| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 |
日本の国防について、どれだけの国民が真剣に考えているのだろうか。自衛隊が何とかするだろう、アメリカが助けてくれるだろう。そのように考え、いざという時、自分がどのように行動すべきなのかを真剣に考えていない。
安全保障の問題だけでなく、環境、教育、医療など重要な問題を考えず、行動せず、すべて他人任せで利益だけを受けとるのは、まさにただ乗りライダーである。身近な例では、医師会に入っていながら会合には出席せず、医師会の努力による利益だけを得ようとする医師がいるが、これもまたただ乗りライダーといえるであろう.。
選挙に行っても世の中が変わるはずがない。この言葉は政治家の堕落をみれば何となく分かる。しかし、自分の利益と関係ないから投票に行かないという意識が国民の各層でランダムにおきれば投票結果は同じである。しかしあるグループが熱心に投票すれば、選挙の結果はゆがんだものになってしまう。ただ乗りのつもりが、結果的に自分の利益に反することになる。
国際的には日本の医学も医療も同様である。日本の医学が進歩したと自慢しても、ノーベル賞100年の歴史の中で、生理医学賞を受賞した日本人は利根川進ただ1人である。しかも利根川進を育てたのは欧米であるから、実質的には日本人の受賞者はゼロ人となる。基礎医学における日本の研究費はアメリカの約1割程度であるから、無理もないかもしれないが残念である。
日本の医療を世界的レベルで考えた場合、日本の医療が国際的に役立った例は、平成2年に大やけどを負ったシベリアのコンスタンチン君を札幌医大で治療したこと。台湾総裁だった李登輝氏が倉敷中央病院でバルーンカテーテルをおこなったこと。さらには胃カメラの開発ぐらいしか思い浮かばない。国境なき医師団などはあるものの、世界への貢献度は他国と比較すると小さい。
また日本における心臓移植は少なく、海外で心臓移植を受けた日本人は数100人とされている。日本は臓器移植患者を輸出し、お金の力で移植の優先順位まで買っていると非難されている。このことから日本の臓器移植患者を閉め出す運動が海外で起きている。臓器移植は心臓だけではない。角膜、肝臓、腎臓、これらの移植患者を加えれば、相当数の移植患者を日本は輸出している。
なぜこのようなただ乗り現状を変えようとしないのだろうか。日本で臓器移植が進まないのは、脳死、心臓死のドロドロとした議論を見せつけられた国民が臓器移植に関わりたくないと思っていること。厳密すぎる脳死判定、過剰な報道により医師も臓器移植に嫌気をさしていること。そして自分が臓器移植を必要になると誰も予想しないので、臓器移植は他人事になっているからであろう。
もしただ乗りが可能ならば、誰でもただ乗りを希望するだろう。そのためただ乗りライダーが増えることになるが、それでは福祉国家は成り立たない。また社会そのものも成り立たない。先駆者が苦労して残した甘い汁を、苦労もなく貰える社会は次第に衰退するだけである。ただ乗りライダーは何でも他人任せで、相手のことを考えない。自分の享楽だけが関心事になっている。このようなただ乗りライダーのために負担するのが馬鹿馬鹿しいと感じるのが普通であろう。
ただ乗りライダーが増加したのは、日本人の中流意識のなかで、子供に贅沢をさせ、人間としての基本的考えを植え付けなかったことが一因であろう。子供に責任と義務を教えずに、甘やかしたからである。親は子供に個室を与えるが、親が病気になれば、子供は親を大部屋に入院させ、面会にこないことがある。そして子供が親の年金を奪い合う光景さえみられる。なんたることであろうか。
福祉国家の議論をするならば、「福祉を誰がどのように負担するか」を明確にすべきである。低負担の高福祉などありえない。低負担には低福祉、高負担には高福祉の原則をきちんと教えないから、無いものねだりの不満ばかりをつのらせることになる。
そして観客にすぎないただ乗りライダーも、不満ばかりをいう。全員の利益を考える場合、ただ乗りライダーをつくらない教育、ただ乗りライダーが最終的に損をするシステムが必要である
誰にも迷惑をかけず、誰からも束縛を受けず、常に自由な発想を持ち、他人のために何らかの使命感を持って行動することができれば、それこそ最高の人生といえる。
人生をどのように生きるかは、人間だけに与えられた特権である。どのような人生であっても、どのような職業についても、束縛されない自由な使命感をもつことが出来れば、それは誇り高き自由人といえる。しかし最近、この人間の自由と使命感がゆらぎはじめている。
明治維新で、多くの若き志士たちが死んでいった。幕末の志士たちは自由な信念を持ち、その信念に命をかけた。日本の将来をどうするのか、日本が欧米の植民地にならないためにはどうすればよいのか。この共通した課題に対し、若き志士たちは自分の国を思う信念に殉じたのである。自己の利害ではなく、日本のため、社会のため、民衆のために命をすてた。
