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そう言えば、PTSDについて正面から(?)触れた記事は、たぶん、当ブログではなかったと思いましたので(?)、本文で、コメントにお応えしようと思いました(^^)v。
↓ ↓ ↓
http://blog.m3.com/tenchanoffice/20090219/Re_____#comments
> こういう経験もPTSDのひとつなのでしょうか?
> もしそうだとしたら、PTSDとしての対処も必要になるのでしょうか?
> 素人考えで的外れだったらごめんなさい。
いえ...これまで、当ブログで自己開示いただけている範囲では情報不十分で、積極的にPTSDと診断することはできない、と言わざるを得ないと思います。
(なな さんへ、<積極的に情報jを開示してください>という意味では、決してありませんので、悪しからず(念のため)。)
F43.1 外傷後ストレス障害(Post-traumatic stress disorder)by ICD-10
診断ガイドライン
例外的に強い外傷的出来事から6か月以内に起きたという証拠がなければ、一般にはこの診断をくだすべきではない。臨床症状が典型的であり、他にいかなる障害(たとえば不安、強迫性障害、あるいはうつ病エピソード)も同定できなければ、出来事から発症までの遅れが6か月以上であっても、いぜんとして「推定」診断は可能であろう。外傷の証拠に加え、回想、白日無、あるいは夢における出来事の反復的、侵入的な回想あるいは再現がなければならない。顕著な情動的分離、感情の鈍化、および外傷の回想を呼び起こすような刺激の回避がしばしば認められるが、診断にとって本質的ではない。自律神経障害、気分障害、および行動異常はすべえ診断の一助となるが、根本的な重要性はない。
破壊的ストレスの遅発性で慢性的な結果、すなわちストレスの多い体験から数十年経て発症するものは、F62.0(破壊的体験後の持続的変化)に分類すべきである。
・・・以上、医学書院の翻訳書の該当箇所を、ソックリ、引用してみました(^_^;)。
まず、例外的に強い外傷的出来事としては...自然災害または人工災害、激しい事故、他人の変死の目撃、あるいは拷問、テロリズム、強姦あるいは他の犯罪の犠牲になること、が挙げられています。
こうした例示にあるような、あるいはそれらに匹敵するような、例外的に強い外傷的出来事を経験なさっていたのかどうか...詳細は不明です。
次に、そうした出来事から、6か月以内に典型的な症状が発生したのか否か? これも、情報がありません。
また、他の障害を経験されているのか否か? これも、こうしたWeb上の情報、やりとりだけでは情報不十分ということに終わるでしょうし、現時点でもほとんど「診断」するに足る情報はありません。
さらに、典型的な症状...回想はされているようですが、白日夢や夢での反復・再現についての情報はありません。
・・・といった理由から、です。
PTSDは、わが国では、阪神淡路大震災時以降、人口に膾炙したのだと思います。
この診断は、ヒロシマの被爆者を早いうちから研究し『死の内の生命』などを著した、精神医学者 RJリフトンが、ベトナム帰還兵に見られた、特異な神経症-戦争神経症-の補償が得られやすくなるようにと、DSMなどにPTSDの診断が盛り込まれるよう、積極的に働きかけたようです。
RJリフトンは、日本人の死生観や、オウム真理教についての著作を持つなど、日本と極めて関わりの深い精神医学者です。
PTSDには、こうした歴史的経緯があります。
その後、自然災害等の「例外的に強い外傷的出来事」後にまさにこのPTSDが見られることが「発見」された、とでもいえ、新たな視点から注目を集めるようになりました。
なお、PTSDの場合、英国NICEのガイドラインによれば、デブリーフィング(出来事経験後に外傷体験を言語化すること)はルーチンとして実施すべきではなく、EMDRとCBT(認知行動療法)が、心理社会的治療として推奨されるに至っています。
↓ ↓ ↓
http://www.nice.org.uk/Guidance/CG26/NiceGuidance/pdf/English
(英国NICEのガイドラインで英文です<m(__)m>。)
日本EMDR学会HP ⇒ http://emdr.jp/
幼少期に、凄惨な事件に巻き込まれ、中高年期に至るまで、その記憶にまったく蓋をして、「まるでそんな経験はなかったかのような」暮らしを築き...
