平成23年12月6日、実家の母より携帯メールあり、手術から丸5年経過したことに気付かされた。5年経った…。日々慌ただしく、意外にも感慨が少ない。本当に生き延びたのだろうか、夢だったんじゃないだろうか…と思えるほど。確かに5年前、手術を受けた。日記にも記している。12月9日の息子の1歳の誕生祝いを12月3日日曜日にして、その夜から息子は実家の両親にあずかってもらい、12月7日からは5歳の娘もあずかってもらって、手術に臨んだ。本当に予想以上にうまくいったのだ。
奇しくも5年前の12月3日は娘の幼稚園のおゆうぎ会だったが、今年の同じ日、息子のおゆうぎ会だった。着実に時は過ぎ、子供たちは成長している。子供らしい子供にスクスクと…。今年の誕生日プレゼントのリクエストはゴーカイセルラー(ゴーカイシルバーの変身道具)。トイザラスのカタログを1ヶ月も前から何度も眺めては、これと決めた。
娘は10歳、お利口でおませなお姉ちゃんに見事に成長。5年前、幼稚園の参観日に講演を聞き、果たしてこの子たちの思春期に父親として立ち会えるのかと疑問に思った。でも、ここまで来れている。まだまだ安心はできないけれど、めぐりくる日常をコツコツとボチボチと行くのみ。
さて、クリスマスプレゼントは何にしようか、年賀状に使う写真はどれにしようかと、遅まきながらお母さんと相談中の今日この頃です。お世話になった皆さん、気にかけて下さった皆さん、本当にありがとうございました。
暑い。
平日の日中は、病院の中にいるので快適だが、休みの日、朝遅く起きだして、ぼんやりしたまま外に出ると、日差しの強さに押しつぶされそうになる。車の中はサウナ状態で、エアコンをつけずにいられない。
いつもの夏。大震災の衝撃もいつの間にか、意識から薄れる中、「放射能汚染」の報道はとどまる事を知らない。いまだに、そしてこれからも日本は大変な状況が続くのだ。原発にトラブルが起きると、こんなにも制御できないものなのか。どこまで将来的に健康被害がでるのかわからない、あるいは意外と何事も無いのかもしれないけれど、目に見えない「放射能」が拡散することは、自然な事ではない。人間は自然を作り替えて繁栄して来たけれど、便利な世の中を支えるために、自然に反した相当な無理をしている。私たちは、原発を手放せるだろうか?ピッカピカの未来都市ではなく、そこそこの生活だけでも未来に引き継ぐためには、ここでじっくり足踏みしなければいけないと思うのだが…。
中途半端に復興すると、結局、「のど元過ぎれば…」で、ほとんど変わらないということになってしまいそう。
追記:私の病気が発覚して丸5年が経とうとしています。手術してからは4年と7ヶ月。幸いにも、元気です。今月初めのCTでも再発所見はありませんでした。
今は、いつのまにか10人にもなった部下をまとめようと四苦八苦している中間管理職として、なんとか過ごしています。元気でいられる事への感謝より、精神的な疲労感と時折の充実感の中で日々が過ぎていきます。何とも覇気がありませんが、やはりボチボチとやっていくしかないのかなと思っています。
ついついいろいろ考えて、夜更かしとなってしまう今日この頃ですが、夏を乗り切るためにも、早寝早起きで体調を整えていきたいと思います。
ばたばたしているうちに、発症4年目が過ぎていました。ブログの投稿も6ヶ月ぶり。元気になって時間に追われる、これは文明社会の一員の宿命なのか、心がけが悪いのか…。
そう言いながらも、先週後半、秋分の日から3日間、家族旅行に行ってきました。今年は国内、ディズニーランドへ。前半は雨でしたが、そこそこ楽しめたと思います。4歳の息子には、今ひとつ不評でしたが…(どうもアトラクションで暗くなることが多くて怖かったようです)。3日目は趣向を変えて、浅草へ。浅草寺の仲見世は、タイムトラベルで昔に戻ったみたいで、新鮮な感激を覚えました。そして、浅草に行ったもう一つの理由は、私が建設中のスカイツリーを見たかったから。間近ではありませんが、浅草寺境内からもよく見えました。平成版「三丁目の夕日」気分を味わえて、お父さんの望みが叶いました。ちなみにお母さんの希望は、お台場めぐりだったのでした。
追記:本日、ある週刊誌の取材を受けました。私のブログに沿って、当時の心境や今の思いを聞かれました。改めて尋ねられると、当時のことを鮮明には覚えていないことに気づかされました。まともな取材になったのか、心配です。
取材の中で、「当時、周囲の人から受けたアドバイスでありがたかったのは、どういったものでしたか?」と聞かれて、思い当たったのは、医学的・医療的なことよりも、同僚の医師や看護師さんたちの励ましや、いただいたお守りだったなあということでした。その時は編集者の人にうまくお話できませんでしたが、後でつらつら考えてみると、医学・医療は、旅行の時のガイドブックや乗り物のように患者さんの道行きの手伝いをするけれども、実は、道連れになってくれる人や人の情けが一番ありがたい、それは医者が患者になった時も同じ、ということかな、と自分の中で総括した今宵でした。
