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    <title>Dr. NA-O-REのがん療養生活から</title>
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    <description>消化器内科医。胃癌、肝転移で療養中。日々のつれづれと体験から考えた医療のこと、社会のこと、人生のことをボチボチ書いています。</description>
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    <title>Dr. NA-O-REのがん療養生活から</title>
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    <title>術後５年、息子６歳、ゴーカイセルラー</title>
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    <description>　平成23年12月６日、実家の母より携帯メールあり、手術から丸５年経過したことに気付かされた。５年経った…。日々慌ただしく、意外にも感慨が少ない。本当に生き延びたのだろうか、夢だったんじゃないだろうか…と思えるほど。確かに５年前、手術を受けた。日記にも記している。12月9日の息子の１歳の誕生祝いを12月3日日曜日にして、その夜から息子は実家の両親にあずかってもらい、12月7日からは５歳の娘もあずか...</description>
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      <![CDATA[<p>　平成23年12月６日、実家の母より携帯メールあり、手術から丸５年経過したことに気付かされた。５年経った…。日々慌ただしく、意外にも感慨が少ない。本当に生き延びたのだろうか、夢だったんじゃないだろうか…と思えるほど。確かに５年前、手術を受けた。日記にも記している。12月9日の息子の１歳の誕生祝いを12月3日日曜日にして、その夜から息子は実家の両親にあずかってもらい、12月7日からは５歳の娘もあずかってもらって、手術に臨んだ。本当に予想以上にうまくいったのだ。<br />　奇しくも５年前の12月3日は娘の幼稚園のおゆうぎ会だったが、今年の同じ日、息子のおゆうぎ会だった。着実に時は過ぎ、子供たちは成長している。子供らしい子供にスクスクと…。今年の誕生日プレゼントのリクエストはゴーカイセルラー（ゴーカイシルバーの変身道具）。トイザラスのカタログを１ヶ月も前から何度も眺めては、これと決めた。<br />　娘は10歳、お利口でおませなお姉ちゃんに見事に成長。５年前、幼稚園の参観日に講演を聞き、果たしてこの子たちの思春期に父親として立ち会えるのかと疑問に思った。でも、ここまで来れている。まだまだ安心はできないけれど、めぐりくる日常をコツコツとボチボチと行くのみ。<br />　さて、クリスマスプレゼントは何にしようか、年賀状に使う写真はどれにしようかと、遅まきながらお母さんと相談中の今日この頃です。お世話になった皆さん、気にかけて下さった皆さん、本当にありがとうございました。<br />　</p>]]>
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    <dc:creator>Dr. NA-O-RE</dc:creator>
    <dc:date>2011-12-11T16:32:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/with-cancer/20110716/1">
    <title>発症５年が経とうとしています</title>
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    <description>暑い。平日の日中は、病院の中にいるので快適だが、休みの日、朝遅く起きだして、ぼんやりしたまま外に出ると、日差しの強さに押しつぶされそうになる。車の中はサウナ状態で、エアコンをつけずにいられない。いつもの夏。大震災の衝撃もいつの間にか、意識から薄れる中、「放射能汚染」の報道はとどまる事を知らない。いまだに、そしてこれからも日本は大変な状況が続くのだ。原発にトラブルが起きると、こんなにも制御できないも...</description>
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      <![CDATA[<p>暑い。<br />平日の日中は、病院の中にいるので快適だが、休みの日、朝遅く起きだして、ぼんやりしたまま外に出ると、日差しの強さに押しつぶされそうになる。車の中はサウナ状態で、エアコンをつけずにいられない。<br />いつもの夏。大震災の衝撃もいつの間にか、意識から薄れる中、「放射能汚染」の報道はとどまる事を知らない。いまだに、そしてこれからも日本は大変な状況が続くのだ。原発にトラブルが起きると、こんなにも制御できないものなのか。どこまで将来的に健康被害がでるのかわからない、あるいは意外と何事も無いのかもしれないけれど、目に見えない「放射能」が拡散することは、自然な事ではない。人間は自然を作り替えて繁栄して来たけれど、便利な世の中を支えるために、自然に反した相当な無理をしている。私たちは、原発を手放せるだろうか？ピッカピカの未来都市ではなく、そこそこの生活だけでも未来に引き継ぐためには、ここでじっくり足踏みしなければいけないと思うのだが…。<br />中途半端に復興すると、結局、「のど元過ぎれば…」で、ほとんど変わらないということになってしまいそう。</p><p>追記：私の病気が発覚して丸５年が経とうとしています。手術してからは4年と７ヶ月。幸いにも、元気です。今月初めのCTでも再発所見はありませんでした。<br />今は、いつのまにか10人にもなった部下をまとめようと四苦八苦している中間管理職として、なんとか過ごしています。元気でいられる事への感謝より、精神的な疲労感と時折の充実感の中で日々が過ぎていきます。何とも覇気がありませんが、やはりボチボチとやっていくしかないのかなと思っています。<br />ついついいろいろ考えて、夜更かしとなってしまう今日この頃ですが、夏を乗り切るためにも、早寝早起きで体調を整えていきたいと思います。</p>]]>
