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2010.02.23 04:06 |  医療事故  |  生活 / くらし  |  昭和 40年代 3  |  スーさん  | 推薦数 : 1

ブルーボーイ事件

ブルーボーイ事件(昭和40年)

 東京地裁(熊谷弘裁判長)は優生保護法違反で東京都中央区の青木病院院長・青木正雄(41)に懲役2年,執行猶予3年,罰金40万円の有罪判決を下した.産婦人科医である青木正雄医師は3人の男性(ゲイボーイ)から女性になりたいと頼まれ16万円で性転換手術を行ったことが罪に問われたのである.わが国において,睾丸摘出,陰茎切除,造膣などの性転換手術が優生保護法違反として罰則を受けたのは,後にも先にもこの事件だけである.

 この性転換事件は「ブルーボーイ事件」として,事件発生の昭和40年から判決が下る昭和44年にまで世間の注目を集めた.この事件のきっかけは,昭和40年に赤坂警察署が検挙した売春婦を調べたところ,毛深く声の太い売春婦が含まれており,問いつめたところ男性であることがわかったことである.そしてその男性は青木正雄から性転換手術を受けたことを自白したのであった.ブルーボーイというのはパリのカルーゼル・ショー劇が来日した際に作られた言葉で,カルーゼル・ショーで男性から女性へ性転換したダンサーをブルーボーイと呼んでいたことが語源となっている.

 ブルーボーイ事件には被害者は誰もいない.また青木正雄医師が医師法に違反したわけでもない.また医療ミスを犯したわけでもなかった.罪に問われたのは青木正雄医師がおこなった性転換手術が優生保護法(現在の母体保護法)に違反しているかどうかということであった.優生保護法の第28条「故なく,生殖を不能にすることを目的として手術又はレントゲン照射を行ってはならない」という条文への違法を問われたのである.しかしこの優生保護法違反は青木医師を有罪とするための名目上の理由であり,青木医師が性転換手術を闇で行っていたことが有罪となった本当の理由であった.つまり性転換手術そのものが優生保護法に違反しているのではない.

 弁護側は「性的倒錯者の性格を変える方法はなく,むしろ性転換をして精神的な苦しみを解消させる手術の方が正統な医療行為である」と主張した.これに対し検事側は「完全な女性に成るわけではないのだから,異常な欲望を満足させるだけで,取り返しのつかない手術は正当とはいえない」と反論した.

 東京地裁の熊谷弘裁判長は,性転換手術の法的問題は日本では未開発の分野だが,正当行為と認められるためには少なくても3つの条件が必要とした.(1)精神的,心理的観察を行い一時的な気分で排除すること.(2)家族,生活環境を調査し人間形成の過程を調べ手術がやもえないかどうかを調べること.(3)精神科医を含んだ複数の医師団の決定によること.

 このように裁判所が性転換手術の合法性を示したのは初めてのことであった.つまり性転換を希望する患者は,適切な精神科コンサルトなどの手順を踏めば性転換手術は可能と判断したのである.

 青木医師が罪を受けたのは,カルテもつくらずに闇で手術をしていたからであった.また青木正雄は友人に頼まれ麻薬・医療用麻薬オピアト注射液10本を合計6000円で譲り,この麻薬取締法違反がからんでいたため重い判決となったのである.この判決は性転換手術をおこなうためのガイドラインを提示したが,性転換手術に対しこの事件は必要以上に医療機関を萎縮させてしまった.そして医療機関ばかりでなく患者も性転換手術そのものが違法であるような誤解をもってしまった.裁判所はもし性転換手術を行うなら,こうあるべきでという現在でも通用する的確な指針を示したが,何故か「性転換手術は違法」という誤解が広まってしまった.

 このブルーボーイ事件を境に,日本では性転換手術はタブー視され行う医師はいなくなった。性転換手術を違法行為と誤解したためであった.そのため性転換手術を希望する者はモロッコなどの海外で受けるようになった.ゲイボーイとして有名となったカルーセル麻紀も日本では手術ができず昭和47年にモロッコで手術をしている.

 このようにこの事件から30数年間,自分の性に強い違和感を持ち別性になりたいと悩む性同一性障害患者の性転換手術はタブー視されていた.

 平成10年になって,埼玉医大が性同一性障害女性の性転換手術をおこなった.これをきっかけに性転換手術は行われるようになった.性転換手術というが,当然ながら性を転換することは現在の医学では不可能である.内性器を摘出,外性器を構築して性器の形状を異性のものに変えるだけのことである.表面上の性転換であり,どんなことがあっても女性は死ぬまで女性である.学校で習ったように生物学的には染色体によって性は決定されるのである.また性転換手術を受けても戸籍の性を変更することはできなかったが,性同一性障害者性別特例法が平成167月から施行され,家裁の審判で戸籍上の性別を変更できるようになった.タレントのカルーセル麻紀さん(61)も家庭裁判所へ戸籍の変更を申し立て,同年10月,戸籍性別変更認められ晴れて「女」になり,カルーセル麻紀さんは「平原徹男」から「平原麻紀」となった.

 昭和44年のブルーボーイ事件までは性転換手術は意外に多く行われていた.ブルーボーイ事件摘発の背景には,警察が性転換によって女性になった男性街娼の対策に手を焼いていたことが挙げられる.彼らは戸籍上男性であるため売春防止法で取り締まることができなかった.そこで優生保護法を持ち出し「性的に不能にする手術はおこなってはならない」という規定を無理矢理当てはめ,あたかも性転換手術そのものが違法行為であるようなイメージを植え付けたのである.

安全保障としての医療と介護 (朝日新聞社)

 

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