年始に投稿してから、あれよあれよと年末になってしまいました。
妻と娘はお出かけし、私は息子と留守番です。4歳目前にして、ようやくまともに話ができるようになった息子は今がかわいい盛りなのでしょう。先月は、息子の初めてのおゆうぎ会があり、子供たちのもどかしい、たどたどしい演技を見ながら、胸にじわぁとこみ上げるものがありました。
職場では、春から消化器内科の一番年長となり、現在7人のスタッフのまとめ役を、なんとか務めている状況です。それがいいのか、わるいのか、平日はバタバタして、肉体的にも精神的にも息切れしそうなこともあります。それでも週末は家族とゆっくりできることが多く、他のスタッフには本当に感謝しなければなりません。私の体の事を詳しく知らないスタッフもいる中で、盛り立ててもらっています。
術後、3年が経とうとしています。流されるまま、今の職場に留まっている状況ですが、同じような病状の患者さんと比べても、私は本当に順調な経過と言えるでしょう。若いスタッフの診療の相談に乗る形で、そのような患者さんにかかわる毎日ですが、未だに、医療者としても、患者としても、病気にどう向き合うのがいいのか模索している状態が続いています。今ある手法を最良の形で患者さんに提示して提供できるように心がけたいとは思っていますが、全力でやれているかというと…。やっぱりボチボチです。
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明けましておめでとうございます。
最近すっかりとびとびとなってしまったこのブログも、3年目の正月を迎えました。手術後、丸2年が無事経過しました。
この1年は、抗ガン剤(TS-1)の内服も無しで、続けていることと言えば、妻の手製の毎朝のニンジンジュースと1ヶ月2回のハイパーサーミアですが、ありがたいことに今のところ順調です。
近頃は、私の体調などよりも、世の中が大変で、本当にどうなることやら…。まともには視ませんが、テレビであれこれ批判合戦をするよりも、もっと真剣に知恵を出し合うことはできないのものかと情けなく思う今日この頃。知恵をまとめて実行に移すリーダーも不在では、去年よりも今年の方が、ますます「変」な方向に流されそうで不安です。
こんな時こそ、互いに思いやりながら、冬の厳しさに耐え、春が来るのを待つしか無いのかもしれません。
「私はついてる、ニコニコ元氣。ついてるついてる、ニコニコ元氣!」
今年も、時々、おつきあい下さい。
前回投稿から5ヶ月以上も過ぎてしまいました。その間に、発症後2年が、慌ただしく過ぎていました。7月のCT、8月の上部消化管内視鏡と、特に問題無く、体調も良好。体重も術後50kgをようやく越えていたものが、先日久方ぶりに測ってみると、60kgにもう少しというところに回復です。
今は、体調よりも、将来の不安よりも、むしろ日常の生活のことでバタバタして日々が過ぎている感じ。特に仕事は外来・検査業務のみとは言え、やはり今の世の中、ボチボチというわけにも行きません。そんな中でも、夏には、旅行だ、キャンプだ、花火だと飛び回ってはいましたが…。
病気のことがほぼ常に頭の中にあった頃が遠い昔の様で、今は病気のことを、かなり意識しなくなっている(正確には、意識する余裕が無くなっている)。仕事のあれこれをこれからどうしよう、子供たちの教育をどうしよう、小遣いを捻出してあんなものも買いたいけど…といった大小様々なことに頭を悩ませながら過ごす毎日。これは、2年前の夏には、想像できなかった未来ではあります。でも、そういう感慨をゆっくり噛み締める余裕が無いというのも、現代社会の現実でしょうか(あるいは、単に私の活力不足と要領の悪さでしょうか)?
