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緒方洪庵の適塾(1838-1862)は歴史的に有名な医学塾であったかのように伝えられているが、その実態は医学教育とはかけ離れていたようだ。
適塾には、若き日の福沢諭吉が入塾していた(1855-1858)ので、「福翁自伝」にその思い出がかなり詳しく出てくる医学塾というより、ほとんど梁山泊といった趣だったようだ。
「福翁自伝」によると適塾の実態は「夏は真実の裸、フンドシも襦袢もなにもない真っ裸。飯を食う時と会読をする時は遠慮して何か一枚ちょいとひっかける。食事の時にはとても座って食うなんてことはできた話ではない。足も踏み立てられぬ板敷だから、みな上草履を穿いて立って食う。塾風は不規則と言うのか不整頓と言うのか、乱暴狼藉、まるで物事に無頓着。その極みは世間で言うように潔不潔、汚いということを気にとめない。例えば、塾のことであるからもちろん桶だの丼だの皿だのあろうはずもないけれども、緒方の塾生は塾の中に七輪もあれば鍋もあって、物を煮て食うようなことを普段やっている。あたかも手鍋世帯の台所みたようなことを机の周囲でやっていた。シラミは塾永住の動物で、誰一人これを免れることはできない。ちょいと裸になれば五匹や十匹捕るに造作ない」とある。幕末の梁山泊も面白かっただろう。塾生になりたかったなー。
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