前回の写真の印象は、いかがですか?
荻原先生は、当時も今も大変明解で、話をしにいくやいなや、「はい。入局決定!」ということで、入局が決まってしまいました。檜垣先生からは、「これからは小児科のように60歳以上の老人は皆老年科でしか、見ることはできなくなるから、失業はないよ」と甘言を聞かされました。
皆さん、ご想像の通りこんな事はおきませんでした!今や65歳以上が老人ですし(70歳以上への延長もありそうですが)、どこの内科も老人中心でいわゆる騙された!という感じです。
最も、当時の私の成績では、優秀な第一から第三内科には入れてもらえず(万一入れても、大事にはされるはずもなく?)、内科にいくなら第四内科しかない状態でしたら、歓迎されるままに入局を決めました(阪大では当時は卒業時の成績を卒業証書をもらう際に小さな紙に書いてそっと手渡されるという粋な?習慣があり、100番を超えるかどうかで、ガッツポーズを出すという卒業が危ぶまれた連中の儀式?がありました。幸い、小さな小さなガッツポーズを出せました)。
またまた、余談ですが、当時の阪大では外部からの入局者も入れると200人以上が内科へ進んでおり、同級生の半分60人ぐらいが内科でした。第一内科では、20人しか大学内での研修枠がなく、阪大内部からですら20数人が応募して、くじ引きで外部での研修からスタートした同級生もいた状態でした。今は、全内科をあわせても40人いるかいないかですから、信じられませんね。産科・小児科崩壊に続いて、外科崩壊が言われていますが、内科崩壊も数年先には起こります。本当にどこに医者は行ったんでしょう???
で、この話はまだまだ続きます。
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