心中という言葉は「この世で結ばれない相愛の男女が、あの世で一緒になるために死ぬ」ことで、近松門左衛門の曽根崎心中、浮世草子の心中大鑑、落語の品川心中などが知られている。
事件としては、昭和32年の天城山心中が有名である。学習院大学国文科2年生の大久保武道(20歳)と、同級生の愛新覚羅慧生(19歳)が身分の違いを超えて天城山中の百日紅(さるすべり)の木の下で心中を遂げた。慧生は清最後の皇帝(満州国皇帝)愛新覚羅溥儀の弟の長女であった。
慧生が大久保の腕を枕にして、2人並んで横たわって死んでいたのだった。大久保は右手に拳銃を握り、慧生と自分の頭を撃ち抜いたのである。身分の違いを超えた恋、まさに「死んでも寄り添うふたり」と報道された。
いっぽう、何度か心中事件を起こした太宰治は「人間は恋と革命のために生まれてきた」と書いているが、太宰治に限ってその動機はウソであろう。芥川龍之介と同じ、「将来に対するぼんやりとした不安」が動機であり、心中は単なる演出だったと思える。自分勝手な太宰治が、女性に「死んで一緒になろう」などとは想像できないからである。
いづれにしても、心中は「天国に結ぶ恋」を意味しているが、現代用語としては無理心中、一家心中など、醜く身勝手な用語として使われている。たとえ事件に恋愛が絡んでいても、ふられた恨みによる怨恨殺人、ストーカーによる妄想殺人、金銭目的の保険金殺人などで、「死んでも一緒」という純愛心中は、恋愛観の消失とともに死語になった。
ついでに言うならば、あのアンルイスの「六本木心中」の歌詞、「ちょっと場末のシネマしてるね」、「あなた売れないジゴロみたいね」と歌詞そのものが分裂していて、まさに統合失調症。この「六本木心中」以降、日本そのものが統合失調症に冒されていて、快復の見込みなし。
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与謝野晶子
「柔肌の 熱き血汐に 触れも見で 寂しからずや 道を説く君」
白いやわらかな肌の下に疼く、あなたを慕う熱い血潮、そんな肌に触れないで、帯を解かずに寂しくないの。たとえ難しい道理を論じても、意味のないことなのに。
この短歌で、与謝野晶子の燃えるような激しく恋心を謳い上げている。
このが刊行され、与謝野晶子と鉄幹は駆け落ちして、結婚している。与謝野晶子は怖しいほどの情念で鉄幹に恋し、この「みだれ髪」でそれをストレートに表現している。
封建的な明治時代に、女性の自我、性、愛を与謝野晶子は情熱的に表現している。「みだれ髪」は歌壇から批判されたが、民衆から熱狂的支持を受けた。
なお「みだれ髪」には次の短歌が含まれている。
「みだれ髪を 京の島田にかへし朝 ふしていませの君ゆりおこす」
朝起きたばかりの、みだれた髪を、綺麗に結いなおして、寝ているあなたを揺り起こす。
「春みじかし 何に不滅の 命ぞと ちからある乳を手にさぐらせぬ」
春は短く、世に滅びぬ命はないように、若い女性にも限りがある。弾ける若い乳房にあなたの手を導く。
「罪おほき男こらせと肌きよく黒髪ながくつくられし我れ」
世の罪多き男たちを懲らしめる為に、私の肌も髪も美しく作られた。
(若者の恋愛論に疑問があったので、比較文化論として、与謝野晶子を調べてみた。その結果、現在の恋愛論は死語、あるいは変質していることが分かる)
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この不況時に儲かっているのは製薬会社ぐらいである。学会のランチョンセミナーに並ぶ医師は乞食のようで、高級な背広を着たMR(医薬情報担当者)が腰を低くして整列させている。日本のMRは約6万人で、給料と手当てはサラリーマンの中では最高レベル。労働時間は医師の半分にも満たないであろう。42歳時のMRの年収はエーザイが1112万円、武田薬品が1047万円で、年間6000億円がMRの給与となる。平均年収は医師と同じぐらいであるが、退職金は医師の3から4倍である。まさに江戸時代の貧乏武士と商人である。MRがうらやましい。生まれ変われたら、次はMRになろう。
