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2010.01.31 08:01 |  研究  |  昭和 20年代 2  |  スーさん  | 推薦数 : 0

ツベルクリン反応とBCG

ツベルクリン反応とBCG(昭和27年)

 1882年,結核の原因である結核菌をドイツの偉大な細菌学者ロベルト・コッホが発見した.当時のヨーロッパの人々は結核を「白いペスト」と呼び恐れていた.結核菌を発見した細菌学の父・コッホは,結核菌発見の次の目標として,結核の治療薬としてワクチンの開発に乗り出したのである.

 コッホは結核菌を大量に培養し,その上液を何回か濾過し,加熱濃縮を繰り返えし,結核菌の毒素を抽出精製した.そしてこの結核菌から精製した毒素の一部をツベルクリン液と命名したのである.コッホは第10回国際医学会議において,結核の治療薬としてツベルクリン液を発表,このニュースは世界中に広がった.このようにツベルクリン液は結核治療ワクチンとして開発されたのだった.ツベルクリン反応は現在では結核の診断に欠かせない検査法となっているが,ツベルクリン反応に用いるツベルクリン液は,最初は結核の治療のためのワクチンとして開発されたのである.

 結核の治療薬がなかった時代,ツベルクリンは結核の特効薬として宣伝された.そのため世界中の結核患者が期待を抱きながらベルリンのコッホのもとへ集まった.しかし患者の期待とは裏腹に,実際には結核に対するツベルクリンの効果はまったく認められなかった.そして副作用ばかりが出現した.ツベルクリン液の注射によって,発熱や悪心などの全身反応,注射部位の発赤や水胞などの局所反応,喀血などの病巣反応ばかりが出現した.そして肝腎な結核に対する治療効果はまったく認められなかった.

 結核感染者にツベルクリンを皮内注射した場合,皮膚の発赤をきたす「ツベルクリン反応」は現在アレルギー反応によるものとして知られているが,これらの副作用はこのアレルギー反応によるものであった.コッホ先生のツベルクリンは結核の治療薬として大失敗に終わった.ツベルクリンはコッホ先生の業績に大きな汚点を残すことになった.しかし偉大なコッホ先生は「結核に関する研究業績」によって1905年ノーベル賞を受賞した.

 ツベルクリンによる結核の治療は惨憺たるスタートをきった.しかし1907年にオーストリアの小児科医ピルケがツベルクリンの皮内反応により結核感染を知りえることを発見した.さらにフランスの医師マントーによって皮内反応が一般化された.

 日本では小林義雄がツベルクリン陽転者から胸膜炎が発生することを報告,千葉保之らが国鉄職員のツベルクリン陽転者の結核発病状況を追究し,結核の初感染発病学説を成立させた。昭和15年にはツベルクリン反応の判定基準が国立公衆衛生院の野辺地慶三らによって提案され,昭和26年の結核予防法によりこの基準が採用されることになった。

 ツベルクリン液は結核菌から抽出した成分であり,結核菌を構成する多成分が含まれている.アメリカの生化学者サイバートはツベルクリン液から結核患者に特異的な皮膚反応をおこす物質を抽出し,精製ツベルクリンpurified protein derivative(PPD)と名づけた。日本でもPPDの研究が進められ,昭和43年から旧ツベルクリン液の代わりにPPDがツベルクリン反応に用いられている。

 ツベルクリン反応をおこなうのは生後6ヶ月から4歳未満の者で,ツベルクリン反応が陰性の者はBCG接種をおこなう.また小学1年生と中学1年生時にもツベルクリン反応をおこない陰性の場合BCG接種をおこなう.ツベルクリン反応はツベルクリン液0.1ミリリットルを皮内に注入し、48時間後に発赤の長径を計測することである.また皮膚の硬結、二重発赤、水疱の有無も観察することになっている。発赤の径が4ミリ以下を陰性、59ミリを疑陽性、発赤10ミリ以上を陽性としている。

 ツベルクリンを皮内に注射すると,結核に感染している場合は2から3日で発赤を示し陽性となる.感染していない場合は発赤を示さず陰性となる.この反応はBCGを接種していない乳幼児では有効であり,その陽性は結核の感染を示している.しかし結核に感染していない者でもBCGを接種した者は,結核菌の免疫が成立した証拠として長期にわたりツベルクリン反応が陽性を示すことになる.そのためBCG接種を受けた者がツベルクリン陽性の場合には,結核感染との区別は困難となる.しかしツベルクリン陽性でも,皮膚の壊死や水胞をともなう強い反応の場合は結核に感染している可能性が高い.

 ツベルクリン反応は,例外が多く含まれており結核の絶対的な診断法ではない.麻疹、流行性耳下腺炎、水痘などのウイルス感染時、栄養状態の悪い時、ステロイド剤および免疫抑制剤を使用している時、結核感染の初期などでは,たとえ結核に罹患していてもツベルクリン反応が陰性となることがある。また結核菌と似た非定型抗酸菌に感染している患者は、交叉反応のために弱い反応がおこり診断が困難なことがある。このような例外はあるが,覚えておきたいのは「ツベルクリン陽性者は必ずしも結核感染とは言えないが,その反応が強ければそれだけ結核の可能性が高くなること.さらにツベルクリン陰性者は結核をほぼ否定できること」である.またツベルクリン反応は代表的な遅延型アレルギー反応の一つであり,結核菌感染の有無ばかりではなく細胞性免疫機能を調べる目的で用いられることがある。