先日、私が3年7ヶ月前から診療に当たっていた膵がんの患者さんが亡くなられました。奥様は「主人も、先生が主治医で良かったと、常々言っていました」と言ってくださいましたが、私自身はどこまで力になれたか…。病状が進行する中、ハイパーサーミアを紹介して、受けに行っていただきましたが、効果は芳しくありませんでした。患者さんの不安は相当なものであったと思いますが、最後の方は、患者さんの訴えや思いを十分に受け止めた対応はできなかった様に思います。私自身の病気休職中は、仕事に復帰したら、この闘病の経験を生かして、何かこれまで以上にプラスαのことが出来るのではないか、と思っていましたが、力量の無さと多忙の中で、経験は生かせていないなあと思うことが多いです。
病前と同じように毎日を過ごすことができる幸せを感じつつも、日々生きていくことの大変さに少々弱気になっている、まだまだ頭でっかちな私なのでした。
先週、待望の花見が開催されました。
自宅から1番近いので、6時過ぎに起きて、近くの公園に場所取りに行きました。この地に住み始めて、4回目の春ですが、この公園が、いつも6時前から開園されていることを初めて知りました。そして、朝の散歩やラジオ体操をしている人たちが、結構いることも知りました。
がらんとした公園の桜の木の下に、シートを敷いて、一旦家に帰り、10時過ぎに、再び公園に行くと、入園する人がどんどん増えているところでした。いい天気の、桜満開の土曜日を、たくさんの人が待ち構えていたようです。消化器内科の医師と内視鏡室の看護師さん、そして奥さんや子供達が、三々五々集まって、花見の宴が始まりました。こんなに一堂に集まるのは、これまで無かったので、何となく遠慮がちな、おとなしい、でも、しみじみとした会になりました。元々宴会となると張り切ってしまう妻は、あれで皆さん楽しめたのだろうか、もっと声を掛けた方が良かったのだろうか、と後で心配していましたが、私としては、みんなで集まれたことが、うれしかった。心地よい春の1日でした。
職場では、研修医をはじめ、フレッシュな面々をあちこちで見かける季節となり、それだけで、病院が華やいだ雰囲気になっています。初々しい新人を見ていると、こちらも心新たに!という気分になります。なんとなく、いろいろなことが上手く回っていきそうな、そんな希望に満ちた今日この頃です。
新人といえば、昨日は、娘の小学校の入学式でした。あいにくの雨の1日でしたが、娘は新しいスタートがうれしくて仕方が無いようです。しばらくは、「大きなランドセルの中に、荷物は少し」の時期が続くようですが、これからどんな思い出を紡いでいくのか、見守っていきたいと思います。
今年の冬は、予想していたよりも寒かった。ようやく春本番となり、来週には花見に行こう、それもできれば職場の仲間と盛大にやりたいと、私にしては珍しくウキウキしていた。それなのに今日の寒さはいったいなんだ、花冷えにしても寒すぎる!格別陽気な春の訪れの前触れだろうか?
今日は、午後から珍しく1人で過ごしている。妻は、今日から高校時代の友人の結婚式に泊りがけで出席、子供たちは、春休みでもあり、昨日から実家の両親に預かってもらっている。そして厳しい花冷えで、外出する気にもなれず、久しぶりにブログを書いている。