彼らは使命感を持っていた。彼らの使命とは文字どおり命を使い行動することであった。幕末、明治の若き志士たちには自分の命を懸けるという気持ちに溢れていた。この使命感は日露戦争までは正しい方向を向いていた。しかし東洋の小国が世界の大国ロシアに勝ってから、若者の使命感は驕った軍部に操られ利用されたといえる。
敗戦後、日本がどん底から復興できたのは日本人としての誇り、技術立国としての誇り、このような知的な信念と誇り高き上昇思考が日本人に残っていたからである。
それが経済的に豊かになると、礼節を忘れ、責任をともなわない自由という言葉に酔い、精神的堕落の道を転がってしまった。他人のための自己犠牲や使命感は評価されず、責任ある自由な競争は不公平と嫌われ、日本人全体が口やかましい非建設的、醜悪的評論家になってしまった。
医師にとって最も大切なことは、もちろん患者の健康と生命を守ることである。かつての医師は患者の生命を守るという純粋な信念があった。そしてそれを直感している民衆は医師を尊敬し、医師も自分の職業に誇りをもっていた。医師は正しいと信じる医療を誇りをもって自由に行っていた。まさに医師は誇り高き自由人であった。
しかし武見太郎が死去したことから、行政が医療に口を出すようになり、誇り高き自由人としての医師の体質が次第に変化していった。そしてこの数年の流れは何たることであろうか。医師は周囲から評価されず、給料は下降線をたどり、統制医療により医療の包括化が進み、職業としての誇りも治療上の自由も消えようとしている。官僚主導の統制医療が医師の誇り高き自由人気質を変えたのである。
毎日が患者の診察だけなら、医師にとってこれほど喜ばしいことはない。しかし毎日が金銭のこと、収益のこと、そして会議の連続である。赤字を黒字にすることが至上命令となり、それを為し得た病院経営者は優れた人物と行政から評価をうけることになったが、職員や患者にとって「患者の生命や健康よりも病院経営を優先する人物」の評価は必ずしも高いわけではない。
医師の使命は「患者の全人的幸せを守ること」である。しかし、日本の医療は官僚のアメとムチに牛耳られ、医師は官僚の使用人になっている。医師の使命感は地に落ち、医師は誇りなき不自由人に成り下がっている。
統制医療に縛られた病院経営者は目の前のニンジンに目の色を変え、国民医療、国民の幸せを考える余裕すらない。患者よりも病院の収益のためという呪文に縛られ、日本の病院全体が廃院不安神経症に陥っている。間違いがあれば、その病巣を取り去るのが医師である。間違を正すのが人間である。この病巣が医療費抑制政策であるならば、なぜそれを治療しないのだろうか。
今後、日本の医療が良い方向に向くとは思えない。それは国民や患者の不幸であり、医療従事者やの不幸である。国民は複雑な医療制度を理解できず、日本の医療が悪化していることに気づいていない。
平成の若き医師たちよ、国民や患者だけでなく自分の後輩を不幸にさせてはいけない。幕末の志士たちは命をかけ、日本の将来を考え、日本人の幸福のため命を使ったのである。平成の若き医師たちよ、聴診器を捨て日本の医療を考えるべきである。考えを放棄することは「戦わずして敗戦に甘んじる兵士」と同じである。考えよ、暗中模索の中から光が見えてくるはずである。何もしなければ日本の医療は沈没するだけである。
月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。
これは誰もが知っている松尾芭蕉「奥の細道」の序文である。ところで奥の細道に描かれた松尾芭蕉の肖像をみると、どう見ても70歳を過ぎた爺さんである。しかし松尾芭蕉が奥の細道の旅に出たのは45歳のときであり、この世を去ったのは50歳のときであった。
お爺さんと思っていた芭蕉が、現在の団塊の世代よりも若い年齢で死去しているのである。松尾芭蕉の死亡時年齢が意外に若いことに驚きを覚えたが、それ以上に愕然としたのは、日々のつまらないことに悩み続けている自分たちが、芭蕉よりも老人であることである。
芭蕉よりも年上の自分たちが、子供のこと、家計のこと、患者のこと、病院のこと、老後のこと、このような様々なことに悩んでいるのである。まして、いつかはクラウンと心に秘め、ベンツやBMWに乗ってみたいと思っている自分がなさけない。あの世で芭蕉に会えたならば、芭蕉の開いた口はふさがらないであろう。「人生は欲じゃない、与えられた人生は与えられた範囲で使うもので、自然の中で生きている無情を知ることです、アホじゃないの」。このように言われるである。
芭蕉の50歳の死去から、歴史上の著名人の死亡時年齢を調べてみた。「働けど働けど我が暮し楽にならざり じっと手を見る」、この石川啄木が、借金だらけの極貧生活だったことは有名であり、6畳の部屋に一家5人が生活していたことも事実である。そして母親、妻と同じく啄木は肺結核をわずらい26歳で亡くなっている。極貧と若死という悲運な人生が啄木の文学をより価値の高いものとしているが、なぜ啄木は極貧だったのだろうか。
