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公共の場所が禁煙になるとき、必ず登場するのが「喫煙する権利」なるものです。

禁煙になれば「我々がタバコを吸う権利を侵害している!」と。。。

最近は「権利」ばかりを声高に叫ぶ人がいますが、(生存する権利などの人権を除き)「権利」だけ存在することはありません。第一に「義務」、その上にある「権利」です。義務を果たして、初めて権利が生まれます

「喫煙する際の義務」について考えてみました。以下にようなことになると思います。

1.他人に危害を加えない義務

タバコの煙は有害なガスです。

人が吸い込まさせられると、せき、気管支喘息の悪化、心臓病の悪化、がんの発生など様々な病気を引き起こします。タバコ会社が言うような、単に「タバコの煙が臭くていや」という簡単な問題ではありません。

タバコの煙を、完全に人に吸わさせないようにしてはじめて、「喫煙する権利」が生じます。タバコの煙は気体ですから、同じ空間にいれば必ず拡がります。ただ、場所をわけただけではダメなのです

こういう風に考えていくと、誰もいないところで吸う場合に限り、いわゆる「喫煙する権利」がはじめて存在するのでしょう。

2.環境を汚染しない義務

ゴミの多くは、タバコのポイ捨て。たくさん排水溝に捨られるため、自然界で分解されないフィルターが海洋に流れ出し、海洋を汚染します。タバコの吸い殻は、海洋汚染原因の第一位

屋内でタバコを吸えば、屋内の空気は必ず汚染されます。タバコ1本を6畳間で吸うだけで、ホルムアルデヒドの濃度が環境基準の4倍になってしまうそうです。

環境はみんな(公共)のものです。これを汚染しないことも義務の1つでしょう。

路上や学校、公民館などの公共の場で、飲酒が禁止になっても誰も「飲酒をする権利」などとは叫びません。「喫煙する権利」なるものを登場させてまでタバコを吸おうとするのは、ニコチン依存という脳の病気のためなのでしょうか。

「喫煙する権利」の前に「喫煙に際しての義務」を考えると、「喫煙する権利」などという権利は、通常の社会生活では存在しないのではないでしょうか

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