1年前にも、「花冷え花曇り」というタイトルでブログを書いているが、あの当時のことが、すっかり昔のことに思える。仕事が、すっかり毎日の生活パターンの中に入り込み、療養生活を送っているという気分がほとんど無くなっている。TS-1の内服をやめていることで、倦怠感を感じることがなくなったためでもあるだろう。仕事が立て込んで、心身ともに疲れることはあり、そんな時は、いったん仕事をやめて仕切りなおしたほうがいいかもしれない、とも思うのだが、思い切れずにいる。1年前、「仕事をしながら先行きを考えよう」と思って、仕事を再開したが、なかなか考える余裕もなく、1年が経った。これは、でも、振り返って見れば幸せなことである。1年半前の発症時、職場に復帰してまともに仕事をしている自分を想像できなかった。まだまだ疲れやすいものの、食欲も昔並みに戻り、先日の採血やCTの結果では、再発の所見は認めなかった。奇跡的な回復といっていいと思う。すっかり安心とは思えないが、ありがたいことだ。
最近、ちょっと厄介なのは、せっかく「生かされている」のに、何かしないといけないのでは?という思いが頭に浮かんでくることだ。生真面目、自意識過剰で、生きづらさを感じやすい性格の私が頭をもたげてくる。「明日のことはわからない、今やりたいこと、今やるべきことを精一杯やるだけ」というふうに腹を据えることができれば、逆にもっと伸び伸びいろいろなことができるのだろうな、と思う。うまくは書けないけれど、カッコをつけようとせず、自分の感性や価値基準を信じて、自分が「良し、好し、善し」と思えることを「楽しみ」としてやっていけるように心掛けよう。
ブログも、もっと肩の力を抜いて書いたほうが、もっと頻回に、いいものが書けるのだろうな。まずは、春をご陽気に満喫しよう。
またまた久しぶりの投稿である。病院での仕事の影響だろうか、家に帰っても時間はあるがブログを書く方に意識が向かない。すっかり仕事中心の生活に戻ってきたということか。いいことでもあり、悪いことでもあり…。
10月末には神戸で学会があった。その機会に前の勤務先の病院の消化器内科の先生達が同窓会のような宴会を企画してくれた。本当にみんなが、私が病気から復帰してその場に参加できたことを喜んでくれ、感激した。その翌日には大学の消化器内科の同期生も食事会を企画してくれて、あの頃はどうの、最近あいつはどうしたと、話に花が咲いた。本当にたくさんの仲間、知り合いから力をもらってここまで来たんだなと実感した。
11月には6歳2ヶ月の娘と1歳11ヶ月の息子がそろって七五三参りを迎えた。娘はいつの間にかすっかりお姉ちゃんになった。息子もたくましく簡単には制御できない存在になってきた。ありがたい事だと思う。今後ますます父親業は大変になるのだろうけれど、それが楽しみでもある。
仕事の方は、相変わらず入院受け持ち無し、緊急呼び出し無しで働かせてもらっているが、外来、検査は忙しくなり雑用も増えて、少し気持ちの中に余裕が無くなってきている感じがする。疲れもあるのだろうが、時間に追われて患者さんを前にしてイライラすることもある。もっとのんびりやればいいのに生真面目な性格が裏目に出ているような…。やらないといけないことが次々沸いてくるような感じがして、でも本当にやらないといけないことはそう多くはないのだろう。うまく見極めて余裕を取り戻したいと思う。
年も押し迫った今日、遅れていた年賀状もようやく出して、ほっと一息ついてブログを書いている。術後1年が無事過ぎた。あっという間に過ぎてしまった感じもするが、思い返せばうれしいこともたくさんあって充実した1年であったと思う。TS-1はおとといまでで一応飲み納めとした。来年はどんな年になるか、これまでの感謝を胸に、改めて1日1日を大切に生きていくことを心掛けたいと思う。
家族に感謝!仲間に感謝!その他昨年からいろいろ気にかけて下さった多くの人に感謝!そして少しずつでもこのブログを読んでくれている方にも感謝します!
皆さんにとって来年が良い年でありますように!!
