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思えば私の家庭や親族は、世間とかけ離れていたように思う。数十年前から現在では当たり前の希薄な親族関係であった。
父の母親のことについては、法事などで親族が集まっても一切話題に出なかった。写真は原爆で全て焼けたので父方の祖母の写真は見たこともなかった。
私が父に「何故か自分でも解らないのだが、人間関係にのめり込むことがどうしてもできない。人を愛するということが自分には本当にはできてないと思う。愛するとかいう感覚が頭で理解できても自分にはできないんだ」と打ち明けたことがある。
父は寡黙なひとであった。私の疑問に答えることは死ぬまでなかった。
父に「自分は祖母について全く教えてもらってないが、どういう人だったのか」とひつこく食い下がったことがある。
父に「祖母は原爆症で亡くなったことになっているが、もっと詳しく教えてくれ」と迫った。
父は重い口を開き「母は自分の10歳違いの弟を産んだ後から、家事などができなくなってきた。それが基で弟は親戚に養子としてもらわれた時期があった。家の事はそれ以後、父親と姉がほとんどやるようになった。なんで母親がそうなったのか解らない。」と語った。
私はその時、やっと自分の他人に対する自閉性がふっと腑に落ちた。これは理屈ではない。
祖母の病気は推測できる。その遺伝子を継いでいる自分がわかった事で、自分の対人関係について納得がいった。重荷を背負ったというより、重荷から開放された気分になった。精神障害者に対して自分は同情も差別も抱かなくなった。同じ人間なんです。妻は「あんたは変わっている」と言われるが、変人が好きなのも妻の良いところですね。
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なんて流行るかもかもね。
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先日、NHKBS2で「尾崎 豊 15年目のライブ」と題して、尾崎 豊のライブコンサートから厳選された15曲を聴くことができた。
尾崎 豊が亡くなってはや15年たったんですね。
彼がドシャブリの雨のコンサート会場で必死に歌う姿にあらためて感動した。
彼の歌は10代の心性をよく表現している。たいした才能だ。
彼は歌詞の中に「自由」という言葉を何度も使っている。「自由」を問い続けて、求め続けている。
20代で早過ぎる死をむかえた。
大人になるということは、10代で考えるレベルの「自由」を捨てることに他ならない。
彼が今生きていたとしたら、どんな歌を作っているだろうか。
映画トロイの中でアキレスが「神は人間を羨んでいる。人は死ぬ。終わりがある。だから美しいのだ」という言葉を、尾崎 豊に捧げよう。
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昨日、当地方で中等度の地震があった。午前9時過ぎだと記憶しているが。当地方は木曜午後休診の医院が多い。
昨日午後3時より、某委員会があって出席してきた。
私が開口一番、「今朝の地震はかなり揺れましたよねー」と地震の怖さを表現してみた。
A委員は「第1波を感じて、地震かなと思ったら、少し遅れてガタガタと揺れだして地震と解って、自分は敏感過ぎるのかなと思ったなー」と発現。
B,C委員も「かなり揺れて怖かったですね」と賛同す。
D委員は「私は全く感じなかった。地震があったのか?」とおっしゃる。
私がD委員に「先生、あれだけ揺れたら家の中にいたら判りますよ。車でも運転してたんでしょう。」と訊いて見たら「私はその時間、家にいました。全く揺れませんでした」とおっしゃる。
これぞ渡辺淳一氏がいう「鈍感力」の実例かと思ったしだいです。
渡辺淳一氏の「鈍感力」というエッセイの中に術場で教授に叱られてばかりいる講師が登場している。彼は怒られ役にピッタリのようで、教授が執刀時にいつも、彼にブツブツと小言をのたまう。彼は「ハイハイ」と返事する。「ブツブツ」と「ハイハイ」が絶妙なタイミングで続き、手術は無事終了する。渡辺淳一氏は彼の絶妙の合の手が教授の執刀のストレスを解消していると同時に、意識的かどうかわからないが彼の「受流しの鈍感力」をこれも才能の一つである、と言っている。