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世の中、嫌なことばかり続いているので、まずは世のsatan退治の手始めにサンタになって、妻のsatanさんにクリスマスプレゼントを買うことにした。
送るプレゼントのイメージは、映画ゴッドファザーの、「朝、起きたらベッドの中に馬の首が置いてある」、あの衝撃的シーンの再現であった。
しかし無骨な私には、どのような物を買えばよいのか、皆目見当がつかず、クリスマスキャロルの連想からキャロル(下着)も考えたが、私のトレーナを常に愛用している妻に、高級下着は似合わない。さんざん迷ったあげく、マフラーを買うことにした。
そしてデパートの店員さんに、「この封書を同封してください」とお願いした。封書には「メリークリスマス、このジャンボ宝くじは、100万円の当選券です。ご自由にお使い下さい」と書いておいた。ウキウキした気分で、真っ赤なリボンで結ばれた袋を、こっそり家に持ち帰った。
クリスマスの朝、妻の様子にこれといった変化は見られなかった。夕方、買い物から帰ってきた妻は、「あなたの欲しがっていた、銀のフルートを買ってきたわ」と言った。「えぇ? あの当選券は妻を驚かせるためのウソだったのに」、でも何も言えず、気がつくと、妻の前でアベマリアを吹いていた。
しばらくして、娘が「男の人って浮気をすると、急にやさしくなってプレゼントするんだって、パパもそうなの」と訊いてきた。不意を突かれ、黙っていると、「でも、良かったじゃない。いつも仕事ばっかりで、この前ママったら、「クリスマプレゼントは新しいパパがいいな」って言ってたのよ。でも、それも、当分なしか、つまんない」。
くそ、父親をからかいやがって、しかし、最近までクリスマスを「キリストの結婚記念日」と思い込んでいた、あのアホ娘も大人になったものである。
ああ、santaとsatan、混乱してきたが、とりあえず乾杯、ではなくメリークリスマス。
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私の音楽史を振り返れば、レコード、カセットテープ、CD、そしてYutubeと、ずいぶん世の中変わったものである。
ここで面白い実験をしてみた。Yutubeで「リストの愛の夢第3番」を検索すると、フジコヘミング、辻井信行、キーシンなどが同曲を弾くのを聴くことができる。そこで、誰の演奏が最も心を打つのかを試してみた。その結果は、家族4人そろって、第1位はキーシンだった。同じ楽譜をなぞるだけなのに、ピアノは単なる打楽器なのに、世が天才と呼ぶピアニストにも、ずば抜けた者がいるのである。これが音楽の奥の深さであろう。
次に自室に戻り、ショパンの舟歌、チャイコフスキーの舟歌、ボルガの舟歌、八代亜紀の舟歌を聴いてみた。優雅なリズムのショパンの舟歌、感傷的で美しいメロディのチャイコフスキーの舟歌、力強いボルガの舟歌、どれもすばらしいが、八代亜紀の舟歌が最も心を和ませてくれた。なぜなのだろうか、それは心にしみる歌詞、物悲しい曲が自分の心にフィットしていたからであろう。
日本の演歌も捨てたものではないが、しかし「津軽海峡冬景色」以降、日本の演歌は消え去ったような気がする。物欲が心の機微を消し、法が情を追い出し、幸福の追求が不幸を導いたのではないだろうか。
しかし、もしそうならば、なにも嘆くことはない。その解決策は意外に簡単である。物欲を捨て、幸不幸を論ぜず、自分の心に忠実であればよい。日本人全員が「世の中を洗濯する」などと評論家ぶらずに、まずは「自分の心を洗濯」することであろう。
舟歌
歌詞 阿久悠、作曲 浜圭介
お酒はぬるめの 燗がいい
肴はあぶった イカでいい
女は無口な ひとがいい
灯りはぼんやり 灯りゃいい
しみじみ飲めば しみじみと
