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平成13年1月22日、マルセ太郎氏は永眠した。マルセ氏は50歳まで「売れない芸人」だった。申年だけ猿のまねでお呼びがかかる芸人だった。50歳を過ぎ「スクリーンのない映画館」で認められ独自の芸を確立し、脚本家、演出家もこなしマルセ喜劇を世に出した。遅咲きの芸人であった。そのマルセ太郎氏が中学生に向けて書いた文章を紹介する。
僕は1933年生まれですから、中学生になったのは敗戦の翌年でした。生まれ育ったのは大阪です。戦争による焼け跡の中、食べ物に不自由していた頃でしたが、それでも中学生になった喜びがありました。電車で通学するため、定期券を持つのがえらくうれしかったのを憶えています。科目別に先生が変わることや、小学校ではクラスを、一組、二組と言っていたのが、A組、B組という、つまらないことまで、何か未知の世界が広がっていくように思えたものです。中でも英語が習えることに、わくわくする期待感がありました。しかしこの期待感はすぐに挫折しました。やはり難しかったのです。
僕らは単純に、英語の単語さえ覚えれば、それをそのまま日本語とおきかえて、英語ができるものと思い込んでいたのです。君達もそうでしたか。ところが知っての通り、そうはいきません。主語が変わると、アムとか、アーとか、イズという、つまり「Be動詞」が変化することや、他にもややこしいことが多くでてきます。どうして、アムならアムだけで統一しないのか。僕たちを勉強させるため、わざと面倒にしているのではないかと思ったほどです。
Be動詞というのは何なのでしょう。僕らは英文のamの下に、「です」と仮名をふって日本語に訳していました。いまでも「です」と教えられているのですか。大人になってから考えました。あれを「です」と教えてはいけないのです。大切なことは、Be動詞を、日本語にはないのだということを、まず教えるべきです。
ではBe動詞とは何か。「存在」なのです。アイアム。私は存在している、ということです。有名なシェイクスピアの劇、「ハムレット」に出てくる台詞があります。To be or not to be、生きるべきか、死ぬべきか。to beで生きることを意味しています。つまり存在することが生きることなのです。
話しを急転回します。よくみなさんは、自信をもて、と教えられませんか。先生も親も、上に立つ人は、なにかというと自信をもてとあおります。もしかしてみなさんも、自信をもつことが正しいものと、受け入れているのではありませんか。自信て何でしょう。僕は嫌いです。むしろ害悪だとさえ思っています。なぜなら、それは他と比較する上で成り立っているからです。彼には負けない自信がある。この中では一番になる自信があるとか、すべて競争の論理で成り立っています。
それでは自信は必要ないのか。そんなことはありません。生きるため大いに必要なことです。そこで言いたいことは、「Be動詞」への自信を持つという事です。アイアム。アムへの自信です。私は存在しているのだ、ということの自信です。ユーアー。あなたは存在している。ヒーイズ。かれは存在している。ここに優劣の比較はありません。
「Be動詞への自信」、マルセ太郎の名言ですね。
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