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    <dc:creator>Dr. NA-O-RE</dc:creator>
    <dc:date>2011-07-16T17:12:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/with-cancer/20110327/1">
    <title>東北関東大震災に寄せて</title>
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    <description>3月11日金曜日午後、いつものように大腸内視鏡検査をしていると、看護師さんが「東北で地震が起きて大変らしい」という。いつものことかと思ったが、「マグニチュード８．８とか言っている」と。夕方になるとテレビで、今まで見たこともない津波が不気味に陸地を飲み込んでいく映像が流れていた。それから2週間あまり。未曾有の災害に落ち着かない日々が過ぎている。平成7年1月の阪神淡路大震災の時は、私は神戸に住んでいた...</description>
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      <![CDATA[<p>3月11日金曜日午後、いつものように大腸内視鏡検査をしていると、看護師さんが「東北で地震が起きて大変らしい」という。いつものことかと思ったが、「マグニチュード８．８とか言っている」と。夕方になるとテレビで、今まで見たこともない津波が不気味に陸地を飲み込んでいく映像が流れていた。</p><p>それから2週間あまり。未曾有の災害に落ち着かない日々が過ぎている。</p><p>平成7年1月の阪神淡路大震災の時は、私は神戸に住んでいた。その時も都市直下型地震の猛威を間近に経験したが、今回の津波被害は大きさも範囲も桁が違う。原発事故もいつ収拾がつくのか。</p><p>神戸の時、私が住んでいたところは電気はすぐに通じたが、水やガスはなかなか復旧しなかった。不自由な生活だったが、「生きる」ことに対する緊張感があって、いわゆる空元気で過ごしていたように思う。</p><p>今回は、その不自由さも失ったものの大きさも想像を絶するものがある。加えて放射能漏れの恐怖はどうだろう。原発で作業に当たっている人々の苦難や恐怖を思うと、涙が出そうになる。無意識に神戸の震災の頃と重ね合わせてしまうのか、なんだか落ち着かなくて、震災発生後、1週間くらいは、何ができるわけではないのに、テレビを見つめては夜更かしをし、寝不足になる日が続いた。</p><p>私の勤めている病院は赤十字病院でもあり、震災発生当初から、日本赤十字社の活動の一環として、3日おきに救護班が出動している。一班あたり現地での活動は3日間、往復に1日ずつの計5－6日のスケジュール。消化器内科の医師もすでに2人が出動した。彼らは自ら志願して救護班に加わった。若さと何かしなければという気持ちの強さが、まぶしいくらいだ。</p><p>おそらく今回は、相当長期の診療支援が必要となるだろう。特に内科、小児科等の慢性疾患への対応の必要性が高まってくるだろう。現地に出かける救護班の支援と残って病院での通常業務を維持する仕事がうまく積み重なって、被災者の助けになりますように。</p><p>日本の国難とも言える事態。思いを寄せて、手を携えて乗り越えていきたい。</p><p>&nbsp;</p>]]>
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    <dc:creator>Dr. NA-O-RE</dc:creator>
    <dc:date>2011-03-27T17:01:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/with-cancer/20101002/1">
    <title>スカイツリーを見ました</title>
    <link>http://blog.m3.com/with-cancer/20101002/1</link>
    <description>ばたばたしているうちに、発症４年目が過ぎていました。ブログの投稿も６ヶ月ぶり。元気になって時間に追われる、これは文明社会の一員の宿命なのか、心がけが悪いのか…。そう言いながらも、先週後半、秋分の日から３日間、家族旅行に行ってきました。今年は国内、ディズニーランドへ。前半は雨でしたが、そこそこ楽しめたと思います。４歳の息子には、今ひとつ不評でしたが…（どうもアトラクションで暗くなることが多くて怖かっ...</description>
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      <![CDATA[<p>ばたばたしているうちに、発症４年目が過ぎていました。ブログの投稿も６ヶ月ぶり。元気になって時間に追われる、これは文明社会の一員の宿命なのか、心がけが悪いのか…。<br />そう言いながらも、先週後半、秋分の日から３日間、家族旅行に行ってきました。今年は国内、ディズニーランドへ。前半は雨でしたが、そこそこ楽しめたと思います。４歳の息子には、今ひとつ不評でしたが…（どうもアトラクションで暗くなることが多くて怖かったようです）。３日目は趣向を変えて、浅草へ。浅草寺の仲見世は、タイムトラベルで昔に戻ったみたいで、新鮮な感激を覚えました。そして、浅草に行ったもう一つの理由は、私が建設中のスカイツリーを見たかったから。間近ではありませんが、浅草寺境内からもよく見えました。平成版「三丁目の夕日」気分を味わえて、お父さんの望みが叶いました。ちなみにお母さんの希望は、お台場めぐりだったのでした。<br /><img src="/with-cancer/files/%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%84%E3%83%AA%E3%83%BC.jpg" align="right" /></p><p>追記：本日、ある週刊誌の取材を受けました。私のブログに沿って、当時の心境や今の思いを聞かれました。改めて尋ねられると、当時のことを鮮明には覚えていないことに気づかされました。まともな取材になったのか、心配です。<br />取材の中で、「当時、周囲の人から受けたアドバイスでありがたかったのは、どういったものでしたか？」と聞かれて、思い当たったのは、医学的・医療的なことよりも、同僚の医師や看護師さんたちの励ましや、いただいたお守りだったなあということでした。その時は編集者の人にうまくお話できませんでしたが、後でつらつら考えてみると、医学・医療は、旅行の時のガイドブックや乗り物のように患者さんの道行きの手伝いをするけれども、実は、道連れになってくれる人や人の情けが一番ありがたい、それは医者が患者になった時も同じ、ということかな、と自分の中で総括した今宵でした。</p>]]>