想い出だけが 行き過ぎる
涙がポロリと こぼれたら
歌いだすのさ 舟唄を
沖の鴎に深酒させてヨ
いとしあの娘とヨ
朝寝する ダンチョネ
店には飾りが ないがいい
窓から港が 見えりゃいい
はやりの歌など なくていい
時々霧笛が 鳴ればいい
ほろほろ飲めば ほろほろと
心がすすり 泣いている
あの頃あの娘を 思ったら
歌いだすのさ 舟唄を
ぽつぽつ飲めば ぽつぽつと
未練が胸に 舞い戻る
夜ふけてさびしく なったなら
歌いだすのさ 舟唄を
人生は楽しいこと、苦しいこと様々であるが、この歌詞は大人の悲哀、人生そのものを表現している。その意味では、小林一茶、石川啄木を超えている。美的なものは心を美的にする。
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病院の忘年会で、来春退職予定の院長の隣のみが空席だったので、院長の隣に座ってしまった。院長は、東日本震災時の政府の対応、若い医師の礼儀 を知らないこと、患者のとんでもない権利意識、などをさんざん愚痴を言いながら怒っていた。院長は私に「世の中狂っているよね」と相づちを求めてきたの で、「病院だって狂っていますよ。管理職の院長や副院長の給料が、時間外のつく医長より安いんですから。もし給料で人物を評価するならば、院長は私以下で すよ」、「研修医は高い給料をもらって、私たちより早く帰るのですから、彼らに人間性を求めても無理です」、「彼らを甘やかした私たちの世代の責任でしょ う」と言い返した。すると院長はしょんぼりとしてしまった。そして「来春からどうすれば良いのかわからない、何もやることがない」と本音をもらした。
私は即座に、「院長、恋をしなさい。ピカソは80歳で再婚、ゲーテは80歳のとき17歳の娘に熱烈な恋をしたんです。(ゲーテはその後失恋する も「マ リーエンバート悲歌」の詩を書いている)」、「目をつぶれば、青年に戻れます。目を開けても、青年の気持ちになれます。純粋なものを純粋に、美的なものを 美的に捉えることができるのです」。
私が言いたかったのは、「芸術を若い気持ちで求めなさい」であったが、院長はそれまでのくすんでいた顔を急に輝か せた。宴会の〆の言葉を求められた院長は「来年は恋をします」と皆の前で言って、忘年会はお開きとなった。
忘年会は「今年のことを忘れるのではなく、 自分の年齢を忘れ、純な気持ちで何かを求めること」と定義している私は、毎日が忘年会であるが、しかし院長の〆の言葉には驚いてしまった。
家に帰って、このことを妻に話すと、では「私たちも、恋人のような甘い言葉で喋りましょう」と提案してきた。困った私は「いや、もっと若く、幼児語で喋ろう」と提案。恋人会話2分、幼児会話3分でやっと難から逃れることができた。
恋愛は盲目というが、こんな醜い世の中を見るよりも、むしろ盲目のままのほうがよい。
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私たちは何のために生きるのか。「病院のため、患者のため、人々の平和のため」これらは試験では模範解答であろうがウソである。「欲望のため」この答えは正直で、そのように思い込めれば、それもよいだろう。しかし好きにはなれない。「愛する人のため」これは正しいが、愛する人が死んだら、何のために生きているのか分からなくなる。
これまで哲学者は「人間の生きる意味」を求め、もっともらしく答えてきた。また宗教家は「神を信じなさい」と一方的に洗脳してきた。人間の生きる意味について、作家三島由紀夫は「かつての人たちは、生きるための大義があったから幸せだった。日本のため、天皇陛下のため、家族のために命を捨てられたから幸せだった。しかし、今の人たちは生きるための大儀がないから不幸である」と述べている。
この三島由紀夫の言葉を聴いた陶芸家の加藤唐九郎は「それは違う、人間には芸術がある。自己を救ってくれるのは芸術へのひたむきな努力であり、芸術に生きることこそが幸せである」と反論した。
