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来年の診療報酬改定で精神科において「診療時間に応じた段階的な点数設定に切り替える」という方向でどうも話しが進んできている。
つまり1人の患者あたり長時間診療をすれば、それなりに加点しますよ、ということだが・・・はたして時間軸だけで診療を評価していいものでしょうかね。
臨床精神医学11巻、特集「日常臨床における精神療法」の巻頭言に川崎医大の青木省三教授が含蓄のある意見を述べられているので一部紹介させて頂きます。
日常の精神科臨床は、多くは、精神療法と薬物療法を二本柱として進めていきます。日々の臨床では、多くの患者さんの精神療法を時間制約のある中で行い、いかにして治療効果をあげるか、それぞれの臨床医が頭を悩ますところです。そのような中では、治療者は時には疲労が蓄積し、燃え尽きかけることさえあります。そうなると、精神療法など考えず、薬物療法だけを行おうとしたり、逆に、自分は十分な精神療法ができていないという不全感や無力感を感じたりします。時間さえあればもっと精神療法が出来るのにと考えたりする事も少なくありません。
実際にそうなのでしょうか。今、精神療法は発想の転換を求められているように思うのです。確かに、しっかりとした理論と技法を持ち、十分な時間をかけて行う「00療法」というものは、魅力的です。しかし、そう考えていると、日常臨床で行っている精神療法は常に薄められた、簡易版のようなものに思えてきます。果してそうなのでしょうか。
思い切って、時間の制約のある、忙しい日常臨床にこそ、精神療法の原点があると考えたらどうでしょうか。あるいは、日常臨床という現場を出発点として、そこから精神療法を考えたらどうでしょうか。そのような発想によってこそ、現実的で実際的な精神療法が生まれてくるような気がするのです。精神科臨床といえども、こころの痛みにうめき声をあげる人に駆け寄り、手当てするという、救急的な要素を見過ごす事はできません。
そのうえ、精神科臨床ほど、患者さんとのインタラクションが重要で変化に富むところはないように思います。治療者からの同じような働きかけが、相手により、場により、また同じ患者さんでも時により、全く異なった働きかけを引き起こすのです。
また、実際の精神療法は、理論と技法というものだけでなく、先達や先輩から学んだことと自身の経験とが微妙に影響しあい、その人なりの精神療法として形をなしていきます。精神療法は誰が行っても同じ効果が期待できるというものではなく、精神療法を行う「人」抜きには考えられないように思うのです。・・・・・・
外科の手術に時間軸をもって評価されるとしたら、外科の先生は納得いきますかね。
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