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    <dc:creator>Dr. NA-O-RE</dc:creator>
    <dc:date>2010-10-02T22:40:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/with-cancer/20100410/1">
    <title>新年度始まる</title>
    <link>http://blog.m3.com/with-cancer/20100410/1</link>
    <description>　先週は家族で花見に出かけました。肌寒い、雨の多いこの春ですが、先週の日曜は春らしい天気で、４年ぶりに金比羅さんにお参りしてきました。４歳の息子をおだて励まし、１０００段を越える階段道を登りきりました。息子だけでなく、我ながら体力が戻って来ている事を実感しました。　新年度が始まりました。私が消化器内科のトップになって２年目です。この４月から、なんと消化器内科は２人増員となりました。この足掛け４年の...</description>
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      <![CDATA[<p>　先週は家族で花見に出かけました。肌寒い、雨の多いこの春ですが、先週の日曜は春らしい天気で、４年ぶりに金比羅さんにお参りしてきました。４歳の息子をおだて励まし、１０００段を越える階段道を登りきりました。息子だけでなく、我ながら体力が戻って来ている事を実感しました。<br />　新年度が始まりました。私が消化器内科のトップになって２年目です。この４月から、なんと消化器内科は２人増員となりました。この足掛け４年の間にいろいろな経緯でメンバーの出入りがあり、私が病気をした時の事を直接知っているメンバーは２人ほど、後の6人ほどは私が仕事に復帰してから来てくれたメンバーになります。私（本日で45才）より若い面々にこれからも助けてもらいながら、さらに１年がんばってみようと思います。でも、やっぱり、部署をまとめるのは大変で、少々気が晴れない今日この頃です。<br />　うまくいってるんですけどねーーーー</p>]]>
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    <dc:creator>Dr. NA-O-RE</dc:creator>
    <dc:date>2010-04-10T17:23:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/with-cancer/20091206/1">
    <title>ひさかたの</title>
    <link>http://blog.m3.com/with-cancer/20091206/1</link>
    <description>年始に投稿してから、あれよあれよと年末になってしまいました。妻と娘はお出かけし、私は息子と留守番です。4歳目前にして、ようやくまともに話ができるようになった息子は今がかわいい盛りなのでしょう。先月は、息子の初めてのおゆうぎ会があり、子供たちのもどかしい、たどたどしい演技を見ながら、胸にじわぁとこみ上げるものがありました。職場では、春から消化器内科の一番年長となり、現在７人のスタッフのまとめ役を、な...</description>
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      <![CDATA[<p>年始に投稿してから、あれよあれよと年末になってしまいました。<br />妻と娘はお出かけし、私は息子と留守番です。4歳目前にして、ようやくまともに話ができるようになった息子は今がかわいい盛りなのでしょう。先月は、息子の初めてのおゆうぎ会があり、子供たちのもどかしい、たどたどしい演技を見ながら、胸にじわぁとこみ上げるものがありました。</p><p>職場では、春から消化器内科の一番年長となり、現在７人のスタッフのまとめ役を、なんとか務めている状況です。それがいいのか、わるいのか、平日はバタバタして、肉体的にも精神的にも息切れしそうなこともあります。それでも週末は家族とゆっくりできることが多く、他のスタッフには本当に感謝しなければなりません。私の体の事を詳しく知らないスタッフもいる中で、盛り立ててもらっています。</p><p>術後、３年が経とうとしています。流されるまま、今の職場に留まっている状況ですが、同じような病状の患者さんと比べても、私は本当に順調な経過と言えるでしょう。若いスタッフの診療の相談に乗る形で、そのような患者さんにかかわる毎日ですが、未だに、医療者としても、患者としても、病気にどう向き合うのがいいのか模索している状態が続いています。今ある手法を最良の形で患者さんに提示して提供できるように心がけたいとは思っていますが、全力でやれているかというと…。やっぱりボチボチです。<br /></p>]]>
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    <dc:creator>Dr. NA-O-RE</dc:creator>
    <dc:date>2009-12-06T14:47:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/with-cancer/20090102/1">
    <title>新春雑感</title>
    <link>http://blog.m3.com/with-cancer/20090102/1</link>