私は加藤唐九郎のこの言葉こそ、真を得ていると思う。芸術を「絵画や音楽」だけではなく、「研究や分筆、仕事や遊び」に言い換えても、生きるためには一途な気持ちが大切である。恋愛であっても一途ならば、金儲けであってもそれが生き甲斐ならば、加藤唐九郎の言葉と同じ意味になる。つまり「自分が美、真理、目標と思うものに近づこうとする生き方」が人生を豊かにするのではないだろうか。
振り返って、今の日本を眺めれば、政治家も、経済界も、行政も、すべて醜い保身病に冒されている。日本を救いたいと多くの人たちが願っても、声なき多数の声は少数のクレイマーにかき消され、「東日本を助けよう」と言いながら、京都の大文字焼きでは震災地の薪を拒否する愚行となった。政治家は美辞麗句を並べるだけで、茶番劇以下の詐欺師である。産官民の構造は越後屋とお代官様の構図と変わらず、マスコミは私たちの不満や怒りを利益のために利用している。そして私たちは、愚痴を言いながら、ため息をつき、諦めの気持ちになっている。
ところで日本初のノーベル賞を受賞したのは湯川秀樹であるが、湯川秀樹を指導したのは東大物理学教授長岡半太郎である。その長岡半太郎は研究に没頭するあまり、日露戦争を知らずにいたことで有名である。
明治維新の、高杉晋作の辞世の句は「おもしろきこともなき世をおもしろく」、29歳で処刑された吉田松陰は「世俗の意見に惑わされず、人と異なることを恐れず、死んだ後の業苦を思い煩うな」と述べている。
加藤唐九郎の陶芸美への執着心、長岡半太郎の研究への姿勢、そして勤王の志士たちの気持ち。私たちのも邪念を捨て、しがらみを捨て、携帯を捨て、彼らのような一途な気持ちを持つことが大切であろう。生きる意味など考えなくても、自分に正直な気持ちが自分を救い、心を磨いてくれるであろう。
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医学が高度化し、患者の高齢化などが、医師不足や医師の過重労働問題を引き起こしている。さらに医療が複雑化していることから、看護師の役割を広げ、医師と連携して治療にあたる「チーム医療」が日本の医療の流れになっている。
厚生労働省はこの時流に乗り、医師の負担を減らし、質の高い医療を患者に提供するため、「特定看護師」を導入しようとしているが、その導入の美名の裏には大きな問題が隠れている。
1 法律的に看護師は医師の補助役であり、同様に「特定看護師」が医師の指示の下であったとても、特定看護師が行う医療行為の範囲がまだ決められていな。たとえ医療行為が決められたとしても、医療行為が拡大解釈される可能性がある。さらに法律で医療行為を規定することは、現在の看護師が行っている医療行為を限定することになる。特定看護師に許される「特定行為」を規定すれば、これまでグ レーゾーン(予防注射など)だった看護師の業務範囲を制限することになる。つまり特定看護師のいない医療機関では看護師が「特定行為」を実施できなくなり、医師の負担が増えることになる。このように「特定看護師」は医師不足の解決につながらない可能性がある。
2 特定看護師になるには5年以上の実務経験。1~2年程度の研修を受け国家試験に合格した者と想定されている。しかし看護師には(医師も同様であるが)実務、研修、国家試験で決められない看護力、人間性に差がある。看護にとって最も大切なのは患者を包み込む気持ちであるが、それは実務、研修、試験では判定できないものである。米国では検査や診断、薬の処方を行うナース・プラクティショナー、診療看護師が普及しているが、この資格を得るには大学院におけるプログラムや医療実務をへて厳しい国家試験に合格しなければいけない。つまり日本の特定看護師制度は認定が簡単すぎ、また医療文化の違う米国の制度を日本に当てはめるのは間違いで、国民が許さないであろう。
