前回に引き続き字体を大きくして、ブログを書いています。今日は、六本木ヒルズにいます。といっても、ヒルズ族になったわけでなく、あるビック・ファーマの実践しているバイオキャンプという若手研究者を世界に通じるグローバル人材にしようという企画です。
まもなく私の出番ですが、日曜にもかかわらず講演にきているのは、企画の男気?に打たれたためです。バイオ・製薬業界はグローバルにどんどんなっていきます。にもかかわらず、若い方のほうがドメステックになっているような気がして、心配しています。
私の若い時(といっても、そんなに前でないですよ。念の為)、大学院が終わるとアメリカへ留学したくて仕方がなかったものです。先輩も、皆さん海外にいかれましたし、如何に日本と違うかという話に目を輝かしたものです。ここだけの話ですが、私はそのために医局に入ったようなものです(少し脚色がありますので、お許しを)。
私の教室でもできる限り留学を進めています。しかし、時々気になります。折角機会があるのに、断る人も多くなっています。あるいは、最初からそんな気がない人も多いように見えます。
多分私たちの時に比べると、海外に行くことが多い上に、日本のほうが実験器具などが恵まれているように思えるからでしょうか?
しかし、留学の本当に意義は、実験して良い論文を書くことでもなく、英語がうまくなることでもなく、別の文化の考え方に触れ、異文化を理解することだと思います。
欧米の研究に関して、色々な意見があります。しかし、外から見るのと、中で味わうのは、似て非なるものです。わかった気でいるのは、危険です。
特に、アメリカ人の場合、フェアであることが何よりも優先します。良い論文が出た場合、他のラボで再現されない限り認められない。したがって、驚くほどよそのラボでの再現に協力をします。
日本であれば、腕が悪いから、あるいは、うまくできるのが私のラボの力のすごさだとむしろ自慢してしまうかもしれません。再現ができてこそ、捏造でなく、科学的な進歩なのだという自信には、正直私には最初たじろぐものがありました。
初めてボスによそのラボに教えるように言われてうまくいかなかった時、実験を始めたポスドクがいきなりしてもうまくいくはずがない、彼の腕が悪いのだと言い訳をしたら、本気で説教されました。
グローバルという言葉には色々な意味が入っています。しかし、重要なことのひとつは異文化の理解であり、唯我独尊ではないということだと思います。
若い研究者の方には、是非世界に巣立ってほしいと思います。日本を外から見る、見たことのある人がたくさんいる、このことが将来の日本の強さにつながると思います。
希望者がいましたら、私どもの教室もお手伝いをしますので、ご連絡をください。
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