    <description>明けましておめでとうございます。最近すっかりとびとびとなってしまったこのブログも、３年目の正月を迎えました。手術後、丸２年が無事経過しました。この１年は、抗ガン剤（TS-１）の内服も無しで、続けていることと言えば、妻の手製の毎朝のニンジンジュースと１ヶ月２回のハイパーサーミアですが、ありがたいことに今のところ順調です。近頃は、私の体調などよりも、世の中が大変で、本当にどうなることやら…。まともには...</description>
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      <![CDATA[<p>明けましておめでとうございます。<br />最近すっかりとびとびとなってしまったこのブログも、３年目の正月を迎えました。手術後、丸２年が無事経過しました。<br />この１年は、抗ガン剤（TS-１）の内服も無しで、続けていることと言えば、妻の手製の毎朝のニンジンジュースと１ヶ月２回のハイパーサーミアですが、ありがたいことに今のところ順調です。<br />近頃は、私の体調などよりも、世の中が大変で、本当にどうなることやら…。まともには視ませんが、テレビであれこれ批判合戦をするよりも、もっと真剣に知恵を出し合うことはできないのものかと情けなく思う今日この頃。知恵をまとめて実行に移すリーダーも不在では、去年よりも今年の方が、ますます「変」な方向に流されそうで不安です。<br />こんな時こそ、互いに思いやりながら、冬の厳しさに耐え、春が来るのを待つしか無いのかもしれません。</p><p>「私はついてる、ニコニコ元氣。ついてるついてる、ニコニコ元氣！」</p><p>今年も、時々、おつきあい下さい。<br /></p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>Dr. NA-O-RE</dc:creator>
    <dc:date>2009-01-02T23:13:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/with-cancer/20080928/1">
    <title>発症後２年が過ぎて</title>
    <link>http://blog.m3.com/with-cancer/20080928/1</link>
    <description>　前回投稿から５ヶ月以上も過ぎてしまいました。その間に、発症後２年が、慌ただしく過ぎていました。７月のCT、８月の上部消化管内視鏡と、特に問題無く、体調も良好。体重も術後50kgをようやく越えていたものが、先日久方ぶりに測ってみると、60kgにもう少しというところに回復です。　今は、体調よりも、将来の不安よりも、むしろ日常の生活のことでバタバタして日々が過ぎている感じ。特に仕事は外来・検査業務のみ...</description>
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      <![CDATA[<p>　前回投稿から５ヶ月以上も過ぎてしまいました。その間に、発症後２年が、慌ただしく過ぎていました。７月のCT、８月の上部消化管内視鏡と、特に問題無く、体調も良好。体重も術後50kgをようやく越えていたものが、先日久方ぶりに測ってみると、60kgにもう少しというところに回復です。<br />　今は、体調よりも、将来の不安よりも、むしろ日常の生活のことでバタバタして日々が過ぎている感じ。特に仕事は外来・検査業務のみとは言え、やはり今の世の中、ボチボチというわけにも行きません。そんな中でも、夏には、旅行だ、キャンプだ、花火だと飛び回ってはいましたが…。<br />　病気のことがほぼ常に頭の中にあった頃が遠い昔の様で、今は病気のことを、かなり意識しなくなっている（正確には、意識する余裕が無くなっている）。仕事のあれこれをこれからどうしよう、子供たちの教育をどうしよう、小遣いを捻出してあんなものも買いたいけど…といった大小様々なことに頭を悩ませながら過ごす毎日。これは、２年前の夏には、想像できなかった未来ではあります。でも、そういう感慨をゆっくり噛み締める余裕が無いというのも、現代社会の現実でしょうか（あるいは、単に私の活力不足と要領の悪さでしょうか）？</p><p>　先日、私が３年7ヶ月前から診療に当たっていた膵がんの患者さんが亡くなられました。奥様は「主人も、先生が主治医で良かったと、常々言っていました」と言ってくださいましたが、私自身はどこまで力になれたか…。病状が進行する中、ハイパーサーミアを紹介して、受けに行っていただきましたが、効果は芳しくありませんでした。患者さんの不安は相当なものであったと思いますが、最後の方は、患者さんの訴えや思いを十分に受け止めた対応はできなかった様に思います。私自身の病気休職中は、仕事に復帰したら、この闘病の経験を生かして、何かこれまで以上にプラスαのことが出来るのではないか、と思っていましたが、力量の無さと多忙の中で、経験は生かせていないなあと思うことが多いです。</p><p>　病前と同じように毎日を過ごすことができる幸せを感じつつも、日々生きていくことの大変さに少々弱気になっている、まだまだ頭でっかちな私なのでした。</p>]]>
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    <dc:creator>Dr. NA-O-RE</dc:creator>
    <dc:date>2008-09-28T22:51:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/with-cancer/20080411/1">
    <title>花見と新人の季節</title>
    <link>http://blog.m3.com/with-cancer/20080411/1</link>
    <description>　先週、待望の花見が開催されました。　自宅から１番近いので、６時過ぎに起きて、近くの公園に場所取りに行きました。この地に住み始めて、４回目の春ですが、この公園が、いつも６時前から開園されていることを初めて知りました。そして、朝の散歩やラジオ体操をしている人たちが、結構いることも知りました。　がらんとした公園の桜の木の下に、シートを敷いて、一旦家に帰り、10時過ぎに、再び公園に行くと、入園する人がど...</description>