石川啄木は小学校の教員、新聞記者で生計を立てていた。明治の時代とはいえ、当時の小学校の教員や新聞記者が、すべて極貧だったわけではない。石川啄木がなぜ極貧生活を送ったかといえば、それは女遊びが原因だったのである。当時の女遊びは遊郭であるが、遊郭のナンバーワンを指名し続けたことが極貧の原因とされている。この事実を知ったときも大きな衝撃を受けた。教科書に載るような、記念館が建つような人物が女遊びだったとは。
しかしそうは言っても、写真で見る啄木の美男子像に憧れと嫉妬を覚えていた者にとっては、啄木の人間性に触れたようで、なぜか親しみがわいてくる。才能に恵まれながら金銭的に恵まれなかった啄木が、他人との優位性と悲運を自覚しながら、女遊びにのめり込んでいったのであろう。
この人間的弱さが、人間の側面として理解できる気がする。そして啄木の才能に惚れていた啄木の妻が文句を言わなかったことが、今の妻たちとは違っている。女遊びをしている旦那以上に、旦那の才能に惚れていたのであろう。
しかしながら女遊びをしながら、じっと手をみている啄木を想像すると。思わず微笑んでしまう。
明治維新の原動力なった松下村塾をつくった吉田松陰は、安政の大獄に連座して29歳で処刑されている。吉田松陰はアメリカへの出国を企て失敗、自首して斬首されたが、吉田松陰は高杉晋作、木戸孝允、伊藤博文など日本の基礎を築いた人たちを育てたのである。
吉田松陰は挨拶もできない研修医と同じぐらいの年齢で、明治維新の思想的設計図を描きそれを伝承した。吉田松陰は、研修医と比較するまでもなく、日本の国の将来を考え人材を育てたその偉大さが分かる。
松尾芭蕉、石川啄木、吉田松陰、彼らはテレビも携帯もない時代に生きた。いっぽう団塊の世代も彼らと同じテレビも携帯もない生活を体験している。戦後の貧困を知り、学生時代は受験戦争に巻き込まれ、大学では学生運動でヘルメットをかぶり、就職したら猛烈社員となり、バブルとバブル崩壊を体験したのが団塊の世代である。そして住宅ローンを抱え、リストラに怯えていた団塊の世代も定年を迎えている。
昭和22年前後に生まれた団塊の世代は芭蕉より5歳は年上である。これからどのような人生を送るのか。バッカスの神に惚れられ酒に浸るのか、ゲーテのように73歳で恋をするのか、大学時代を思い出し社会正義のためヘルメットをかぶるのか、人生の評価は自分が決めることであるが、せめて周囲に笑われないような人生を送りたい。
ニッポニア・ニッポンNipponia nippon は医師シーボルトが命名した朱鷺(トキ)の学名である。この学名が示すように、トキは日本を代表する鳥で、かつては北海道から九州まで広く生息していたが、今や絶滅種となっている。
多くの日本人が、ニホンオオカミに郷愁を感じるのは、田畑を荒らす猪や鹿を退治するオオカミが「大口の真神」と農民に崇められていたこと。さらに、オオカミは大神にも通じ、古くから民間信仰が厚かったことによる。このニホンオオカミが、突然その姿を消したのは明治38年のことであった。
ニホンカワウソ、ニホンアシカ、日本住血吸虫、日本脳炎ウイルス。さて次に絶滅する日本の動物は何であろうか。・・・・・・それは霊長目ヒト科日本人かもしれない。
動物の歴史を眺めて見れば、動物は絶滅する運命にあることがわかる。恐竜やマンモスなどを含めて眺めれば、生き延びる動物の方がむしろ例外といえる。・・・しかしながらコロンブスやマゼランの活躍以降、絶滅する生物があまりに急増している。それは、それまでの自然の変動による絶滅から、人間の手による絶滅へと変わってきたからだった。
他の生物にしてみれば、人間ほど迷惑な生き物はいない。人間は自分の姿に似せた神を創造し、傲慢にも、神が創った生物を絶滅させようとしている。そして愚かにも、人間は人間をも絶滅に追い込もうとしている。
DDT、PCB、ビスフェノールA、そしてダイオキシン。産業革命以降、地球上に存在しなかった化学物質が徐々に蓄積し、これら環境ホルモン(女性ホルモン類似物質)がヒトの精子の数を半減させている。青年の草食化は環境ホルモンによるのかもしれない。
環境ホルモンの汚染が進めば、性行為は可能でも子孫はつくれず、ヒトはいずれ絶滅種となる。人類に夢を与えてくれた化学物質が、夢を悪夢に変えたのである。
人類絶滅のシナリオとして、次に遺伝子工学が考えられる。ワトソン、クリックによるDNA二重らせん構造の解析以降、遺伝子工学は新種大腸菌を次々に創造したが、この遺伝子工学が人類絶滅のきっかけをつくる可能性がある。
エイズが蔓延した時、エイズウイルスは遺伝子工学による人為的産物と噂されたように、エイズ同様のウイルスを試験管内で作ることができる。誘惑に駆られた、あるいは気がふれた科学者が「パンドラの箱」を開けてしまえば、人類はおしまいである。