世の中、敏感過ぎるがゆえに自滅していく人も多い。「鈍感力」とはよく考えた造語ですね。
最近の作品では映画化された作品とは別に「幻覚」がある。二代目精神科病院院長で絶世の美女ヒミコ女医の隠された父親との関係を書いている。渡辺氏は札幌医大整形外科講師をしていたとき、日本初の心臓移植が同大医学病院で行われ、脳死判定など確立されてない当時においては無謀な手術であったと批難したことで、学外追放をくらった。以後文学で身を立てる決心をし上京した人物であることはご存知と思う。
元整形外科医が書いた「幻覚」という小説は現役女医先生が読むとどういう感想なのか知りたいですね。所詮男性の書いた、たわごとと思われるのでしょうか。女性心理として理解できる部分はあるのでしょうか。
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他国に同情されるようでは国家も末期症状だろう。北朝鮮首脳部のエゴにはあきれ果てる。また、譲歩・豹変するアメリカにもあきれ果てる。こういう問題は祈りで解決できるのかなー。
そういやキリスト教も妥協の産物か。
資源大国アメリカ・ロシア・中国を相手にしての外交交渉は難しいでしょうが、ずる賢く外交上手になるしかないんでしょうね。
「白でも黒でもいいから、ネズミを獲ってくるネコが偉いんだ」と言ったのはだれだっけなー。
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DV(ドメスティック・バイオレンス)は、夫婦の間だけで起こるのではない。親密な関係にある若者の間で起こる暴力は「デートDV」と言われている。
高校生・大学生の4人に1人が、デートDVを経験しているという統計もあるようです。
そういえば「児童相談所」の名称が「子供・家庭センター」に変更されたなー。DVも扱うようになったからね。地方公務員の人事異動で突然場違いな「子供・家庭センター」に移動さすようなことは止めた方が良い。それより専門家集団として機能させなさい。教育委員会の形骸化もなんとかしたらいい。事務局まかせだからね。
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本日の中国新聞に上記タイトルで囲み記事が載っていた。紹介する。
やせ過ぎたファッションモデルの是非が議論されているイタリアで8日、ふっくらした体形向けの服を発表し続けている女性デザイナー、エレナ・ミローリヨさんに政府が「共和国騎士」勲章を授けた。
「国際女性の日」に当たり、女性の地位向上に努力する各界8人に授与。ナポリターノ大統領はミローリヨさんへの授章理由を「強制された美の型から女性を解放することに貢献している」と話した。
ミローリヨさんは「エレナ・ミロ」のブランドで、モデル議論が始まる前から普通の体形のモデルを採用し、ふっくらした作品を発表。やせたモデルに違和感を抱く女性たちに支持されてきた。
ミローリヨさんは「ここ何年かの仕事が認められて満足」と話した。
下品な表現になるが、今主流のやせモデルの素っ裸は、はたして画家や彫刻家がモデルとして創作意欲を駆り立てられるだろうか。
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昨日NHK・BS2で「イングリッシュ・ペイシェント」(1996年制作)を観た。
サハラ砂漠の地図製作に没頭していて、ある日洞窟を発見する。中に入り光を天井や壁に当てると、沢山の人が泳いでいる姿が画かれていた。砂漠の洞窟に「泳ぐ人」とは不思議な気がするが、塩野七生さんの「ローマ人の物語」によると紀元前のアフリカ北部は緑豊かで農作物の生産に適した気候だったようだ。そう考えると、川あり池ありでそこで人が泳いでもなんら不思議ではない。
この「泳ぐ人」は映画の最初にも出てくる。筆で何やら絵とも文字とも分らないように書き始められる。最後に頭が描き込まれてやっと、人の姿を画いたと分るが、その時点で「泳いでいる」とは分らない。
恋愛とは、愛し合う二人が自由になって泳ぐという意味にも受け取れる。戦争という過酷な背景がより、映画にコントラストをつけている。