BCG 

 BCGは結核の予防のために開発されたワクチンである.BCGはパスツール研究所のカルメットとゲランによって開発されたもので,BCGの名前は彼らの功績をたたえ2人の頭文字をとって命名された(Bacille de Calmette et Guerinの略語).カルメットとゲランは,1908年から13年間の長期にわたりウシ型結核菌の連続培養をおこない,230世代もの連続培養をくりかえした末に,人間に対して無毒化された結核菌種を作ることに成功した。ウシ型結核菌を何代も培養をくりかえし,人間に結核を発病させる感染力をなくし,それでいて自然界の結核に対して免疫を獲得させる変種菌の開発に成功したのである。

 BCGの接種が人間に初めて試みられたのは,1921年,結核の妊婦患者から生まればかりの新生児であった.それ以降,BCGの安全性と有効性が調べられ,結核の予防接種としてBCGは急速に普及することになった.日本では,大正14年にパスツール研究所からBCGの分与菌株を譲り受け,国立予防衛生研究所で継代保管がなされた.昭和13年から5年間,BCGの安全性と有効性が検討され,BCGを接種した場合は,接種しなかった場合に比べ結核発症率が半分以下,死亡率が8分の1になることが示された.さらにBCGの大量製造にも成功し,集団接種の体制が整った.

 このようにBCGは結核の予防に絶大な効果を示し,昭和24年以来,法律によってBCG接種は強制実施されることになった。しかしBCGの副作用として,接種による皮膚の難治性潰瘍と瘢痕が問題になった。この欠点を補うため,昭和42年からは管針を用いた多刺法による接種が行われている。BCGを皮膚に塗り,その上から9本の針のついた管針を2度押しつけて接種する方法である.この方法により接種後2から4週間で赤い小斑点ができるが,その後はかさぶたを生じる程度になり,以前ほどの瘢痕は残さないようになった。

 BCG接種は結核予防法によって接種が義務づけられていた.4歳未満、小学校1年生、中学校1年生の時点でツベルクリン陰性者が接種することになっている。その他の年齢の者でも,希望者には保健所でツベルクリン反応とBCG接種をおこなっていた。

 BCGはいちど接種すれば,結核への予防効果は10年間持続するとされている.BCGの効果は有限で,中学生の時点でBCGを接種しても,実際には20歳を過ぎるとBCGの効果は低下し,結核にかかりやすい状況になると考えられる.BCGはきわめて副作用の少ないワクチンである。

 BCGの効果に水を差すようであるが,最近になりBCGの評価が変わってきている.日本人は BCGが結核に有効とする思い込みが強いが,BCGの有効性についてまだ確実とはいえない部分が大きい.BCGが本当に結核に有効とする確実な証拠がないのである.BCGが確実に有効とされているのは乳幼児の結核性髄膜炎の場合であり,幼児以外の結核の予防に,はたしてBCGが有効かどうか疑問視されている.このためアメリカではBCG接種はおこなわれていない.またヨーロッパの国々もBCGをやめている.BCG接種は有効性の根拠がなく,世界保健機関(WHO)なども廃止を勧告している.

 日本ではBCGを接種するのが原則で,ツベルクリン反応陽性者が正常者である.そしてツベルクリン反応が陰性の場合はBCGを接種する方法がとられている.しかしBCG接種をしないアメリカではツベルクリン反応陰性が正常で,ツベルクリン反応陽性の場合「結核の疑い」となる.このようにBCGに対する日米の考え方は違っている.BCGが結核に効果があるかどうか興味があるが,むしろそれよりも,日本の誰もがBCGの効果を信じ,世界の中で日本だけがBCGを接種しているという事実の方が,日本人の国民性を考える上で興味深い.医学が一筋縄ではないことのよい例である.

 平成14年になって,厚生労働省は結核に対する予防方針を大きく変えることになった.それまでは結核予防法に基づいて小中学校でBCGの再接種が実施されてきたが,それを廃止する方針を固めたのである.それまでの結核予防法では0歳から4歳までに保健所などで最初のBCG接種を実施し,その後小学校1年,中学校1年でツベルクリン反応を調べ陰性となった人に2度目の接種(再接種)をしていた.再接種された児童は年間130万人であり,1人あたり数千円の費用を自治体が負担していた.しかし厚生労働省は平成15年4月から乳幼児期のツ反検査とBCGの初回接種だけに限定することにしたのである.これまで小中学生のBCG接種者は約125万人と半数以上を占めていたが,不要となった.

 学校からツベルクリン反応とBCG接種が消えることになった理由は,ひとつは結核の患者が減ったことである.平成12年の小児結核の患者数は220人,学校健診を受診した小学1年生と中学1年生は全国で約230万人であるが,健診で結核が発見されたのは17人であった。BCG赤ちゃんや幼児の重症結核を予防する効果が高いとされているが,再接種に予防効果があるかどうかは不明であった.再接種の有効性が不明であり,また再接種によりツベルクリン反応の偽陽性者が増え,本物の結核による陽性との区別がつけにくくなることから,さらに再接種を中止したヨーロッパの国々では結核患者の増加がないことから,学校からツベルクリン反応とBCG接種が消えることになった.

 小中学校のBCGの廃止によって国民の結核への関心が薄くなると思われるが,これも国際的な流れである.また16歳以上のほぼ全国民に義務づけているエックス線撮影による年1回の結核検診を40歳までは就職や転勤などの際だけに実施する節目検診に変更する方針が発表された。年1回の検診による患者発見の効率が悪過ぎることがその理由であった.年1回の結核検診で,年間約2500万人が受診し,見つかった患者は約2000人である.つまり受診者1万人に1人以下の患者しかみつからず,結核の早期発見による利益よりエックス線被爆の害が心配されたのであった.昭和21年に制定された結核予防法は半世紀ぶりに政策を転換することになった。

 これまで「BCG接種によって結核の脅威がなくなった」とされてきたが,結核患者の激減がBCGの効果でないとしたら何が結核を良くしたのだろうか.それは環境衛生の改善,体力の向上であると考えられている

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