先週は家族で花見に出かけました。肌寒い、雨の多いこの春ですが、先週の日曜は春らしい天気で、4年ぶりに金比羅さんにお参りしてきました。4歳の息子をおだて励まし、1000段を越える階段道を登りきりました。息子だけでなく、我ながら体力が戻って来ている事を実感しました。
新年度が始まりました。私が消化器内科のトップになって2年目です。この4月から、なんと消化器内科は2人増員となりました。この足掛け4年の間にいろいろな経緯でメンバーの出入りがあり、私が病気をした時の事を直接知っているメンバーは2人ほど、後の6人ほどは私が仕事に復帰してから来てくれたメンバーになります。私(本日で45才)より若い面々にこれからも助けてもらいながら、さらに1年がんばってみようと思います。でも、やっぱり、部署をまとめるのは大変で、少々気が晴れない今日この頃です。
うまくいってるんですけどねーーーー
年始に投稿してから、あれよあれよと年末になってしまいました。
妻と娘はお出かけし、私は息子と留守番です。4歳目前にして、ようやくまともに話ができるようになった息子は今がかわいい盛りなのでしょう。先月は、息子の初めてのおゆうぎ会があり、子供たちのもどかしい、たどたどしい演技を見ながら、胸にじわぁとこみ上げるものがありました。
職場では、春から消化器内科の一番年長となり、現在7人のスタッフのまとめ役を、なんとか務めている状況です。それがいいのか、わるいのか、平日はバタバタして、肉体的にも精神的にも息切れしそうなこともあります。それでも週末は家族とゆっくりできることが多く、他のスタッフには本当に感謝しなければなりません。私の体の事を詳しく知らないスタッフもいる中で、盛り立ててもらっています。
術後、3年が経とうとしています。流されるまま、今の職場に留まっている状況ですが、同じような病状の患者さんと比べても、私は本当に順調な経過と言えるでしょう。若いスタッフの診療の相談に乗る形で、そのような患者さんにかかわる毎日ですが、未だに、医療者としても、患者としても、病気にどう向き合うのがいいのか模索している状態が続いています。今ある手法を最良の形で患者さんに提示して提供できるように心がけたいとは思っていますが、全力でやれているかというと…。やっぱりボチボチです。
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明けましておめでとうございます。
最近すっかりとびとびとなってしまったこのブログも、3年目の正月を迎えました。手術後、丸2年が無事経過しました。
この1年は、抗ガン剤(TS-1)の内服も無しで、続けていることと言えば、妻の手製の毎朝のニンジンジュースと1ヶ月2回のハイパーサーミアですが、ありがたいことに今のところ順調です。
近頃は、私の体調などよりも、世の中が大変で、本当にどうなることやら…。まともには視ませんが、テレビであれこれ批判合戦をするよりも、もっと真剣に知恵を出し合うことはできないのものかと情けなく思う今日この頃。知恵をまとめて実行に移すリーダーも不在では、去年よりも今年の方が、ますます「変」な方向に流されそうで不安です。
こんな時こそ、互いに思いやりながら、冬の厳しさに耐え、春が来るのを待つしか無いのかもしれません。
「私はついてる、ニコニコ元氣。ついてるついてる、ニコニコ元氣!」
今年も、時々、おつきあい下さい。
前回投稿から5ヶ月以上も過ぎてしまいました。その間に、発症後2年が、慌ただしく過ぎていました。7月のCT、8月の上部消化管内視鏡と、特に問題無く、体調も良好。体重も術後50kgをようやく越えていたものが、先日久方ぶりに測ってみると、60kgにもう少しというところに回復です。
今は、体調よりも、将来の不安よりも、むしろ日常の生活のことでバタバタして日々が過ぎている感じ。特に仕事は外来・検査業務のみとは言え、やはり今の世の中、ボチボチというわけにも行きません。そんな中でも、夏には、旅行だ、キャンプだ、花火だと飛び回ってはいましたが…。
病気のことがほぼ常に頭の中にあった頃が遠い昔の様で、今は病気のことを、かなり意識しなくなっている(正確には、意識する余裕が無くなっている)。仕事のあれこれをこれからどうしよう、子供たちの教育をどうしよう、小遣いを捻出してあんなものも買いたいけど…といった大小様々なことに頭を悩ませながら過ごす毎日。これは、2年前の夏には、想像できなかった未来ではあります。でも、そういう感慨をゆっくり噛み締める余裕が無いというのも、現代社会の現実でしょうか(あるいは、単に私の活力不足と要領の悪さでしょうか)?