前回初夏に投稿してから、早3ヶ月。まだまだ残暑は厳しいとはいえ、朝晩の涼しさや虫の音に秋がすぐそこまで来ていると感じる。
この3ヶ月、充実した夏であり、一方で少し疲れ気味の夏であった。
グアム旅行にも行って来た。娘や妻が帰りがけに熱を出したり、デジカメを海水に浸けてしまい折角の写真が…、というようなこともあり、ドキドキもしたが、楽しい思い出もでき、また自信にもなった。
声楽も習い始めた。オペラを基本に音楽の楽しさを世間に広めたいという熱意を持った若い声楽家夫婦が主催する教室に、不定期ながら通っている。その教室の生徒としては最高齢に近いかもしれない。少しずつ声が出るようになり、イタリア歌曲等を歌わせてもらったりしている。歌とは別に、初めてのイタリア語に興味もわいてきて、それなりに楽しんでいる。
仕事も続けている。覚悟していたことだが、外来も検査もだんだんと忙しくなってきた。委員会等もあって、なかなか5時にさよならというわけにはいかなくなってきている。夏バテもあってかこのところ週末は若干元気が出ない。妻も心配して「もっとゆったりできる仕事先を考えてみたら?」という…。でも今の仕事にやりがいは十分感じている。はてさて…。
治療も続けている。TS-1 100mg/日を2週内服1週休薬で続けている。術後から9ヶ月近く続けて来た。術前にTS-1+シスプラチンで治療していた時から数えると、TS-1は術前術後の1ヶ月を除きほぼ1年内服したことになる。やはり内服期間中はだるい。内服を始めた頃に比べると慣れてはきたが、動くことが億劫になるだるさがある。十全大補湯を併用してみたりしているが、あまり変わらない感じ。それでも仕事中はそのだるさも忘れている。だるさを感じるのは気分的な要因もあるのかもしれない。術後補助化学療法として少なくとも今年の年末まではTS-1内服を続ける予定にしている。ハイパーサーミアもグアム旅行の前に行ってから中断していたが、8月末より再開した。2週に1回程度しか行けていないが、細々とでも続けてみようと思う。
自宅での遠赤外線照射器による温熱療法もどきは基本的に1日2回30分ずつで続けている。一方、治療の影響、夏バテのためか、食欲モリモリという訳にはいかず、本格的な玄米菜食には戻れていないが、妻がCOOKPAD等のサイトの情報を参考に食べやすくて体に良さそうな料理を、と工夫してくれている。
さて、娘が先日6才になった。息子ももうすぐ2才。この1年で2人とも大きくなった。2人の振りまく愛嬌に、本当に救われている。妻は最近ガーデニングにはまり始めた。せっせとホームセンターに通い、鉢と植物を買って来ては植えて並べて「癒される〜」と悦に入っている。
そこそこの仕事とのんびりとした家族との時間をうまく両立させて行きたい、今の望みはその1点!

なかなかブログを書く時間が無い。相変わらず仕事は9時−5時だが、雑用も増えて来て、せわしなく日々が過ぎていく。TS-1内服中であることを除けば、それだけ以前の日常に戻って来たということだが、思索を巡らせる余裕が無くなっているとも言える。良くもあり、悪くもあり、大げさに言えば人生±ゼロだなと最近つくづく思う。
そんな日々の中、強く思うこと、それは「生きたい!」ということ。
入院して化学療法や手術を受けていた頃より、最近の方がその思いは強い。あの頃は1日1日を乗り越えることが「生きる」ことだったが、日常を取り戻しつつある今、未来のことに思いが及ぶ。
妻は、私の病気をきっかけにある資格を取ろうと通信教育を受講し始めた。まだまだコンピュータ操作が苦手な妻をサポートしたい。父母、妹にもっと安心してもらいたい。ますます可愛くなる娘、息子ともっと一緒に過ごしたい。今、私は幸せだと思う…それは以前よりももっと必要とされている、愛されていると感じるからだろうか。その幸せを失いたくないと思う。
妻は言ってくれる。「あなたは大丈夫!私が毎日強く祈ってるから!」
そう、弱気になっても解決にはならない。1日1日を粘り強くかつ軽快に?過ごしていきたいと思う。
この夏、挑戦することがある。1つは初めての家族4人での海外旅行。私が春に「ハワイにでも行きたいな〜」と何気なく言ったことから始まり、ハワイは遠いからグアムにしようという事になった。来週5日間、楽しんでこようと思う。もう1つは7月から声楽のレッスンを受けることにしたこと。もともと歌うことが好きだし、大きく声を出すことで体にも好影響が期待できると思ったからだ。1年後にはイタリアオペラを朗々と歌えるようになるだろうか…。こんなことは仕事をセーブさせてもらっているから出来ることで、申し訳ない気持ちもあるが、折角の機会を生かしたいと思う。