3 特定看護師は特定行為しか行わない可能性がある。特定看護師と一般看護師の区別化が、特定看護師のプライドを生み、一般看護師を見下す可能性がある。これは助産婦をみれば分かることである。看護師は法律で、医師の指示の下「診療の補助」ができると定められている。しかしどこまでが「診療の補助」なのか明確ではない。むしろすべての看護師が同じ特定の医療行為をできるようにすべきである。
4 医師だけでなく病院の看護師不足も深刻な問題になっている。しかし看護師不足と医師不足が決定的に違うのは、看護師の資格を持っていながら働いていない潜在看護師が55万人いることである。潜在看護師が病院に戻れば看護師不足は解決するが、この不況下でも看護師は病院に戻らない。それは病院の看護師の仕事が辛いからであるが、看護師の世界はヒエラルキーが強く、うるさいだけの高齢看護師、うっとうしい上級看護師がいるので病院を辞める看護師が多くのである。つまり特定看護師を導入すれば、他の看護師が辞め、全体的に病院の看護師不足が加速することになる。これは准看護師の例をみれば容易に想像できる。
5 患者にとって最も良い治療や介護を行うのが医療人の任務であるが、生半可な知識を持つ「特定看護師」が、病気ばかりで患者を診ず、勝手な治療を行う可能性がある。「特定看護師」は、大分県立看護大学(大分)、国際医療福祉大学(栃木)、東北文化学園大学(宮城)など法制化を見据えて開設しているが、また大分県の佐伯中央病院では「特定看護師」という名札を付けた看護師が、心臓の超音波検査や胃ろうチューブの交換などをおこなっているが、これが全国レベルになれば、患者への安全性が損なわれるのは当然のことであろう。
6 特定看護師の「特定行為」は、「医師の大枠の指示さえあれば自主的な裁量」が許されるとなる可能性がある。たとえば在宅末期患者のモルヒネの投与、褥瘡による壊死部分の切除、単純X線撮影やMRIなど、何でもありの裁量が考えられる。もし時流として、特定看護師制度をつくるならば、「特定行為」を明確化し、その資格行使は病院長の認可制とし、病院長が特定看護師を解任できるようにすべきである。また医師の指示を明文化し、特定看護師に間違いがあれば、指示を出した医師、病院長が連座性で罰せられる制度にすべきである。
追加雑文1
看護師の役割を規定しているのは「保健師助産師看護師法」の37条で、 37条には「保健師、助産師、看護師又は准看護師は、主治の医師又は歯科医師の指示があった場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、医薬品について指示をその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない」とある。
つまり看護師は診療の補助をするのが仕事であるが、その業務の範囲が不明確なのである。看護師の「静脈注射」を例にあげれば、1951年に看護師が薬剤を間違い、注射した患者が死亡する事故が起きるまでは看護師の注射は許されていた。しかしその事件以降、看護師による静脈注射が禁じられることになった。ところが2002年「厚生労働省医政局長通知」により、看護師が薬剤注射を打てるようになった。
この例が示すように、看護師の医療行為の範囲が明確ではなく、さらに恐ろしいのは医療行為の範囲は法律ではなく「行政通知」によって簡単に変えられることである。
追加雑文2
看護協会と厚労省の恐ろし例を下記に示す。
お産難民と内診問題
平成20年、お産難民が問題になっているさなか、看護師の「内診」が大きな問題になりました。内診というと難しい技術と思いがちですが、膣に指を入れ、胎児の位置や子宮口の開きを確かめ、お産の進み具合をみる方法です。出産が迫ると数時間おきに内診が必要なため、医師は眠ることができなくなります。そのため産婦人科の病院や医院では看護師の内診が当たり前になっていました。
