スーさん
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2012/02 >>
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着コメント

新着トラックバック

< 荻野久作博士(世界の荻野)4 | メイン | クロロキン網膜症 >
2010.03.05 21:12 |  研究  |  医療事故  |  昭和 40年代 3  |  スーさん  | 推薦数 : 0

脳組織摘出事件

脳組織摘出事件(昭和46年)

 20世紀初頭の精神医学は病名をつけるだけで,治療と呼べるものは存在しなかった.この流れを変えたのは「社会的適応」であり,「ショック療法」であった.社会的適応は精神病患者を社会に適応させながら病気を緩和する方法であり,ショック療法とは生命の危険にさらさずに激しいショックを与え科学的手段で現実に取り戻そうとする方法であった.ショック療法にはインシュリンを与えて低血糖にして治そうとするインシュリン療法,また頭部に電流を与え痙攣発作を人為的に与え治そうとする電気ショック療法があった.この新しい積極的精神病治癒方法として考えられたのがロボトミー(精神外科)であった.

 昭和37年,リスボン大学のモリスが精神病患者の大脳の一部を切断して精神状態を改善させるという新たな治療法を考案した.この治療法は精神病を治すのではなく,たとえ患者の人格が変わっても精神病患者の社会的適応性が増せばよいという考えが根底にあった.モリスが考案したロボトミーは社会に受け入れられ,昭和23年にノーベル生理医学賞を受賞している.

 ロボトミーは精神病患者の病的な脳細胞を取りさればよい,病気を治すのではなく患者の管理がうまくゆけばよいという考えがあった.反省のない犯罪者は精神病院に入れて頭に穴でも開ければ暴力的なところは消え,病院や社会にとって都合が良いという考えであった.医学的というより保安上の理由から犯罪を繰り返す困った人たちを「精神病質」と名づけて入ロボトミーをすることが普通に行われていた.ロボトミー手術は精神障害の治療が目的とされているが、術後の患者の体の機能は維持されるが感情がほとんど失われるなどの問題があった.もちろんそこには精神病患者の人格を人間として考えていなかった側面があった.そのため患者の人権を無視した人体実験に近い研究が成されていたと容易に想像された.

 このような背景に置いて,東大の石川清講師によって東大教授・台弘の医療行為が告白された.東大教授・台弘は精神分裂病とは脳の脚気であるという仮説を持ち,それを証明するため20数年前から都立松沢病院に入院している精神分裂病42人の患者,さらに比較検討するためにそううつ病や性格異常の患者約40人の大脳皮質摘出手術(ロボトミー)の前に脳組織を0.3から1グラムを取り出し,生化学的分析を行っていたと日本精神学会会員全員に告発したのである.生きている人間の脳を取り出して研究が成されていたのだった.脳組織を取られたのは11歳の少女も含まれており,手術直後に死亡した患者も2人いた.そしてその根底にあるのは研究至上主義の医局制度であると指摘したのである.

 この時期に至るまで,患者の人権が問題になるようなことはなかった.731部隊の歴史はもみ消されたまま,731部隊の幹部が反省もなく日本医学会中枢で生き残っていた時代である.患者への人体実験があってもなくても,患者の人権がそれほど問題になることはなかった.教授は絶対権力の中で,患者の権利などは眼中になかった時代であった.

 今回,東大の石川清講師が台弘教授を学会に告発したが,このことはそれまでの精神医学,医学研究,医学講座制,患者の権利への大きな問題提供であった.学会自身が東大教授・台弘の事例への委員会をつくり検討することになった.石川清講師は日本精神神経学会評議員であり,台弘教授は精神神経学会の理事長をつとめた人物である.日本精神神経学会では大きな問題となり,特別委員会が設けられ検討されることになった.

 まず台弘教授の行った実験が治療の範囲内であったかどうかが検討された.ロボトミー前に脳組織を0.3から1グラムを取り出すことが無視できる範囲であり,ロボトミー治療の範囲内とする擁護する医師もいた.

 昭和47613日の日本精神神経学会で人体実験かどうかが取り上げられ,3時間にわたり議論された.そして評決では台弘教授の人体実験は間違いであるとする主張する医師は235人,擁護する医師は28人,保留は69人であった.大部分の医師たちは台弘教授の研究を人体実験として批判したが,しかし投票直前に100人以上が会場を退出したため,学会の正式決議とはならなかった.

 しかし松沢病院のカルテが調べられ,脳組織摘出後に摘出により出血で死亡した患者の経過が記録されており,患者が手術を拒否しているのに手術を強行されていたことが分かった.さらに患者,家族の同意を得ていないことが分かった.このことから昭和485月の日本精神神経学会で,台弘教授の行った実験はロボトミーを利用した安全性を確認していない実験であったこと.精神障害患者の人権を無視した医療行為であったこと.医学上の人体実験であったことと発表され,台弘教授だけでなく本学会としても深く反省すべきであることを発表した.またちょうど向精神薬の開発もあり,昭和50年の日本精神神経学会では精神外科は医療として認めないという決議がなされた.我が国では20年間に12万人の患者がロボトミー手術を受けたとされている.

 なお昭和40年代は大学紛争の時代である.精神医学界も大揺れに揺れていた時期であり,昭和44年の精神神経学会は、左翼系若手医師と執行部の間で吊るし上げに近い激しい討論が行われて紛糾した.また東大では、昭和4310月、精神科医局が自主解散し、左翼系の医師たちが「東大精神科医師連合」なるものを結成。翌年には保守派の人たちが「教室会議」を結成し、東大の精神科は2つに分かれてしまった。「精神科医師連合」は病棟を、「教室会議」は外来をテリトリーとして対立し、外来患者を自分の病院の病棟に入院させることはできなかった.また病棟から退院した患者は別の病院の外来で診るしかなかった.このような時代背景を持った事件であった.

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

トラックバック

この記事のトラックバック URL

http://blog.m3.com/yonoseiginotame/20100305/4/trackback

コメント

コメントはまだありません。

コメントを書く

ニックネーム*
メールアドレス*
URL
内容*
※「利用規約」をお読みのうえ、適切な投稿をお願いします。