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天然痘は1980年に世界から根絶され、その恐ろしさはなくなった。
19世紀までは、天然痘は世界で最も猛威をふるった疫病だった。ヨーロッパでは毎年40万人が亡くなっていた。日本でも江戸時代最も多かった死因は天然痘だったようだ。
1796年、イギリスのジェンナーが子供に牛痘を接種する種痘法を開発した。それ以後先進国では急速に天然痘は押さえ込まれていった。しかし江戸時代の日本は、まだまだ天然痘が猛威をふるっていた地域だった。
日本でも種痘をしようと、当時ジャカルタまできていた牛痘の苗を何度も日本に持ち帰り接種したが、失敗の連続で1849年に至り成功した。この痘苗が蘭方医のネットワークを通して各地に広まった。
しかし江戸では、蘭方医学を敵視する漢方医たちが幕府と組んで強い政治力を持っていたので、なかなか種痘が広まらなかった。幕府の医官が蘭方医学を学ぶことを禁じてもいた。江戸で種痘を広めたのは町医者の蘭方医の努力だった。漢方医がいくら排撃しても、蘭方医学は実際の効き目どんどん勢力をのばし、ついに幕府の医官を蘭方医が占めるようになり、漢方と蘭方の力関係が逆転した。
(立花 隆:天皇と東大より)
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