昭和23年に保健師助産師看護師法が制定されてから、看護師の内診は産婦人科では当たり前とされていました。しかし看護協会と助産師会が、「内診は助産師だけができる行為」と主張、厚生労働省の看護課長が、看護師の内診を禁ずる通達を出したのです。平成14年、平成16年と2度の厚生労働省の課長通達によって看護師の内診が違法行為となったのです。
横浜にある堀病院は年間出産数約3000人と国内有数の産科病院でした。平成18年11月、この堀病院が看護師に内診をさせたとして警察が家宅捜査に入ったのです。そして堀病院が生け贄になり、多くの産科医院が分娩を止めることになったのです。
多くの病院が産科医不足から産科を閉鎖しているのに、地域医療をささえていた産婦人科医院までも摘発を恐れ閉院が相次いだのです。現実的に、助産師を雇いたくても助産師の絶対数が足りないのに、通達により違法行為となったのです。お産難民の実情を知っていながら、厚労省は全ての産科診療所に通達を送りつけるという前代未聞の行動をとったのです。日本産婦人科医会、日本医師会は「医師の指示があれば、看護師の内診は助産行為にあたらない」と見解を述べましたが、通達はまだ撤回されていません。看護師の内診禁止は、看護師の業務範囲を縮小させることになりますが、看護協会、南野智恵子議員(元法務大臣)などの看護系国会議員、厚労省看護課が助産師の権益拡大を実現しようと通達を出したのです。
看護協会の活動の中心は看護職の地位向上であり、「看護師は医師の診療補助ではなく独立した専門職」という強い考えを持っています。たしかにかつての看護師の社会的地位を考えれば、地位向上のための活動は理解できますが、あまりに時代錯誤といえます。
助産師は医師の指図を受けずにお産ができるというエリート意識があるため、看護師が医師の手足となって内診していることに不満があったのです。患者にとっては助産師、准看護師、看護師の区別がつきませんが、助産師にとっては、それがけしからんということなのです。
看護師が内診を行ってはならないという法律や条文はありません。看護協会の顧問弁護士はその著書のなかで、看護師の内診は問題ないと書いてあります(看護婦と医療行為、その法解釈1997年)。看護師の地位の向上は医師の仕事を奪うことです。しかし日本看護協会には何を考えているのか、看護師の内診が禁止されれば産科医療が成り立たないことが常識なのに、国民の生命を守るべき厚労省が通達を出したのです。お産難民をつくった一因は日本看護協会、厚労省にあったといえます。
内診と同じような問題として、静脈注射についての通達があります。かつて「看護師が静脈注射をするのは保助看法違反である」という厚生省の通達がありました。もちろんそれを守ることは不可能で、最高裁判決でも「看護師が静脈注射は合法」とされました。しかし大学病院の看護師は、通達を盾に「静脈注射は医師の仕事である」として、絶対に注射はしませんでした。「看護師の本来の業務は看護であって、医者の手足として働いてはいけない」という考えでした。
この例から分かるように、通達ほど恐ろしいものはないのです。通達は法律ではなく、また国会の審議も必要としません。厚労官僚はこの通達という手段を握り、国民医療を鉛筆1本で操ることが可能なのです。この通達という巨大な権力が、日本の医療を細部にわたり支配し、医療を悪くしているのです。
なお平成19年2月、横浜地検は「堀病院の内診」を不起訴処分にしました。つまり看護師の内診に違法性がないことになっています。
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終末期医療
私たちは、生まれた瞬間から死を約束されている。生まれた瞬間から死刑宣告を受け、その執行を待っているようなものであるが、実際の死刑囚と違うのは、私たちはその事実から常に目をそむけ、死をタブー視していることある。
死を異質なものとして遠ざけ、たとえ死を考えても終末期医療の意思を明確にしていない。そのため死期がせまっても、本人の意思を知ることができず、本人が望む「安らかな死」が蘇生医療の進歩により「壮絶な死」になってしまうことが多い。