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      <![CDATA[<p>　先週、待望の花見が開催されました。<br />　自宅から１番近いので、６時過ぎに起きて、近くの公園に場所取りに行きました。この地に住み始めて、４回目の春ですが、この公園が、いつも６時前から開園されていることを初めて知りました。そして、朝の散歩やラジオ体操をしている人たちが、結構いることも知りました。<br />　がらんとした公園の桜の木の下に、シートを敷いて、一旦家に帰り、10時過ぎに、再び公園に行くと、入園する人がどんどん増えているところでした。いい天気の、桜満開の土曜日を、たくさんの人が待ち構えていたようです。消化器内科の医師と内視鏡室の看護師さん、そして奥さんや子供達が、三々五々集まって、花見の宴が始まりました。こんなに一堂に集まるのは、これまで無かったので、何となく遠慮がちな、おとなしい、でも、しみじみとした会になりました。元々宴会となると張り切ってしまう妻は、あれで皆さん楽しめたのだろうか、もっと声を掛けた方が良かったのだろうか、と後で心配していましたが、私としては、みんなで集まれたことが、うれしかった。心地よい春の１日でした。<br />　職場では、研修医をはじめ、フレッシュな面々をあちこちで見かける季節となり、それだけで、病院が華やいだ雰囲気になっています。初々しい新人を見ていると、こちらも心新たに！という気分になります。なんとなく、いろいろなことが上手く回っていきそうな、そんな希望に満ちた今日この頃です。<br />　新人といえば、昨日は、娘の小学校の入学式でした。あいにくの雨の１日でしたが、娘は新しいスタートがうれしくて仕方が無いようです。しばらくは、「大きなランドセルの中に、荷物は少し」の時期が続くようですが、これからどんな思い出を紡いでいくのか、見守っていきたいと思います。<br /><img src="/with-cancer/files/%E8%8A%B1%E8%A6%8B08.jpg" /></p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>Dr. NA-O-RE</dc:creator>
    <dc:date>2008-04-11T23:19:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/with-cancer/20080330/2">
    <title>花冷えの日曜</title>
    <link>http://blog.m3.com/with-cancer/20080330/2</link>
    <description>　今年の冬は、予想していたよりも寒かった。ようやく春本番となり、来週には花見に行こう、それもできれば職場の仲間と盛大にやりたいと、私にしては珍しくウキウキしていた。それなのに今日の寒さはいったいなんだ、花冷えにしても寒すぎる！格別陽気な春の訪れの前触れだろうか？　今日は、午後から珍しく1人で過ごしている。妻は、今日から高校時代の友人の結婚式に泊りがけで出席、子供たちは、春休みでもあり、昨日から実家...</description>
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      <![CDATA[<p>　今年の冬は、予想していたよりも寒かった。ようやく春本番となり、来週には花見に行こう、それもできれば職場の仲間と盛大にやりたいと、私にしては珍しくウキウキしていた。それなのに今日の寒さはいったいなんだ、花冷えにしても寒すぎる！格別陽気な春の訪れの前触れだろうか？</p><p>　今日は、午後から珍しく1人で過ごしている。妻は、今日から高校時代の友人の結婚式に泊りがけで出席、子供たちは、春休みでもあり、昨日から実家の両親に預かってもらっている。そして厳しい花冷えで、外出する気にもなれず、久しぶりにブログを書いている。</p><p>　1年前にも、「花冷え花曇り」というタイトルでブログを書いているが、あの当時のことが、すっかり昔のことに思える。仕事が、すっかり毎日の生活パターンの中に入り込み、療養生活を送っているという気分がほとんど無くなっている。ＴＳ-１の内服をやめていることで、倦怠感を感じることがなくなったためでもあるだろう。仕事が立て込んで、心身ともに疲れることはあり、そんな時は、いったん仕事をやめて仕切りなおしたほうがいいかもしれない、とも思うのだが、思い切れずにいる。1年前、「仕事をしながら先行きを考えよう」と思って、仕事を再開したが、なかなか考える余裕もなく、1年が経った。これは、でも、振り返って見れば幸せなことである。1年半前の発症時、職場に復帰してまともに仕事をしている自分を想像できなかった。まだまだ疲れやすいものの、食欲も昔並みに戻り、先日の採血やＣＴの結果では、再発の所見は認めなかった。奇跡的な回復といっていいと思う。すっかり安心とは思えないが、ありがたいことだ。</p><p>　最近、ちょっと厄介なのは、せっかく「生かされている」のに、何かしないといけないのでは？という思いが頭に浮かんでくることだ。生真面目、自意識過剰で、生きづらさを感じやすい性格の私が頭をもたげてくる。「明日のことはわからない、今やりたいこと、今やるべきことを精一杯やるだけ」というふうに腹を据えることができれば、逆にもっと伸び伸びいろいろなことができるのだろうな、と思う。うまくは書けないけれど、カッコをつけようとせず、自分の感性や価値基準を信じて、自分が「良し、好し、善し」と思えることを「楽しみ」としてやっていけるように心掛けよう。</p><p>　ブログも、もっと肩の力を抜いて書いたほうが、もっと頻回に、いいものが書けるのだろうな。まずは、春をご陽気に満喫しよう。</p>]]>
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    <dc:creator>Dr. NA-O-RE</dc:creator>
    <dc:date>2008-03-30T18:45:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/with-cancer/20071230/_1_">
    <title>術後1年の年の瀬</title>