科学者に生命倫理を期待してはいけない。彼らも人間である、一定の頻度で間違いもあれば、精神異常者も含まれるからである。
人間の歴史の終わりは予測はできない。しかし100年は無事でも1000年続くとは思えない。炭酸ガスによる地球温暖化現象、フロンガスによるオゾン層の破壊、緑の森林を枯らす酸性雨、森林の砂漠化現象、さらなる原子力発電所の事故、エボラなどの新興感染症、人類絶滅のシナリオが四方八方から忍び寄ってくる。そして、いずれかにより人類最後の日を迎えることになる。
人間が生活を、狩猟から農業に変えた時から、人間の歴史は自然破壊の連続であった。自然破壊を自然への克服と称し、巨大ダムの建設を人間の英知としていた。ようやくこの過ちに気づき始めたが、自然を破壊しない生き方はもはや出来ない。
生物にとって大切なことは、親の形質を子孫に残し種を守ることである。種の重さに比べれば、個々の生命の重さなどは軽いものである。つまり人間という種の保存のためには、個々を犠牲にしても地球環境を守るべきである。
資本主義の原則は競争であるが、欲望を満たすための競争が環境悪化を招いている。地球との共存をはかるには、個々の欲望や願望を犠牲にして、この競争に環境保全のルールを作るしかない。経済成長と環境保存とのジレンマの中で、どのような共存をはかるかが課題になる。
コンビニに慣れきった現代人が、現在の生活レベルを落とすことは困難である。それは都会から山奥へ出張を命じられたようなもの、後醍醐天皇が隠岐へ流された心情となる。困難ではあるが、しかし人類には、公害が深刻化した1960年代に技術革新によってそれを克服した歴史がある。危機感と勇気を持てば、進行中の人類絶滅のプログラムを変えることは不可能ではない。
人間の存在そのものが、地球にとっても、他の生物にとっても罪である。罪多き人類が自滅の道を辿ることは、キリスト教の終末論、仏教の末法思想として古くから予言されてきた。この先人の予言を変えることが出来るかどうか、人類の未来はこの点にある。
人間は生まれながらに平等で、かつ尊い存在である。人間の価値を金銭で表現することは馬鹿げたことで、かつての奴隷制度を除けば、人間の価値を金銭で測ることはできない。
この、耳に心地良い文章は、あまりに当然すぎることなので、疑問を感じる者は少ないであろう。しかしこの文章は、「人間社会の現実と人間感情の本質に目を閉ざした虚構の表現」なのである。つまり人間特有の、思い込みによる幻想、あるいは実現不可能な理想を表した文章にすぎない。
過言を承知で言うならば、まず人間は生まれながらに平等ではない。才能の有無、頭の回転の速さ、身体の大きさ、美人と不美人、親の財産の程度、これらによって人間は誕生した日から、差が生じている。
この生まれながらの不公平は、誰も口に出さないが、人間の真実として誰もが認めざるをえない。
青春時代を振り返えれば、学校の成績や自分の容貌に悩み、後塵を走る屈辱や貧困に心を痛めた記憶をもつであろう。そしてこれらの多くは、生まれながらの不公平による苦悩といえる。努力が足りないと言われても、努力で身長が伸びないように、努力で補える部分には限度がある。先天的な形質を後天的な努力で変更できると考えるのは、白鳥を夢見るアヒルのおとぎ話、根性ものの漫画の世界と同じ次元の話である。
もちろん努力や偶然によって人生は大きく変わりえる。しかし先天的形質や能力の違いはどうにもならないので、多くの人たちは見ないようにしているだけである。また差別的言動との批判を恐れ話題に上ることもない。
たとえば、弱者であっても、労働者は集団の力で資本家と対立が可能である。低所得者であっても票の力で政治家を動かすことができる。社会的弱者であれば人権侵害と訴えることもできる。しかし才能がない者、頭が悪い者、背の低い者、病弱な者、器量の悪い者、このような正常ポアソン分布の左側にいる大多数の人たちは団体を形成できず、行き場のない悩みをもつ。彼らの悩みは大きい。また弱者とは認知されないので世間からの同情はない。たとえ同情があったとしても彼らのキズを癒すことはできない。
このように人間は存在において平等であるが、個々においては平等とはいえない。他人との相違を感じなければ悩みは生じないが、他人より良くありたいと願う欲求が悩みの原因になる。たとえポアソン分布の右側に位置していても、さらに右側に他人がいる限り満足は得られない。それは絶対的位置関係に加え、相対的位置関係も悩みの種となるからである。自分の価値判断で自分と他人を比較するからで、試験で2番の者が1番になれなかったと悔し涙を流すのがその典型例である。
商品に値段があるように、資本主義社会は人間にも商品としての価値を定めている。自分は他人からの評価は受けないと言ってはみても、給料という金銭で評価されている。
