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東ヨーロッパから中国までを制覇した元の皇帝「フビライ・ハーン」が、次に日本を侵略しようとしたのが、いわゆる元寇である。1回目が文永の役(1274)で、3万人の兵を乗せた900の船が日本を襲い、対馬、壱岐、博多の住民のほとんどが殺された。鉄砲や手榴弾を持ち、元の弓は日本の2倍の射程距離で、矢には毒がぬってあった。元軍は集団戦術で暴れ回ったが、夕方になって船に引き上げると、深夜に暴風がおき、博多湾から船は消えていた。
その翌年,5人の使者が日本に降伏を求めてきたが、鎌倉の「龍ノ口」で処刑され,この事実を知らない元は、さらに5人の使者を送ってきたが、その使者も太宰府で斬首された。
これに怒った元軍は、14万人の兵を4400艘の船に乗せ再度侵略しようとしたが、1281年7月1日夜,台風が九州をおそい、海は船の残骸と無数の遺体でうめつくされた(文永の役)。
元寇で「神風が常に日本を守ってくれる」とする考えが定着したが、この神風は元寇だけではなかった。
1853年、浦賀沖に来航した四隻のペリー艦隊が、明治維新のきっかけをつくった。アメリカの目的は日本の植民地化であったが、1861年に南北戦争が勃発し、それどころではなくなった。戊辰戦争が始まったのは南北戦争から2年半後のことである。(第2の神風)
日露戦争で、東洋のサルが軍事大国ロシアに勝利し、ロシアの脅威に怯える国々を熱狂させた。ロシアにはまだ日本と戦える余力があった。余力があったのに日本と講和したのは、民衆の生活苦から血の日曜日事件、戦艦ポチョムキンの叛乱などが誘発され、ロシア革命が起きたからである。(第3の神風)
太平洋戦争が終結し、日本経済は再起不能とされたが、朝鮮戦争(昭和25−30年)が日本経済を奇跡的に押し上げ、ベトナム戦争(昭和35−50年)がその景気を持続させた。(第4の神風)
では今後、日本に神風は吹くだろうか。多分、情報戦略、外交戦略を知らない日本には、内部崩壊の風は吹いても、神風は吹かないであろう。
もともと神風は偶然の産物なのだから、神風に期待してはいけないのである。しかし、神風に期待しなくても暗くなることはない。日本には天皇陛下もいらしゃれば、仏さんもいる。楽しそうに騒いでいれば、岩戸に隠れた天照大神が顔をだし、日本をパーと明るくしてくれるだろう。
外を歩けば、八百万の神が、そよ風になって「いつも君たちを守っているよ」ってささやいて下さっているじゃないか。何が起きても、国際的にほされても「ええじゃないか、ええじゃないか」で吹き飛ばせばよい。