先日、私が3年7ヶ月前から診療に当たっていた膵がんの患者さんが亡くなられました。奥様は「主人も、先生が主治医で良かったと、常々言っていました」と言ってくださいましたが、私自身はどこまで力になれたか…。病状が進行する中、ハイパーサーミアを紹介して、受けに行っていただきましたが、効果は芳しくありませんでした。患者さんの不安は相当なものであったと思いますが、最後の方は、患者さんの訴えや思いを十分に受け止めた対応はできなかった様に思います。私自身の病気休職中は、仕事に復帰したら、この闘病の経験を生かして、何かこれまで以上にプラスαのことが出来るのではないか、と思っていましたが、力量の無さと多忙の中で、経験は生かせていないなあと思うことが多いです。
病前と同じように毎日を過ごすことができる幸せを感じつつも、日々生きていくことの大変さに少々弱気になっている、まだまだ頭でっかちな私なのでした。
先週、待望の花見が開催されました。
自宅から1番近いので、6時過ぎに起きて、近くの公園に場所取りに行きました。この地に住み始めて、4回目の春ですが、この公園が、いつも6時前から開園されていることを初めて知りました。そして、朝の散歩やラジオ体操をしている人たちが、結構いることも知りました。
がらんとした公園の桜の木の下に、シートを敷いて、一旦家に帰り、10時過ぎに、再び公園に行くと、入園する人がどんどん増えているところでした。いい天気の、桜満開の土曜日を、たくさんの人が待ち構えていたようです。消化器内科の医師と内視鏡室の看護師さん、そして奥さんや子供達が、三々五々集まって、花見の宴が始まりました。こんなに一堂に集まるのは、これまで無かったので、何となく遠慮がちな、おとなしい、でも、しみじみとした会になりました。元々宴会となると張り切ってしまう妻は、あれで皆さん楽しめたのだろうか、もっと声を掛けた方が良かったのだろうか、と後で心配していましたが、私としては、みんなで集まれたことが、うれしかった。心地よい春の1日でした。
職場では、研修医をはじめ、フレッシュな面々をあちこちで見かける季節となり、それだけで、病院が華やいだ雰囲気になっています。初々しい新人を見ていると、こちらも心新たに!という気分になります。なんとなく、いろいろなことが上手く回っていきそうな、そんな希望に満ちた今日この頃です。
新人といえば、昨日は、娘の小学校の入学式でした。あいにくの雨の1日でしたが、娘は新しいスタートがうれしくて仕方が無いようです。しばらくは、「大きなランドセルの中に、荷物は少し」の時期が続くようですが、これからどんな思い出を紡いでいくのか、見守っていきたいと思います。
今年の冬は、予想していたよりも寒かった。ようやく春本番となり、来週には花見に行こう、それもできれば職場の仲間と盛大にやりたいと、私にしては珍しくウキウキしていた。それなのに今日の寒さはいったいなんだ、花冷えにしても寒すぎる!格別陽気な春の訪れの前触れだろうか?
