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2010.02.19 18:18 |  医療事故  |  昭和 40年代 1  |  スーさん  | 推薦数 : 0

アンプル風邪薬事件

アンプル風邪薬事件(昭和40年)

 昭和40年は,患者数26000人,学級閉鎖2378というようにA型インフルエンザが猛烈な勢いで大流行した年である.そしてインフルエンザが猛威をふるっているさなかの211日,千葉県で農業を営む男性が団体旅行から帰宅後,アンプル入り風邪薬「強力パブロンアンプル(大正製薬)」を飲み急死した.そしてこの事件の3日後,同じ千葉県でアンプル入りの風邪薬を飲んだ老人と15歳の少女が死亡.さらに217日,静岡県伊東市の主婦(39)エスエス製薬のアンプル入りの風邪薬「エスピレチン」を飲んだが死亡した.

 このように日本各地でアンプル入り風邪薬を飲み急死する事件が続発した.アンプル入り風邪薬事件は連日のようにマスコミをにぎわし,アンプル入り風邪薬で死亡した患者数は新聞が報道しただけで34日までに11人,累積死亡数は50人に達した.また死亡に至らなくても,重症となった患者は多数いたとされている.大阪府医師会の調査では半年間にアンプル入り風邪薬で異常をきたした患者は702人で,そのうち62人が意識混濁,失神,呼吸困難,痙攣などの重症患者であった.

 アンプル入り風邪薬とは亜細亜製薬の「ベルベ」の発売から始まったもので,それまで粉末か錠剤であった風邪薬を水溶性の液体に変えたものである.主成分は解熱鎮痛剤のアミノピリン・スルピリンで,それにビタミン剤などを加えたものである.このアンプル入り風邪薬に含まれる成分は従来の風邪薬と同じで,薬理学的にはなんら問題のないものであった.アンプル入り風邪薬は注射薬の即効性をねらったイメージ商品で,製薬会社はインフルエンザの流行に乗り遅れまいとガラスに入ったアンプル風邪薬を盛んに宣伝して増産体制をとっていた.

 その当時の日本は,日本中が高度経済成長に沸き,働き続けることが美徳のように受け止められていた.仕事が忙しく,風邪ぐらいで休めない雰囲気に包まれており,勤労者にとって薬局の店頭でチュッと1本飲んで風邪が治れば,それにこしたことはない.当時の流行語はモーレツ社員,ファイトでゆこうであり,風邪をひいたら即効性の注射を打って一発で治してもらうという気分にあふれていた.科学や医学の進歩を過度に賞賛し,風邪は風邪薬で,しかも効きそうなアンプル入り風邪薬で治そうとする雰囲気があった.そのため各製薬会社は,従来の粉末や錠剤の風邪薬をアンプル剤に変更したのだった.これは日本人の注射信仰を利用したものといえる.

 アンプル風邪薬の方がより効果的であるという証拠は何もなかった.しかし注射を思わせるアンプルの首を割ってチュッと飲むと何となく早く効きそうなイメージがあった.

 当時は風邪でも何でも病院に行けば注射を頻回に打つ乱診が行われていた.患者も,「あの医者の注射はよく効く」,「注射を一本打ってくれ」と言うほどであった.医師も患者も風邪は注射で治すのが当たり前と思い込んでいた.そのためアンプルの方が粉薬や錠剤よりも効きそうなイメージがあった.いわゆるアンプル風邪薬は注射のイメージをまねた疑似注射で,風邪などひいている場合ではないという高度経済成長の中で売れに売れたのである.

 アンプル風邪薬事件は,初めは患者の特異体質が原因と簡単に報じられていた.個人的な不幸な出来事と捉えられていた.しかし1ヶ月に11人の被害者が出たことから,マスコミが連日のようにこのことを報じ,厚生省がその対策に乗りだすことになった.

 厚生省は昭和40219日,アンプル入り風邪薬の広告と販売の自粛を大正製薬に要請した.しかし大正製薬の岡部広報課長は「アンプル入り風邪薬は当社だけで年間9000万本製造しており,すでに10年の実績をもっている.このような死亡事故は偶然が重なったせいで,厚生省の許可の基準に従って製造されたものだからクスリの成分に問題はない」とコメントを述べ厚生省の要請に難色を示した.この広報課長の難色発言がマスコミで大々的に取り上げられ,アンプル入り風邪薬は社会問題へと発展していった.

 厚生省は責任が自分たちに及ぶことを恐れ,大正製薬,エスエス製薬に自主的に販売を中止することを再度要請,両社はこれを受け入れることになる.大正製薬は「強力パブロン・強力テルミック」,エスエス製薬は「エスピレチン」などのアンプル入り風邪薬を販売停止にした.

 アンプル風邪薬は販売停止となったが,薬局に置いてあるアンプル風邪薬を回収しなかったため,その後もアンプル風邪薬による死亡例が続発することになった.在庫を抱えた薬局が「在庫一掃大売り出し」を行ったことが新聞で報道され,自主回収の必要性が叫ばれた.32日,厚生省は「市場からのアンプル入り風邪薬の回収」を日本製薬団体連合会に正式に要請,日本製薬団体連合会は「回収および返品にともなう経済損失を補う優遇措置」を条件にこれを受け入れた.つまり損害の救済,税制上の優遇,金融上の優遇,薬型変更の承認許可の優遇策を条件にアンプル入り風邪薬3000万本を自主回収することになった.

