スーさん
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2012/02 >>
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着コメント

新着トラックバック

< 東北大医学部腎症候性出血熱事件 | メイン | カレン裁判 >

六価クロム汚染事件(昭和50年)

 昭和48年3月,東京都は都営地下鉄をつくるために江東区大島九丁目を買い上げ掘り起こしたところ,大量のクロム鉱滓(こうさい)が埋められていたことが判明した.これが六価クロム汚染事件の発端になった.

 クロム鉱滓とはクロム鉱からメッキや皮なめしに使われる重クロム酸ソーダをつくる過程で生じた残りカスのことである.いわば産業廃棄物で,このクロム鉱滓には猛毒である六価クロムが含まれていた.投棄されていたクロム鉱滓は33万トンで,クロム鉱滓には環境基準の2万倍もの六価クロムが含まれていた.

 地下鉄工事のために東京都が買収したのは日本化学工業が所有していた土地で,大量に投棄されていたクロム鉱滓は日本化学工業が捨てたものと判明した.さらにクロム鉱滓が投棄されていたのは大島九丁目だけでなく,江東区の広範囲にわたって大量のクロム鉱滓が放棄されていた.日本化学工業が捨てたクロム鉱滓は52万トンに達していた.

 大正時代から江東区に立地していた日本化学工業は,戦後の景気に乗り生産量を伸ばしていった.そしてそれにともない産業廃棄物であるクロム鉱滓が急増し,工場敷地だけでなく江東区のいたるところにクロム鉱滓を投棄していた.クロム鉱滓を地面に敷くと地面が固くなることから,埋め立て地や造成地にも大量のクロム鉱滓がまかれていた.しかし毒性のあるクロム鉱滓をまいたことから,その土地は草もはえず,虫も生息しない荒れ地になった.投棄された場所の周辺では,風が吹くとクロム鉱滓の黄色い粉塵が舞い上がり,雨が降ると黄色い土砂混じりの汚水が溢れることになった.

 クロムは一価から六価までの化合物にわけることができ,その中で最も使用されていたのが三価クロムと六価クロムだった.三価クロムは緑色の顔料に使われ毒性は低いが,メッキに使用される六価クロムは毒性が高いことが知られていた.この六価クロムがクロム鉱滓に多く含まれていた.

 六価クロム汚染が社会問題になる以前から,六価クロムを扱うメッキ工場の従業員の間で健康被害が起きていた.また六価クロムが公害として問題になる前から,投棄されていた土地の周辺では,子供の皮膚炎が異常に多いことがわかっていた.子供たちはクロム鉱滓で汚染された土地で遊び育っていたからである.

 六価クロムは皮膚に付着するとアレルギー性皮膚炎をおこし,また霧状になった六価クロムの粉塵を吸うと鼻中隔穿孔を引き起こした.六価クロムは気化しやすいため,鼻の粘膜に炎症を起こし,徐々に鼻中隔潰瘍や鼻中隔穿孔を引き起した.鼻中隔穿孔とは左右の鼻を分けている鼻中隔に穴が開くことで,それは鼻輪を通した牛と同じになることである.クロムの蒸気や粉塵によって生じる鼻中隔穿孔は工員の間では以前から知られていた.また皮膚から骨膜に達した六価クロムは激痛をもたらし,末梢神経麻痺を生じさせた.さらに最も問題になったのは,クロムの長期間暴露により従業員に肺癌という職業病を発生させたことである.

 工場は六価クロムが身体に有害という教育をしていなかった.むしろ逆に,身体に良いと教育していた.そのため工員たちは作業衣を着ないで上半身裸のまま重労働をおこなっていた.昭和46年の日本化学工業・小松川工場の調査では,従業員461人のうち62人に鼻中隔穿孔が認められた.しかし公害という概念がなかった当時は,この鼻中隔穿孔を職業病とする認識はなかった.鼻中隔穿孔をきたすことが一人前の労働者と受け止められていた.そのため職業病として工場を糾弾する動きは見られなかった.

