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4月が終わろうとしている。感慨深い1ヶ月であった。
何を馬鹿げた事を言っておるかと言われれば返す言葉なし。
人間、霞を食っては妻子・職員をやしなえず。
「何でこんなに診療の仕方がかわったのですか」という質問に真面目に答えてる暇なし。
当院は開業14年目に入った。開院後数年の患者は全て了解してくれた。
所謂「阿吽の呼吸」である。そんなものは現代社会で何の役にも立たない。と言われればそれまでである。
今まで通り、「変わりないかね?」と訊ねて「何とかやってます」で何か問題あるのかね。
この阿吽の呼吸は数ヶ月では成り立たないのですがね。
ある患者が一言。「先生、顔みりゃ判るだろう」と。
ごもっとも。
きちんとカルテに記載してなんぼかい。あほくさー。調べに来るのならどうぞ。
その前に患者に事前調査で「あそこのクリニックに受診していて困っている」という報告が何件あったか教えてね。
患者は医師と共に歳をとる。そして次の世代にバトンタッチする。それでいいんだ。と思う。
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新年度に入ってから約2週間経ちましたので、当院のドタバタ記でも読んで下さい。
例の外来管理加算や通精の時間軸導入にどう対応していこうかと悩んだ。
患者にフリーアクセスで来院してもらうと、曜日、時間帯での来院患者数のギャップが大きすぎ時間軸をクリアすることは至難の業であることが3月の模擬診察で判った。
4月の新年度を期に全曜日予約制に踏み切った。予約制は曜日や時間帯による来院患者数のバラツキを解消してくれるメリットがあるからだ。
しかし予約制というのは「患者が常に安定していて一定時間で診れる」ということを前提に成り立つシステムである。唯でさえ精神科の患者は春先に症状が変化・悪化しやすい。そういう時「危機介入して入院せずに乗り越えさせる」というのが精神科クリニックをやっている誇りでもあったし、精神科クリニックの社会的存在意義でもあると思ってやってきた。
予約制だと状態が悪化している患者に時間を割くとその1日は悲惨である。予約時間に押し寄せ診察を待っている患者を見ながら、私自ら「申し訳ありません。あと少しお待ち下さい。」と説明し胃がきりきりしながら悪化した患者の診察をする。オーバーした時間を回復するため当然、待ってもらっていた患者の診察は時間との闘いとなる。こちらの身が削られる思いがする。クタクタですね。これも行動療法の一つである暴露療法を自分に課しているんだと言い聞かせながら。
患者には病状によって緩急をつけた診察ができるシステムにしないと外来診療は回っていかないと思う。時間軸など導入して、医師にとって患者にとって双方にメリットなし。ただ何時の時間も落ち着きのないドタバタ外来になってしまう。
そんなことで半月でグロッキーになりました。タダタダ休日心身を休めております。最近自分は何をしてるのだろうとおもいながら。
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地方基幹病院の小児科の先生が我が国の予防接種の現状に憤りをもって書いておられる文章を端折って紹介する。
現在の我が国の予防接種のあり方は、子供達を病気から守ろうという意図が見えてこない。
このままでは「はしか輸出国」と烙印を押されて久しい日本が、WHOの目標としている2012年までに麻疹排除あるいは根絶を実現することは期待できない。
インフルエンザ菌B型(Hib)感染症の脅威は小児科医の間で広く知られている。Hibワクチンは優れた有効性が広く認められておりWHOも国家単位で定期接種すべきであると公式に宣言している。既に100カ国以上が実施しているにもかかわらず、我が国では3年10ヶ月という異常に長い審査期間を経て最近ようやく認可されたが、定期接種には組み込まれなかった。
米国では、Hibワクチンはもとより我が国で定期及び任意接種となっている全てのワクチンと日本で承認に至っていないロタウィルス、肺炎球菌、IPV(不活化ポリオ)、髄膜炎菌、ヒトパピローマウィルスなどのワクチンが既に定期のスケジュールに組み込まれている。接種回数を減らすための改良も行われDTaP-IP(4種混合)、VDTaP-HB-IPV(5種混合)、A型+B型肝炎(2種混合)、Hib+B型肝炎(2種混合)、MMR+水痘(4種混合)などの混合ワクチンが日常的に使用されている。日本の消極的な予防接種行政は、世界の潮流から遅れをとっている。
麻疹患者の全数把握は平成20年1月1日から始まった。これは麻疹排除を目指すための重要な環境整備であり、排除のためには全年齢層で95%以上の麻疹免疫状態を保つ必要があるといわれている。これを達成するためには、少なくとも中学・高校生などの一定の年齢層への追加ワクチン一斉接種と現行第1期と第2期麻疹摂取の強化が喫緊の課題だ。一方、現在任意接種のムンプスや水痘ワクチンを無料化し接種率の向上をはかることも大切な課題だ。
子供達にどのような予防接種を定期接種として行うか、国・行政はもっと真剣に考えるべきだ。
マスコミもこういうことを社説にでも取り上げ、国や行政、国民に訴えかけてはどうかね。