今日は、午後から珍しく1人で過ごしている。妻は、今日から高校時代の友人の結婚式に泊りがけで出席、子供たちは、春休みでもあり、昨日から実家の両親に預かってもらっている。そして厳しい花冷えで、外出する気にもなれず、久しぶりにブログを書いている。
1年前にも、「花冷え花曇り」というタイトルでブログを書いているが、あの当時のことが、すっかり昔のことに思える。仕事が、すっかり毎日の生活パターンの中に入り込み、療養生活を送っているという気分がほとんど無くなっている。TS-1の内服をやめていることで、倦怠感を感じることがなくなったためでもあるだろう。仕事が立て込んで、心身ともに疲れることはあり、そんな時は、いったん仕事をやめて仕切りなおしたほうがいいかもしれない、とも思うのだが、思い切れずにいる。1年前、「仕事をしながら先行きを考えよう」と思って、仕事を再開したが、なかなか考える余裕もなく、1年が経った。これは、でも、振り返って見れば幸せなことである。1年半前の発症時、職場に復帰してまともに仕事をしている自分を想像できなかった。まだまだ疲れやすいものの、食欲も昔並みに戻り、先日の採血やCTの結果では、再発の所見は認めなかった。奇跡的な回復といっていいと思う。すっかり安心とは思えないが、ありがたいことだ。
最近、ちょっと厄介なのは、せっかく「生かされている」のに、何かしないといけないのでは?という思いが頭に浮かんでくることだ。生真面目、自意識過剰で、生きづらさを感じやすい性格の私が頭をもたげてくる。「明日のことはわからない、今やりたいこと、今やるべきことを精一杯やるだけ」というふうに腹を据えることができれば、逆にもっと伸び伸びいろいろなことができるのだろうな、と思う。うまくは書けないけれど、カッコをつけようとせず、自分の感性や価値基準を信じて、自分が「良し、好し、善し」と思えることを「楽しみ」としてやっていけるように心掛けよう。
ブログも、もっと肩の力を抜いて書いたほうが、もっと頻回に、いいものが書けるのだろうな。まずは、春をご陽気に満喫しよう。
またまた久しぶりの投稿である。病院での仕事の影響だろうか、家に帰っても時間はあるがブログを書く方に意識が向かない。すっかり仕事中心の生活に戻ってきたということか。いいことでもあり、悪いことでもあり…。
10月末には神戸で学会があった。その機会に前の勤務先の病院の消化器内科の先生達が同窓会のような宴会を企画してくれた。本当にみんなが、私が病気から復帰してその場に参加できたことを喜んでくれ、感激した。その翌日には大学の消化器内科の同期生も食事会を企画してくれて、あの頃はどうの、最近あいつはどうしたと、話に花が咲いた。本当にたくさんの仲間、知り合いから力をもらってここまで来たんだなと実感した。
11月には6歳2ヶ月の娘と1歳11ヶ月の息子がそろって七五三参りを迎えた。娘はいつの間にかすっかりお姉ちゃんになった。息子もたくましく簡単には制御できない存在になってきた。ありがたい事だと思う。今後ますます父親業は大変になるのだろうけれど、それが楽しみでもある。
仕事の方は、相変わらず入院受け持ち無し、緊急呼び出し無しで働かせてもらっているが、外来、検査は忙しくなり雑用も増えて、少し気持ちの中に余裕が無くなってきている感じがする。疲れもあるのだろうが、時間に追われて患者さんを前にしてイライラすることもある。もっとのんびりやればいいのに生真面目な性格が裏目に出ているような…。やらないといけないことが次々沸いてくるような感じがして、でも本当にやらないといけないことはそう多くはないのだろう。うまく見極めて余裕を取り戻したいと思う。
年も押し迫った今日、遅れていた年賀状もようやく出して、ほっと一息ついてブログを書いている。術後1年が無事過ぎた。あっという間に過ぎてしまった感じもするが、思い返せばうれしいこともたくさんあって充実した1年であったと思う。TS-1はおとといまでで一応飲み納めとした。来年はどんな年になるか、これまでの感謝を胸に、改めて1日1日を大切に生きていくことを心掛けたいと思う。
家族に感謝!仲間に感謝!その他昨年からいろいろ気にかけて下さった多くの人に感謝!そして少しずつでもこのブログを読んでくれている方にも感謝します!
皆さんにとって来年が良い年でありますように!!
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