またしばらくして、旅行ネタ、声楽ネタでブログが書けるかなと思いつつ、本日はここまで…See you next time ! です。
ゴールデンウィーク2日目、近くの国営公園に行く。ここはとにかくだだっ広い。たまたま無料開園日でもあり、ものすごい人出だ。それでも十分ゆったりできる花と緑の公園、雲一つない青空と初夏を思わせる陽気。こんなにゆったりと過ごせるゴールデンウィークは社会人になってから初めてだ。
手術後約5ヶ月、仕事復帰してほぼ3ヶ月…、暗黙の了解のように入院患者さんの主治医と緊急呼び出し(夜間・休日のオンコール)は免除してもらって過ごさせてもらっている。突然呼び出されることがまず無いという状況は何とラクチンなのかと思う。
この状況で思うには、やはり医者という仕事は命を削る職業である。患者さんの人生の大事な局面に立ち会う、短期間で回復する患者さんもいるが、長く患う患者さんもいる、時には死亡宣告をせねばならない…。多少慣れることはあっても、常にストレスを抱えつつ、患者さんを支え、ひいては社会を支えている職業だと思う。
しかし医者も生身の人間、不死身でもなく完璧でもなく、無尽蔵に湧いて出てくるものでもない。一方、最近の世の中、医療を見る目がとても厳しい。厚労省やマスメディアからは、まるで全国どこの医療機関も万全で最先端であって当然のようなプレッシャーを掛けられているように感じる。医師不足が深刻になってもなお医療サービスは通常通り供給できて当然、病院はコンビニのように便利で清潔で当たり前と思われているかのように感じてしまう(被害妄想?)。現実とのギャップは大きく、日々のストレスで医者は疲弊し、患者さんとの関係もギスギスしがち…。理想はもちろん必要、しかし現実の中で最善を尽くしても評価も感謝もされないとすれば、医者の誇りも意欲も枯れてしまわないかと心配になる。
医者や看護師は、個人の力だけでその資格を得たのではない。その育成のため少なからず国から大学等に税金が投入されているはず。その意味では医師・看護師を含む医療システムは社会の共有財産だと思う。普段何気なく使っている水道の水にも限りがあり、森の管理、ダムの管理、節水等が必要なように、医療システムにも現時点での限界はある。改善すべきところももちろんあるが、あれも出来るだろう、こんな事もできないのかと搾られる一方では干上がってしまいそうだ。医療システムという共有財産を維持し改善していくために、場当たり的ではなく、官民もっと知恵を出し合うことはできないものかと思う。
仕事では楽をさせてもらっている身でありながら、弱音とも甘えとも取られかねない思いかもしれないが、傍目に見ても病院という職場が以前よりもツライ、キツい(肉体的にも精神的にも)所になっているように思う。いつか状況は良くなるのだろうか…。
雲一つない青空のもと、今までになくのんびりしながらも、ふと現場で奮闘している同僚のことを思い出し、なんとかならんかなと思うのでした。

先週末の土曜日は、高松港から北に船で20分の所に浮かぶ女木島(めぎしま)に行ってきた。花見ポイントの1つで、今回も花曇りの天気であったが、花見をしながら瀬戸内海も眺められるいい場所だった。鬼が島伝説の島でもある。昭和6年に発見された洞窟が「鬼が島大洞窟」
として公開されている。その人工と考えられている洞窟は海賊の住処であったらしい。その海賊を退治した故事(さる天皇の皇子が、地名に犬、猿、雉の付いた村出身の家来を引き連れて海賊を退治したというもの)が「桃太郎伝説」のもとになったということである。なるほど桃太郎にモデルがあったのか…。
そして、港になぜかモアイ像1体がポツン、島を見守るように立っている。曇りがちの天気のためもあってか、場違いで少し寂しげな感じを受けた。ここにモアイ像がある訳は…。1995年にチリと日本が協力してイースター島のモアイ像を復旧するプロジェクトがあったとのこと。その時現地でのクレーン作業の予行演習のため高松で現物に近い石質の石で作られたモアイ像のレプリカ(原寸大)がこの像ということだ。世界7不思議の1つの復旧に日本が関わった記念として、この伝説の島にたたずんでいる…。ご苦労様。晴れた瀬戸内海をバックになら、もっと映えるのだろう。天気のいい日にまた見に行ってみようと思う。
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