金銭でシビヤに評価を受けているのはプロのスポーツ選手たちである。彼らの評価のすべては成績であり、成績が良ければ数億の大金を得、悪ければクビとなる。歩合制のサラリーマンもこれに近い。人間を容貌で評価しているのは、芸能界、コンパニオンなどの職業である。
このように実力の世界ほど、また多くの人たちが憧れる職業ほど人間を金銭によって評価している。男女雇用機会均等法はあっても、容貌や能力雇用均等法は実力社会には存在しない。
戦前の日本はこの資本主義の考えに忠実であった。官僚や教授の給料は今の数倍以上だった。資本家は富を独占し、裕福な家庭には使用人が働いていた。そして政治家の別荘は、旅館として名前を残すほど豪邸であった。
表面的平等主義の戦後は、給料による適切な評価が崩れている。特に学校の先生など、それまで聖職と呼ばれていた職業ほど戦前との落差が大きい。医師の給料が高いといわれても、生涯給与は他の職業とそれほどの違いはない。官僚が天下りに執着するのは、事務次官といえども月30万円以下の年金では生活ができないからである。世間では官僚の悪口を言うが、この年金では志があっても、やる気を削がれるであろう。それだけの評価だから、それだけの仕事となる。
資本主義社会は、欲望を満たすための競争で成り立っている。そしてこの社会の長所は競争による活力である。逆に短所は、無意味な競争による殺伐とした人間関係である。
現在の日本を健全な資本主義社会にするためには、健全な競争ルールとその適切な金銭的評価を行うことである。さらに身の程を知り、無意味な競争を避けることも重要。
最近の中国の経済と外交を考えると、国益という言葉の重要性を感じてしまう。
この国益を学ぶ意味で、歴史上の実例を挙げてみたい。
東洋の小国日本が巨大帝国ロシアに勝利した日露戦争は、日本の技術力や民族的優勢性などが勝因とされているが、帝国ロシアが反撃できずに敗退したのは、母国でロシア革命運動が激化したためで、このことが日本に勝利をもたらした。
ロシアとの戦争が避けられない状況になったとき、陸軍の明石元二郎大佐はロシアを撹乱すべくヨーロッパ各地で反帝国ロシア活動をおこなった。
レーニンなどに近づき工作費100万円(今の価値では400億円以上)をばら撒き、機密工作を行ったのである。明石元二郎大佐はロシアの情報を集め、ストライキ、サポタージュ、武力蜂起などを煽動して、帝国ロシアを足下から揺さぶった。この明石大佐のスパイ工作によって反帝国組織が強化され、ロシアに革命の気運が高まり、まさに戦わずして敵を屈服させた。
この明石元二郎大佐と逆のことが、第二次世界大戦で起きている。アメリカは日本の真珠湾攻撃を宣戦布告なしの奇襲攻撃と非難し、日本との戦争を「リメンバー・パールハーバー」の言葉で、国民の団結をはかった。しかしこの奇襲攻撃は、実際には在米日本大使館の単なる怠慢によるものであった。
日本政府は外務省に対しアメリカに宣戦布告をするように指示、外務省はアメリカの日本大使館に宣戦布告を伝えるように電報を打った。しかし開戦前夜、日本大使館では転勤する寺崎書記官の送別会が開かれ、大使館員は届けられた電文の暗号解読を忘れ、タイプ打ちを怠り、野村駐米大使がアメリカに宣戦布告を通知したのは真珠湾攻撃の30分後になってしまった。
そのため日本は卑怯な国とされ、アメリカは無差別爆撃や原爆投下に躊躇しなかった。この日本大使館の歴史的大失態が「日本を騙し討ちのずるい国」というイメージを与えてしまった。この国賊的失態を犯した井口貞夫参事官と奥村勝蔵一等書記官は万死に値するが、戦後は相前後して外務事務次官になっている。
命をかけて日本の国益を守った明石元二郎大佐、パーティーで酔いつぶれ、日本国に泥を塗りながら出世した外務省官僚、現在の日本を考えると、日本の上層部の多くは後者に属するのではないだろうか。
政治家は国益を守ることよりも、目先の利益と人気取りばかりである。また官僚は国益よりも省益を守ることに熱心である。
政府は社会保障と税の一体改革で消費税を10%にしようとしているが、年金を補うためには消費税を12.1%にしなければいけないとことを隠していた。つまり社会保障に医療、介護を含めなくても、年金だけで消費税12.1%が必要なのである。
さらに1000兆円の国の借金は、今回の消費税の議論に含まれていない。1000兆円をどのように返すのか。
消費税1%は2.5兆円に相当する。つまり1000兆円の借金を消費税で返すには、消費税1%で400年、消費税10%で40年かかることになる、このような単純計算を、なぜかマスコミは黙っている。
官僚は解読不可能な法案を作り、結局は自分たちが得をするシステムを作っている。国益をそこなう法案であっても、法案ゆえに罪に問われない。マスコミは「失言」の低能大臣ばかりを攻め、日本を沈没させるような巨悪については無言のままである。
