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保険医新聞2007年1月5・15日号にリビングウィルについて考えさせられる読者の投稿が載っていた。そのまま紹介する。
日本尊厳死協会は、尊厳死の宣言書であるリビングウィルを作成するに際し、家族の同意は不要だとしている。これに納得できない日本人は、決して少なくないと思う。
延命処置について患者さんの意思が明確でない場合、通常、ご家族の了解を得る。私は「ご本人を最も理解できるのは、ご家族ですから」と言いつつも「本人の身になってお考えください」と伝えた。同じ家族でも、他人ほどの距離を生じる場合があることを、私は経験していたからだ。
私が20歳の頃、父が急死した。危篤状態の時、主治医に、「あらゆる手段をつかって生かし続けてほしい」と伝えた。
父の意思であった尊厳死を完全に無視していた。それは、当時父に反駁していた私の、父への申し訳なさのためであり、「あなたに、正直に伝えたいことがある」、「家族に別れの挨拶もしないで、逝かないでほしい」という気持ちのためだった。
私の個人的な状況は、自分を優先させる点において、他の多くの家々にも見られるだろう。家族の気持ちが強すぎて、かえって本人の意思を片隅に追いやるなら、家族の辛い気持ちはわかるが、始めからリビングウィルに家族の同意を除いておいたほうがよいと思う。
という意見です。同感ですね。
遺書を年頭に毎年書かれている人がいますが、家族と自分自身への意思表示と決意を示す時代にふさわしいと思います。
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