主人公の操縦する飛行機が砂漠の上を低空で飛ぶラストシーン。その砂漠の映像がすばらしく美しかった。いい作品ですね。
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脳出血で倒れた、寝たきり状態で言葉もうまくしゃべれないまま退院する。ところが帰った自宅で妻にも息子にも世話をしてもらえなくなり、長い間ほったらかしにされて亡くなったという悲惨な事件が広島市で起きた。
動けない夫に食事も与えないなど放置して死亡させたとして妻と、同居の長男、二男が逮捕された。保護者遺棄致死ではなく、未必の故意による殺人容疑だからショッキングだ。
自宅には車イス用のスロープが設けられ、介護ベッドも置いてあった。退院後は週3回、デイサービスに通っていたという。最初から放っておこうと思ったのではあるまい。なぜこんなことになったのか。
夫の収入が途絶えて経済的に追い詰められ、心の歯止めを失ったのか。家族間の心理的な葛藤があったのか。それ以上に、こうなるまでになぜ家族の誰もがSOSをだせなかったのか。丁寧に「なぜ」を解きほぐしてほしい。そこから事件の再発を防ぐヒントを探らねばならない。
事件のあった家では、デイサービスをやめた時点で「外の目」が入らなくなった。しかしデイサービスをやめて、ほかの施設にもいっていないと把握できていれば、外からのウォッチングを地区民生委員などに頼めたかもしれない。そして「どん詰まり」になる前に家族が相談できるシステム作りも大切だろう。
独居よりは同居老人の方が幸せなはず、という思い込みが社会にある。「むしろ逆」な場合も数多いと実感している。家族がいると周囲は安心し遠慮する。中で虐待があってもなかなか分らない。
国の医療制度改悪(療養病床38万床の60%削減など)が進めば、自宅で寝たきり状態の人を介護する家族はますます増えていくだろう。どうすれば「同居の不幸」を繰り返さず済むかが問われる。
介護保険は今回の改正で「基本は家族介護、介護保険はお手伝いするだけ」という傾向を強めている。
国民が現在切実に求めているのは「憲法改正」だろうか。もっと身近な差し迫った問題と思うが。
引用:中国新聞1月31日号
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三菱ケミカルホールディングス全額出資子会社の三菱ウェルファーマと田辺製薬会社の合併は合併新会社が三菱ケミカルHDの連結子会社となる方向で調整は最終段階に入っている。
両社とも結婚相手を探していたことは業界内では周知の事実。周囲を驚かせているのは、三菱側があまりにも田辺に配慮していることだ。事実、新会社は田辺の存続会社として上場を維持するだけでなく、社長も田辺側から出すという方向で調整が進んでいる。
田辺を存続会社とする意図は、外資系企業から委託契約を結んで国内販売している大型商品の抗リウマチ薬レミケードの販売権を維持するための対策だが、過度な田辺優遇は融和を喪失させる恐れありと業界内の声がある。
田辺は過去、大正製薬との結婚破談という苦い経験をしている。規模で劣る田辺は立場的には嫁に行く立場だったが、かつて御三家とタケダなどと並び称された事があり、創業320年以上という名門意識が大正側の反発をかい大きな亀裂を生んだ。今回のお見合い相手である三菱ウェルファーマは、三菱化学の前身企業も含めれば、5社を源流とする混血児で中小企業の寄り合い所帯だ。良家の田辺が身の程をわきまえないと、破談もありうるが、今回は世界の三菱ケミカルHDが背後に控えるので破談はないだろう。
合併で新会社が誕生すれば、社員は1万人を超え、営業職である国内MR数は約2300人となる。最大手のタケダの社員7000人、国内MR数約1700人。三菱ウェルファーマは2回の合併ですでにリストラ済みである。人員削減は田辺がターゲットになり少なくとも2000人以上のリストラが必要と言われている。
MR君も辛いよなー。Kさん、送別会になるのかねー。
引用:週間ダイヤモンド2月3日号
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