世界の大きな流れの中で、日本の外交や政策は外圧依存、米国追随、対症療法ばかりで、我が国には国益を中心とした戦略がない。「日本国民を幸せにできるかどうか」、日本の政策や外交が、この国民幸福度で国益を考えるべきであるが、各省庁の考えはバラバラで長期的戦略がない。
資源のない日本は技術立国、商業立国で生き延びるしかない。そしてこの日本の技術力や経済力が、世界の安定と平和に役立つという考えと気概が必要である。世界という共同体の中で、他国との利害を一致させれば、日本の国益は他国の不利益となるものではない。
戦争の根本的原因は貧困である。国際的な視野を持ち、他国との利害を調節し、日本の国益が他国の利益をもたらすような政策が必要である。
国益は日本の利益と誤解されやすいが、国益が上がれば国民は豊かになり、国益が下がれば国民は貧乏になる。そして国民が貧乏になれば、またあの妙な空気が日本を覆い、あの悲惨な戦争に移行するとも限らない。
戦前の日本は天皇を頂点とした権威主義の社会であった。この権威の神通力が時代とともに低下し、教師、父親、警察官、官僚、政治家、教授、医師、これら権威の下に安住していた者は、その社会的地位を落とすことになった。
これは人間を平等とする戦後民主主義が望んだ結果であるが、人々が理想としていた権威なき時代は迷路に入り込み、その本質を見失おうとしている。
権威を嫌う人たちは、権威に付随する不当な服従や強制力を嫌う自由主義者であるが、権威主義は必ずしも悪い面ばかりではなかった。
学校では教師が絶対的であり、イジメや校内暴力などの問題は生じなかった。家庭では父親が絶対であり、もめ事は父親のカミナリで即座に解決した。警察官はサーベルをぶら下げ、オイコラと言えば誰もが従うしかなかった。大学の教授や医師は、偉そうにしていれば周囲は偉いものと思い、逆う意志を持たなかった。つまり権威によって見かけ上秩序が保たれていたのである。このように権威には社会の秩序維持という利点が備えられていた。
権威が崩壊したのは、政治体制が変化したためではない。世の中の大多数の大衆がそれを望んだからである。
マスコミは、一般大衆のこの欲求をいち早く商売に利用した。権威者を笑い者にするテレビ番組を作り、視聴率を上げ、週刊誌は権威者のスキャンダルを流し売り上げをのばした。そして権威者を一般庶民のレベルに引き下げることに成功した。
本来これに反発すべき権威者は自らの権威を捨てさることを民主的と思い、世間に迎合した。また政府は平等こそが民主的と錯覚し、権威者のやる気を奪った。そして、権威を嫌う女性の地位向上が、これらに拍車をかけ、世の中から権威を追放することになった。つまり権威の崩壊は時代の流れだったのである。
しかし権威を追放した結果どうなったであろうか。自分を最も大切とする自己中心主義者、自分を最も偉いとする自己権威主義者、早い話がわがまま人間を量産することになった。
彼らは他人や社会のことは頭になく、頭にあるのは自分のことばかりである。そして自分のために社会があると考え、利己主義が社会を蝕むことになった。さらに何でも反対、何でも批判することに快楽を憶えてしまった少数派は、多数派に反対することに存在感を見いだし、世の中を混乱させた。
もちろん彼らは少数派であるが、少数派は声高に勢いを増し、大多数の良民を駆逐したのである。その結果、子供は善悪の判断を失い、学校は無法地帯となった。若者は路上に座り込み、注意できる状態ではない。拝金主義に犯された大人の興味は、利益の追求ばかりで品性のかけらもない。
世の中には暴力漫画と女性の裸体ばかりがあふれ、それを生活の糧とするマスコミに自浄作用はない。劇画的犯罪が増え、大多数の良民は右往左往するばかりで、解決策を見いだせないでいる。良民は社会の片隅に追いやられ息をひそめることになった。
権威の崩壊そのものが治安を悪化させたのではない。世の中の荒廃は権威に付随していた儒教的精神や道徳心までも追放してしまったことによる。また何でも反対する少数派が権威を持ってしまったからである。これは権威の崩壊を願った大衆の二次的人災といえる。
そもそも大衆が望んだのは、中世ヨーロッパの教会や国王、江戸時代の悪代官、明治以降の軍国主義、そして太平洋戦争、これらがイメージする権威の打倒だった。
戦後これらの悪夢が消え去った後も、悪夢にうなされた民衆は、権威と名のつくすべてのものに悪のレッテルを貼ったのである。そして行き過ぎた権威の否定により、物事の道理を教える者までも追放したのである。権威の無い者に従う者はいない。また権威を与えられない者にやる気の起きるはずはない。
身近な権威を失い、家庭では子供のしつけを忘れ、教師は子供にこびを売り子供を悪くした。もともと人間には、尊卑の差はないが、人間の尊卑を教えなかったので皆が卑しくなった。
最近になって、多くの良民たちは自分たちが望んでいた権威の崩壊が、迷路の中で途方に暮れていることに気づき始めている。それは権威の対象を間違えたこと、権威に付随した道徳心を失なったこと、そして権威打倒を叫ぶ者が権威化したためである。
