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教育の責任
日本の将来を決めるのは教育と言っても過言ではありません。しかしその教育が大きな間違いをおかしているのです。教育の基本は「相手を思いやる気持ち」で す。弱者を思いやり、優しい手を差し伸べる子供を育てるのが教育なのです。しかし現在の教育は、弱者の気持ちを理解し、思いやるという基本が完全に欠如し ています。弱者の悲しみを理解せず、むしろ弱者をあざ笑うような子供を育てています。
教育の権威者、文部科学省の官僚、日教組が何を述べたとしても、日本の教育が悪くなっているのは事実であり、学力が低下しているのも事実です。つまり彼ら の正論よりも、日本の教育を悪くした彼らの屁理屈をまず否定することです。ではどのような教育がよいのでしょうか、それは簡単です。クマさん、ハッさんに も理解できるような、ご隠居さんの教えで十分なのです。
ご隠居さんなら次のように言うでしょう。1)勉強のよって教養を高めることが人格形成につながるんだ、それが世のため、人のためなんだ。教養がなくてもクマさん、ハッさんのように常識があればよいが、常識がなければその辺のゴロつきになってしまう。そうなれば恥ずかしくてお天道様の下を歩けなくなってしまう。2)勉強したければ寺子屋へ行けばいい。寺子屋で読み書きを学べば、あとは自分で勉強すればいい。勉強はやる気が大切なのさ3)世の中には善悪の区別のつかない悪党がいるが、それをなくすのが教育だよ。強い者が弱い者を助けるのが当たり前と身につけるのが教育だよ。4)勉強したいのなら勉強する機会を平等に与えることだ。勉強したいのにお金がかかる? 教育費が家計を圧迫している? 大学の授業料ってタダじゃない? そりゃ本当かい? 本当に勉強したい学生の授業料はタダにしなければいけない。5)遊んでいる大学生が就職して、大学院に行けば就職できないって? そりゃ本当かい? 教育は国を救う先行投資じゃないのかい。だったら遊んでいる大学生を卒業させる方が間違っている。6) 政府が全国で同じような教育をしろって? そりゃ本気かい? 学問は自由だろう、自由に勉強させればいいじゃないか。第一、徳のない政府にどうして徳を教えることが出来るんだい? 人間の徳は大昔 から変わっていない。懐かしいことだが、昔の小学校には二宮尊徳の銅像があったが、いつのまにかなくなってしまったね。子供は親の後ろ姿を見て育つと言う じゃないか、二宮尊徳の銅像があれば、それだけで違っているのにね。7)躾は身を美しくすると書くだろう。心を美しくするのが 教育なのさ・・・・・。今の親の後ろ姿など子供に見せるから子供が悪くなるのさ。このようにご隠居さんは言うであろう。さらに「親がいるからまともな子供 が育たない。学校があるからまともな人間になれない」とご隠居さんが言ったら、親や教師はどのように反論するのだろうか。どのように反論しても、ご隠居さ んは「分かってないね、アハハ」と小さく笑うだけでしょう。
では現状はどうでしょうか。幼い子供が被害に遭う痛ましい事件が頻発し、全校集会で「ヒトの命は地球より重い」と校長は言う。そして澄んだ瞳の生徒はその 話に聞きいっている。「ヒトの命は地球より重い」という校長の言葉に誰も異論はないでしょう。しかし澄んだ瞳の生徒が本当にこの言葉を理解しているので しょうか。澄んだ瞳の奥には、「他人の命などどうでもよい」という悪魔が潜んでいるのかもしれない。
学校の裏サイトを見れば、生徒たちの本音がわかります。「死ね、うざい、きもい」などの野獣語の羅列、さらにはいじめや中傷文が氾濫している。この裏の現実を直視すべきです。友人の命など、ましてや他人の命など、屁より軽いと思っているのでしょう。
このように小学生でさえ「建て前の天使と悪魔の本音」を使い分けているのです。相手を思いやる気持ちを教えても、「真面目な顔の表情と心の中身」が違って いれば、まったく意味がありません。むしろ狡猾なずるさを増長させているのです。小学生でさえこうならば、その親たちも大差はないでしょう。
綺麗事を並べるのが教育ではなく、綺麗な心を養うのが教育なのです。いっぽう子供は計り知れない能力を持っています。その能力を伸ばすことも重要です。画 一的な学習は優秀な事務員をつくっても、有能な子供の芽を摘み取ってしまう可能性が高いのです。また教育の画一性が、いじめの温床にもなっている。つまり 自分たちと違う能力を持つ仲間を、異質者として排除しようとする心理が「いじめ」の要因のひとつになっているからです。
教育に必要なのは人間としての常識力であり、知識ではなく想像力と知恵なのです。小学校の教育は「人間として悪いことは、悪いことと」と理屈なしに教える だけで十分です。そして子供の持つ無限の能力を伸ばすことです。それを大人は「能力を伸ばす」と言いながら、実際には子供へのお節介ばかりです。