患者には「医療における自己決定権」があり、がんの告知、遺伝子診断、新薬治験への参加、臓器移植、カルテ開示などさまざまな分野で患者の自己決定権が尊重されている。もちろん終末期医療も自己決定権が優先されるべきであるが、多くの場合、本人の意思を知ることは出来ない。
かつて「畳の上で家族に看取られての大往生」が日常だった頃は、死は身所かで穏やかなものだった。しかし病院での死が通常になってから、死は非日常的で異質なものになった。そのため死期がせまっても死を実感せず、本人は最後の自己決定権を行使せず、また決定権を委ねられた家族も死を受け入れられずにいる。家族のかすかな期待が、悲惨な終末期、本人の尊厳を軽視することになるが、それは無理からぬことである。死を身近に捉えられない者に、生死観や宗教観を持たない者に、また医療の進歩を知らない家族に、死を決めさせることは無理がある。たとえ家族が死を受け入れても、納得しない家族もいて一様ではない。
医師にとっても躊躇がある。蘇生が不可能とわかっていれば、多くの医師は自然な死を迎えさせたいと思っている。しかし終末期といえども蘇生で救命できる場合がある。その一方で、植物人間や脳死のままの場合もあり、一様ではない。患者の心情を思いやり、人間としての尊厳を尊重したくても、医療の中止や消極的医療に法的保護はなく、むしろ訴えられ、刑事罰を受ける可能性さえある。
終末期医療とは、治療が期待できず死が間近に迫っている期間の医療のことである。終末期医療を緩和ケアと定義すれば、それほどの問題はない。問題は、在宅や施設の老人が救急車で搬送された場合である。救急蘇生に時間的な余裕はなく、医師は瞬時の判断を迫られる。
意識のない患者の意思は分からず、終末期かどうかも分からず、家族も即座の判断が出来ず蘇生医療となる。緊急時、医師は医療行為をせずに死を迎えさせることはできない。気管内挿管、人工呼吸器、心マッサージ、強心剤と一連の蘇生を行ってしまう。
患者の苦痛を緩和すること、患者の希望を優先させることは医師として当然であるが、各患者の病態は終末期であっても多様であり、がんであっても生命を脅かすのは肺炎などの合併症である。
医療の進歩がもたらした長寿という恩恵が超高齢化社会を招き、生命の尊厳と延命医療、さらにはそこに医療費負担増が絡み合っている。また意識がない場合、呼吸が止まった場合、心臓が止まった場合、脳が活動しない場合、このように死の捉え方は人それぞれで、それらを蘇生医療が可逆的にしたことが、また老衰と病気の区別が明確でないことが混乱を招いている。
ここで、平成20年4月に施行された後期高齢者医療制度を思い出してみよう。後期高齢者医療制度は施行と同時に、連日のようにマスコミが騒ぎ、「老人を見殺しにするのか」、「姥捨て山法案」などの怒鳴り声が国中に響き渡った。政府は発足と同時に「長寿医療制度」と名称をかえたが、それが「名前で誤魔化すのか」と国民の反感をかった。このように後期高齢者医療制度は大きくつまずいたが、特に終末期相談支援料が批判の的になった。終末期相談とは「終末期における延命治療の有無を本人と相談して文章に残す」ことであるが、厚労省は世間の猛反発を受けこれを凍結した。
終末期相談支援料は「在宅での看取りを6割、病院での看取りを4割」を目標にした政策であったが、在宅での看取りを望む患者もいれば、家族にとっては肉体的負担や精神的不安がある。また一人暮らしも多く、年金が絡んだ「消えた高齢者」などの例があるほど家族は多様化している。
「患者の希望や尊厳を守る」という終末期相談支援料の理念は正しいにしても、そこには医療費削減の魂胆が見えていた。在宅死が病院死よりも医療費が安く、病院でも終末期治療を定額払いにすれば、病院は経営上の理由から治療をしなくなる。さらには終末期と宣告されれば緩和も治療も受けられない不安、終末期と判定する医師が報酬を得られることへの不信感があった。そのため終末期医療の国民的合意が得られず、尊厳死の具体化が遠のいてしまった。