動物の群社会にボスが存在するのは、自分たちの群の秩序維持と外敵からの攻撃に都合が良いからである。人間社会はボスを追放し、平等社会を目指したが、個人個人が自己権威主義者となり秩序を失った。
個人の自由が無秩序にぶつかり合い、声の大きい者、乱暴者の自由が大多数の良民の自由を圧迫したのである。
このままであれば人間社会はサル社会以下となる。そうさせないためには、権威化した少数派の権威を打倒し、多数派の良民の良識を尊重することである。そして人間としての品性を取り戻し、次世代の子供たちを正しく育てることである。
回転式弾倉のピストルに一発の弾丸を込め、弾倉を回転させて自分の頭に向けて引き金をひく。この生死を賭けた遊びをロシアン・ルーレットという。生きるか死ぬかは運しだい、運が良ければ自慢話、悪ければ死ぬ。
私たちの周囲をみれば、不慮の事故やギャンブルなども、ロシアン・ルーレット同様である。では病気はどうかというと、病気もまたロシアン・ルーレットのごとくである。
かつて生死が日常的であった時代、人々は病気を人知の及ばぬ運命と考え、病気に対する諦めは早かった。しかし現在の人々は、病気を運命とは考えず、理屈で納得できるものと誤解している。そのため病気の告知を受けた時、患者は病気の現実を受け入れられず、戸惑いとやり場のない憤りをみせることが多い。
昨日まで元気だったのになぜ病気になったのか、患者は病魔の現実を受け入れられず、「病気は何々のせい」と他者に転嫁したい気持ちになる。
煙草を吸えば肺癌、食べ過ぎれば糖尿病、酒を飲めば肝臓病。このように原因があって病気が生じるものと思い込んでいる。病気のすべてが理屈で説明できると思っているので、病気になると納得できない気持ちになる。
伝染病が猛威を振るっていた時代、伝染病の原因である微生物の発見が人類に大きな貢献をもたらした。そしてワクチンの開発、抗生剤の発見、環境衛生の改善により伝染病の脅威が激減した。このことは近代医学の輝かしい勝利だったが、あまりに伝染病の克服が劇的だったことから、癌を始めとした他の病気も予防可能、克服可能との幻想を持ってしまったのである。
この思い上がった幻想により予防医学がこれからの医学と期待され、また過剰にもてはやされている。
しかし疾患を予防することは、人間が考えるほど、言葉で言うほど容易なことではない。感染症における微生物というような、病気とその原因が直接結びつく図式は少なく、多くの病気の原因は不明のままだからである。にもかかわらず、すべての病気が解明されているような雰囲気に包まれ、人々は病気に対する間違った概念を持つようになった。
喫煙と肺癌の関係を例に、病気の危険因子について説明を加えよう。現在、喫煙は肺癌の原因として常識であるが、かつてはそうではなかった。昭和29年に米国対癌協会が50歳から70歳までの喫煙者の死亡率が非喫煙者より75%高いと報告したのが始まりである。この報告は大規模疫学調査の結果であるが、これが公表されるまでは喫煙が癌の危険因子とは誰も予想していなかった。人種、職業、嗜好、離婚歴、性生活など様々な因子が分析され、癌の危険因子として喫煙が浮上したのである。初めから喫煙を癌の危険因子と決めつけて調べたのではない。
このように喫煙と肺ガンとの因果関係は大規模調査によってやっと有意差がでる程度の違いにすぎない。喫煙の危険率は約7倍であるが、7倍の危険因子といえども実際には目に見えない程度の違いなのである。
事実、昭和32年10月、米国対癌協会の報告を受けた財団法人癌研究会(癌研)は喫煙と肺ガンの関連性を希薄であると発表している。昭和45年になり、国立がんセンターの平山雄が喫煙者の肺癌死亡率は非喫煙者の7倍と発表したが、それまでは両者の関連性はさほど意識されていなかった。
肺癌を始めとした多くの疾患について危険因子が調べられ、病気は予防するもの、予防できるものとの認識が強くなっている。
しかし実際には予防は簡単ではない。それは危険因子といえども、その関与がわずかであること、さらに年齢という巨大な危険因子が人間に内在しているからである。現在、日本人の三大死因は癌、心臓病、脳血管障害であるが、癌は遺伝子の老化によって、心臓病、脳血管障害は血管の老化によって生じる。このように病気の大部分には加齢が関与している。そして加齢は運命なので、いかに病気から逃れようとしても無理である。「成人病の予防には年をとらないこと」というパラドックスに捕らわれてしまう。
病気の原因を究明することは大切であるが、医学の進歩は病気を運命と理解しない心情を人々にもたらし、諦めの気持ちが希薄になり、患者は病気を不運ととらえず、それを治せない医療機関との出会いを不運とする傾向がみられる。このように都合の悪いことを置き換える心理が、医療不信のひとつになっている。