 また六価クロムは肺ガンを誘発する発ガン物質として知られていたが,工場はその対策を立てていなかった.そのため作業員が肺ガンになる頻度が高かった.このように日本化学工業は従業員の健康よりも会社の営利を優先させていたが,同族意識の高い従業員が六価クロム汚染を糾弾することはなかった.従業員が立ち上がったのは,周辺の住民が公害として日本化学工業を糾弾してからである.このように日本化学工業はクロム鉱滓を工場周辺に投棄し公害問題を引き起こしただけでなく,従業員の健康管理を軽視していた事実が判明した.そしてこの事件を契機に元従業員や家族たちは総額548000万円の「クロム職業病訴訟」を起こすことになった.

「墨東から公害を無くす区民の会」が日本化学工業・亀戸工場跡地の六価クロム汚染を告発した.さらに日本化学工業・小松川工場でも昭和14年から六価クロムが投棄されていたことが判明し,六価クロムにより同社だけで肺癌などで50人以上の犠牲者を出していることがわかった.六価クロムによる肺癌は退職して数年後に発症することが多かった.そのため肺癌の被害実数は不明であるが,相当数の被害者が出たと推測された.

 六価クロム禍は従業員に健康被害を及ぼした職業病として,また有害物質をばらまき地域住民に健康被害をもたらした公害として,さらには産業廃棄物を勝手に処理したことなど多くの問題を含んでいた.

 日本における六価クロム汚染は東京江東区の日本化学工業が最大であった.しかし全国にある六価クロム工場も実情はほとんど同じで,日本化学工業が住宅密集地にあったため被害者を多く出したのである.江東区の六価クロム事件がきっかけになり,全国各地で六価クロムの報告が相次いだ.そして環境庁はクロム鉱滓75万トンが全国112カ所に未処理のまま埋め立てられていると発表した.このように六価クロム公害は大きな社会問題となった.

 昭和521029日,六価クロム禍で初の和解が成立し,65人に1億9500万円の補償金が渡された.さらに昭和569月,東京地裁は企業責任を認め,被害者102人に105千万円の賠償金を支払うことを命じた.

 東京都は「汚染物は汚染した者の責任で処理する」という汚染者負担の原則に基づき,昭和55年2月,日本化学工業にクロム鉱滓の処理を命じた。しかし52万トンものクロム鉱滓である,その処理には長い年月を必要とした.日本化学工業の工場跡地では,汚染土に還元剤を入れ,盛り土をして地中に封じ込める処理をおこなった。そして跡地を「風の広場」として開放した。

 しかしその後、「公園内で汚染水が出ている」と指摘があり、東京都の調査で六価クロムを検出した。平成7年にも環境基準の2000倍以上の高濃度の六価クロムを含む汚染水が河川敷から検出されている.この汚染水はクロム鉱滓が老朽化した護岸からしみだしたものであった. 


XYY症候群(昭和50年)

 昭和5039日,東京の八丈島で1人旅をしていた都内の東電病院の看護婦・江尻あさ子さんが八丈富士山頂で殺害された.

 江尻あさ子さんは休みを利用して,殺害される前日の38日,東京の竹芝桟橋からフリージア丸に乗り,予約していた民宿に泊まった.その民宿には身体の大きな迷彩服を着た男性が泊まっていた.翌朝,朝食をすませたふたりは,八丈富士に行くと言って民宿を後にしたが,翌日になってもふたりは帰ってこなかった.民宿の主人は八丈島警察に連絡,捜索の結果,江尻あさ子さんが八丈富士噴火口近くで死んでいるのが発見された.平和な島での殺人事件に島中が騒然となった.

 八丈島警察は迷彩服を着た男性を犯人とみて捜査を始めた.なにしろ迷彩服を着た大男である.目撃者は次々と現れ情報が提供された.そして犯行翌日,元パチンコ店員・海老根信也(22)を犯人と断定,殺人容疑で全国に指名手配した.そして1週間後の 316日,沖縄県那覇市の東急ホテルで海老根は逮捕された.海老根は殺害から逮捕となる日まで,北海道から沖縄まで全国をマタにかけ逃避行をしていた.

 逮捕されたとき,海老根は「今度の旅行は,殺しのための旅だ,相手は誰でも良かった」というメモを持っていた.またメモには乱暴しようとしたが騒がれたため殺害したことが書かれていた.

 海老根信也は幼いときから放浪癖があり,幼稚園児のときから家出をしては何度も保護されていた.小学生時より盗癖が加わり,何度も少年刑務所に入っていた.そして染色体の検査で彼がXYY症候群であることが分かり,追跡調査が行われていた.「人を殺したくてたまらない」という衝動は本当なのか,この言葉を聞いたとき,ある精神科医は以前からの不安がついに現実になったと感じた.