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    <description>　またまた久しぶりの投稿である。病院での仕事の影響だろうか、家に帰っても時間はあるがブログを書く方に意識が向かない。すっかり仕事中心の生活に戻ってきたということか。いいことでもあり、悪いことでもあり&amp;hellip;。　10月末には神戸で学会があった。その機会に前の勤務先の病院の消化器内科の先生達が同窓会のような宴会を企画してくれた。本当にみんなが、私が病気から復帰してその場に参加できたことを喜んで...</description>
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      <![CDATA[<p>　またまた久しぶりの投稿である。病院での仕事の影響だろうか、家に帰っても時間はあるがブログを書く方に意識が向かない。すっかり仕事中心の生活に戻ってきたということか。いいことでもあり、悪いことでもあり&hellip;。</p><p>　10月末には神戸で学会があった。その機会に前の勤務先の病院の消化器内科の先生達が同窓会のような宴会を企画してくれた。本当にみんなが、私が病気から復帰してその場に参加できたことを喜んでくれ、感激した。その翌日には大学の消化器内科の同期生も食事会を企画してくれて、あの頃はどうの、最近あいつはどうしたと、話に花が咲いた。本当にたくさんの仲間、知り合いから力をもらってここまで来たんだなと実感した。</p><p>　11月には6歳2ヶ月の娘と1歳11ヶ月の息子がそろって七五三参りを迎えた。娘はいつの間にかすっかりお姉ちゃんになった。息子もたくましく簡単には制御できない存在になってきた。ありがたい事だと思う。今後ますます父親業は大変になるのだろうけれど、それが楽しみでもある。</p><p>　仕事の方は、相変わらず入院受け持ち無し、緊急呼び出し無しで働かせてもらっているが、外来、検査は忙しくなり雑用も増えて、少し気持ちの中に余裕が無くなってきている感じがする。疲れもあるのだろうが、時間に追われて患者さんを前にしてイライラすることもある。もっとのんびりやればいいのに生真面目な性格が裏目に出ているような&hellip;。やらないといけないことが次々沸いてくるような感じがして、でも本当にやらないといけないことはそう多くはないのだろう。うまく見極めて余裕を取り戻したいと思う。</p><p>　年も押し迫った今日、遅れていた年賀状もようやく出して、ほっと一息ついてブログを書いている。術後1年が無事過ぎた。あっという間に過ぎてしまった感じもするが、思い返せばうれしいこともたくさんあって充実した1年であったと思う。ＴＳ-1はおとといまでで一応飲み納めとした。来年はどんな年になるか、これまでの感謝を胸に、改めて1日1日を大切に生きていくことを心掛けたいと思う。</p><p>　家族に感謝！仲間に感謝！その他昨年からいろいろ気にかけて下さった多くの人に感謝！そして少しずつでもこのブログを読んでくれている方にも感謝します！</p><p>　皆さんにとって来年が良い年でありますように！！</p>]]>
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    <dc:creator>Dr. NA-O-RE</dc:creator>
    <dc:date>2007-12-30T22:33:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/with-cancer/20070916/2">
    <title>夏の終わり…発症後１年が過ぎ</title>
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    <description>　前回初夏に投稿してから、早３ヶ月。まだまだ残暑は厳しいとはいえ、朝晩の涼しさや虫の音に秋がすぐそこまで来ていると感じる。　この３ヶ月、充実した夏であり、一方で少し疲れ気味の夏であった。　グアム旅行にも行って来た。娘や妻が帰りがけに熱を出したり、デジカメを海水に浸けてしまい折角の写真が…、というようなこともあり、ドキドキもしたが、楽しい思い出もでき、また自信にもなった。　声楽も習い始めた。オペラを...</description>
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      <![CDATA[<p>　前回初夏に投稿してから、早３ヶ月。まだまだ残暑は厳しいとはいえ、朝晩の涼しさや虫の音に秋がすぐそこまで来ていると感じる。<br />　この３ヶ月、充実した夏であり、一方で少し疲れ気味の夏であった。<br />　グアム旅行にも行って来た。娘や妻が帰りがけに熱を出したり、デジカメを海水に浸けてしまい折角の写真が…、というようなこともあり、ドキドキもしたが、楽しい思い出もでき、また自信にもなった。<br />　声楽も習い始めた。オペラを基本に音楽の楽しさを世間に広めたいという熱意を持った若い声楽家夫婦が主催する教室に、不定期ながら通っている。その教室の生徒としては最高齢に近いかもしれない。少しずつ声が出るようになり、イタリア歌曲等を歌わせてもらったりしている。歌とは別に、初めてのイタリア語に興味もわいてきて、それなりに楽しんでいる。<br />　仕事も続けている。覚悟していたことだが、外来も検査もだんだんと忙しくなってきた。委員会等もあって、なかなか５時にさよならというわけにはいかなくなってきている。夏バテもあってかこのところ週末は若干元気が出ない。妻も心配して「もっとゆったりできる仕事先を考えてみたら？」という…。でも今の仕事にやりがいは十分感じている。はてさて…。<br />　治療も続けている。TS-1 100mg/日を２週内服１週休薬で続けている。術後から9ヶ月近く続けて来た。術前にTS-1＋シスプラチンで治療していた時から数えると、TS-1は術前術後の１ヶ月を除きほぼ１年内服したことになる。やはり内服期間中はだるい。内服を始めた頃に比べると慣れてはきたが、動くことが億劫になるだるさがある。十全大補湯を併用してみたりしているが、あまり変わらない感じ。それでも仕事中はそのだるさも忘れている。だるさを感じるのは気分的な要因もあるのかもしれない。術後補助化学療法として少なくとも今年の年末まではTS-1内服を続ける予定にしている。ハイパーサーミアもグアム旅行の前に行ってから中断していたが、８月末より再開した。