病魔に襲われるのはロシアン・ルーレット同様、運である。さまざまな病気の危険因子は弾倉と弾丸のわずかな設定の違いにすぎない。
病気は、年齢とともに空の弾倉が少なくなり、大半は80歳を過ぎると、運命の引き金を引いてしまうロシアン・ルーレットなのである。
生を受けてから死を迎えるまで、回遊魚であるマグロは休む暇もなく泳ぎ続ける。そのスピードは最高160km/h に達するとされているが、彼らは好きで泳いでいるのではない。泳ぎをやめれば、口への海流が途絶え、エラ呼吸が停止するからである。呼吸をするために、生きるために泳ぎ続ける。マグロはこのような運命を背負っている。
水族館へ行けば、ドーナツ型の巨大な水槽にマグロを泳がせ、それを観察させるのが流行らしい。しかし、泳ぎ続けるマグロを見ると、神が与えた運命とはいえ「生きとし生ける物」の哀れを感じてしまう。そして水槽の中に、追われるように走り続ける「現代人の姿」を見る気分になる。
日本が高度経済成長を遂げて以来、誰もが右肩上がりを信じ、経済成長が鈍化してもマイナス成長などは夢想だにしなかった。前年と同じ経済規模をゼロ成長というが、人々はゼロ成長に驚きマイナスを恐れた。
しかし、なぜ経済成長がプラスでなければいけないのか、なぜ人々はマイナスを恐れるのか。それは資本主義社会においては、マイナス成長は死を意識させるからである。他人と自分、他社と自社、他国と自国、資本主義社会は常に他との競争で、自分の成長が止まれば相手が優位になる。このことを個人にも、会社にも、国家にも当てはめているからである。負けないために走り続ける。そのため皆が皆、マグロのごとく何かに怯えながら走り続けることになる。
マグロは死ぬまで泳ぎ続けるが、それは神から与えられた運命に従い、何万年も同じ生活を繰り返しているにすぎない。しかし人間は、神の意志に逆らいながら走り続けているように思える。かつて穏やかな日々を送っていたのに、産業社会から情報化時代へと変わったこの半世紀の間に、人々は走り続ける運命を背負うことになった。
このことは経済だけではない。科学技術においても同様である。目まぐるしい科学技術の進歩は、余裕もなく後ろから急き立てる。コンピュータは半年ごとに新製品の登場となるが、買い換えても以前ほどの感動はない。使い慣れたソフトや周辺機器は使えなくなり、金だけが消えてゆく。コンピュータの進歩を恨み、科学技術の進歩が止まればと思う。しかし進歩もまた競争、決して立ち止まることはない。
医学も科学の一部だから同様にせわしない。新たなクスリ、最新の検査と追い立てられる。平均寿命の推移をみれば、新たなクスリや検査が人類に多少の貢献はしているのだろうが、どのクスリや検査がどれだけ貢献しているのかは不明である。この疑問に対し、考える時間もなく、医師は最新の医学を求め走り続けることになる。
医療概念についても変化が激しい。ヒポクラテスの影は消え、医は厚労省主導の算術となっている。また医療は医師主導から患者主導へと変わり、インフォームドコンセント、自己決定権が常識となった。20年前には想像もしなかった変化である。
私たちは良いモノを求め、快適を求めながら、息を切らして走っている。便利さを求め不快な走りを続けている。生活を良くしているのか悪くしているのか、正しいのか間違っているのか。走ることに疑問を持っても、進歩に歪みがあっても、この大きな流れを止めることはできない。
生を受け、成長し、結婚して子供を作り、老化を経て死を迎える。このような人生の中で、全員が全員とも、何に急き立てられて、何処に向かって走り続けるのだろうか。
ネズミの大群が海に向かって走り出す集団自殺の話を思い出す。そして私たちがあのネズミの大群でないことを祈りたくなる。
マグロだけでなく、魚にはそれぞれの運命がある。コイのように200年の寿命を誇る魚もいれば、プランクトンのまま数日で生命を終える魚もいる。太陽を知らず深海で生涯を送る魚もいれば、太陽の下を飛び跳ねるトビウオもいる。のんびりと大海の中で昼寝を決め込むマンボウもいれば、釣り堀で釣り上げられるのを待つだけの魚もいる。
一生に一度の産卵のために川を上り、産卵後に死を迎えるサケのような魚もいる。産卵のために精魂を燃えつくすサケの姿は壮絶、かつ悲壮である。子孫を残すことだけが人生ではないだろうが、サケのような生涯が最も生物らしいとも思える。
世間の流れに漂うことも、流れに逆らうことも、新たに流れを作ることも、私たちは可能である。道徳的、享楽的、刹那的、せわしない人生、のんびりとした人生、どのような人生も可能である。マグロ、マンボウ、トビウオ、サケ、果たしてどのような人生が良いのだろうか。
たとえマグロのような人生であったとしても、食物連鎖を免れている人間は幸せである。しかしどのような人生を選択したとしても、病気、老化、死を知る人間は、それを知らない魚に比べれば、より不幸ともいえる。
いずれにせよ時空という大海の流れの中で、人間はメダカのように儚い存在である。