江戸時代の子供は寺子屋に通っていました。寺子屋は全国で15000校、強制でも義務でもないのに8割の子供が通っていたのです。そして今の小学生より寺子屋の子供の方が勉強していたのです。そのため明治初期における日本の識字率は世界最高水準でした。昭 和時代の子供たちは教科書を何度も読み、暗記することで学習能力を高めていました。そして勉学から人生や常識を学び、まともな人間になったのです。かつて 学校の先生は、また社会全体がおおらかでした。休日には子供は学校のグランドで遊び、遊びの中から連帯感などを学んだのです。嫌な先生も多くいたが、悪口 を言いながら反面教師として彼らからも人生を学んだのです。嫌な先生から何を言われても、頭を叩かれても「ハイハイ」と言いながら、相手にもしなかった。 軽蔑しながら、「人間なんて所詮そんなもの」と親にも言わなかったのです。それは波風を立てない処世術ではなく、教師といえども人間であることを知ってい たからです。
かつては塾もなければ、学校に文句を言う親もいなかった。それでも昔の子供の方が教育レベルは高かった。現在の教育は管理教育で、管理教育が先生たちの精 神的消耗を招いている。管理教育から生まれるのは自由のない管理社会です。このような管理教育では、創造性のある豊かな子供は生まれないのです。
学校が教育を放棄し、子供を塾に通わせているという現実、塾にはイジメがないという現実、これらをどのように考えればよいのだろうか。15歳を対象にした世界各国との学力比較では、日本は読解力15位、数学の応用力10位、科学の応用力6位という事実をどう評価すればよいのだろうか。
資源のない日本は、学力、想像力、技術力が勝負です。教育となると多くの議論が出てきますが、多くの議論が学力を低下させたのです。文部科学省よりも常識 的なご隠居さんに教育方針を任せたほうがまだましです。教育委員会は解散して、教育については教育委員会の指導よりも、常識的なご隠居さんの出番で十分で す。
学級崩壊などの流行語は、正論による砂上の楼閣が引き起こしたものであり、正論を述べる親や教師の後ろ姿が悪すぎるからです。「ゆとり教育」を間違いだっ たと認めながら、今度は「英語教育」などと同じ間違いをおかそうとしている。日本語を知らない子供に、なぜ英語教育なのだろうか。英語教育などは文部科学 省が世論に媚びているだけです。国際社会において必要なことは、言葉の通訳ではなく、意思や思考の伝達なのです。文部科学省は単なる通訳を増やすだけで す。アメリカ映画に頻繁に出てくる「ファク、ユー」をどのように説明するのでしょうか。またサッカーの賭けごと「toto」がなぜ文部科学省管理なのでしょうか。賭けごとを管理する文部科学省に教育を任せることが間違っているのです。
学習能力と想像力は別なのです。また記憶力と常識も別なのです。しかし今の日本では、学習能力と記憶力の高いものが良い大学に入り、社会のトップにるのです。そして想像力と判断能力と常識が欠けていれば、日本全体が上から崩れてしまうのです。
人間は言葉で考え、言葉で思考力をつけるのです。日本語を知らなければ思考は低下し、理性まで失ってしまいます。空気を読めず、漢字も読めなければ麻生総 理ではないが、その思考力までも疑われてしまうのです。日本人に必要なのは考える力であり、その道具である日本語が軽視されれば、よき発想、よき社会は生 まれないのです。
読売新聞の調査では、学校教育に64%が不満を持ち、家庭で子供のしつけができているは9%、できていないが87%でした。つまり教育の責任は子供に対する家族を含んだ大人全体の責任なのです。子供が悪いのは、大人が悪いからで、「今の若者は努力が足りない、こらえ性がない、向上心がない」と大人が言っても、それは言っている大人が悪いからです。大学を卒業しても就職できない、就職して働いても20から24歳の43%が非正社員、25から29歳の28%非正社員というのは、労働者派遣の自由化を決めた大人の責任です。大人は子供から夢を奪い、若者から生活を奪っているのです。
勉強したい者には勉強する機会を与えることです。これだけインターネットが普及しているのですから、大学の講義をインターネットで公開すべきです。そうす れば日本人の知性の底上げになります。放送大学はインターネットでタダで受講べきで、また必要のない大学は廃校とすべきです。遊び人ばかりの大学などは大 学の名に値しません。本当に勉強したい者は授業料免除で大学に行けるようにすべきです。少なくても勉強しない者は卒業させないことです。固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)