 アンプル風邪薬に限らず,風邪薬の副作用の大部分はアミノピリン,スルピリンに対するピリン・ショックが原因とされている.このアンプル風邪薬事件について厚生省は「患者の体力が弱っているときに,早く治したい一心から多く飲み過ぎたり,他のクスリとあわせて内服するなどの乱用が原因ではないか」と述べ,悪いのは患者個人であるかのような発言をした.中央薬事審議会は「水溶性のアンプル剤は錠剤,粉末に比べて吸収速度が極めて早いため,血中濃度が急速に高値に達し,毒性の発現が強く出たのであろう」とコメントを述べ,さらにショック死を引き起こしたのは「使用者がある種の特異体質を持っていることも原因である」とコメントを追加した。

 アンプル入り風邪薬を製造していた製薬会社は全国で200社におよび,アンプル入り風邪薬は年間数100万本生産されていた.このようにアンプル入り風邪薬は,各製薬会社や薬局の稼ぎ頭で,年間の売り上げは約100億円と推定されていた.製薬会社の中には全体の売り上げの半分以上を占める会社もあり,製造中止は製薬会社に大きな打撃をもたらした.そしてその回収は製薬会社にとって死活問題となった.

 また薬局にとっても打撃が大きかった.その当時は医薬品の過剰生産から薬局の倒産が続出していたのである.このような薬局にとって,他の薬剤よりも利潤が大きいアンプル入り風邪薬は起死回生の商品だった.風邪薬は10100円であったが,アンプル入り風邪薬は1100円から200円で,その40%が薬局の儲けになっていた.薬局の売り上げの2割を占めていたのである.

 この事件への厚生省の対応はかつてないほどの英断と高く評価されている.しかし厚生省の対応によって製薬会社は大損害を被ることになった.そのため厚生省は回収が終えた時点で製薬会社を集め,今回の経緯について説明するとともに,損害を与えたことを陳謝している.そしてこの事件に対する厚生省の製薬会社への遠慮が,後に続くクロロキン網膜症への対応の遅れを作ったとされている.

 この事件の背景には,当時の製薬会社の利益追求の販売姿勢に問題があった.製薬会社は病院で処方される医家向け薬剤よりも,薬局で自由に買える大衆薬品の方にウエイトを置いていた.そのため風邪薬は製薬会社による成分の違いがほとんどないのに,各製薬会社は新聞,雑誌,テレビ,ラジオを通して誇大広告や過激な広告を繰り返した.競争が加速し,各メーカーの広告はどきついものとなった.もともと風邪薬に成分の違いはほとんどない,そのため薬剤の内容ではなく,薬剤のイメージが製薬会社の販売戦略となり宣伝が加熱していった.

 なお「くしゃみ3回,ルル3錠」は三共製薬の風邪薬のCMであるが,このCM史上に残るキャッチコピーは昭和30年に作られたもので,三島由紀夫が激賞したとされている.「くしゃみ3回,ルル3錠」のキャッチコピーは現在でも使われており,この宣伝文句によって三共製薬は総合感冒薬市場でトップクラスの座を確保しているといえる.ルルの宣伝は,大空真弓、いしだあゆみ,由美かおる,伊東ゆかり,松坂慶子、大竹しのぶ,富田靖子,木村佳乃,このようにルルの宣伝に出た女優は大女優になるとの伝説まで生まれるほどである。この三共製薬の宣伝と逆だったのが昭和3912月に放送された興和の風邪薬「コルゲンコーワ」のCMだった.「おめえ、ヘソねえじゃねえか」と言いながら、薬局前に置かれたカエルの人形へ落書きする宣伝だった。この宣伝は、「子供の言葉遣いが悪い」と批判を受け放送2か月で打ち切られた。

 当時の新聞を開いてみると,新聞紙上の広告の半分近くが医薬品の宣伝で占められている.製薬会社は薬品の広告に熱心で,今日でいえば家電産業や自動車産業と同じような広告を出していた.またテレビでのコマーシャルでも同様に盛んに宣伝された.製薬会社は広告産業の一番の得意先であり,売り上げに対する製薬会社の研究費は4.0%であったが,広告費は5.1%と研究費を上まわっていた.高度成長に歩調を合わせるかのように各製薬会社は利潤追求にしのぎを削り,イケイケドンドンの営業で,およそ人の命に関わる薬剤を売っているという意識は少なかった.

 昭和36年に国民皆保険制度が発足し,製薬会社はそれまで市販の薬剤に重点を置いていたが,国民皆保険制度による患者数の増大とともに医家むけの薬剤も急速に延びていった.昭和30年から昭和45年までの15年間に,製薬会社の売り上げは12.4倍に,利潤は22.9倍に延びた.製薬会社は国民皆保険制度,高度経済成長と大衆薬ブーム,さらにクスリ好きの国民性も加わり,この時期に製薬会社は驚異的な成長をとげたのである.

 アンプル入り風邪薬事件をきっかけに,日本製薬団体連合会は「医薬品広告に関する自主規制」を行うことになった.そしてこの事件以降,クスリの宣伝がテレビや新聞から急速に減少することになった.以前ほどではないが,現在でも寒くなるにつれ女性タレントを用いたイメージコマーシャルが多く見られる.

 今回,アンプル入り風邪薬が問題となったが,一般的な風邪薬が必ずしも安全とは限らない.風邪薬がスティーブンス・ジョンソン症候群(全身の皮膚がやけどのようにただれる)を招き死亡した例が報告されている.また大量の内服にて死に至ることは埼玉・本庄の風邪薬殺人事件が示している.風邪の場合には不必要な薬を使わずに,薬に頼るのではなく,薬の助けをかりて休養で治すことを心がけるべきである.

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