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ジョージアという缶コーヒーがある。
ある患者が「ジョージアの山が画いてある缶コーヒーは安定剤が入っているので、落ち着くと思って毎日1本飲んでいる」というので、「缶コーヒーに安定剤など入ってません。見間違えだろう」と反論したら、その患者、「じゃあ先生も買って内容表示を確かめてみたらいい。絶対間違いない」と言い張る。
本日その山の絵が画いてある水色っぽいジョージアの缶コーヒーを買ってみた。
内容表示を見て驚いた。確かに安定剤という表示を含んでいた。でもこれって、コーヒー牛乳だから分離しないための安定剤のつもりでメーカーは表示してるのでしようが、世の中広うございますから「精神安定剤入り」と間違えて、毎日飲んでる人もいるんですよね。
もう少し丁寧な説明が必要に思いますが。それとも間違える患者が悪いのか。
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誰でも「こんな事なら死んだ方がましだ」と思ったことがあるのではないでしょうか。
私、精神科に転科して半年間「釣りきち三平」をやってました。釣竿を持って防波堤に行き一日中、竿をたらしてました。
そんな私を見たら「毎日、おかしな人が釣竿を持ってきて一日中いる」という風にみえたでしょう。
その時の私は釣れようが釣れまいが関係なかったのです。
生きようか、海に飛び込もうかと毎日迷ってたんです。
死ねませんでしたがね。
アルコール依存症でも「底打ち」という言葉を使います。
私が底を打つまでに半年かかりました。
半年はあっという間でしたね。
人は簡単には死ねないし、ましてや他人を傷つける事などできないと思いますよ。
私の所に受診に来る、自殺願望がある人には、「人生は帳尻があうようにできています。もうちょっと生きてみませんか」といっております。
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米国の医療の給付の方式には、大別して保健会社が患者に現金を払う療養費払いと、患者に医療そのものを提供する現物給付がある。
同じ「現物給付」であっても掛け金の高い契約と掛け金の安い契約ではその性格が異なっている。高い掛け金の保険を扱うのは大企業であり、その掛け金のおおよそを企業が負担している。日本の医療制度に近い出来高払い(FFS)の保険では1年3000-4000ドルである。結婚して子供がいると、この3倍、4倍とかかり相当な額になる。
掛け金の安い現物給付で米国では問題が多く発生している。
1、アクセス:現物給付でも掛け金の安い医療保険では、患者が指定された医療機関でしか医療を受けられない。そのため何十キロも離れたところまで行かなければならないことも生じている。
2、契約:医療機関から保険会社に契約を取り付けるが、また保険会社の側から医療機関の選別もなされ、受診の障害も問題になっている。
3、支払い:不要であるとか契約にないなどの理由で医療機関に支払いがなされないことが多くある。家庭医から専門医への紹介が多くなると家庭医への支払いが減額され、紹介を抑えればボーナスが支払われるなどの契約も多くの保険会社がしている。
4、値引きの圧力:医療機関が保険会社と契約を結ぶ際に診療報酬の値引きを条件にすることが多い。宣伝力により契約患者を増やし、契約した医療機関に送り込む見返りに値引きを要求される構図が出来上がっている。
米国では「HMO地獄」(NEWS WEEK 1999年)「あなたの医療保険が給付しないもの」(TIME 1998年)などが雑誌の表紙を飾り社会問題化して久しい。
全国保険医新聞:12月5日より
この新聞はなかなか為になりますね。
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毎日患者を診療していれば、近隣の病医院がどんなことをしているか、耳に入ってきます。
最近よく聞くのがプラセンタ療法とニンニク注射です。
「うつや自律神経失調症にも効くと言われましたが、本当ですか」とか「S病院は1本いくらで、Y医院は1本いくらですが値段並みに効果もちがうんですか」とか聞かれます。
私も開業医の端くれですから「自費診療については、あなた自身が納得して決める事です。あなたに決定権があるんです。あなたが決定して受けた治療に対してはあなた自身がその結果を背負うのが自費診療というのです。」と説明しております。
私の苦い経験を話しておきます。
若かりし頃教授の一言で入局半年足らずで離島の一人医長を任命されました。私は震え上がりましたが、NOとは言えませんでした。結果その離島の病院に多大の迷惑をかけ、ズタズタになって帰ってきて、転科しました。なぜあの時NOと言えなかったのか、医師となったからには、義務を果さないといけないと、思いはそればかりでした。全科当直の当番日は地獄の日でした。救急車の音を聞くと震え上がってました。自分だけで対処しないといけないと思い込んでいたのです。
院長に「責任を果す自信がありません。すいませんがこれ以上診療は続けられません。申し訳ありません」と申し出て、結局医局にも多大な迷惑をかけてしまいました。
