献をもたらした.リアルタイムで心臓の動きを動画として観察できるようになり,心臓超音波検査は循環器内科にとって必須の検査法となった。医師は様々な角度から心臓を観察し、心筋の厚さや大きさなどの形態の異常、心臓の収縮の状態からポンプとしての心機能を検査できるようになった。

 また超音波にはドプラー効果という特性がある.ドプラー効果とは近づいてくる救急車のサイレンの音と遠ざかるサイレンの音が違って聞こえるように,対象物のスピードによって跳ね返る周波数が違って測定される現象である.1842 年にオーストリアの物理学者 C. J. ドプラーによって発見されたドプラー効果が超音波検査に応用されたのである.

 身体の血液には赤血球などの有形成分が流れており、血流の方向や速度を超音波のドプラー効果で測定することができるようになった.心臓内部の血流の方向と速度を測定し、血液の逆流の程度から心臓の弁が正しく機能しているかどうかを測定できた.さらに血流の方向や速度をカラー画像で表示することができるカラードプラー法も開発された。

 かつての心臓専門医の診療には,聴診器,心電図が必須であったが,現在では心エコーが必須の医療器機となった.心臓の動きによって心筋梗塞患者の心臓のどの部分が傷害されているかが分かるようになり,心筋梗塞の診断や部位を知ることが可能になった.

 さらに最近では血管内超音波法が開発されている.これは心臓カテーテルの先端に超音波プローブをつけ,冠動脈造影と同じ方法で冠動脈にカテーテルを挿入し,狭窄部,血栓などの血管壁の病変や血流量を測定する方法である.冠動脈造影法では血管の内腔しか検出できないが,血管内超音波法では動脈壁全体の病変を調べることができるようになった.

 超音波検査装置は,昭和50年ごろから日本で急速に普及し,電子工業を得意とする日本の超音波検査装置はアメリカで60%,ヨーロッパで70%,アジアでほぼ100%のシェアを誇っている.

 超音波検査やCT検査は医学にとって革命的な進歩をもたらした。もちろん平成の時代になってMRIが普及してきたが超音波検査やCT検査ほどのインパクトは少ない.MRIは電磁波によって身体の内部を画像化する検査で,超音波やCTでとらえられなかった病変がMRIによりわかるようになった.しかし診療上の有用性を考えた場合,超音波検査やCT検査は欠かせない検査であるがMRIは必須ではない.MRIは値段が高く撮影時間が長く,脊椎の病変には便利であるが,コストパフォーマンスを考えれば超音波やCT検査のほうが有用性は高いと考えられる.それだけ超音波検査やCT検査の登場は医学上画期的出来事であった.

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2010.03.21 06:26 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  昭和 50年代 1  |  スーさん  | 推薦数 : 0

CT検査

CT検査(昭和50年)

 昭和50年826日,東京女子医大に設置されたCTスキャンが日本で初めて稼働した.身体の断面図を映し出すCTスキャンは,現在では誰でもその名前を知っているほどに普及しているが,CTスキャンの発明は医療に革命をもたらすほどの衝撃があった.

 CTスキャンの原理はレントゲン(X線)写真と基本的に同じである.1895年,ドイツのレントゲン博士は真空放電の実験で,蛍光板を光らせる未知の光線を偶然発見しX線と名づけた.そして最初に撮った写真は,妻の手を撮影したもので,写真には手の骨とその指にはめられた指輪が写っており,この写真は世界中の人々を驚かした.レントゲンは人類のために特許権を放棄,そのためX線は急速に広まり医学に大きな貢献をもたらした.そしてレントゲンは1901年、第1回ノーベル物理学賞を受賞した.

 このレントゲン写真には2つの欠点があった.ひとつは骨の様子はよく分かるが,筋肉,軟骨,血管などの軟部組織がはっきり写らないこと.ひとつは二次元の写真なので重なった臓器を識別できないことである.これを解決したのがイギリスのゴッドフリー・ハンズフィールドとアメリカのコーマックだった.

 ハンズフィールドは第二次世界大戦中,サウス・ケンジントン空軍大学で無線工学を学び,戦後,ロンドンのファラデー・ハウス電気大学に入学した.彼は医学とは関係のない分野で研究をしていたが,1951年にEMI社に入社しすると,開発されたばかりの電子計算機に興味をもち,それを応用する仕事に夢中になった.そして物理学者コーマックとCTスキャン( Computed Tomography :コンピュータ断層法)を1972年に開発した.コンピュータによってX線の情報を計算し,それによって人体の断面の画像化に成功したのである.

 CTスキャンは基本的にはレントゲン写真と同じであるが、X線を発生させる管球とX線の量を測定する検出器を,身体をはさむように向かい合わせに設置し,患者を台に寝せたまま線管球と検出器を1回転させ,多数の角度から身体各部位のX線の吸収率を測定し,X線吸収率の違いをコンピュータで処理して,体を「輪切り」に撮影する放射線装置のことである.

 レントゲン技術,コンピュータ技術を駆使し,病変部位を視覚的に示すというまさに革命的医療器機であった.ハンズフィールドとコーマックはこの業績により1979年にノーベル医学生理学賞を受賞している.