２週に１回程度しか行けていないが、細々とでも続けてみようと思う。<br />　自宅での遠赤外線照射器による温熱療法もどきは基本的に１日2回30分ずつで続けている。一方、治療の影響、夏バテのためか、食欲モリモリという訳にはいかず、本格的な玄米菜食には戻れていないが、妻がCOOKPAD等のサイトの情報を参考に食べやすくて体に良さそうな料理を、と工夫してくれている。</p><p>　さて、娘が先日６才になった。息子ももうすぐ２才。この１年で２人とも大きくなった。２人の振りまく愛嬌に、本当に救われている。妻は最近ガーデニングにはまり始めた。せっせとホームセンターに通い、鉢と植物を買って来ては植えて並べて「癒される〜」と悦に入っている。<br />　そこそこの仕事とのんびりとした家族との時間をうまく両立させて行きたい、今の望みはその１点！<br /><img src="/with-cancer/files/%E5%A4%8F%E3%81%AE%E7%B5%82%E3%82%8F%E3%82%8A.jpg" /><img src="/with-cancer/files/%E3%82%AB%E3%82%99%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%99%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%99.jpg" /></p>]]>
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    <dc:creator>Dr. NA-O-RE</dc:creator>
    <dc:date>2007-09-16T23:00:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/with-cancer/20070623/1">
    <title>挑戦！？</title>
    <link>http://blog.m3.com/with-cancer/20070623/1</link>
    <description>　なかなかブログを書く時間が無い。相変わらず仕事は９時−５時だが、雑用も増えて来て、せわしなく日々が過ぎていく。TS-1内服中であることを除けば、それだけ以前の日常に戻って来たということだが、思索を巡らせる余裕が無くなっているとも言える。良くもあり、悪くもあり、大げさに言えば人生±ゼロだなと最近つくづく思う。　そんな日々の中、強く思うこと、それは「生きたい！」ということ。　入院して化学療法や手術を...</description>
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      <![CDATA[<p>　なかなかブログを書く時間が無い。相変わらず仕事は９時−５時だが、雑用も増えて来て、せわしなく日々が過ぎていく。TS-1内服中であることを除けば、それだけ以前の日常に戻って来たということだが、思索を巡らせる余裕が無くなっているとも言える。良くもあり、悪くもあり、大げさに言えば人生±ゼロだなと最近つくづく思う。</p><p>　そんな日々の中、強く思うこと、それは「生きたい！」ということ。</p><p>　入院して化学療法や手術を受けていた頃より、最近の方がその思いは強い。あの頃は１日１日を乗り越えることが「生きる」ことだったが、日常を取り戻しつつある今、未来のことに思いが及ぶ。<br />　妻は、私の病気をきっかけにある資格を取ろうと通信教育を受講し始めた。まだまだコンピュータ操作が苦手な妻をサポートしたい。父母、妹にもっと安心してもらいたい。ますます可愛くなる娘、息子ともっと一緒に過ごしたい。今、私は幸せだと思う…それは以前よりももっと必要とされている、愛されていると感じるからだろうか。その幸せを失いたくないと思う。<br />　妻は言ってくれる。「あなたは大丈夫！私が毎日強く祈ってるから！」<br />　そう、弱気になっても解決にはならない。１日１日を粘り強くかつ軽快に？過ごしていきたいと思う。</p><p>　この夏、挑戦することがある。１つは初めての家族４人での海外旅行。私が春に「ハワイにでも行きたいな〜」と何気なく言ったことから始まり、ハワイは遠いからグアムにしようという事になった。来週5日間、楽しんでこようと思う。もう１つは７月から声楽のレッスンを受けることにしたこと。もともと歌うことが好きだし、大きく声を出すことで体にも好影響が期待できると思ったからだ。１年後にはイタリアオペラを朗々と歌えるようになるだろうか…。こんなことは仕事をセーブさせてもらっているから出来ることで、申し訳ない気持ちもあるが、折角の機会を生かしたいと思う。<br />　またしばらくして、旅行ネタ、声楽ネタでブログが書けるかなと思いつつ、本日はここまで…See you next time !　です。<br />　</p>]]>
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    <dc:creator>Dr. NA-O-RE</dc:creator>
    <dc:date>2007-06-23T06:46:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/with-cancer/20070501/1">
    <title>休日に医療を思う</title>
    <link>http://blog.m3.com/with-cancer/20070501/1</link>
    <description>　ゴールデンウィーク２日目、近くの国営公園に行く。ここはとにかくだだっ広い。たまたま無料開園日でもあり、ものすごい人出だ。それでも十分ゆったりできる花と緑の公園、雲一つない青空と初夏を思わせる陽気。こんなにゆったりと過ごせるゴールデンウィークは社会人になってから初めてだ。　　手術後約５ヶ月、仕事復帰してほぼ３ヶ月…、暗黙の了解のように入院患者さんの主治医と緊急呼び出し（夜間・休日のオンコール）は免...</description>