しかし冷静に考えれば、終末期の定義を明確にしていれば、終末期相談支援は人間の尊厳を守る良い制度になるはずだった。癌の末期でも、食事ができなければ高カロリーの点滴、あるいは胃にチューブ(胃瘻)を入れることは通常おこなわれている。肺炎になれば抗生剤の投与は当然で、死期を早める考えは医師にはない。また患者さんの痛みを取るのは医師の常識である。
ではどうすればよいのか。若くして癌に冒されても、癌が不治とは言えない医療の進歩がある。また病院に入院している老人に、人工呼吸器や心臓マッサージの説明は、あまりに残酷すぎる。さらに認知症患者への説明と同意は本来無意味である。このように終末期の治療の選択は、本来ならば本人が元気なうちに決めておくべきであるが、多くは、他人に迷惑をかけずにぽっくりと逝きたいと願い、延命治療は無意味と思いながら、その意思を表明する前に意識を失うのである。
終末期医療に関してふたつの課題ある。ひとつは「終末期を迎えた患者さんの呼吸が止まった場合、人工呼吸器をつけるのか、心臓マッサージをするのか」である。人間が死ぬ場合は、テレビドラマのようにはいかない。数分前までしゃべっていたのに、スーッと死んでしまう。そうかと思えば、意識が消失しても、何日も、何週間も生き続ける患者もいる。人工呼吸器や心臓マッサージは、その場を乗り越えれば救命できる場合に行うもので、気管内挿管には相当の痛みを伴い、心臓マッサージは肋骨が折れるほどの力で行うが、その苦痛に見合うだけの利益が患者にあるかどうかである。
次に食事が出来ない認知症患者への対応がある。多くは胃ろう増設となるが、一般人でさえ胃ろうの存在を知らないのに、本人の意思とは無関係に増設されている。本人が元気なころはそれぞれが死生観、美意識をもっていたはずである。認知症といえども、胃ろうが肉体的死を決めるとしても、本人がそれを望んでいたかどうかである。
ここで参考になるのが、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という疾患である。ALSは重篤な筋力低下をきたし、発症後3年から5年で呼吸筋の麻痺をきたす。そのため人工呼吸器を必要とするが、それでも麻痺は進行し、眼球も動かせず、意識があっても、意思の疏通ができなくなる。この人工呼吸器を、本人の懇願から家族や医師が外せば殺人になるが、患者は人工呼吸器を最初からつけないという権利を持っている。人工呼吸器をつけないことは死を意味するが、装着を拒否することもできる。これこそが自己決定権である。
「願わくば 花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月の頃」、かつて西行法師が詠んだように、多くの人は安らかで美しい最後を願っている。もちろん死生観は人それぞれで、欧米では治療を受けない権利があり、オランダのように安楽死が合法化されている国もある。ここで必要なことは、各自が死を見つめ直し、自分が望む終末期医療を、意識を失う前に、認知症になる前に明記しておくことである。具体的には、終末期医療の内容を明確に定義し、本人への説明と納得の上で、保険証に本人の意思を明記しておくことである。保険証は毎年書き換えられるので、本人の意思の変化にも対応できるはずである。本人の意思にそった医療を、医師の合意のもとで決定するのがよい。
日本は法治国家であるが、終末期医療は法律になじまない。いっぽう日本の医療は、患者も医療側も、診療報酬で縛られている。このことを考えると、まず終末期によりよい緩和ケアが誰でも受けられる医療体制と診療報酬を構築すべきで、次ぎに終末期医療の自己決定権を国民に啓蒙し、それを本人に委ねることである。
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