 当時,精神科の医師たちは犯罪者を遺伝学的,あるいは環境学的な因子として説明しようとしていた.犯罪者を一般市民から区別するための科学的方法が模索されていた.かつてイタリアの犯罪学者ロンブローゾが顔や頭蓋骨の形から犯罪者を識別しようとしていたが,昭和40年代になると遺伝子や染色体が犯罪に関係するのではないかと盛んに研究されていた.

 人の染色体は23対(46本)で,22対の常染色体は男女同じであるが,23対目の1本だけが男女で違っている.正常な男性は1個のX染色体と1個のY染色体を持っており,正常な女性は2個のX染色体をもっている.性染色体異常のXYY症候群は別名スーパー・メール症候群とも呼ばれ,男性700人に1人の割合でみられる。男性染色体が1個多いXYY症候群の犯罪率が高ことがイギリスで発表され,この学説が長い間信じられ教科書にも記載されていた.殺人者の90%が男性で,犯罪者の犯行年齢は20歳代がピークで,テストステロンの血中濃度と犯罪年齢が相関していたことから,このような学説が支持されていた.XYY症候群の男性は背が高かく,男っぽい容貌だった.

 昭和41713日の深夜,シカゴの病院で看護婦8人が惨殺される大量殺人事件がおきた.看護婦の両手を後ろ手に縛り,ナイフで刺し殺すという犯罪都市シカゴはじまって以来の残忍な凶悪犯罪であった.1週間後リチャード・スペックという男性が逮捕され,この殺人鬼がXYY症候群であったことが報道され,この染色体異常の男性すべてが狂暴で残忍な性格とする疑いがかかった.この事件が「犯罪に染色体が関係する」という学説のきっかけであった.つまり犯罪者は生まれつき犯罪者になる素質があるとする学説だった.

 昭和50年前後は,DNA、RNA、染色体が注目された時期である.特に犯罪学で脚光を浴びたのが染色体異常だった。昭和47年,リチャード・スペックは400年から1200年の懲役刑を受け、平成3年に獄中死したが,リチャードの染色体はXYYではなく,通常のXYの持ち主だったことが判明している.Y染色体が攻撃性染色体とされ,XYY染色体の持ち主は犯罪者という学説は現在では統計上否定されているが,まだそれを信じている人がいる.科学らしきものが偏見を生み、学説がひとり歩きしていたのである.

 犯罪が遺伝的要因によるものなのか,環境因子によるものなのに関し,一卵性双生児の犯罪歴を調べた研究がある.一卵性双生児は遺伝的に同じであるが,出生後,別々の家庭で育てられた一卵性双生児を調べ,一卵性双生児の犯罪率から,遺伝的要因,環境要因のどちらが犯罪に関与しているかを調べたものである.この研究では別々の環境で育てられても一卵性双生児の犯罪率は同じである.つまり犯罪に遺伝が関与していると報告されているが,それが本当かどうかは検証されていない.

 染色体異常としてターナー症候群(X0)がある.ターナー症候群は女性のみにみられる染色体異常で,通常の女性の染色体はXXだが,片方のXが完全にかけた状態(X0)で生まれた者をいう.ターナー症候群の女児が成長すると無月経や性的成熟がみられないことから気づかれることが多い.この染色体異常とは逆にY0染色体だけの人間は存在しない.X0だけで生命が存在できることから,人間を含めてほ乳類の原型は女性であるという説がある.

 昭和50年当時,遺伝と犯罪について盛んに研究されたが,明らかな結論は出ていない.むしろ遺伝と犯罪については否定的考えが多い.東京地裁で殺人罪に問われていた茨城県出身の海老根信也の裁判で林修裁判長は「残虐な犯行で社会に与えた影響は大きい」として懲役13年の判決を言い渡した.

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

トラックバック

この記事のトラックバック URL

http://blog.m3.com/yonoseiginotame/20100321/6/trackback

コメント

コメントはまだありません。

コメントを書く

ニックネーム*
メールアドレス*
URL
内容*
※「利用規約」をお読みのうえ、適切な投稿をお願いします。