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      <![CDATA[<p>　ゴールデンウィーク２日目、近くの国営公園に行く。ここはとにかくだだっ広い。たまたま無料開園日でもあり、ものすごい人出だ。それでも十分ゆったりできる花と緑の公園、雲一つない青空と初夏を思わせる陽気。こんなにゆったりと過ごせるゴールデンウィークは社会人になってから初めてだ。<br />　<br />　手術後約５ヶ月、仕事復帰してほぼ３ヶ月…、暗黙の了解のように入院患者さんの主治医と緊急呼び出し（夜間・休日のオンコール）は免除してもらって過ごさせてもらっている。突然呼び出されることがまず無いという状況は何とラクチンなのかと思う。<br />　この状況で思うには、やはり医者という仕事は命を削る職業である。患者さんの人生の大事な局面に立ち会う、短期間で回復する患者さんもいるが、長く患う患者さんもいる、時には死亡宣告をせねばならない…。多少慣れることはあっても、常にストレスを抱えつつ、患者さんを支え、ひいては社会を支えている職業だと思う。<br />　しかし医者も生身の人間、不死身でもなく完璧でもなく、無尽蔵に湧いて出てくるものでもない。一方、最近の世の中、医療を見る目がとても厳しい。厚労省やマスメディアからは、まるで全国どこの医療機関も万全で最先端であって当然のようなプレッシャーを掛けられているように感じる。医師不足が深刻になってもなお医療サービスは通常通り供給できて当然、病院はコンビニのように便利で清潔で当たり前と思われているかのように感じてしまう（被害妄想？）。現実とのギャップは大きく、日々のストレスで医者は疲弊し、患者さんとの関係もギスギスしがち…。理想はもちろん必要、しかし現実の中で最善を尽くしても評価も感謝もされないとすれば、医者の誇りも意欲も枯れてしまわないかと心配になる。<br />　医者や看護師は、個人の力だけでその資格を得たのではない。その育成のため少なからず国から大学等に税金が投入されているはず。その意味では医師・看護師を含む医療システムは社会の共有財産だと思う。普段何気なく使っている水道の水にも限りがあり、森の管理、ダムの管理、節水等が必要なように、医療システムにも現時点での限界はある。改善すべきところももちろんあるが、あれも出来るだろう、こんな事もできないのかと搾られる一方では干上がってしまいそうだ。医療システムという共有財産を維持し改善していくために、場当たり的ではなく、官民もっと知恵を出し合うことはできないものかと思う。<br />　仕事では楽をさせてもらっている身でありながら、弱音とも甘えとも取られかねない思いかもしれないが、傍目に見ても病院という職場が以前よりもツライ、キツい（肉体的にも精神的にも）所になっているように思う。いつか状況は良くなるのだろうか…。</p><p>　雲一つない青空のもと、今までになくのんびりしながらも、ふと現場で奮闘している同僚のことを思い出し、なんとかならんかなと思うのでした。<br /><img src="/with-cancer/files/kait.jpg" alt="凧揚げ" /><img src="/with-cancer/files/%E9%AF%89%E3%81%AE%E3%81%BB%E3%82%99%E3%82%8A.jpg" alt="鯉のぼり" align="left" /></p>]]>
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    <dc:creator>Dr. NA-O-RE</dc:creator>
    <dc:date>2007-05-01T11:20:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/with-cancer/20070419/1">
    <title>鬼が島のモアイ像</title>
    <link>http://blog.m3.com/with-cancer/20070419/1</link>
    <description>　先週末の土曜日は、高松港から北に船で20分の所に浮かぶ女木島（めぎしま）に行ってきた。花見ポイントの１つで、今回も花曇りの天気であったが、花見をしながら瀬戸内海も眺められるいい場所だった。鬼が島伝説の島でもある。昭和6年に発見された洞窟が「鬼が島大洞窟」として公開されている。その人工と考えられている洞窟は海賊の住処であったらしい。その海賊を退治した故事（さる天皇の皇子が、地名に犬、猿、雉の付いた...</description>
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      <![CDATA[<p>　先週末の土曜日は、高松港から北に船で20分の所に浮かぶ女木島（めぎしま）に行ってきた。花見ポイントの１つで、今回も花曇りの天気であったが、花見をしながら瀬戸内海も眺められるいい場所だった。鬼が島伝説の島でもある。昭和6年に発見された洞窟が「鬼が島大洞窟」<br />として公開されている。その人工と考えられている洞窟は海賊の住処であったらしい。その海賊を退治した故事（さる天皇の皇子が、地名に犬、猿、雉の付いた村出身の家来を引き連れて海賊を退治したというもの）が「桃太郎伝説」のもとになったということである。なるほど桃太郎にモデルがあったのか…。<br />　そして、港になぜかモアイ像１体がポツン、島を見守るように立っている。曇りがちの天気のためもあってか、場違いで少し寂しげな感じを受けた。ここにモアイ像がある訳は…。1995年にチリと日本が協力してイースター島のモアイ像を復旧するプロジェクトがあったとのこと。その時現地でのクレーン作業の予行演習のため高松で現物に近い石質の石で作られたモアイ像のレプリカ（原寸大）がこの像ということだ。世界7不思議の１つの復旧に日本が関わった記念として、この伝説の島にたたずんでいる…。ご苦労様。晴れた瀬戸内海をバックになら、もっと映えるのだろう。天気のいい日にまた見に行ってみようと思う。<br /><img src="/with-cancer/files/megijima.jpg" alt="モアイ" /></p>]]>
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    <dc:creator>Dr. NA-O-RE</dc:creator>
    <dc:date>2007-04-19T18:10:00+09:00</dc:date>
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