お子さんたちが、その凄惨な事件を知る(記憶していると思われる)親族が、その患者さんを除いて全員亡くなった時から、うつ病を発症され、天ちゃんが主治医を務めた方を思い出しました。
天ちゃんに話せた分だけ心の重荷は軽くなりましたが、記憶は消せるものでもなく、ずいぶん長らくうつ病を経験されていました。
薬物療法もなかなか効を奏しませんでした。
ですから、なな さんの「話したいこと」を話すことは、言わば、パンドラの箱を開けてしまうことになるかも知れない...
ですから、「なかったかのように」して過ごして、あるいは受診なさった精神科医には最初から話さないと決め込んで、なな さんがそれでも少しでも楽になる医療、たとえばオクスリをもらいに行くだけの関係にする、というのも十分良い(安全な)選択肢だとも思います。
ご参考になさってくださいマセ~
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先日の 共感 の記事コメント欄に、なな さんから、コメントをいただきました。
↓ ↓ ↓
http://blog.m3.com/tenchanoffice/20090214/1#comments
> 受診日に思い切って何とか話そうと思っていたのですが、日にちが近づくにつれ、食事も摂れなくなり、夜もほとんど眠れなくなりました。
> 結局、話すのが怖くなり、診察もキャンセルしてしまいました。やはり話す勇気がでません。
天ちゃんの記事をお読みいただいて...「思い切って話してみよう」と言うお気持ちになられてのですね(^^)v。
でも...「やはり話せない」とも...
「話そう」という気持ちと、「話せない」という気持ちと...両方、相反する気持ちの間で、揺れている...?
あるいは...両方の気持ちが同時に、なな さんの こころ の中に立ち現れる...?
前者の場合を、葛藤(カットウ)と言い...後者の場合を、両価感情、と言います。
・・・と精神医学用語に翻訳したからといって、何も出口は見えてはこないでしょうが...(^_^;)。
そういう、こころの在り方ですから、当然、体にもいろいろと症状が出てくることでしょう。
なな さんの場合、過去にコメントをいただいた範囲で、「話してみた」ときに経験した事態が、大変辛いものだった、と言うことですから、無理もありません。
葛藤や両価感情ともに、それは なな さんのこころの中で起きていることではあるけれども...なな さんの思いを少なくとも受け止めてくれる、なな さんの外の”相手”の存在が当然意識されてのことです。
ですから、その”相手”が、なな さんから、話しても安全である、話した後にまた辛い経験を重ねなくても大丈夫という可能性が十分高い、と思えるまでは、やはりお話しにならないのがよいと思います。
ただ...なな さんの、その”相手”に対する評価が、妥当なのか?
その点は、検証してみる価値があると思います(^^)v。
なな さんが、本当のところ話したいこと、は話さないで...でも、こんなことを話したらその”相手”からまた少しは辛い経験をさせられちゃうかもなぁ~と思える話題を、その”相手”に投げかけて反応を見てみるのです。
肝心なのは、仮に辛い経験をまた重ねてしまうかも知れないにせよ、それが小さい傷で済む程度のテーマにしておく、という点です。
大きく傷ついて仕舞いかねないテーマは、決して自己開示しないこと、です。
小さい傷のテーマか、大きい傷のテーマか、判断に迷うかも知れません。
その時には、小さい傷で済むテーマを思ったときの、なな さんの体の反応をキャッチしてみてください。
たとえば、食欲や睡眠の障害が軽くて済むテーマなのか、違うのか、です。
さほど食欲や睡眠が障害されずに...でも、こんなことを”相手”に話したら、また少しは辛い経験をしちゃうかもなぁ~というテーマが見つかればいいのですが...(^_^;)
そしていよいよ、その小さくて済むテーマを、自己開示したときのご自身の経験の辛さの程度で...
その”相手”は、なな さんが大きなテーマを話しても安全か、それとも危険か、判断することにしてはどうでしょうか?
(もちろん、こういう検証実験を、いくたびか実施した後に、最終的な判断をすることにした方が、より確実です(^^)v。)
どうぞ、ご参考になさってください<m(__)m>。
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