それ以降「自分は臨床的にどこまでのレベルに達しているか。自分のできることとできないことを常に意識して、できないことはできません」と言えるようになりました。
時にあの先生は冷酷だ、傲慢だと言われますが、できないことはできないんです。夜も早く寝るするるように努力しています。そうでないと、明日の診療に支障をきたします。
開業医に夜間診療を負担してもらうと厚労省は言っているが、私は夜に適度な睡眠時間が得られないと、長期間の診療を持続する自信はありません。
糸井重里だったかな「食う、寝る、遊ぶ」といったのは。
一部真理をついてますね。
よって開業医の24時間コンビニ診療化には断固反対します。開業医は色んな形態があって患者も選択できるのではないですかね。
まとまりのない文章で申し訳なし。
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来年の診療報酬改定で精神科において「診療時間に応じた段階的な点数設定に切り替える」という方向でどうも話しが進んできている。
つまり1人の患者あたり長時間診療をすれば、それなりに加点しますよ、ということだが・・・はたして時間軸だけで診療を評価していいものでしょうかね。
臨床精神医学11巻、特集「日常臨床における精神療法」の巻頭言に川崎医大の青木省三教授が含蓄のある意見を述べられているので一部紹介させて頂きます。
日常の精神科臨床は、多くは、精神療法と薬物療法を二本柱として進めていきます。日々の臨床では、多くの患者さんの精神療法を時間制約のある中で行い、いかにして治療効果をあげるか、それぞれの臨床医が頭を悩ますところです。そのような中では、治療者は時には疲労が蓄積し、燃え尽きかけることさえあります。そうなると、精神療法など考えず、薬物療法だけを行おうとしたり、逆に、自分は十分な精神療法ができていないという不全感や無力感を感じたりします。時間さえあればもっと精神療法が出来るのにと考えたりする事も少なくありません。
実際にそうなのでしょうか。今、精神療法は発想の転換を求められているように思うのです。確かに、しっかりとした理論と技法を持ち、十分な時間をかけて行う「00療法」というものは、魅力的です。しかし、そう考えていると、日常臨床で行っている精神療法は常に薄められた、簡易版のようなものに思えてきます。果してそうなのでしょうか。
思い切って、時間の制約のある、忙しい日常臨床にこそ、精神療法の原点があると考えたらどうでしょうか。あるいは、日常臨床という現場を出発点として、そこから精神療法を考えたらどうでしょうか。そのような発想によってこそ、現実的で実際的な精神療法が生まれてくるような気がするのです。精神科臨床といえども、こころの痛みにうめき声をあげる人に駆け寄り、手当てするという、救急的な要素を見過ごす事はできません。
そのうえ、精神科臨床ほど、患者さんとのインタラクションが重要で変化に富むところはないように思います。治療者からの同じような働きかけが、相手により、場により、また同じ患者さんでも時により、全く異なった働きかけを引き起こすのです。
また、実際の精神療法は、理論と技法というものだけでなく、先達や先輩から学んだことと自身の経験とが微妙に影響しあい、その人なりの精神療法として形をなしていきます。精神療法は誰が行っても同じ効果が期待できるというものではなく、精神療法を行う「人」抜きには考えられないように思うのです。・・・・・・
外科の手術に時間軸をもって評価されるとしたら、外科の先生は納得いきますかね。
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咳やくしゃみが続く時、マスクをするのが常識と思うが、そう思わない人が増えている。
風邪やインフルエンザでうつる場合、咳やくしゃみなどをした時に飛ぶしぶきの中に微生物がいて、それが直接他の人ののどや鼻に飛び込むことによって伝播する飛沫感染がほとんどだ。
マスクはしぶきを飛ばさないことが目的なので厚手のガーゼマスクのほうが薄い紙マスクより有効だというのは理論的に的を得ている。
花粉症対策として自己防御のため紙マスクをする人は多くなってきたが、公共の場で風邪が流行っている時期に平気で咳やくしゃみを口や鼻を覆うことなく平気で連発する人をみるとやりきれなくなる。
病医院でも同じだよ。他の病気で来ている患者に迷惑をかける。
マスクをするように注意はしているのだが減らないね。
今度MR君のまえで「商品名の入った厚手のマスクを自主的に持ってきてくれたらうれしいが・・・・」と独り言をいってみよう。
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ツムラのテレビCMで「漢方にして下さい。と先生に言いました」というのがある。
これ何かおかしくないかい。どんな病気・症状にも「漢方にして下さい」と言われてもね。
また「漢方は最善の治療法とはいえないということを納得し、服用後の結果については医師に責任を求めません」という承諾書でも作っときましょうかねー。
漢方のCMらしく、言葉遣いも曖昧でなんともねー。
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