 CTスキャンの登場はまず脳外科の分野で役に立った.それまで脳腫瘍や外傷による頭蓋内血腫の鑑別には発症の状況,検査としては脳血管造影が主であった.脳血管造影は太い血管にカテーテルを入れ脳の血管を撮影するが,患者には大きな侵襲があった.そして脳血管造影の検査で死亡事故が起きることもあれば,検査で麻痺を残すこともあった.脳血管造影は手術の必要性,治療に欠かせない検査であったがその診断精度は低かった.さらに放射性同位元素による核医学検査,脳内に空気を入れて脳の形態を調べる気脳造影検査などがあったが,このような侵襲的な検査を行っても病変部位が分からない場合が多かった.その点,CTスキャンは患者にとって革命的メリットがあった.

 また脳血管障害は脳梗塞,脳出血に大別できるが,両者の鑑別は困難で,それまでは両者を区別できず脳卒中と呼んでいた.しかしCTの登場により,病変部位が白ければ脳出血,黒ければ脳梗塞と診断できたので,素人でも病変部位と疾患の鑑別ができた.

 CTスキャンが脳神経内科医に与えた衝撃は強烈であった.それまでの脳卒中の診断は発症状況を詳しく聞き,ハンマーで患者の反射を調べ,針で痛みへの反応を調べ,病巣がどこなのかを推測していた.しかしそれでは正確な診断は困難で,神経内科医の病巣診断よりもCTスキャンの画像診断の方が正しいことを視覚的に示してくれた.このCTスキャンの出現によって脳神経内科医の立場が劇的に変化した.

 CTはこのように脳専用装置から出発したが,肺,肝臓、膵臓、腸などの内臓臓器に応用され,医学全体,医療全体に絶大な貢献をした.従来のレントゲン検査では臓器や筋肉などの組織の吸収率の違いがわずかであったことから画像化できなかったが,CTスキャンは解像度に優れ多くの病変を描出することができた.さらに各種の造影剤の投与よって疾患の鑑別能が高まった.情報量が多く、位置情報が正確なことから,診断、治療の方針決定には不可欠な検査となった.CTスキャンは日本で急速に普及し,日本の人口当たりのCT普及率は世界最高となっている.大掛かりな装置であるが、被爆を除けば患者への侵襲はほとんどない.

 当時のCTスキャンは,回転部に載せたX線管と検出器に電力を供給するためのケーブルがついていた.そのため1回転させると一旦停止して反対方向に回転させる必要があった.そのためスキャンスピードが遅いという欠点があった.1回の検査に数分を要したことから心臓や肺など動いている臓器の診断は困難で,頭部CTのように静止した臓器が主に調べられた.

 このスキャンスピードの問題を解決させたのがヘリカルCTだった.ヘリカルとはらせんを意味しており,患者が横たわる寝台をX線の発生器と検出器をらせん状(ヘリカル)に連続回転させながら移動させ高速撮影が可能になった.

 平成10年,検出器を複数配列したマルチスライスCTが登場した.ヘリカルCT1回転で1スライス(1枚)の断層画像の撮影しかできないが,マルチスライスCTでは1度に複数枚の断層画像を撮影することを可能にした。そして平成14年には16チャンネルのマルチスライスCTが登場した.16チャンネルは1チャンネルCTに比較し30倍以上の早さで撮影し,精度の高い立体画像を数秒で撮影できた.つまり動いている心臓も撮影できるようになった.

 CTスキャンの開発はまさにレントゲンのX線の発見につぐ医学史上重要なものであった.

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2010.03.18 10:14 |  診療  |  仕事 / 職場  |  その他(一般)  |  スーさん  | 推薦数 : 1

逆恨みで2院長を刺殺

逆恨みで2院長を刺殺(昭和44年)
 昭和44年12月29日午前11時頃,大阪・住吉区の丸毛医院に以前性病の治療を受けたことのある無職の少年A(19)が刺身包丁を持って押し掛け,診 察室でカルテを書いていた丸毛博昭院長(41)の腹をいきなり刺し自転車で逃走した.少年Aは次に約100メートル離れた松崎診療所に上がり込み,松崎和 郎院長(41)の左腹部を刺し,少年Aは包丁を投げ捨て約200メートル離れた成山医院に上がり,診療中の成山セツ院長の顔などを数回殴り逃走した.刺さ れた丸田院長と松本院長の2人は死亡し,成茂セツ子院長は5日間のケガをした.住吉署は血まみれで自宅に帰った少年Aを逮捕された.少年は犯行6ヶ月前に 西成の旧飛田新地でおんな遊びをしたが,そのあと体調不良を訴え大阪市大附属病院で診察を受け淋病の診断を受けた.驚いた少年Aはすぐに治療をしてもら い,淋病は治ったといわれが何となく局所に違和感があった.もしかして淋病が完治してないのかもしれない,淋病ではなく梅毒かもしれない.このように思い こんだ少年Aは近くの病院や医院を次々に受診したが,どの病院も検査は正常で治っている,単なる思いこみとの診断だった.少年Aは医師たちが真剣に診察し てくれないと思いこみ,怒りを募らせたのである.そのため性病ノイローゼになった少年Aは医師たちに復讐を誓ったのである.少年Aは自宅近くの金物屋から 刃渡り22センチの刺身包丁を買い住之江市民病院へ向かったが,病院は12月29日で休診だったため難を免れた.そこで少年Aは丸田医院を初め次々に襲撃 したのだった.少年Aは「自分の命はあと1年,医者は何もしてくれない」と家族に話しており,発作的な犯行であった.

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